超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

アンセムは人目を避けながら自室へ戻った。
服と靴がテラスの部屋に置きっぱなしだったが、そんなことはどうでもいい。
一刻も早く女装から解放されたかった。
部屋に入り、即服を脱ぎ、カツラを脱ぎ、シャワーを浴びた。

「ふぅ」

全身洗ってようやく落ち着く。
今日はやけに疲れたから、このまま寝てしまおうと思ったのだが…。

「アンセム、なんであんな格好してたの?」

シャワー室を出るとミユウがいた。
半裸のアンセムに構わず、質問を投げかけるミユウ。
アンセムはこの状況を面倒に感じた。
テラスとの関係を説明する気もない。

「ああ、勝負に負けて、罰ゲームだったんだよ」

だから、適当に答えた。

「罰ゲーム?」

当然聞き返される。
アンセムは頷きだけ返した。

「何の勝負?」

ミユウは更に追求してくる。

「ミユウには関係ない勝負だよ」

そう言われると、ミユウはこれ以上聞けなくなる。
しつこくしてはいけないと、いつもミユウは心がけていた。
アンセムは束縛を嫌うから。

「そうなの」

仕方なく引き下がるミユウ。

「私、びっくりしたわ」

「そうだろうね…」

力なく答えるアンセム。

「悪いけど、今日はずっと図書館で手伝いしていて疲れてるんだ」

早く1人になりたかった。

「図書館にいたの?」

「そうだよ。あと2~3日かかりっきりになりそうだから、早く寝たい」

「ふ~ん、そうなの。わかったわ」

ミユウはそう言ってアンセムに軽くキスをし「バイバイ」と小さく手を振って部屋を出て行った。
パタンとドアが閉まり、アンセムはホッと息を吐いた。

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次の日、アンセムは開館時間に図書館へ向かった。
捗っているとはいえ棚卸は手間がかかる作業だ。テラスが来ていなければ1人で作業を進めれば良いと思っていた。
しかし、図書館に着くと既にテラスはいた。

「おはようアンセム」

にっこり爽やかな笑顔のテラス。

「昨日はお疲れ様」

なんの意味をこめてのお疲れ様だろうか。

「おはよう、テラス。昨日は散々な目に合わせてくれて、どうもありがとう」

思いっきり嫌味を言ってやる。

「ほっほっほ~、自業自得だね~」

軽く流された。

「何だ何だ?昨日何か面白いことでもあったか?」

カイは興味津々だ。
テラスはカイに話していないらしい。

「秘密です」

そして、これからも話す気はないらしい。
これ以上の罰ゲームの上乗せはないようでアンセムは安心した。

「早速始めようか」

「うん」

そして2人は作業の続きに向かった。
ちなみに、アンセムの服とアンセムが身に着けた女装セット一式は、後でトレードすることになった。
昨日と同様、昼食休みを挟んで作業を続けるアンセムとテラス。
二日目になり、テラスもすっかり手順が身につき、処理スピードは確実にアップしている。

「やっと見つけた」

作業に集中していると、アンセムに突然声をかける人物が現れた。

「ミュウ…!」

それはミユウだった。

(あ、昨日の綺麗な人だ)

テラスは昨日アイリからミユウについて聞いていた。
今アンセムに一番近いと言われている人物であることを。
そして、その自信からか、時には横暴な振る舞いをすることを。
とはいえ、綺麗な人は綺麗なのである。
やっぱり見とれてしまうテラス。
今日のミユウは、黒のピタっとしたチューブトップと、ふわふわのレースのグレーのスカートだ。

「ここってとっても広いのね。探すの大変だった」

ミユウはテラスなどいないかのようにアンセムに近づいた。

「珍しいな…こういう所まで来るの」

アンセムは少し驚いていた。
今まで、自分の予定を伝えて、その場所にミユウがやってきたことがなかったからだ。

「だって暇だったんだもん」

そう言ってアンセムの腕に、ミユウは自分の白くて華奢な腕を絡ませた。
そして「こんにちは」と、妖艶な微笑でテラスに挨拶をする。
テラスはその表情に思わず見惚れてしまった。

「こ、こんにちは…」

辛うじて挨拶を返す。

「2人一緒だと、すっごい絵になりますね~」

そして、心からの感想を口にした。
素直に絶賛するタイプなのだ。

「ありがとう」

優雅にお礼を言うミユウ。
テラスの感想に苦笑するアンセム。

「あ、そうそう、カウンターの司書の人が、あなたを見つけたら呼んでほしいって言ってたわよ」

「そうですか。じゃぁちょっと行ってくるね」

「あ、おい」

テラスは引き留めようとしたアンセムに気付かず、タッタとカウンターへ走って行ってしまった。

「ミュウ、今の嘘だろう?」

ジロリとミユウを睨むアンセム。
図書館をほとんど利用しないミユウに、カイが何かを頼むはずがない。
そもそも、ミユウとテラスは昨日初めて会っただけで、お互いを知らないのだ。

「だって、アンセムと2人きりになりたかったんだもん」

そう言って、アンセムにキュっと抱きつくミユウ。

「おいおい…」

「ねぇ、このお手伝い、いつ終わるの?」

抱きついたまま見上げるミユウ。

「かなり捗ってるから、明日で終わるんじゃないかな」

「明日もここなの?」

「引き受けたからきちんとやらないとな。去年もやってただろ?」

アンセムは抱きつかれたまま本棚にもたれかかった。

「昨日やっぱり帰らなければ良かった」

そう言って、ミユウはアンセムの首筋にチュっと吸い付いた。

「ミュウ」

さすがに図書館でこれ以上する気になれず、アンセムはミユウから離れようとしたが、強く振りほどくことはできない。
ミユウはそれがわかっていて、益々行動をエスカレートさせる。
チュッチュと音を出しながら、首筋や耳、頬にキスをした。

「ミユウ」

もう一度制止するアンセム。

「寂しいよ…」

しかし、ミユウに潤んだ目で見つめられて振りほどけなった。

「今日の作業が終わったら、部屋で続きをしよう」

とにかくミユウをこの場から立ち去らせたいアンセム。

「じゃぁ1回だけキスして。そしたら帰るから」

そう言ってミユウは粘った。賭けでもある。
仕方なくアンセムはそれに答えることにした。
ミユウはアンセムの体に腕を絡める。
アンセムが口付けすると、ミユウは積極的に自分から舌を絡めた。
アンセムもついにそれに応えて長く深くキスをする。
長いキスが終わり、アンセムがふと目線を向けると、そこにはテラスが立っていた。
アンセムの表情の変化に気付いてミユウもテラスの方を見る。
顔を真っ赤にし、口をパクパクさせ、立ち尽くしたテラスがいた。

「お邪魔しましたーーーー!!!」

2人に視線を向けられたテラスは、走ってその場を後にした。

(ちっ!またこのパターンか!)

アンセムは心の中で舌打ちをする。

「私、部屋で待ってるからね」

「あ…ああ…」

ミユウもその場を後にした。
とりあえず、自分とアンセムの仲を見せつける目的を達成できたことに満足感を覚えるミユウだった。