「カイさん…これ、どーゆーことですか?」
顔を引きつらせながらテラスはカイを見た。
「オレ、こういうの頼んでませんよ」
アンセムも憮然とした表情でカイを見ている。
「2人とも何を言ってるんだ?」
カイは如何にも面白そうに2人を交互に見てニヤニヤしていた。
「アンセムは昨年生物学コーナーの棚卸し経験者だから、生物学に精通して図書館の利用も手伝いも多いテラスに教えてもらえれば、来年は安心だと思っただけだぞ」
最もな理由ではある。
「昨年アンセムと一緒に棚卸しを手伝ってくれたタカは、めでたく卒寮しちゃったからな。
今年テラスに仕事を覚えてもらって、来年また誰かに教えてもらえると助かるんだが」
これも道理に適っている。
「それとも何か?2人ではできない理由でもあるのか?」
わかっていながら聞くのがカイの性格の悪いところだ。
「オレはいいですよ」
アンセムは素直に応じた。
カイが面白がって自分とテラスを指名したのはわかっていたが、言われている内容に反論する点が見つからない。
確かに、現時点ではアンセムとテラスは適任なのだ。
「テラスはダメなのか?先週聞いたときは快く引き受けてくれたよな」
それはそれは意地悪な顔をして、カイはテラスに聞くのである。
約束を守るテラスの律儀な性格を知ってのことだ。
「は…はい…」
自分の発言に責任を持たないわけにはいかない。
テラスはひきつった顔のまま、頷くしかなかった。
「じゃぁ、決まりだな」
満足気に頷くカイ。
表情が固まったままのテラス。
何とも困った表情のアンセム。
「テラス、やり方はアンセムに教えてもらうといい。アンセムはもうわかってるよな」
カイはアンセムに書類を渡した。
「不明点があれば僕に聞いてくれ。よろしく頼むぞ」
「はい」
「…………」
やっぱり納得がいかないテラス。
アンセムは説明のために空いた席に座るようテラスを促した。
テラスは諦めてそれに従う。
引き受けたからにはきちんと仕事をしなくては。
アンセムは書類を見せながら簡潔に説明をしてくれた。
わかりやすい説明で、やるべきことはすぐに理解できた。
本のタイトルと番号を読み上げる役と、それが情報に合っているか確認する役に分かれるとのこと。
対象の本が多いので、かなり根気のいる作業になりそうだ。
「何か質問はあるかな?」
「大丈夫です」
「じゃぁ早速行こう。台車を持ってくるよ」
「これ、もう少し見ていいですか?」
テラスは書類を指した。
「ああ」
アンセムは頷いて、台車を取りに行った。
テラスは台車を引いたアンセムの前を書類を見ながら歩いた。
生物学は図書館でもかなり奥のほうに位置する。
テラスは必要最低限しか話さない。
一緒に手伝いはしても、アンセムを許したわけではないのだ。
アンセムも、そんなテラスの心中を察し、また、この状況は非常に不本意なので、テラスに話しかけるのを控えた。
無言で歩く2人。
ふと、テラスは誰かの声が聞こえたような気がした。
「?」
歩いて行くにつれ、声がはっきり聞こえてくるようだ。
数歩歩いて声が間近に聞こえた気がして、その方向を何気無くテラスは見た。
「!!!!!」
あまりの驚きに声も出ない。
聞こえていたのは女の小さな喘ぎ声と、男の息遣いだった。
テラスが見たのは、着衣を乱して抱き合う男女の姿だった。
立ったまま女のスカートはたくし上げられ、男は必死に体を動かす。
女は男にしがみ付きながら、甘い声をあげている。
正に、真っ最中。
テラスは動転して持っていた書類をバサバサと床に落としてしまった。
夢中になっていた男女は、その音でようやく異変に気づく。
「きゃっ…!」
短い悲鳴をあげる女。
テラスはあわあわと書類を拾う。
聞こえてくる声とテラスの反応で瞬時に状況を理解したアンセムは、速やかにテラスに駆け寄りさっと書類を集め、テラスの背を押し早々とその場を立ち去った。
台車は置き去りだが仕方ない。
アンセムとテラスはそのまま生物学の蔵書コーナーまできた。
(気まずい…気まずすぎる…)
あんな現場見てアンセムと2人きり。
一体どうすればいいの?
テラスは混乱していた。
「最近増えてるらしい」
アンセムはテラスと少し距離をとって話した。
「増えてるって…」
「ここ人がなかなか来ないだろう?違う寮同士の逢い引き場所になってるんだ」
「違う寮?いいんだっけ?そういうの」
「表向きは禁止されてるけどね」
第三寮は現在10箇所あるが、就業教育をする教室家や、大きな施設は、ここ中心部に集まっている。
グループ分けは血が濃くならないよう考えて配分されているが、共通施設で出会い、恋愛関係になる男女もいるのだ。
「稀に、こういった中心施設で仲を深めて、結婚するケースもあるらしいよ。血縁者じゃなければ問題ないからね」
「でも…だからって…こんなところでしなくてもいいのに…」
テラスはアンセムの顔を見ずに話す。
正直どんな顔していいのかさっぱりわからない。
早く開放されたい。
「屋外より清潔だし、他に人気の無い場所はなかなかないからね。仕方ないんじゃないかな」
サラッと言うアンセム。
アンセムにとってセックスなんて日常だ。
「仕方ないって…カイさんは知ってるの?」
「多分知ってるんじゃないか?オレが知ってるくらいだから。黙認してるんだろうね」
「わからない…」
規律とか秩序とか、そういう感覚はないのか?
「わからないって何が?」
「聞き返さなくていいです」
ぷいっとそっぽを向くテラス。
「オレはさっきの2人よりテラスの方がわからないよ」
「どういう意味ですか?」
さすがにムッとして、アンセムを見るテラス。
「オレたちは子孫繁栄が義務だということは、わかってるよね」
「当たり前じゃないですか」
「ここ第三寮は生涯のパートナーを探す場だということも、わかってるのかな?」
「もちろんわかってますよ」
「それがわかっていながら、男に関心を持たないテラスがわからないよ」
本当に全くわからない。
自分の生涯の相手が誰になるのか人生において重要なことに、なぜ無関心でいられるのか。
まるで他人事のように見える。
「関心がないわけじゃないですよ」
意外にもテラスは否定した。
アンセムは少し驚く。
「意外だな。そんなふうに見えなかったから」
「そうですか」
「誰か気になる男がいるのか?」
「気になるって?」
さらに聞き返されて面食らうアンセム。
「そこ、聞き返すところかな」
「気になるって、どういう状態ですか?」
テラスは本気でわからない。
「例えば、目の前にいなくても、何をしているか気になって思い出すとか、他の誰かと話している姿を見て嫉妬するとか、いろいろあるだろ?」
少し考えてテラスは答える。
「…特にないですね。
相手のことよく知らないのに、そういうこと考えたりするんですか?アンセムさんには、そういう気になる人がいるの?」
言葉に詰まるアンセム。
可愛いと思う女の子はたくさんいる。
一緒にいて寛げるミユウもいる。
だけど、改めて考えると、会えない時間に相手のことを想ったり、独占したくて嫉妬したりすることはなかった。
ミユウも例外ではない。
「いないから、一生懸命探しているんじゃないか」
素直な気持ちをそのまま言う。
今度はテラスが驚く番だった。
「いないんですか」
「何を驚いてるんだ?」
「だって、たくさんの人と付き合ってるんですよね?」
「付き合ってはいないよ。ときどき一緒の時間を過ごすだけだ」
「それって友達として?」
アイリから聞いたことは単なるうわさで嘘だったのだろうか。
「セックスすることもあるよ」
ストレートな回答に、思わず一歩後ずさるテラス。
アンセムはあえて露骨な言葉を選んだのだ。
「第三寮はそのための場所だろ?」
「う~ん、そこまでしてるのにいないんですか?それとも、いたけど振られちゃったとか?」
「なんか、テラスの質問は脱力するな…」
「だって相手が好きだから、そういうことするんでしょう?」
「気持ちが伴うかどうかは別の話なんじゃないか?」
アンセムから更に一歩距離をとるテラス。
「もちろん好ましいところがあるから関係を持つ気になるんだけど、生涯の相手は簡単に見つからないよ。そもそも、特別な相手がいたら、お見合いするわけがない」
「はぁ…」
テラスはアンセムの言っていることが理解できない。
「これでも自分なりに懸命に相手を探しているんだよ。だから、我関せずを貫くテラスのほうが理解不能かな」
自分の将来が不安にならないのだろうか。
「でも、一生懸命やると、好きな人が見つかるんですか?」
「少しでも多くの異性と知り合ったほうが確率は上がるんじゃないかな?」
「でも、アンセムさん見つけてないじゃないですか」
「今はまだ」
「それって私とどこが違うんですか?」
「え?」
「結局好きって気持ちがわからないのは私と同じですよね。それひ、私だって好ましいと思う男の人くらいいますよ」
テラスの言葉に、なぜかアンセムは動揺した。
「でも、好きと特別ってどう違うの?」
(ああ、そういう意味か)
そして安堵する。
「それが良くわからない。わからないことを考えても疲れるし」
ほとほと困った、という表情のテラス。
「違いは、触れたいと思うかどうかじゃないかな。同じ好きでも友達とキスやセックスしようとは思わないだろう?」
「……」
露骨な表現をされると言葉が詰まるテラス。
「で、でも、アンセムさんは、たくさんの人とそういうことして、それでも特別な相手は見つかっていないんですよね?」
うろたえつつ反論する。
「オレの場合は、感情が伴わないんだろうな」
自虐的に言うアンセム。
「どうして、そう思いつつするんですか?」
テラスは率直に疑問をぶつけた。
「気持ちいいから、じゃないかな」
またもや露骨な回答に絶句する。
「やっぱり、わかりません」
テラスは大きなため息をついた。
アンセムはテラスを見つめて微笑んだ。
ここまで直球で言いたいことを言われると、逆に清々しい気分になる。
「ま、いっか」
テラスは切り替えることにした。
これ以上アンセムと話しても、理解できないだろう。
「棚卸始めましょう」
「そうだな。でもその前に、もう一度この前のこと謝らせてくれないか?」
アンセムはテラスに近づいた。
「もう、いいですよ」
テラスは3歩下がる。
「これから3~4日は2人で作業するんだ。気まずいのはお互い嫌だろう?」
テラスはアンセムの顔を見上げた。
「もう勝手にキスなんかしないよ。テラスの嫌がることはしない。だから、許して欲しい」
そう言ってアンセムは頭を下げた。
「だから、もういいですよ…」
正面から謝罪され、さすがにテラスの態度も緩和した。
「本当に?」
「はい」
アンセムの顔がパッと輝いた。
「じゃあ許した証拠に、いい加減その敬語止めてくれないかな?」
「おやおや、いきなりずーずーしくなりましたね」
「名前も呼び捨ての方がいい」
「……」
「お願いだよ、テラス」
もう一度頭を下げるアンセム。
テラスは暫く考えてから言った。
「わかった、アンセム。これでいい?」
「ああ」
アンセムは穏やかに笑った。
これで一歩前進だ。
「でもね、ただ普通に許すってわけにはいかないよね。それってやったもん勝ちになるし」
「そうか…。何かお詫びをしないとな」
テラスの言うことはもっともだ。
「アンセム、今日夕食一緒に食べよう」
ニッコリ笑ってテラスはそう言った。
「もちろんいいけど、それがお詫びでいいのか?」
テラスは頷く。
「それでいいよ。私の好きにさせてね」
何となく言い方が気になったが、アンセムは了承した。
「じゃぁ、お仕事しちゃおう」
そして2人は作業にとりかかったのだった。
顔を引きつらせながらテラスはカイを見た。
「オレ、こういうの頼んでませんよ」
アンセムも憮然とした表情でカイを見ている。
「2人とも何を言ってるんだ?」
カイは如何にも面白そうに2人を交互に見てニヤニヤしていた。
「アンセムは昨年生物学コーナーの棚卸し経験者だから、生物学に精通して図書館の利用も手伝いも多いテラスに教えてもらえれば、来年は安心だと思っただけだぞ」
最もな理由ではある。
「昨年アンセムと一緒に棚卸しを手伝ってくれたタカは、めでたく卒寮しちゃったからな。
今年テラスに仕事を覚えてもらって、来年また誰かに教えてもらえると助かるんだが」
これも道理に適っている。
「それとも何か?2人ではできない理由でもあるのか?」
わかっていながら聞くのがカイの性格の悪いところだ。
「オレはいいですよ」
アンセムは素直に応じた。
カイが面白がって自分とテラスを指名したのはわかっていたが、言われている内容に反論する点が見つからない。
確かに、現時点ではアンセムとテラスは適任なのだ。
「テラスはダメなのか?先週聞いたときは快く引き受けてくれたよな」
それはそれは意地悪な顔をして、カイはテラスに聞くのである。
約束を守るテラスの律儀な性格を知ってのことだ。
「は…はい…」
自分の発言に責任を持たないわけにはいかない。
テラスはひきつった顔のまま、頷くしかなかった。
「じゃぁ、決まりだな」
満足気に頷くカイ。
表情が固まったままのテラス。
何とも困った表情のアンセム。
「テラス、やり方はアンセムに教えてもらうといい。アンセムはもうわかってるよな」
カイはアンセムに書類を渡した。
「不明点があれば僕に聞いてくれ。よろしく頼むぞ」
「はい」
「…………」
やっぱり納得がいかないテラス。
アンセムは説明のために空いた席に座るようテラスを促した。
テラスは諦めてそれに従う。
引き受けたからにはきちんと仕事をしなくては。
アンセムは書類を見せながら簡潔に説明をしてくれた。
わかりやすい説明で、やるべきことはすぐに理解できた。
本のタイトルと番号を読み上げる役と、それが情報に合っているか確認する役に分かれるとのこと。
対象の本が多いので、かなり根気のいる作業になりそうだ。
「何か質問はあるかな?」
「大丈夫です」
「じゃぁ早速行こう。台車を持ってくるよ」
「これ、もう少し見ていいですか?」
テラスは書類を指した。
「ああ」
アンセムは頷いて、台車を取りに行った。
テラスは台車を引いたアンセムの前を書類を見ながら歩いた。
生物学は図書館でもかなり奥のほうに位置する。
テラスは必要最低限しか話さない。
一緒に手伝いはしても、アンセムを許したわけではないのだ。
アンセムも、そんなテラスの心中を察し、また、この状況は非常に不本意なので、テラスに話しかけるのを控えた。
無言で歩く2人。
ふと、テラスは誰かの声が聞こえたような気がした。
「?」
歩いて行くにつれ、声がはっきり聞こえてくるようだ。
数歩歩いて声が間近に聞こえた気がして、その方向を何気無くテラスは見た。
「!!!!!」
あまりの驚きに声も出ない。
聞こえていたのは女の小さな喘ぎ声と、男の息遣いだった。
テラスが見たのは、着衣を乱して抱き合う男女の姿だった。
立ったまま女のスカートはたくし上げられ、男は必死に体を動かす。
女は男にしがみ付きながら、甘い声をあげている。
正に、真っ最中。
テラスは動転して持っていた書類をバサバサと床に落としてしまった。
夢中になっていた男女は、その音でようやく異変に気づく。
「きゃっ…!」
短い悲鳴をあげる女。
テラスはあわあわと書類を拾う。
聞こえてくる声とテラスの反応で瞬時に状況を理解したアンセムは、速やかにテラスに駆け寄りさっと書類を集め、テラスの背を押し早々とその場を立ち去った。
台車は置き去りだが仕方ない。
アンセムとテラスはそのまま生物学の蔵書コーナーまできた。
(気まずい…気まずすぎる…)
あんな現場見てアンセムと2人きり。
一体どうすればいいの?
テラスは混乱していた。
「最近増えてるらしい」
アンセムはテラスと少し距離をとって話した。
「増えてるって…」
「ここ人がなかなか来ないだろう?違う寮同士の逢い引き場所になってるんだ」
「違う寮?いいんだっけ?そういうの」
「表向きは禁止されてるけどね」
第三寮は現在10箇所あるが、就業教育をする教室家や、大きな施設は、ここ中心部に集まっている。
グループ分けは血が濃くならないよう考えて配分されているが、共通施設で出会い、恋愛関係になる男女もいるのだ。
「稀に、こういった中心施設で仲を深めて、結婚するケースもあるらしいよ。血縁者じゃなければ問題ないからね」
「でも…だからって…こんなところでしなくてもいいのに…」
テラスはアンセムの顔を見ずに話す。
正直どんな顔していいのかさっぱりわからない。
早く開放されたい。
「屋外より清潔だし、他に人気の無い場所はなかなかないからね。仕方ないんじゃないかな」
サラッと言うアンセム。
アンセムにとってセックスなんて日常だ。
「仕方ないって…カイさんは知ってるの?」
「多分知ってるんじゃないか?オレが知ってるくらいだから。黙認してるんだろうね」
「わからない…」
規律とか秩序とか、そういう感覚はないのか?
「わからないって何が?」
「聞き返さなくていいです」
ぷいっとそっぽを向くテラス。
「オレはさっきの2人よりテラスの方がわからないよ」
「どういう意味ですか?」
さすがにムッとして、アンセムを見るテラス。
「オレたちは子孫繁栄が義務だということは、わかってるよね」
「当たり前じゃないですか」
「ここ第三寮は生涯のパートナーを探す場だということも、わかってるのかな?」
「もちろんわかってますよ」
「それがわかっていながら、男に関心を持たないテラスがわからないよ」
本当に全くわからない。
自分の生涯の相手が誰になるのか人生において重要なことに、なぜ無関心でいられるのか。
まるで他人事のように見える。
「関心がないわけじゃないですよ」
意外にもテラスは否定した。
アンセムは少し驚く。
「意外だな。そんなふうに見えなかったから」
「そうですか」
「誰か気になる男がいるのか?」
「気になるって?」
さらに聞き返されて面食らうアンセム。
「そこ、聞き返すところかな」
「気になるって、どういう状態ですか?」
テラスは本気でわからない。
「例えば、目の前にいなくても、何をしているか気になって思い出すとか、他の誰かと話している姿を見て嫉妬するとか、いろいろあるだろ?」
少し考えてテラスは答える。
「…特にないですね。
相手のことよく知らないのに、そういうこと考えたりするんですか?アンセムさんには、そういう気になる人がいるの?」
言葉に詰まるアンセム。
可愛いと思う女の子はたくさんいる。
一緒にいて寛げるミユウもいる。
だけど、改めて考えると、会えない時間に相手のことを想ったり、独占したくて嫉妬したりすることはなかった。
ミユウも例外ではない。
「いないから、一生懸命探しているんじゃないか」
素直な気持ちをそのまま言う。
今度はテラスが驚く番だった。
「いないんですか」
「何を驚いてるんだ?」
「だって、たくさんの人と付き合ってるんですよね?」
「付き合ってはいないよ。ときどき一緒の時間を過ごすだけだ」
「それって友達として?」
アイリから聞いたことは単なるうわさで嘘だったのだろうか。
「セックスすることもあるよ」
ストレートな回答に、思わず一歩後ずさるテラス。
アンセムはあえて露骨な言葉を選んだのだ。
「第三寮はそのための場所だろ?」
「う~ん、そこまでしてるのにいないんですか?それとも、いたけど振られちゃったとか?」
「なんか、テラスの質問は脱力するな…」
「だって相手が好きだから、そういうことするんでしょう?」
「気持ちが伴うかどうかは別の話なんじゃないか?」
アンセムから更に一歩距離をとるテラス。
「もちろん好ましいところがあるから関係を持つ気になるんだけど、生涯の相手は簡単に見つからないよ。そもそも、特別な相手がいたら、お見合いするわけがない」
「はぁ…」
テラスはアンセムの言っていることが理解できない。
「これでも自分なりに懸命に相手を探しているんだよ。だから、我関せずを貫くテラスのほうが理解不能かな」
自分の将来が不安にならないのだろうか。
「でも、一生懸命やると、好きな人が見つかるんですか?」
「少しでも多くの異性と知り合ったほうが確率は上がるんじゃないかな?」
「でも、アンセムさん見つけてないじゃないですか」
「今はまだ」
「それって私とどこが違うんですか?」
「え?」
「結局好きって気持ちがわからないのは私と同じですよね。それひ、私だって好ましいと思う男の人くらいいますよ」
テラスの言葉に、なぜかアンセムは動揺した。
「でも、好きと特別ってどう違うの?」
(ああ、そういう意味か)
そして安堵する。
「それが良くわからない。わからないことを考えても疲れるし」
ほとほと困った、という表情のテラス。
「違いは、触れたいと思うかどうかじゃないかな。同じ好きでも友達とキスやセックスしようとは思わないだろう?」
「……」
露骨な表現をされると言葉が詰まるテラス。
「で、でも、アンセムさんは、たくさんの人とそういうことして、それでも特別な相手は見つかっていないんですよね?」
うろたえつつ反論する。
「オレの場合は、感情が伴わないんだろうな」
自虐的に言うアンセム。
「どうして、そう思いつつするんですか?」
テラスは率直に疑問をぶつけた。
「気持ちいいから、じゃないかな」
またもや露骨な回答に絶句する。
「やっぱり、わかりません」
テラスは大きなため息をついた。
アンセムはテラスを見つめて微笑んだ。
ここまで直球で言いたいことを言われると、逆に清々しい気分になる。
「ま、いっか」
テラスは切り替えることにした。
これ以上アンセムと話しても、理解できないだろう。
「棚卸始めましょう」
「そうだな。でもその前に、もう一度この前のこと謝らせてくれないか?」
アンセムはテラスに近づいた。
「もう、いいですよ」
テラスは3歩下がる。
「これから3~4日は2人で作業するんだ。気まずいのはお互い嫌だろう?」
テラスはアンセムの顔を見上げた。
「もう勝手にキスなんかしないよ。テラスの嫌がることはしない。だから、許して欲しい」
そう言ってアンセムは頭を下げた。
「だから、もういいですよ…」
正面から謝罪され、さすがにテラスの態度も緩和した。
「本当に?」
「はい」
アンセムの顔がパッと輝いた。
「じゃあ許した証拠に、いい加減その敬語止めてくれないかな?」
「おやおや、いきなりずーずーしくなりましたね」
「名前も呼び捨ての方がいい」
「……」
「お願いだよ、テラス」
もう一度頭を下げるアンセム。
テラスは暫く考えてから言った。
「わかった、アンセム。これでいい?」
「ああ」
アンセムは穏やかに笑った。
これで一歩前進だ。
「でもね、ただ普通に許すってわけにはいかないよね。それってやったもん勝ちになるし」
「そうか…。何かお詫びをしないとな」
テラスの言うことはもっともだ。
「アンセム、今日夕食一緒に食べよう」
ニッコリ笑ってテラスはそう言った。
「もちろんいいけど、それがお詫びでいいのか?」
テラスは頷く。
「それでいいよ。私の好きにさせてね」
何となく言い方が気になったが、アンセムは了承した。
「じゃぁ、お仕事しちゃおう」
そして2人は作業にとりかかったのだった。



