「最近この近辺で野良犬や野良猫が死んでいるのが目撃されています。もし死体を見つけても不用意に近づいたりしないように」

担任の女性教師の言葉が右から左へと抜けていく。

西岡谷中学校2年C組の朝のホームルームはとても静かでほとんど物音は聞こえてこない。
担任の話を真面目に聞いている生徒もいれば、朝から机に突っ伏して眠っている生徒もいる。

そんな中、ひとり椅子に座ってジッとうつむいている男子生徒の姿があった。

紺色のズボンの上で両方の拳が固く握りしめられ、微かに震えているようだ。
その顔はひどく青ざめていた。
「沼岡くぅん? 今日も一緒に遊ぼうねぇ?」

教師が教室から出たあと私、川南愛花はうつむいて震えている沼岡保人に近づいた。
保人は青白い顔を上げて恐怖で顔を歪めた。

昨日の昼休憩中に無理やり全裸にさせて体育館の中を走らせたのが相当こたえているみたいだ。

でもそんなのは気にしない。
だって相手は沼岡保人だから。
私はニタリと笑って前髪をかきあげた。
生まれつき色素の薄い私の髪の毛は外人さんみたいに茶色くて、目の色もそれに近い色をしている。

学校内ではそれだけで目立つ存在だけれど、2年にあがってからぐんと身長が伸びて今は165センチある。

高校入学する頃には170センチは超えるはずだ。

将来はモデルになるのかと、沢山の人たちから言われているから、容姿にはそれなりに自信があった。

「き、今日は……早く帰らないと行けないから」
「はぁ? お前に拒否権あると思ってんの?」
私の代わりにそう言ったのは片元瑞穂だった。

瑞穂は小学校時代からの友達で、常に一緒に行動している。
背が高くて体格がいい瑞穂を前にすると保人はひるんでしまう。

すぐに瑞穂から視線をはずしてしまった。

「ねぇ、日奈子も保人と一緒に遊びたいよね?」
私の後にいる桑井日奈子に声をかける。
教室でひときわ背が小さくて小動物みたいな日奈子とは、2年生に上がってから仲良くなった。
それ以来、私の後や日奈子の後をついてまわるようになった。

「うん、遊びたい!」
アニメ声優みたいな可愛い声で返事をして、ひょっこりと顔を覗かせる。
保人はそれでも顔をあげなかった。

保人みたいな地味で目立たないタイプは日奈子みたいな女の子がタイプだと思っていたけれど、違うのかもしれない。

もしくは、私の前だからバレないように必死に隠しているのかも。
そう考えるとおかしくてつい広角が上がっていく。

「今日は早く帰らないといけないから」
もう一度保人が言う。

だけどそんなの聞くつもりはなかった。
私が遊びたいと言えば、それは実行されるべきだ。

保人なんかが反論していい場面じゃない。
「おいおい嘘だろ? まさかお前が愛花からの誘いを断るつもりかぁ?」
少し大げさにリアクションしながら近づいてきたのはクラスメートの和木貴斗だった。

貴斗はクラスでいちばん体格がよく、ツンツンに立てた髪の毛がちょっと鬼を連想させて他の生徒たちから怖がられているところがある。
そんな貴斗は私に気があるようで、なにかにつけて話かけてくる。
貴斗と一緒にいればナメられることもないので好きにさせていた。

「で、でも僕は……」
貴斗が現れたことで保人が更に青ざめた。
やっぱり貴斗の影響力は大きいみたいだ。

私の言いなりになっていないところがムカつくけれど、認めるより仕方ない。
それにしても、貴斗が出てきてもまだ渋っているなんてしぶといヤツだ。

そう思っていると、貴斗が馴れ馴れしく保人の肩に腕を回した。
貴斗と至近距離になり、保人が視線を泳がせた。

必死で貴斗の方を見ないようにしている。
「俺たちのために予定あけてくれるよなぁ?」

貴斗がしゃべれば保人の前髪が揺れる。
保人はなにも言えずに黙り込んでしまった。

私たちからすればそれは肯定した意味になる。
返事をしないのが悪いんだ。

「よっしじゃあ決まりな! 今日の放課後この4人で遊ぶ」
「イエーイ!」
瑞穂が両手を上げてハイタッチしてくる。
その目はキラキラと輝いている。

日奈子は大きな声では騒がないけれど、ジッと保人を見つめて笑っていた。

おとなしそうに見えるけれど、どちらの味方につけばいいかちゃんと理解しているのが可愛いところだった。

「じゃ、また放課後にね」
私はそう言うと保人の頭を一度はたいて自分の席へ戻ったのだった。
☆☆☆

私たち4人はC組のクラスだけでなく、2年生全体でも一目置かれる存在だった。

4人で横並びになって廊下を歩いていると必ず道を開けてくれるし、面識のない生徒が噂を聞いて見に来ることもある。

「あれがC組の川南さん?」
「めっちゃキレイ!」
「足なげぇ」
「あ、こっち見た! きゃあ!」

そんな会話が聞こえてくるのは日常茶飯事だった。
こんな私にちょっかいを出されている保人は喜ぶべきだった。

だけどあいつはいつもいつも怯えて青ざめて、時には涙目になって必死で私から逃げようとする。

その態度が気に入らないが、同時に愉快でもあった。
「昨日の体育館は面白かったよなぁ」

昼休憩中、並んで食堂へ向かいながら貴斗が思い出し笑いをする。
もちろん、保人に全裸でランニングさせたときのことを言っているんだ。

「あ、動画撮ったよ!」