この世界は、物語の主役になれる人とそうではない人で分かれている。
「美亜、早く食べないと遅刻するわよ〜。お弁当はここに置いておくからね」
「はあーい」
トーストを齧りながら間伸びした返事をする美亜にチラリと視線を向ける。
ふわふわに巻かれたミルクティー色の髪は、今日はポニーテールにまとめられていて美亜が動くたびに甘い花の香りが漂ってくる。
色白の肌にチークをほんの少し乗せただけの整った顔は、きっと今日も外を歩いているだけで二度見されるくらい完璧に可愛い。
「美亜の入学祝いで今日は焼肉でも行くか。今日は珍しく帰れるのが早そうなんだよ」
「え、本当!やったぁー」
パッと嬉しそうに笑った美亜をお父さんもお母さんも微笑ましそうに眺めている。
私だって昨日高校に入学したんだよ、と心の中で呟きながら、幸せな家庭の見本のような三人の横を通り過ぎて家を出る。
私の家は少し複雑で、私を産んだ本当のお母さんは私を産んだ時に元から持っていた病気のせいで死んでしまった。
その後、お父さんは私を一人で大切に育ててくれて、私が小四の時に今のお母さんと再婚した。
今のお母さんは美亜が六歳の時に離婚したみたいで、仕事場が一緒だった二人はお互い同い年の娘がいて片親同士だったためすぐに仲が深まっていき再婚に至った。
最初の二年間は幸せだった。美亜もお母さんも優しくて、四人での暮らしはすごく充実したものだった。
しかし、私と美亜が小学校を卒業する直前にお父さんは飲酒運転をしていた車に轢かれて事故で帰らぬ人となった。
お父さんが死んでしまってから私たち三人は元々住んでいた家を出ることになり、狭いアパートで暮らしていた。
決して裕福ではなかったため、今のお母さんも朝から晩まで毎日働き生きることだけで精一杯だった。
そんなある日、お父さんが死んでしまってからまだ一年も経っていない頃、今のお母さんは美亜が六歳の頃に離婚した父親とばったり再会したそうだ。
それが、今のお父さんだ。
二人が別れてしまった原因は忙しさでお互いの気持ちがすれ違ってしまったことで、それでもこの数年間お母さんを忘れられなかったお父さんは二人の娘と生きることだけでも精一杯だという現状を知り、もう一度やり直さないかとお母さんに提案をしてきた。
そうしてあっさり再婚をした二人と、その二人の本物の娘である美亜と血の繋がりが何もない私の四人での生活が始まった。
最初は四人での生活も不自由なく幸せに過ごしていくのだろうと信じていた。
しかし現実は甘くないもので、だんだんと両親二人は美亜ばかりを特別扱いするようになり年を重ねるごとにそれはだんだんとひどくなっていった。
ご飯はちゃんと用意してくれるし、学校に通わせてくれたりスマホを与えてくれたりもするけど、それも必要最低限でどこか他人行儀だし私が何を話しかけても不機嫌そうに答えてくるか無視をしてくるかのどちらか。
まるで私一人だけが幽霊になってしまったかのような気分だった。
それも仕方がないことだと今では諦めている。
血が繋がっていない私を家に置いてくれるだけありがたいから。
「茉莉花〜。なんで先に行っちゃうのー?一緒に登校しようよ」
後ろからパタパタと追いかけてきた美亜が私の腕に自分の腕を絡めてくると、にこっと微笑んできた。
高校こそは美亜と離れたくて誰にも志望校を教えていなかったのに、おそらく私の志望校調査票を勝手に盗み見た美亜が私と全く同じ高校を志望していると受験ニヶ月前に知った。
レベルを下げようか迷っていると見透かしたかのように「高校も一緒のところに行こうね」と言ってきた美亜から逃げることなんて結局できなかった。
「見て、七瀬姉妹…!今日も美しい…」
美亜が可愛いのはもちろんのこと、私は目立たないように必要最低限しか身だしなみは整えないようにしているけど、それでも美亜と並んで歩けるくらいには顔は整っている方だと自覚している。
だから昨日の入学式から私たちに向けられる好奇心や羨望、好意的といった様々な視線を受けていた。
…だけどそれもきっと今だけのこと。
その視線は近いうちに美亜だけのものになるのだから。
「どっちも美しすぎて声掛けらんないよねー…」
「わかる。でも強いて言うなら私はお姉ちゃんの七瀬茉莉花推しかな〜」
「俺も茉莉花様だな〜。美亜ちゃんはほわほわ系でthe可愛い女子!って感じなんだけど、茉莉花様はクールで知的そうで周りにはいない感じの美を持っていて惹かれるんだよなぁ」
本人に聞こえてもいいと思っているのか、周りで勝手に言いたい放題言っている生徒たちに「あ、やばい」と直感する。
「…茉莉花」
腕にしがみついている美亜に名前を呼ばれ、意味ありげに微笑まれた。
「高校でも、よろしくね?」
いつもニコニコと天使のような笑顔を浮かべている美亜が、私にだけ見せる裏の顔がある。
その顔をするということは、あのサインだ。
「きゃ…っ」
腕を掴まれていた美亜の手をバシッと振り払うと、美亜は大袈裟にその場に倒れ込んだ。
「気安く腕組まないでくれる?仲がいいと思われたら困るから」
「…ごめんね、茉莉花」
ザワザワとそれを見ていた周りが騒ぎ始める。
「何あれ…。七瀬茉莉花の本性ってあんな感じだったの?」
「ひどい、美亜ちゃんかわいそう…」
「いくらなんでもあれはいじめじゃね?」
そう、これでいいの。
「大丈夫?ひざ怪我してるけど」
「え!あれって、二年の王子様って有名な向坂柊弥先輩!?」
「その隣は棗くんじゃない!?ほら、一年に入ってきた超イケメンって噂されてた柊弥先輩の弟!」
「イケメン兄弟にまで気にかけてもらえるなんて、やっぱり美亜ちゃんすごい…」
親にも周りからも特別愛され、王子様も寄ってくる。
美亜は生まれた時から決まっているこの世界のヒロインだ。
だけどヒロインに邪魔をしてくる悪女はつきもの。
物語の重要な嫌われ役。それが、私だ。
「転んだ…わけではなさそうだね」
先輩は私をちらりと一瞥すると、美亜に向かって手を差し出していた。
「お姉ちゃんを不快な思いにさせてしまった私が悪いんです…。ごめんね、茉莉花」
ここで心を痛めてはダメ。それに美亜だってこれは演技、なんだから。
王子様に助けられている美亜を置いて去ろうとすると、ガシッと腕を掴まれた。
「おい」
「…え?」
焦げ茶色のセンター分けである雰囲気が柔らかそうな先輩とは違い、黒髪のさらさらな少し長めの前髪から覗く鋭い瞳をした男の子は戸惑ってしまうくらい冷たく私を見つめていた。
ここで去ることでとりあえず私の仕事は終わるというのに、わざわざ引き止めてくるなんて何事だ。
「わざと転ばせたなら、謝れよ」
「…は?」
黒髪男子はチラリと美亜に視線を向けていた。
…ああ、そういうこと。この人も、美亜のためにこんなことを言っているんだ。