あれは6歳くらいのころだろうか?

 いや、入園したのが4歳だからその1年後の5歳の時だろう。

 あの時俺には自分が幼すぎて気づかなかったがある女の子に一目惚れした。

 自分より遅く保育園に入園してきた子は、「さくらちゃん」という女の子だった。

 髪の毛は肩にかかるくらいで、目は大きく犬のようにくるっとした形をしていてその時は「テレビで見る歌って踊るお姉さんみたいな人」だなと思った。

 さくらちゃんは他の女の子とお絵描きをしていた所を俺は見ていたのだが、すると周りの園児達から声が上がった。


 「ねぇねぇ、さくらちゃんすごい見られてない?」

 「ほんとだ!じーっと見てる!」

 「すきなの?好きになっちゃったんじゃない?」

 「好きになったんならチューしろよー!」

 「ダメだよ!チューはパパとママ以外は結婚する時だけにしかしちゃダメなんだよ!」


 と周りが自分を見ながら色々意見を飛ばしてきた。

 「さくらちゃん」は自分の事で騒ぎが起こっているがどうしていいか分からず元々丸い目をさらに丸くしてポカンとしていた。

 周りはどんどん調子に乗り、「チューしろー!」とみんなが手拍子までしてきていた。

 俺は恥ずかしさと少しの苛立ちで声を荒らげた。


 「違うよ!チューしたくてみてたんじゃないよ!」


 俺は「さくらちゃん」のそばまで行き彼女の左手を掴んでみんなに見える位置で手を挙げさせた。


 「こいつ!こっちの手にほくろが2つあるんだよ!俺はそれを見てたんだ!」



 嘘だ。

 いや、ほくろが2つあるのは本当だ。
 彼女の左手の手の甲に2つのほくろが2cmくらい離れて並んでいる。

 恥ずかしさのあまりにとっさに嘘をついたが周りの先程までの興奮はそれだけでは中々おさまらない。


 「嘘つけ!すきだからみてたんだろ!」

 「ほくろなんてみんなあるじゃん!あたしもある!」

 「なんでそんなにほくろが気になるのさ!」

 「好きだからでしょ!」




 恥ずかしい。顔が熱くなっているのがわかる。
 俺は再び声を荒らげた。


 「だから違う!好きとかじゃない!!!」


 そして俺は彼女が手に持っていた黒のマジックペンを横取りし彼女の手にペンを走らせた。


 2つのほくろを目とし、真下に半円を描きニコちゃんマークを俺は描いた。

 そして描いた絵を彼女の手と一緒にみんなに見せびらかし、俺は言い放った。


 「ホクロは神様が選んでつけてくれるんだって!でも神様はホクロは丸しか付けられないからこうやってペンで描かないとニコちゃんマークにはならないんだ!」


 今考えると女の子を見ていたのに対し無茶苦茶な言い分だ。だか、5歳の時の思考は単純。

 俺は自慢げに彼女の手見せながらみんなに言うと、他の子供たちは先程の好きだチューしろなどの流れは忘れ、自分や周りに2つならんだホクロがないか見たり見せあったりしている。



 「おてて。。はなして?」


 「さくらちゃん」は静かに俺の隣でそう言った。

 俺は初めて聞いた「さくらちゃん」の声に心臓がドキッとし慌てて彼女の左手を放した。


 「あ、わ、ごめんなさい。。。いたかった??」


 俺は恥ずかしさのあまり苛立っていたのもあって力が入っていたんじゃないかと心配になった。

 「さくらちゃん」は俺が手を離してすぐ自分の手に書かれたニコちゃんマークを見ようとしていた。


 「痛くはなかったよ。ニコちゃんマークが見たかったからお願いしたの。」


 そして「さくらちゃん」は自分の手のニコちゃんマークを見つけ、数秒見つめたあと俺の左手側のシャツの袖を少しめくった。


 「君も手首に2つのホクロあるよね。さっき私の手を掴む時に少し見えたの。」


 そう言うと彼女は、足元にあった赤のマジックペンを拾って俺の手に自分と同じようにニコちゃんマークを書いた。


 そして彼女は笑いながら少し小声で俺に言った。


 「神様から貰った〝おそろい〟だね」


 俺が「さくらちゃん」を見ると、彼女は頬を赤らめて笑っていた。

 「さくらちゃん」は目が丸く大きいが笑うとその目はほとんど見えなくなるくらい細くなるのだ。







 俺は缶コーヒーを片手に、初恋とも言える15年前の記憶を思い出していた。

 「さくらちゃん」は今どこで何をしているんだろう。


 先程自販機で買った缶コーヒーがなくなり近くのゴミ箱へ俺は捨てに立ち上がった。


 そしてふと思った。
 なぜ今更15年も前の話を思い出したのだろうと。

 俺は自分の左手の手首にある2つのほくろを見て考えた。
 初恋の相手というのはやはり忘がたい。現在進行形で恋愛感情があるかどうかと言うよりかは、ただ最初に受けた衝撃は何物にも代えがたいため、どうしても強く印象に残ってしまうのだろう。


 彼はスマホを開いた。そろそろ仕事に戻らないと。

 仕事のお昼休憩は短い。お腹に物を詰め込んで一息つくと直ぐに仕事の時間が来る。

 職場に戻り自分のデスクに座りパソコンのスリープモード切り画面を明るくした。

 休憩終了まで後5分。

 俺はスマホでニュースサイトを開き何度がスクロールをした。

 そして、とあるニュースが目に止まった。


 『人気読者モデル 癌を患い3年の余命宣告』


 俺は先程なぜ随分前の記憶を急に思い出したのかとても不思議だった。

 しかし、人は時に本能といえばいいのだろうか。無意識に何かを感じ取り何らかの感覚を起こさせるのであろう。


 そのニュースには人気読者モデルの画像が貼ってある。「honoN事務所所属モデル 菊地 さくら」


 俺はアイドルやら女優やらモデルやらには少し疎い。若い女の子が同じような服を着たら皆同じ顔に見える。


 そのニュースには「菊地 さくら」の雑誌に掲載されていたのであろう写真が何枚か添付されていた。そしてその写真のひとつに彼女が自分の顔に左手を当てている写真があった。


 「ほくろが。。2つ。。。。。。」


 彼女だ。


 それは「さくらちゃん」だった。



 俺は息を飲み、そしてニュースの内容を読んだ。


 動揺しているため、上手く読み取れなく最初の方の文章はなかなか頭に入らないためもう飛ばしてしまったが、大事なところであろう文章までたどり着き
 そこからは無理やりにでも理解しようと読み進めた。




 『20歳という若さで胃癌が発覚。今後の治療を発表した。菊地 さくらさんは 一時活動を休止し治療に専念するとのこと。』


 ニュースの見出しはあくまで人を引きつけるためやや大袈裟に余命宣告などと言う既に終わりが決まっているかのような言葉を使っていた。


 しかし、まだ若いということもあり彼女はまだこれらから治療していけば少なくとも寿命はまだ伸ばせるのではないだろうか。


 さらに記事を読み進める。
 そして彼女が記者に向けたであろう言葉を見つけた。



 『私は残りの時間。好きな人と結婚して幸せに暮らしたいです。え、いや、今現在お付き合いしている人はいませんよ。ただ、ずっと仕事一筋だったので命の時間がわかった今、子供の頃からの願いを叶えたいなと思ったんです。』




 俺はスマホの画面越しに映る彼女をそっと撫でる。
 「子供の頃からの。。。。願い。。。。。。」



 俺は彼女と同じ保育園にいた。

 ずっと疎遠だったけれど今日の俺の不可解な行動や偶然見つけたこのニュース。

 あの時彼女がいった「神様から貰ったお揃い」を俺は見つめる。

 彼女のために何かしてあげられることはあるだろうか。





 彼女はずっと辛い思いをしてきた。
 幼い頃にずっと。



 俺なら到底耐えられないことも彼女は平然と受け入れていた。



 もう一度スマホをスクロールし彼女の雑誌の写真に目を向ける。

 どの写真にも、自分が昔見た彼女の笑顔はどこにもなく、きちんと目が空いていて綺麗に上がった広角は正に絵に書いたような表情をしており誰もが憧れるような容姿が映されている。


 しかし、俺にはあの時、ニコちゃんマークをお互い書いた時の笑顔が忘れられない。

 画面の中の彼女を指でなぞる。


 「俺。。俺が。。。。。。また君を笑顔にさせてみせるよ。。」




 『好きな人と結婚して幸せに』




 彼女のニュースにあった言葉を思い出す。


 「待っててね。。。。すぐに行くから。。待っててね」

 俺はすぐに立ち上がり、その拍子に職場のデスクに膝をぶつけたが痛みを気にせず走り出した。









 「ねぇねぇ、さっきのみた?」

 「なにが?」

 「さっきの営業部のあの人だよ。」

 「あー、休憩時間すぎた途端いきなり立ち上がって職場から出てったあの人だよね。」

 「そうそう。しかもなんかすれ違いざまにさ、女の子の名前伸びながらニヤニヤして出ていったんだよね。」

 「え?何それ?恋人のとこ行ったとか?仕事放棄して?」

 「さぁよくわかんない。あの人いつも寡黙だけど、突然怒鳴ったりして気味悪いから誰も仲良くなかったし。プライベートなんて誰も知らないから噂ですら聞いたことないよ。」

 「えーあの人に恋人?見る目ないっしょww
 てか仕事放棄してんのやばいしょw」

 「いやわかんないけどね??wただキモかったかーって話。だってずっとスマホ見ながら名前呼んで笑ってんだもん。」

 「どうしよう、明日ニュースとかで出てきたらw」

 「『普段からそんな感じはあって。。いつかこうなると思ってました』って言わなきゃねw」





















 「待っててね」

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