【マンガシナリオ】秘密の幼なじみはおひとり様を彼女にしたくて



●(回想)中学校の入学式終了後、校門前(午前)
香苗と真衣は、入学式案内板の前で真新しい制服を着た空子と琥珀の写真を撮る。
空子は紺色のセーラー服。琥珀は黒の学ラン。

真衣『琥珀も空子ちゃんもついに中学生か〜。クラス別になっちゃったのは残念ね』
香苗『学ラン似合ってるわね琥珀くん。絶対にモテるわ』
真衣『そう? まだ着せられてるって感じよ。空子ちゃんの方が清楚で上品で可愛いー!』

母たちの会話が丸聞こえの空子と琥珀。二人ともうんざりした表情をする。
すると周囲の女子生徒の視線が琥珀に向いていることに空子が気づいた。
つられるように琥珀の横顔をまじまじと確認する。

琥珀『な、なんだよ……』
空子『……なるほど』
琥珀『??』
空子(ずっと一緒だったからピンとこないけれど、琥珀ってやっぱりかっこいい顔なんだ?)

今後、琥珀が女子にモテはじめる予感がした空子。

空子(この前まで同じくらいの身長だったのに、今日は少し見上げてしまうし)
(制服を着たことで、一気に大人に近づいた感じがする……)

大人に向かって互いに成長していることを実感した瞬間だった。

●中学一年生の夏、校庭(昼休み)
女子4『……入学式で見かけた時から、ずっと佐々木くんのことが好きでしたっ』
琥珀『え、俺……?』

夏休み直前、空子は廊下の窓から告白の現場をたまたま見てしまった。
ポニーテールが似合う可愛い子は顔を赤くしていて、琥珀はひどく驚いている様子。

空子(琥珀に告白……ふふ、駄洒落みたい。今度琥珀に教えよう)

告白の返事には興味を示さず、空子は一人微笑しながら再び歩きはじめる。
以降、琥珀が告白されるのは一度や二度に留まらかった。


●中学二年生の春、校門前(下校時間)
空子が下校しようと昇降口を出る。
春風が吹いて空子が目を細めたとき、昇降口前で琥珀が同学年の女子生徒に話しかけられている場面を目撃した。

空子(告白……ではなさそうな雰囲気)

会話内容は聞こえないけれど、琥珀が笑顔で対応している。
その後眉を下げて首を振っているのが確認できた。
空子はいつものように我関せずと素通りしようとしたが、琥珀に気づかれてしまう。
パッと笑顔を咲かせた琥珀が、女子生徒に一声かけて空子のもとに駆け寄ってきた。

琥珀『空子、一緒に帰ろ』
空子『え、でも今話の途中だったんじゃ?』
琥珀『ああ、男バスの勧誘。あの子マネージャーなんだって。断ってんのにしつこいから逃げてきた』

男子バスケ部への勧誘に困っていた琥珀は、空子の登場でやっと解放されたと思っていた。

空子『え、かわいそう』
琥珀『だろ?』
空子『マネージャーが』
琥珀『薄情者』

と言いつつ、琥珀は笑顔で空子との会話を楽しむ。

空子(きっとマネさんは、琥珀がすぐ戦力になると思って勧誘したんだろうな)

運動神経抜群なのに、運動部に所属していない琥珀をもったいないと思った空子。

●現在の空子のモノローグ
空子(私たちが幼なじみだということは、自然に周知されていた中学時代)
(だけど、琥珀と無条件で仲良くできる私を快く思わない人が密かに存在していた)
(琥珀を勧誘していたマネージャーも例外ではなくて……)

遠のく空子の背中を、マネージャーが悔しそうに睨んでいた。


●中学三年生の夏休み明け、空子の教室(休み時間)
窓際の自席に座る空子は、頬杖をつきながら景色を眺めていた。

空子(……昨日、男子バスケ部のマネージャーが琥珀に告白して、断られたらしい)

三年間、琥珀と同じクラスになることはなかった空子。
ただ、クラスメイトの会話から琥珀に関する話は耳に入ってくる。
そして、去年琥珀をバスケ部に勧誘していたマネージャーの顔を思い浮かべた。

空子(琥珀の勧誘は、もしかして下心もあったのかな……?)

恋を実らせるために勇気を出して行動する全ての女の子は、本当にすごいと尊敬していた。

●現在の空子のモノローグ
空子(だけど、受験を控える大事な時期に突入した頃から、何者かによる私への嫌がらせがはじまった)

●九月、終礼後の教室、空子の席(放課後)
帰り支度をする生徒たちの声と騒音が響く中、空子は席に座ったまま動かない。
元々おひとり様が平常運転の空子を、気にかける者はいない。
それを狙って、見えない何者かが空子の私物を奪ったり、逆に不要なものを机に忍ばせたりしていた。

空子(……今日はハンドタオルがなくなった。昨日は机の中に虫の死骸が入ってた……)

冷静に出来事を整理していく空子。ただ、日に日に疲弊していき、心が病んでいく。
教科書や上履きといった物には手をつけず、他人にばれないような小さな物、些細な嫌がらせが多い。
けれど、自分が標的になる理由がわからないうちは対処法もわからなかった。
空子は一人で、三ヶ月もこの状況と戦いながら受験勉強を進めていた。

●ある日の帰り道、自宅近く(日没後)
コンビニから出てきた私服の琥珀。
帰宅中の空子を見かけて呼び止める。嫌がらせを誰にも言っていない空子は、いつも通りを心がけて足を止めた。

琥珀『空子、なんか久しぶりだな。図書館で勉強してた?』
空子『うん。琥珀は――』

片手にコンビニ袋をぶら下げて、受験生とは思えない余裕が窺えた。

空子『羨ましいわ……』
琥珀『なに?』
空子『なんでもない』

琥珀は昔から、特別頑張らなくてもなんでもこなしてしまう。
一方の空子は努力しないとすぐに成績が下がってしまうから、今が頑張り時なのに余計な問題が降りかかっていた。

空子(でも嫌がらせの件は、琥珀にもお母さんにも絶対に知られたくない)

大事な時期に、余計な心配をかけたくない思いがあった。
受験を終え卒業してしまえば解放される。それだけが空子の希望だった。

琥珀『俺たちの受験校、今のところ受けるの俺らだけなんだって』
空子『え、琥珀を追いかけてくる子いないの?』

琥珀に想いを寄せる子が同じ受験校を選択する可能性を考えていた空子。
しかし琥珀は、空子の疑問にドヤ顔で答える。

琥珀『邪魔されたくないから誰にも言ってない』
空子『うわ』

少しかわいそうな気もするけれど、恋情で志望校は選択しない方がいいと空子も思っていた。
ただ、その恋情で志望校を選択している男が目の前にいることを、空子は知らない。

琥珀『空子と同じ高校通いたいんだから、絶対受かれよ』
空子『琥珀の成績ならもっと良い高校行けるのに……よりによって私と同じ高校受けるなんて』

空子は呆れたように呟いて、一人先を歩いた。
琥珀は大きなため息をついて、鈍感な空子のあとを追う。


●十二月の放課後、空子の教室(日没後)
一度帰宅した空子だが、忘れ物を思い出して学校にやってきた。
部活動時間ももうすぐ終わりという頃、静かな廊下を一人歩いて教室に到着する。

空子『っ⁉︎』

教室の電気をつけようとした空子は、教室内に人の気配を感じた。
その人物は、暗闇の中で空子の席に何かをしていた。
空子は瞬時に嫌がらせをしている犯人だと察して、電気をつける。
パッと教室が明るくなって、犯人の姿が鮮明になる。

空子『……なんで、こんなことするの』

空子の目に映ったのは、琥珀に告白したと噂があったバスケ部のマネージャー。
ひどく驚いた表情で立ち尽くしているが、その目には敵意が表れていた。
その手には以前盗られたはずの空子のハンドタオルが、切り刻まれた状態で握られている。

マネ『……あんたみたいな人が、琥珀くんの幼なじみなんてやってるから』
空子『……え?』

理解できず眉を寄せる空子。
その態度も気に食わないマネージャーは、握っていたハンドタオルを空子に投げつけた。

マネ『みんな言ってる! ずるいんだよ!』
空子『……な、にが……』
マネ『琥珀くんと釣り合わないし属性も違うのに、幼なじみってだけで仲良くしてもらえて!』

身勝手な不満が止まらないマネージャー。その言葉一つ一つが、空子に重くのしかかっていく。

空子(……ずるい? 私が琥珀と幼なじみだと、そんなふうに言う人がいるの?)
マネ『琥珀くんのこと好きな子いっぱいいて、でもうまく話しかけられなくて声もかけられなくて……でもあんたは――』
空子(私は、当たり前のように琥珀と話せるから……)
(だからって、こんな嫌がらせ……おかしいよ……)

納得できず、悔しさが込み上げてくる空子は俯いたまま震える。
決して悪いことをしているわけでは無いのに、空子と琥珀の関係が誰かの怒りを買うと知った。
その矛先が自分に向けられるということも。

空子『……琥珀にも、家族にも学校の先生にも言わない』
マネ『っ?』
空子『だから……もうこんなことはやめてください……お願いします』

深々と頭を下げた空子。
マネージャーの行為は許されるものではない。
それでも、空子は自分のためにも受験のためも早く穏やかな日常を取り戻したかった。
誰にも言わないことを条件に、空子はお願いする形をとる。

マネ『――っそういう良い子やってんのも腹立つんだよ!』

捨て台詞を残して教室を出て行ったマネージャー。
空子はしばらくその場を動けずにいて、今にも心臓が破裂してしまいそうな痛みを覚えていた。

●冬休み明けの空子の部屋、机に向かって勉強中(夜)
あれ以降、嫌がらせはパタリとなくなった。
しかしマネージャーに言われた言葉が、ふと脳裏に浮かぶ空子。

マネ『あんたみたいな人が、琥珀くんの幼なじみなんてやってるから』
『みんな言ってる! ずるいんだよ!』
『釣り合わないし属性も違うのに、幼なじみってだけで仲良くしてもらえて!』
空子(……うるさいうるさいっ、うるさい!)

耳を塞いでも聞こえる攻撃的な声、自力で落ち着かせる日々。

空子(頭では、私も琥珀も悪くないってわかってるのに……)

責められたことで、抱かなくてもいい罪悪感が芽生えてくる。
幼なじみの関係は、偶然が重なっていつの間にか築かれた関係。
しかし、受験勉強に追われる空子の中で、徐々に一つの答えが固まっていく。

●三月の合格発表の日、琥珀の部屋(午前中)
合否の結果を一緒に確認しようと誘われ、琥珀の部屋にお邪魔していた空子。
パソコン画面を前に、琥珀と空子は顔を並べて固唾を呑む。
時間となり、合格発表のページが開かれた。

琥珀『あった!』
空子『あった』

手にした受験番号と画面を何度も確認して、二人が無事合格したことを知る。
琥珀は嬉しさのあまり、空子にハグして喜びを爆発させた。

琥珀『やったなー! これで高校も一緒だぞ空子ー!』
空子『い、痛い……』
琥珀『ああ、ごめんごめん!』

冷静すぎる空子に、テンションを上げすぎた琥珀は頬を赤くしながらすぐに手を離す。
嫌がられた?と少し不安を抱えたが、空子の横顔は合格がわかって安堵していた。
その様子に琥珀も胸を撫で下ろす。

琥珀『あれだな。同中出身は俺たちだけだから、高校は知らないやつばっかだな』

すると、空子がずっと考えていたことを口にした。

空子『……あのね、琥珀にお願いがあるんだ』
琥珀『え……な、なんだよ改まって』

合格がわかっためでたい日に、真剣な表情で空子が語ろうとしている。
只事では無いと期待が膨らんだが、それは琥珀にとって酷なお願いだった。

空子『高校では、私を無視して』
琥珀『…………は?』
空子『私たちが幼なじみだってこと、秘密にしてほしい……』

先ほどまで喜びを爆発させていた琥珀から、笑顔が消えた。
視線を逸らした空子に、琥珀は低い声で問いかける。

琥珀『……何それ、意味わかんねぇ。誰かになんか言われた? 空子が急にそんなこと言い出すのおかしくね?』
空子『っ……』

部屋の空気がピリついた。琥珀に色々疑われるも、空子は全てに首を振る。
きっかけはあったけれど、そうしようと決めたのは空子自身。
とても自分本位で、保身を優先した身勝手なお願いだと分かっている。
それでも空子は、高校では波風の立たない、平穏な学校生活を送りたいと強く願った。


(回想終了)