●学校、廊下(四月下旬、昼休み)
廊下の窓から春空を眺める、教科書を抱えた空子。
胸元まで伸びたサラサラな黒髪。ブレザーの制服と膝丈の紺色スカート。
知的でクールな雰囲気を纏う女子高生。
空子(私、青宮空子は常々心がけていることがある)
再び歩き出し、次の授業で使う教室を目指す。
すると前から陽気な男女数名が、笑い声を上げながら向かってきた。
先頭を歩く佐々木琥珀。
ブレザーの制服と、首元には緩んだネクタイ。左耳にはシルバーのフープピアス。
太陽光を浴びると、センターパートの髪色と瞳が鮮やかなキャラメル色に変化する。
いつも輪の中心にいる琥珀が、笑顔で友人らと会話をしていた。
ふと正面の空子に気づいて目が合う。途端、琥珀の笑顔が消えた。
空子「……」
琥珀「……」
無言のまますれ違い、何事もなかったように歩く空子。
空子(私は、おひとり様愛好家。一人で行動することが好きで、一人の時間を有意義に過ごす高校生)
(だから高校生活二年目も、波風立てずに穏やかに――常に凪のような生活を送りたい)
そこへ、同じクラスで同じ図書委員の仲野啓介が現れる。
前髪が眼鏡にかかりそうなくらいに長く、制服も規定通りに着る優等生。
啓介「青宮さん。今日の委員会の集まり、明日に変更された」
空子「わかった。ありがとう」
ぼそっと小さな声で用件だけ伝えた啓介は、空子と同じ行き先なのにそそくさと先を歩いていった。
空子(そう、必要最低限の他者との会話・交流だけで充分)
(私がこんな調子だから、当然学校では友達ができず、あまり構われることもない)
(だけど私は、それがいいんです)
素っ気ない啓介の対応だが、空子にとっては最適なものだった。
満足げな空子は、自分のペースで歩き進む。
琥珀「……」
そんな二人の接触を、琥珀はそっと振り返り見つめていた。
●学校帰り、コンビニ前(夕方)
高校前の駅から電車で二十分。そこから徒歩でまた十分のところに空子の自宅があった。
帰り道の途中にあるコンビニ前を歩く空子。
空子(家についたらパパッと課題終わらせて、そのあと夕食準備……あっ)
あるものが食べたくなった空子は、吸い込まれるようにコンビニに向かう。
●コンビニ扉前
店内から出てきたのは琥珀。その後ろには琥珀の友人の廉。そしてお菓子が入った袋を持つ女子二名がいた。
空子「……」
琥珀「……」
琥珀の後ろで進めずにいた花城涼音が、ひょこっと顔を出す。
肩にかかったナチュラルブラウンの髪の毛はふわふわで、お花のような可愛らしい顔立ちの女子高生。
涼音「琥珀、どうし――あ、一組の青宮空子……」
空子「……」
冷たくフルネームを呟かれるも、空子は無反応。四人組を華麗に避けて店内に入る。
その澄ましたような態度に涼音が不満を漏らし、隣にいた友人の里菜も同調した。
涼音「相変わらず無愛想〜」
里菜「うちら八組だから学校で滅多に会わないのに、まさかこんなところで会うなんて」
涼音「この近所に住んでるのかな? 琥珀知ってる?」
琥珀の耳がぴくりと動くが、表情はいつもの笑みを浮かべていた。
琥珀「いや全然」
里菜「まあ琥珀と青宮さんは属性真逆だし、同じ中学だったとしても関わることないよね」
涼音「そうそう、琥珀は知らなくて当然だよ〜」
涼音が琥珀の腕に馴れ馴れしく触れる。
琥珀「……そんなことより、お菓子買いすぎだろ」
涼音「えー? そうかな〜?」
一瞬、琥珀の表情に影が落ちるも、すぐに切り替わり会話を続ける。
廉「……?」
廉だけがその違和感に気づくも、そのまま傍観していた。
涼音は楽しい雰囲気のまま、拳を空に向ける。
涼音「さて! お菓子も買ったし、今日こそ琥珀ん家行こー!」
琥珀「は? やだよ。うち無理」
涼音「えー? 電車乗ってここまできたのにダメなのー?」
涼音の頬が膨らむ。琥珀の腕に自身の腕を絡ませるもすぐに振りはらわれた。
琥珀「勝手についてきただけだろ。それに、俺は好きな子しか家にあげないから」
涼音「っ……⁉︎」
琥珀「じゃあな」
廉、涼音らを置いて一人帰っていく琥珀。
涼音は遠回しに振られ悔しそうな顔をする。里菜が背中を撫でて慰める。
廉「二人とも、そういうことだから帰ろう」
涼音「こんな時も冷静なのやめてよ廉」
イーッといじける涼音に呆れつつ、廉は涼音と里菜を引き連れて駅方向に歩き出した。
●コンビニ店内
陳列棚の隙間から店の外を眺めていた空子。
会話は聞こえないが、琥珀たちが解散した様子を見て安堵のため息を漏らした。
空子(やっと帰ってくれた……)
お目当てのキャラメルの箱を手に取って、少し考える。
空子(もう一つ買っていこうかな)
キャラメルを二つ持ち、会計を済ませてコンビニを出る。
●住宅街、自宅近く(夕方)
自宅が見えてきた時、空子の視界が何者かの手のひらで遮られた。
琥珀「そーらこ!」
空子「……」
琥珀に目隠しされたものの、大声一つあげない空子。琥珀は少し呆れた表情をして注意した。
琥珀「おい、背後無防備すぎだろ」
動じない空子は、無表情のまま琥珀の手を振りはらって歩き出す。
空子「あのね、何年も同じことされたら流石に予想する」
琥珀「つまんねー」
琥珀が口先を尖らせた。
●空子自宅、玄関前
空子が鍵を取り出すと、琥珀も自宅に入ろうとした。
空子「え、自分の家帰らないの? まだ夕食の時間じゃないよ」
琥珀「家にいても暇だし。俺も一緒に夕飯作る」
空子「その前に課題あるんだけど」
琥珀「ふーん、教えてあげようか?」
運動神経も良く成績優秀な琥珀が、自慢げに微笑む。
努力で成績を保っている空子が悔しそうに口をへの字にした。
空子「いい。自分で考えるから」
琥珀「かわいくねーな」
と言いつつ空子との会話が楽しい琥珀は笑顔を絶やさない。
空子がキャラメルの存在を思い出し、その一つを琥珀に渡した。
空子「はい、あげる」
琥珀「え……?」
空子「さっきコンビニで買ったの。私の分と琥珀の分」
手渡されたキャラメルの箱を見つめる琥珀。昔の記憶を脳裏に蘇らせて、少し切なげに見つめた。
空子「琥珀が好きだったキャラメルなのに、いつの間にか私の好物にもなっちゃった」
琥珀「……子供の頃、一緒に食ってたもんな」
空子「うん。このキャラメル見ると子供の頃思い出す」
琥珀との思い出を振り返って、空子は優しく微笑んだ。
そんな空子に見惚れる琥珀が、はっと我に返る。
琥珀「空子、早く鍵開けて。喉乾いた」
空子「もう、わかったから急かさないで」
鍵を開けた空子は、琥珀に背中を押されながら家の中に入った。
空子(私、青宮空子と佐々木琥珀は、隣の家に住む幼なじみ同士)
(赤ちゃんの時から家族ぐるみで仲が良く、いつも一緒に遊んでいた)
(訳あって今はお互い母子家庭。でも、一ヶ月前に琥珀のお母さん、真衣さんが入院した。腰に腫瘍ができて現在治療中)
(だから真衣さんが不在の間、寝る時以外はうちで過ごすことになった琥珀)
●空子の家の中、玄関先
琥珀「ただいまー」
空子(すっかり我が家みたいになってる……)「真衣さん体調どう? ちゃんと連絡してる?」
靴を脱ぐ空子、続いて琥珀が靴を脱ぎながら返答する。
琥珀「空子がうるさいから毎日してる」
空子「うる……さい?」
先に家に上がった空子が不服そうな表情をした。その頬を、琥珀がぷにっとつまんで微笑む。
琥珀「毎日調子いいって返信あるよ」
琥珀の報告を聞き、空子は胸を押さえてほっとした表情をする。
空子「そっか、良かった……」
その姿に愛おしさが込み上げてくる琥珀。
いろいろ我慢をした結果、空子の頭をポンと撫でるに留まった。
●(回想)一ヶ月前、琥珀母の入院初日、病室(春休み期間中、午後)
空子と母の香苗、そして琥珀の三人で諸々手伝いに行った時のこと。
病衣に着替え終わった琥珀の母、真衣《まい》がベッドに座り話しはじめる。
真衣『琥珀は料理できるっていうんだけどね、キッチン汚すし散らかすし、家燃やされそうで本当に嫌なの』
琥珀『いくらなんでも燃やさねぇよ』
真衣は息子の琥珀を心配そうに見た。そんな母と呆れ顔で会話する琥珀。
真衣『洗濯できる? 水回りの掃除は? あと……』
琥珀『俺来月で高二なんだけど』
真衣『わかってるわよ。でも、なんていうか、雑なのよねー』
母の言葉に琥珀がイラっとした顔をする。そんな親子の会話に香苗がある提案した。
香苗『そうだ。真衣さんの入院中、うちにおいでよ琥珀くん』
空子・琥珀『え⁉︎』
予想していなかった提案に、空子と琥珀が目を丸くして驚く。
香苗『一人で食事するのも寂しいでしょう。私は仕事で休日も帰り時間もバラバラだけど、空子が家にいるし』
空子『え、待ってお母さん。私は琥珀を目の前にしてご飯食べなきゃいけないの?』
あからさまに困った顔をした空子。しかし琥珀が満面の笑みでその提案に乗った。
琥珀『香苗さんいいんすか? すげー助かります! やっぱ一人で食べるより、みんなで食べたほうが美味いし!』
空子『っ⁉︎』(琥珀ノリノリだ⁉︎)
瞳を輝かせて感謝する琥珀。香苗は息子のように思っている琥珀をすんなり受け入れる。
香苗『キッチンも風呂も使っていいし、うちにも寝具はあるから』
空子『ちょ、寝るときは自分の家帰ってよ』
就寝する時も家に琥珀がいると思うと、心が休まらない。そう思った空子が琥珀に忠告する。
ちぇっといじけ顔をした琥珀だが、そこだけは譲れない空子が対立している。
それを構うことなく、母親同士で話は進む。
香苗『それならお家も汚さずに済むし、琥珀くんの無事も確認できるし』
真衣『香苗さん、本当にいいの? 何から何までありがとう』
仲の良い母二人が、労い合う。
琥珀が空子の家で半同居のような生活になれば、真衣の心配も解消される。
すると嬉しそうな琥珀が空子の肩を叩いた。
琥珀『よかったな〜空子、イケメンを目の前に飯食えるなんて最高だな』
空子『……自分で言う? 私はおひとり様が気楽で好きなんだけど』
琥珀『それは学校だけの話だろ? 家では俺を構うくせに』
空子『琥珀が私を執拗に構うんでしょっ』
空子は真実を主張するも、琥珀は悪びれもなく空子に怪しい笑みを浮かべた。
そんな中、香苗は早速持っていたスペアキーを琥珀に渡す。
琥珀は指に掛けた鍵をわざとらしくぶらぶらさせて、空子を煽った。
琥珀『楽しみだな、半・同・居』
空子(えー……)
あっけなく決定した琥珀との半同居に、空子は困惑した表情をする。
空子(きっと“学校”ではいつも通りにしてくれるだろうし、真衣さんを安心させるためにもそれがいいか)
懸念点はあるものの、空子は琥珀との半同居を承諾した。
(回想終了)
●空子の自宅リビング
身を投げるようにソファに座ってくつろぐ琥珀。
琥珀「は〜疲れたー」
空子「まず手洗いね」
琥珀「ちょっと休憩〜」
空子「だーめー」
こんにゃくのようになる琥珀の手をとって、空子が引っ張る。
幼なじみの健気な姿に弱い琥珀は、自力で立ち上がって空子の手をぎゅっと握った。
琥珀「このまま連れてって」
空子「もー自分で歩いてよ」
空子は手を繋いだまま、琥珀を洗面室まで連れて行く。ご満悦の琥珀には気づいていない。
空子(こうして、寝るとき以外は大体うちにいる琥珀)
(朝晩の食事はもちろん、学校に持って行くお弁当を一緒に作ったり、掃除したり課題をやったりして過ごす)
●洗面室、洗面台前
二人並んで手を洗いはじめる。
空子「この生活も一ヶ月経つけど、思ったほどストレスなかった」
琥珀「え?」
空子「ほら、私は基本おひとり様だし。でも琥珀は昔から一緒だから、気を許せるというか……」
琥珀「それって……」
手を洗いながら期待に胸を膨らませる琥珀。
しかし空子は悪気なく真顔で答えた。
空子「無駄に体だけ大きくなった弟ができた感覚」
子供の頃は同じ背丈だった琥珀も、今は身長が伸びて体もしっかりして、立ち上がらせることもできなかった。
しかし空子の期待外れの回答に、琥珀は呆れ沈黙する。
返答のない琥珀に、空子が心配して呼びかけた。
空子「琥珀?」
琥珀「……無駄じゃない、この体は空子を守るために大きくなった」
空子「へーー知らなかった。ありがとう」
意味をよくわかっていない空子が適当にお礼する。
真意が伝わっていないことを歯痒いと感じながらも、琥珀の不満はまだ続いた。
琥珀「それと……せめて兄だろ。俺の方が誕生日早いんだから」
空子「手洗いも一人で行けない兄ってどうなの」
琥珀「だからそれは……もういい」
手を洗い終えた琥珀の表情は子供のように拗ねていた。
兄でなく、弟に例えたことに不服なんだと思い込んでいる空子。
空子(運動もできて勉強もできて、社交的だから友達もすぐにできる。私とは真逆の幼なじみ)
(昔から何事も卒なくこなしちゃう琥珀だけど、今みたいに意外と子供っぽいところあるんだよね)
今のやりとりを振り返り、空子がふふっと笑った。
空子(そのギャップが女子にモテる理由なのかな?)
タオルで手を拭く琥珀が、笑う空子をじっと睨む。
琥珀「なんだよ」
空子「いや、琥珀モテるのに、ずっと彼女いないの不思議だな〜と思って」
琥珀の眉が、ぴくりと動いた。
続いてタオルで手を拭く空子の横顔を見ながら、そっと名前を呼ぶ。
琥珀「……空子……」
空子「ん?」
手を拭き終えた空子の目の前を、琥珀の腕が横切る。
手のひらをタンと壁につけ、空子を壁に追いやる琥珀。
空子「っ⁉︎」
驚いた空子が視線を上げる。苛立っている琥珀の顔が空子を見下ろしていた。
琥珀「それ、本気で言ってんの?」
その顔が徐々に迫ってきて、空子はただならぬ空気を察知。
そして少しの危機感と多大な緊張を覚えて、心臓がドキッと鳴った。



