○(回想)保育園時代
壮平M「初めて紗奈に会ったのは、5歳の頃。両親が離婚して、広い一軒家から古い小さなアパートに引っ越すことになった」
× × ×
(フラッシュ)
狭いアパート。まだ何の荷物もない部屋に立ち尽くす壮平と母親。
× × ×
壮平M「その頃、離婚の意味はよく分かっていなかったけど、大好きだった父親と会えなくなったこと、いつも明るかったはずの母親の笑顔が少なくなったことから、どうやら悲しいことが起こったらしいというのだけは理解できた」
× × ×
(フラッシュ)
笑顔の壮平の父親。暗い顔の壮平の母親。
× × ×
壮平M「きっと泣いてるんだろうけど、俺に見せまいと、慌てて涙を拭いて作り笑いをする母親を、どうすれば笑顔にできるのかも分からなくて……」
× × ×
(フラッシュ)
壮平に見せないように涙を拭って、作り笑いをする壮平の母親。
× × ×
壮平M「そんなときに出会ったのが紗奈だった」
○(回想)紗奈の自宅前(保育園時代)
壮平の母「隣に引っ越してきました青山です。母子家庭なんですけど、よろしくお願いします」
お辞儀をする壮平の母親。隣に立っている壮平。
紗奈の母「あら! うちも母子家庭なんです! (にこりと笑って)一緒ですね。 何歳?」
紗奈の母、壮平に向かって年齢を尋ねる。
壮平「(無愛想に)……5歳」
紗奈「え! 紗奈も5歳だよ? ひまわり組?」
壮平「……」
紗奈の母「紗奈! 紗奈の保育園の5歳クラスさんは“ひまわり組”って名前だけど、他の保育園の5歳クラスさんの名前は違うのよ?」
紗奈「え! そうなの!? びっくり栗〜!」
紗奈、おどけてみせる。
紗奈を見て大笑いする壮平の母。
壮平M「母親の笑顔を見たのは久しぶりで、それが少し悔しくて、はじめに紗奈に抱いていた感情は嫉妬だった」
(回想終わり)
○(回想)保育園・砂場
壮平M「そして、たまたま紗奈と同じ保育園に転園し、結局俺もひまわり組になった」
男児A「壮平くんちって、お父さんいないんでしょ?」
壮平「うん」
男児B「えー、なんで?」
壮平「知らない」
男児A「変なの! 行こ!」
男児2人が壮平の元から去っていく。
涙を堪える壮平。
紗奈がたまたま砂場に遊びに来る。
紗奈「ねぇねぇ、そーへー! 何作ってるの?」
無視をする壮平。壮平の顔を覗き込む紗奈。
紗奈「泣いてるの?」
壮平「うっせー!」
紗奈「お腹痛いの? 大丈夫? 紗奈もたまにあるよ! そういう時はお腹をこうやってマルの形で撫でればいいんだって! お母さんが教えてくれたんだ!」
壮平M「ちげーよ」
紗奈「あとりんごを食べるといいんだって! りんごないけど、お砂で作ってみようか!」
壮平M「砂のりんごなんか食えるわけないだろ。……無視してるのに、ずっと1人で喋ってる。泣いてるところ、見られたくない。早くどっか行けよ」
壮平「なんでお前のお父さん、いねーの? 変なの!」
黙る紗奈。
紗奈「うーん。分かんない! でも、紗奈とお父さんって食いしん坊だから、夜ご飯の唐揚げも取り合いっこしてたんだけど、今は食べ放題なんだ〜♪ あと、前にお父さんが使ってた部屋が、紗奈の部屋になったんだ、いいでしょ〜? 今、折り紙で可愛くしてるところなの! そーへーも遊びに来る?」
壮平M「お父さんがいない状況は一緒なのに、なんだか楽しそうにきゃっきゃ話してて、その姿が眩しすぎて、俺はまた泣けてきた」
再び泣く壮平。
紗奈「もっと痛くなったの? 大丈夫? 紗奈には何もできないけど、そーへーが痛くなくなるまでずっとそばにいるよ。大丈夫だよ!」
紗奈、壮平の顔を覗き込む。
顔を赤くする壮平。
(回想終わり)
○壮平の自宅・壮平の部屋
壮平、ベッドに仰向けに寝そべっている。
壮平M「あの日から今日までずっと、俺は紗奈だけを見てきた。親が離婚と再婚をする度に、大泣きしても必ず立ち上がって、笑顔でひたむきに生きてきた紗奈。紗奈は、俺がいたから頑張れたって言うけど、それは違くて、いつも紗奈が一生懸命だから、俺も前を向いてこれた。だから縁切りの神様に願ったんだ、これ以上紗奈を苦しめる試練を与えないで下さいって」
× × ×
(フラッシュ)
花田原神社の賽銭箱前で、目を瞑り、真剣に手を合わせる壮平。
× × ×
○紗奈の自宅・リビング
ダイニングテーブルに向かい合って座る紗奈と母親。
紗奈「お母さん。昨日から無視してごめん。気持ちがグチャグチャしてて、言葉がまとまらなかったの」
紗奈の母「うん、いいのよ。当然よ。紗奈は悪くない」
紗奈「私、昔からずっと、お母さんが再婚するの嫌だった。新しいお父さんと一緒に暮らすのも嫌だったし、苗字が頻繁に変わるのも嫌だった。離婚して落ち込むお母さんを見るのも悲しかったし、新しい男の人とまた付き合うお母さんを見るのも悲しかった。貧乏でもいい。お母さんが1人だけいれば、それだけでよかった。これが本当の私の気持ち。亮さんのことは許せないけど、亮さんに言われて気付いた。……でも、お母さんも一生懸命1人で子育てと家計のやりくりを頑張ってくれていたことも全部知ってる。だから、理解はしているし、感謝していることに変わりはない」
紗奈の母「紗奈……。今までたくさんたくさん傷つけて、気持ちに気付けなくて、本当にごめんなさい。謝っても謝りきれないわ。……今日、隆さんと話し合ったの。離婚することにした」
紗奈「え!」
紗奈の母「これは2人の総意。私が1番大切にしたいのは紗奈だから。紗奈だけと向き合いたい。それに、隆さんも“今まで亮くんと向き合ってこなかった俺の責任”って言ってて、これから亮くんと向き合っていくって」
紗奈、黙って話を聞く。
紗奈の母「でもね、隆さんが紗奈のことを大切に想っていたのは本当。しょっちゅう、紗奈の父親になれて良かった、何をしたら喜んでくれるかなって言ってたのよ。あと、離婚理由は隆さんの不倫ではないの。亮くんのお母さんを悪く言わないために黙ってることもあるみたいで……。まぁ、色々と事情があるのよ。別に、隆さんを庇いたいわけじゃないのよ?紗奈はちゃんと愛されていたってことを伝えたいだけ。隆さん、傷つけてごめんなさいって言ってたわ。……本当に最後まで振り回して、傷つけてごめんなさい。もう私、結婚はしない」
紗奈「私も春から大学生でこの家出て行くし、もう大人になるから、お母さんも好きなように生きていいんだよ」
紗奈の母「ううん、私がこうしたいの。紗奈が立派に自立しようとしているのに、お母さんだって負けてられないもの! 男に依存しないで、1人で逞しく稼いでやるわ!」
紗奈「ふふ、なんかお母さん、いい顔してる」
紗奈の母「でしょ? なんか今、やる気に満ち溢れててなんでも出来そうな気分なの。あ、紗奈の大学の学費は今まで貯めてきたから安心して! どんと構えてなさい!」
紗奈「……ありがとう、お母さん。なんか、もっと前からこうやって本当の気持ち、お互いにぶつけ合えれば良かったんだね。今からじゃ遅いかな」
紗奈の母「私たちの人生これからよ!」
紗奈「うん!」
紗奈と紗奈の母、微笑み合う。
○河原(昼)
満開の桜の木が川沿いに並んでいる。
桜並木を制服姿で歩く紗奈と壮平。制服の胸には、“卒業おめでとう”と書かれたビラ付きのバラのコサージュがついている。
紗奈「卒業しちゃったね」
壮平「あぁ。思ってたより式もあっけなかったな」
紗奈「だね。全然実感ないなー。壮平とは1ヶ月後には違う場所にいるのかぁ。……慶智大学、合格おめでとう!」
壮平「紗奈も、上林大学おめでとう!」
紗奈「おめでたいことだよね!」
壮平「あぁ。この選択が正解だったって言えるように俺たちでしていこうぜ」
紗奈「(笑顔で)そうだね! 学生時代なんて長い人生で考えたらちょっとの時間だしね!
(笑顔を作りながらも少しずつ泣きそうになる)高校生活も一瞬で終わったもん! すぐだよね、そうそう、すぐすぐ……」
涙を堪える紗奈を強く抱きしめる壮平。
壮平「絶対に迎えに行く。俺を信じろ」
紗奈、大粒の涙をポロポロ流す。
紗奈「大丈夫だよ、寂しくない寂しくない!」
壮平「大丈夫って言うな。寂しい時は寂しいって言え。紗奈が会いたいって言ったらいつでも飛んでいくし、紗奈を困らせる奴がいたら夜でもぶん殴りに行く。頼むから、意地張んなよ」
紗奈「うん」
壮平、体を離して紗奈の目を見つめる。
壮平「俺だって心配なんだよ? 紗奈可愛いから変な男にちょっかい出されないかなとか、隙だらけだから危ない目に遭わないかとか……。(苦笑いしながら)サークルとかお酒とか不安な要素多いし、本当は俺の監視下に置いておきたいけど。だから、大丈夫じゃない時に“大丈夫”とか言うなよ? 俺にちゃんと心配させろよ? 分かったか?」
紗奈「(くしゃっと笑いながら)うん! 壮平もだからね! 約束!」
壮平と紗奈、小指を結び、指切りする。
壮平「2人で高みに行こうぜ。愛してる、紗奈」
紗奈「私も愛してる」
壮平と紗奈、何度もキスをする。頬を赤くする紗奈。
綺麗な満開の桜と桜吹雪。
紗奈M「この試練を乗り越えた私たちなら、きっとこの先もずっと一緒にいられる気がする。お互い成長して、また一緒になろう。大丈夫。より良い未来に繋がる道へ、ちゃんと進んでいるから」
○都会・路上(夕方)
テロップ「7年後」
“可愛くない顔をした人参のマスコットのキーホルダー”がついた大きなスーツケースを引きずって歩いている女性(紗奈)の足元。パンツスーツにヒールを履いている足元。
「コツコツコツ」ヒールの音。
「ゴロゴロゴロ」スーツケースを引きずる音。
○法律事務所(夕方)
“高木法律事務所”と書かれた受付。
スーツに革靴を履いた男性(壮平)の後ろ姿。事務所の女性スタッフ2人とすれ違う。憧れの眼差しで壮平を見つめる女性スタッフたち。
女性スタッフA・B「お疲れ様です!」
後ろ姿の男性(壮平)「お疲れ様です」
女性スタッフA「(キラキラした表情で)あの、このあとの飲み会参加されます?」
後ろ姿の男性(壮平)「今日はちょっと大事な用事があって……」
○都会・路上(夕方)
“可愛くない顔をした人参のマスコットのキーホルダー”がついた大きなスーツケースを引きずって歩いている女性(紗奈)の足元。パンツスーツにヒールを履いている足元。
「コツコツコツ」ヒールの音。
「ゴロゴロゴロ」スーツケースを引きずる音。
○法律事務所(夕方)
女性スタッフB「大事な用事ってなんですか?」
後ろ姿の男性(壮平)「迎えに行かなきゃいけない人がいて。また今度にさせてもらいます」
会釈をして、颯爽と歩いて行く壮平の後ろ姿。
女性スタッフA「青山さんって、7年くらい遠距離続けてる幼馴染の彼女がいるらしいわよ。彼女さんの方が1回目の司法試験に落ちて、先に青山さんが弁護士になったらしいけど、今年彼女さんも弁護士資格取れて、上京するって噂! その彼女さんかしら」
女性スタッフB「入る隙がないわねぇ〜」
苦笑いしながら壮平の後ろ姿を見つめる女性スタッフたち。
○オフィス街(夜)
高層ビルが立ち並ぶ都会のオフィス街。
“可愛くない顔をした人参のマスコットのキーホルダー”がついた大きなスーツケースを引きずって歩いている女性(紗奈)の足元。パンツスーツにヒールを履いている足元。
「コツコツコツ」ヒールの音。
「ゴロゴロゴロ」スーツケースを引きずる音。
大人になった紗奈がスーツを着て、スーツケースを引きずり歩いている。背筋が伸びている。
紗奈M「会うの、8ヶ月ぶりかな?」
通り過ぎるビルの窓に映る自分を見て、前髪を整える紗奈。微笑む。
紗奈の少し先に、スーツを着た男性(壮平)のスラっとした後ろ姿が見える。
紗奈「あ……」
紗奈、その男性(壮平)の後ろ姿をじっと見つめる。
紗奈「(大声で叫びながら)壮平!!」
振り返る壮平。走って飛びつく紗奈。
紗奈「この日をずーっと待ってた!」
壮平「俺も」
紗奈「会いたかったよ!」
壮平「俺も」
紗奈「大好き!」
壮平「俺も」
紗奈「すーっごく長かった!」
壮平「うん」
紗奈「もうこれからは、ずっと一緒だね……」
壮平、紗奈の言葉を遮るようにキスをする。
照れる紗奈。
紗奈「そ、壮平……」
壮平「一生かけて、紗奈を幸せにする。結婚してください」
壮平、真剣な顔で紗奈を見つめる。
紗奈、涙を目にいっぱい溜めながら、
紗奈「っはい! よろしくお願いします!」
微笑み合って、両手を繋ぎ、おでこをくっつける。
壮平「幸せ」
紗奈「うん」
壮平「これからはずっと一緒な」
紗奈、頬を赤くして微笑む。
壮平「あ、そうだ。左手出して」
壮平、スーツのポケットから指輪を取り出し、紗奈の左手薬指にはめようとする。紗奈の左手薬指には、高校時代に夏祭りの射的の景品で壮平に貰ったおもちゃの指輪がすでについている。
壮平「(呆れながら)なんでだよ! ってか、いつのだよ! 高校んときの夏祭りの射的の景品だろ! ちょっとは稼げるようになったから、これと交換させろ」
紗奈「へへ、私にとってはこの指輪も特別なものなの。壮平に貰ったものは全部そうだよ」
壮平、照れて頭を掻く。
壮平「……じゃあ、上からつけるから、手ぇ出して」
紗奈「はい」
紗奈、左手を出す。
壮平、紗奈の左手薬指に本物の指輪をはめる。そのまま紗奈の手の甲にキスをする。
紗奈「ひゃっ!」
壮平、その姿を見てニヤッと笑い、
壮平「続きは俺らの部屋でやろうぜ」
壮平、紗奈のスーツケースを持って歩き出す。紗奈、壮平の後を足早に追いかけながら、
紗奈「ちょっ、待ってよ、続きって! 壮平の部屋に私の引っ越しの段ボール届いたばっかりだし、荷物の整理とか就職先の勉強とかもしなきゃいけないのに!」
壮平「それは俺も手伝うから、ケチなこと言うなよ〜。ずっと我慢してきたんだぜ? 7年分の紗奈をこれから毎日感じさせてくれよー」
壮平、いじけた表情。
紗奈、少し困惑した表情。その後、歩きながら壮平の片腕に両手でしがみつく。
驚いて紗奈を見下ろす壮平。上目遣いで壮平を見る紗奈。
壮平「(小声で)参ったな。これはこれで、仕事に集中できなくなるな……」
紗奈「え? なんか言った?」
壮平「可愛いって言った」
紗奈「うそだよ! 絶対そんな言葉言ってない!」
壮平「ニュアンスは一緒!」
紗奈「ふーん? ね、コンビニ寄ってアイス買ってこ!」
壮平「いーよ、就職祝いに俺が5個まで買ってやろう!」
紗奈「いいの!? やったー」
歩きながら笑顔で会話する2人。
紗奈M「これからも長い人生、私たちにはたくさんの困難が待ち受けているだろう。それでも、逃げずに2人で向き合って、たくさん悩んで、選んだ道を自分たちで正解にしていくしかない。私は絶対に壮平とこの幸せを守ってみせる。永遠の愛を誓おう」
壮平M「初めて紗奈に会ったのは、5歳の頃。両親が離婚して、広い一軒家から古い小さなアパートに引っ越すことになった」
× × ×
(フラッシュ)
狭いアパート。まだ何の荷物もない部屋に立ち尽くす壮平と母親。
× × ×
壮平M「その頃、離婚の意味はよく分かっていなかったけど、大好きだった父親と会えなくなったこと、いつも明るかったはずの母親の笑顔が少なくなったことから、どうやら悲しいことが起こったらしいというのだけは理解できた」
× × ×
(フラッシュ)
笑顔の壮平の父親。暗い顔の壮平の母親。
× × ×
壮平M「きっと泣いてるんだろうけど、俺に見せまいと、慌てて涙を拭いて作り笑いをする母親を、どうすれば笑顔にできるのかも分からなくて……」
× × ×
(フラッシュ)
壮平に見せないように涙を拭って、作り笑いをする壮平の母親。
× × ×
壮平M「そんなときに出会ったのが紗奈だった」
○(回想)紗奈の自宅前(保育園時代)
壮平の母「隣に引っ越してきました青山です。母子家庭なんですけど、よろしくお願いします」
お辞儀をする壮平の母親。隣に立っている壮平。
紗奈の母「あら! うちも母子家庭なんです! (にこりと笑って)一緒ですね。 何歳?」
紗奈の母、壮平に向かって年齢を尋ねる。
壮平「(無愛想に)……5歳」
紗奈「え! 紗奈も5歳だよ? ひまわり組?」
壮平「……」
紗奈の母「紗奈! 紗奈の保育園の5歳クラスさんは“ひまわり組”って名前だけど、他の保育園の5歳クラスさんの名前は違うのよ?」
紗奈「え! そうなの!? びっくり栗〜!」
紗奈、おどけてみせる。
紗奈を見て大笑いする壮平の母。
壮平M「母親の笑顔を見たのは久しぶりで、それが少し悔しくて、はじめに紗奈に抱いていた感情は嫉妬だった」
(回想終わり)
○(回想)保育園・砂場
壮平M「そして、たまたま紗奈と同じ保育園に転園し、結局俺もひまわり組になった」
男児A「壮平くんちって、お父さんいないんでしょ?」
壮平「うん」
男児B「えー、なんで?」
壮平「知らない」
男児A「変なの! 行こ!」
男児2人が壮平の元から去っていく。
涙を堪える壮平。
紗奈がたまたま砂場に遊びに来る。
紗奈「ねぇねぇ、そーへー! 何作ってるの?」
無視をする壮平。壮平の顔を覗き込む紗奈。
紗奈「泣いてるの?」
壮平「うっせー!」
紗奈「お腹痛いの? 大丈夫? 紗奈もたまにあるよ! そういう時はお腹をこうやってマルの形で撫でればいいんだって! お母さんが教えてくれたんだ!」
壮平M「ちげーよ」
紗奈「あとりんごを食べるといいんだって! りんごないけど、お砂で作ってみようか!」
壮平M「砂のりんごなんか食えるわけないだろ。……無視してるのに、ずっと1人で喋ってる。泣いてるところ、見られたくない。早くどっか行けよ」
壮平「なんでお前のお父さん、いねーの? 変なの!」
黙る紗奈。
紗奈「うーん。分かんない! でも、紗奈とお父さんって食いしん坊だから、夜ご飯の唐揚げも取り合いっこしてたんだけど、今は食べ放題なんだ〜♪ あと、前にお父さんが使ってた部屋が、紗奈の部屋になったんだ、いいでしょ〜? 今、折り紙で可愛くしてるところなの! そーへーも遊びに来る?」
壮平M「お父さんがいない状況は一緒なのに、なんだか楽しそうにきゃっきゃ話してて、その姿が眩しすぎて、俺はまた泣けてきた」
再び泣く壮平。
紗奈「もっと痛くなったの? 大丈夫? 紗奈には何もできないけど、そーへーが痛くなくなるまでずっとそばにいるよ。大丈夫だよ!」
紗奈、壮平の顔を覗き込む。
顔を赤くする壮平。
(回想終わり)
○壮平の自宅・壮平の部屋
壮平、ベッドに仰向けに寝そべっている。
壮平M「あの日から今日までずっと、俺は紗奈だけを見てきた。親が離婚と再婚をする度に、大泣きしても必ず立ち上がって、笑顔でひたむきに生きてきた紗奈。紗奈は、俺がいたから頑張れたって言うけど、それは違くて、いつも紗奈が一生懸命だから、俺も前を向いてこれた。だから縁切りの神様に願ったんだ、これ以上紗奈を苦しめる試練を与えないで下さいって」
× × ×
(フラッシュ)
花田原神社の賽銭箱前で、目を瞑り、真剣に手を合わせる壮平。
× × ×
○紗奈の自宅・リビング
ダイニングテーブルに向かい合って座る紗奈と母親。
紗奈「お母さん。昨日から無視してごめん。気持ちがグチャグチャしてて、言葉がまとまらなかったの」
紗奈の母「うん、いいのよ。当然よ。紗奈は悪くない」
紗奈「私、昔からずっと、お母さんが再婚するの嫌だった。新しいお父さんと一緒に暮らすのも嫌だったし、苗字が頻繁に変わるのも嫌だった。離婚して落ち込むお母さんを見るのも悲しかったし、新しい男の人とまた付き合うお母さんを見るのも悲しかった。貧乏でもいい。お母さんが1人だけいれば、それだけでよかった。これが本当の私の気持ち。亮さんのことは許せないけど、亮さんに言われて気付いた。……でも、お母さんも一生懸命1人で子育てと家計のやりくりを頑張ってくれていたことも全部知ってる。だから、理解はしているし、感謝していることに変わりはない」
紗奈の母「紗奈……。今までたくさんたくさん傷つけて、気持ちに気付けなくて、本当にごめんなさい。謝っても謝りきれないわ。……今日、隆さんと話し合ったの。離婚することにした」
紗奈「え!」
紗奈の母「これは2人の総意。私が1番大切にしたいのは紗奈だから。紗奈だけと向き合いたい。それに、隆さんも“今まで亮くんと向き合ってこなかった俺の責任”って言ってて、これから亮くんと向き合っていくって」
紗奈、黙って話を聞く。
紗奈の母「でもね、隆さんが紗奈のことを大切に想っていたのは本当。しょっちゅう、紗奈の父親になれて良かった、何をしたら喜んでくれるかなって言ってたのよ。あと、離婚理由は隆さんの不倫ではないの。亮くんのお母さんを悪く言わないために黙ってることもあるみたいで……。まぁ、色々と事情があるのよ。別に、隆さんを庇いたいわけじゃないのよ?紗奈はちゃんと愛されていたってことを伝えたいだけ。隆さん、傷つけてごめんなさいって言ってたわ。……本当に最後まで振り回して、傷つけてごめんなさい。もう私、結婚はしない」
紗奈「私も春から大学生でこの家出て行くし、もう大人になるから、お母さんも好きなように生きていいんだよ」
紗奈の母「ううん、私がこうしたいの。紗奈が立派に自立しようとしているのに、お母さんだって負けてられないもの! 男に依存しないで、1人で逞しく稼いでやるわ!」
紗奈「ふふ、なんかお母さん、いい顔してる」
紗奈の母「でしょ? なんか今、やる気に満ち溢れててなんでも出来そうな気分なの。あ、紗奈の大学の学費は今まで貯めてきたから安心して! どんと構えてなさい!」
紗奈「……ありがとう、お母さん。なんか、もっと前からこうやって本当の気持ち、お互いにぶつけ合えれば良かったんだね。今からじゃ遅いかな」
紗奈の母「私たちの人生これからよ!」
紗奈「うん!」
紗奈と紗奈の母、微笑み合う。
○河原(昼)
満開の桜の木が川沿いに並んでいる。
桜並木を制服姿で歩く紗奈と壮平。制服の胸には、“卒業おめでとう”と書かれたビラ付きのバラのコサージュがついている。
紗奈「卒業しちゃったね」
壮平「あぁ。思ってたより式もあっけなかったな」
紗奈「だね。全然実感ないなー。壮平とは1ヶ月後には違う場所にいるのかぁ。……慶智大学、合格おめでとう!」
壮平「紗奈も、上林大学おめでとう!」
紗奈「おめでたいことだよね!」
壮平「あぁ。この選択が正解だったって言えるように俺たちでしていこうぜ」
紗奈「(笑顔で)そうだね! 学生時代なんて長い人生で考えたらちょっとの時間だしね!
(笑顔を作りながらも少しずつ泣きそうになる)高校生活も一瞬で終わったもん! すぐだよね、そうそう、すぐすぐ……」
涙を堪える紗奈を強く抱きしめる壮平。
壮平「絶対に迎えに行く。俺を信じろ」
紗奈、大粒の涙をポロポロ流す。
紗奈「大丈夫だよ、寂しくない寂しくない!」
壮平「大丈夫って言うな。寂しい時は寂しいって言え。紗奈が会いたいって言ったらいつでも飛んでいくし、紗奈を困らせる奴がいたら夜でもぶん殴りに行く。頼むから、意地張んなよ」
紗奈「うん」
壮平、体を離して紗奈の目を見つめる。
壮平「俺だって心配なんだよ? 紗奈可愛いから変な男にちょっかい出されないかなとか、隙だらけだから危ない目に遭わないかとか……。(苦笑いしながら)サークルとかお酒とか不安な要素多いし、本当は俺の監視下に置いておきたいけど。だから、大丈夫じゃない時に“大丈夫”とか言うなよ? 俺にちゃんと心配させろよ? 分かったか?」
紗奈「(くしゃっと笑いながら)うん! 壮平もだからね! 約束!」
壮平と紗奈、小指を結び、指切りする。
壮平「2人で高みに行こうぜ。愛してる、紗奈」
紗奈「私も愛してる」
壮平と紗奈、何度もキスをする。頬を赤くする紗奈。
綺麗な満開の桜と桜吹雪。
紗奈M「この試練を乗り越えた私たちなら、きっとこの先もずっと一緒にいられる気がする。お互い成長して、また一緒になろう。大丈夫。より良い未来に繋がる道へ、ちゃんと進んでいるから」
○都会・路上(夕方)
テロップ「7年後」
“可愛くない顔をした人参のマスコットのキーホルダー”がついた大きなスーツケースを引きずって歩いている女性(紗奈)の足元。パンツスーツにヒールを履いている足元。
「コツコツコツ」ヒールの音。
「ゴロゴロゴロ」スーツケースを引きずる音。
○法律事務所(夕方)
“高木法律事務所”と書かれた受付。
スーツに革靴を履いた男性(壮平)の後ろ姿。事務所の女性スタッフ2人とすれ違う。憧れの眼差しで壮平を見つめる女性スタッフたち。
女性スタッフA・B「お疲れ様です!」
後ろ姿の男性(壮平)「お疲れ様です」
女性スタッフA「(キラキラした表情で)あの、このあとの飲み会参加されます?」
後ろ姿の男性(壮平)「今日はちょっと大事な用事があって……」
○都会・路上(夕方)
“可愛くない顔をした人参のマスコットのキーホルダー”がついた大きなスーツケースを引きずって歩いている女性(紗奈)の足元。パンツスーツにヒールを履いている足元。
「コツコツコツ」ヒールの音。
「ゴロゴロゴロ」スーツケースを引きずる音。
○法律事務所(夕方)
女性スタッフB「大事な用事ってなんですか?」
後ろ姿の男性(壮平)「迎えに行かなきゃいけない人がいて。また今度にさせてもらいます」
会釈をして、颯爽と歩いて行く壮平の後ろ姿。
女性スタッフA「青山さんって、7年くらい遠距離続けてる幼馴染の彼女がいるらしいわよ。彼女さんの方が1回目の司法試験に落ちて、先に青山さんが弁護士になったらしいけど、今年彼女さんも弁護士資格取れて、上京するって噂! その彼女さんかしら」
女性スタッフB「入る隙がないわねぇ〜」
苦笑いしながら壮平の後ろ姿を見つめる女性スタッフたち。
○オフィス街(夜)
高層ビルが立ち並ぶ都会のオフィス街。
“可愛くない顔をした人参のマスコットのキーホルダー”がついた大きなスーツケースを引きずって歩いている女性(紗奈)の足元。パンツスーツにヒールを履いている足元。
「コツコツコツ」ヒールの音。
「ゴロゴロゴロ」スーツケースを引きずる音。
大人になった紗奈がスーツを着て、スーツケースを引きずり歩いている。背筋が伸びている。
紗奈M「会うの、8ヶ月ぶりかな?」
通り過ぎるビルの窓に映る自分を見て、前髪を整える紗奈。微笑む。
紗奈の少し先に、スーツを着た男性(壮平)のスラっとした後ろ姿が見える。
紗奈「あ……」
紗奈、その男性(壮平)の後ろ姿をじっと見つめる。
紗奈「(大声で叫びながら)壮平!!」
振り返る壮平。走って飛びつく紗奈。
紗奈「この日をずーっと待ってた!」
壮平「俺も」
紗奈「会いたかったよ!」
壮平「俺も」
紗奈「大好き!」
壮平「俺も」
紗奈「すーっごく長かった!」
壮平「うん」
紗奈「もうこれからは、ずっと一緒だね……」
壮平、紗奈の言葉を遮るようにキスをする。
照れる紗奈。
紗奈「そ、壮平……」
壮平「一生かけて、紗奈を幸せにする。結婚してください」
壮平、真剣な顔で紗奈を見つめる。
紗奈、涙を目にいっぱい溜めながら、
紗奈「っはい! よろしくお願いします!」
微笑み合って、両手を繋ぎ、おでこをくっつける。
壮平「幸せ」
紗奈「うん」
壮平「これからはずっと一緒な」
紗奈、頬を赤くして微笑む。
壮平「あ、そうだ。左手出して」
壮平、スーツのポケットから指輪を取り出し、紗奈の左手薬指にはめようとする。紗奈の左手薬指には、高校時代に夏祭りの射的の景品で壮平に貰ったおもちゃの指輪がすでについている。
壮平「(呆れながら)なんでだよ! ってか、いつのだよ! 高校んときの夏祭りの射的の景品だろ! ちょっとは稼げるようになったから、これと交換させろ」
紗奈「へへ、私にとってはこの指輪も特別なものなの。壮平に貰ったものは全部そうだよ」
壮平、照れて頭を掻く。
壮平「……じゃあ、上からつけるから、手ぇ出して」
紗奈「はい」
紗奈、左手を出す。
壮平、紗奈の左手薬指に本物の指輪をはめる。そのまま紗奈の手の甲にキスをする。
紗奈「ひゃっ!」
壮平、その姿を見てニヤッと笑い、
壮平「続きは俺らの部屋でやろうぜ」
壮平、紗奈のスーツケースを持って歩き出す。紗奈、壮平の後を足早に追いかけながら、
紗奈「ちょっ、待ってよ、続きって! 壮平の部屋に私の引っ越しの段ボール届いたばっかりだし、荷物の整理とか就職先の勉強とかもしなきゃいけないのに!」
壮平「それは俺も手伝うから、ケチなこと言うなよ〜。ずっと我慢してきたんだぜ? 7年分の紗奈をこれから毎日感じさせてくれよー」
壮平、いじけた表情。
紗奈、少し困惑した表情。その後、歩きながら壮平の片腕に両手でしがみつく。
驚いて紗奈を見下ろす壮平。上目遣いで壮平を見る紗奈。
壮平「(小声で)参ったな。これはこれで、仕事に集中できなくなるな……」
紗奈「え? なんか言った?」
壮平「可愛いって言った」
紗奈「うそだよ! 絶対そんな言葉言ってない!」
壮平「ニュアンスは一緒!」
紗奈「ふーん? ね、コンビニ寄ってアイス買ってこ!」
壮平「いーよ、就職祝いに俺が5個まで買ってやろう!」
紗奈「いいの!? やったー」
歩きながら笑顔で会話する2人。
紗奈M「これからも長い人生、私たちにはたくさんの困難が待ち受けているだろう。それでも、逃げずに2人で向き合って、たくさん悩んで、選んだ道を自分たちで正解にしていくしかない。私は絶対に壮平とこの幸せを守ってみせる。永遠の愛を誓おう」
