○紗奈の自宅・紗奈の部屋(夜)
紗奈、クッションを抱えながら、布団で仰向けに寝そべる。
紗奈M「何してるんだろ、私」
紗奈のスマートフォンに壮平から「今出れる?」のメッセージ。
紗奈、部屋着のまま、玄関を出る。
壮平、玄関のドアの前に待っている。
壮平「なぁ、ちょっと散歩しない?」
紗奈「うん」
○住宅街・路上(夜)
無言で路上を歩く紗奈と壮平。
「リリリリリリー」虫の声が聞こえる。
壮平「秋だなー、鈴虫か?」
紗奈「……コオロギじゃない?」
壮平・紗奈「……」
壮平「どっちも正解分かってないじゃん」
紗奈「だね」
壮平「なんかそこで甘いもん買わね?」
壮平、目の前のコンビニを指差す。
○公園・ベンチ(夜)
アイスを持った紗奈と肉まんを持った壮平、ベンチに座っている。
壮平「(苦笑いしながら)アイス、寒くね?」
紗奈「寒い。でも、寒い中食べるアイスが好きなの」
壮平「紗奈ってたまに変なとこあるよなぁ」
紗奈「(軽く睨みながら)壮平もね!」
壮平「どこがだよ!」
紗奈「食べ物の臭いをいちいち嗅ぐところとか、お風呂場の排水溝におしっこするところとか」
壮平「おい、いくつの時の話だよ! 早く忘れろよ!」
紗奈、クスッと笑う。
壮平「やっと笑った」
紗奈「え?」
壮平「文化祭の片付けの時から元気なかっただろ?」
紗奈「……」
壮平「俺のせい? 俺が紗奈の元気をなくさせてる?」
紗奈「違うよ、壮平のせいじゃない」
壮平「じゃあ、なんで俺のこと避けてる?」
紗奈「……分かんない」
紗奈、俯く。
壮平「何言っても怒んないから、紗奈の思ってること言ってみて」
紗奈「モヤモヤしてすごく嫌な気持ちなの」
壮平「うん」
紗奈「壮平が、他の女の子に愛の告白なんてするから……」
壮平「(呆れた顔で)は?」
紗奈「……劇。王子様だったでしょ?」
壮平「(苦笑いしながら)見たのか」
紗奈「あんなの劇だって分かってるの。でも、壮平が真剣な顔で他の女の子に“そばにいてくれれば、それだけでいい” “他には何もいらない” “愛してる” って伝えてる姿を見たら、胸がぎゅーってなって、苦しかった。壮平は毎日のように可愛い女の子から告白されてるし、もし心変わりしちゃったら、あんな風に他の女の子にも言うのかな。なんて、想像したら悲しくなっちゃって……。ほんと勝手に妄想して馬鹿みたいだよね? ごめんごめん……」
壮平、紗奈を抱きしめる。
壮平「不安な気持ちにさせてごめん。紗奈は馬鹿じゃないよ」
紗奈「いつも“馬鹿紗奈”って言うのに?」
壮平「うん、馬鹿じゃない。劇を隠してた俺が悪い。なんかどうしても断れない状況で推薦で王子役に決まっちゃってさ。こうやって紗奈は不安になるだろ? だから、劇だとしても他の女にキスするフリとか告白する場面を紗奈に見せたくなくて、黙ってたんだ。でも、俺の口から最初から説明して安心させた方が良かったかもな。悪かった」
紗奈「その割に、心のこもった演技ちゃんとしてたけどね」
紗奈、頬を膨らます。
壮平、紗奈から体を離し、弁明し始める。
壮平「(苦笑いしながら)あぁ。あれは、クラスの女子たちに囲まれて、もの凄い圧で演技指導されたんだ。ほら? 屋上でクレープ食べてた時に俺にリハーサルがあるって電話が掛かってきて、紗奈と別れただろ?」
○(回想)学校・教室・文化祭当日(劇のリハーサル)
王子の衣装を着た壮平、不満げな顔をしたクラスの女子たちに囲まれている。
女子生徒A「ちょっと、青山くん! セリフが棒すぎ!」
女子生徒B「あと1時間ちょっとしかないよ?」
女子生徒C「ほんとに好きな子思い浮かべて言ってごらん!」
たじろぐ壮平。
(回想終わり)
○公園・ベンチ(夜)
壮平「俺、本当に紗奈のこと思い浮かべながら言ってたんだぜ。だから、心のこもった演技って感じたなら、それは本当。だって紗奈に向けて言ってるから!」
紗奈、安堵の表情を浮かべる。
紗奈、壮平の口に軽いキスをする。
紗奈「好き」
紗奈、壮平の目を見て伝える。
壮平、顔を赤くする。
壮平「紗奈からされたことないから、不意打ちすぎて照れる。可愛すぎ。もう1回して?」
紗奈「やだ」
壮平「馬鹿紗奈」
紗奈「さっき馬鹿じゃないって言ったじゃん!」
壮平「撤回〜」
紗奈「なにそれ〜」
壮平、紗奈の残りの食べかけのアイスを全て一口で食べる。
紗奈「あ! 食べた!」
壮平「ごちそうさま〜」
紗奈「もう!」
壮平、紗奈の手を繋ぐ。
壮平の顔を見る紗奈。
壮平、前を真っ直ぐ見ながら、
壮平「俺には紗奈しかいないから」
紗奈、涙目になりながら壮平を見つめる。
壮平も紗奈を見て、目を合わせる。
壮平「俺は、紗奈がそばにいてくれれば、それだけでいい。他には何もいらない。 愛してる、紗奈」
紗奈「ふふ。王子さまだ」
紗奈と壮平、手を繋ぎながらキスをする。
紗奈M「壮平のことが好き。ただそれだけで十分だ。将来のまだ起こっていない不安を心配するより、目の前の今を大切にしよう」
○学校・昇降口(新学期)
満開の桜の木。
紗奈M「季節は春になり、私たちは高校3年生になった」
昇降口に掲示されたクラス替えの名前が書かれた模造紙を見ている紗奈と恵。
模造紙の「3−1」の欄に、「佐藤紗奈」「渡辺恵」の名前が記載されている。
紗奈「やったー! 恵とまた同じクラスだ!」
恵「しかも、陽介と青山くんとも同じクラスだよ! ホーム過ぎる。一安心〜! そういえば、今日から学校でも“佐藤”なんだね」
紗奈「うん、そうなの。クラスも変わるしキリがいいから今日から佐藤紗奈になりました。よろしく! まぁ、戸籍上はずっと前から佐藤なんだけどね」
紗奈、苦笑いする。
陽介「恵―!」
陽介と壮平が、紗奈と恵の元へ歩いてくる。
陽介「クラス見たか? 俺ら全員一緒だぜ! いつでも遊び放題だな」
恵「(苦笑いしながら)まぁ、今年私たち受験生だけどね」
壮平、紗奈の隣にスッと立つ。
壮平「よろしく」
紗奈「よろしく」
紗奈と壮平、目を合わせて微笑み合う。
○学校・教室(ホームルーム)
男の担任が前に立ち、出欠をとっている。
担任「えー、青山壮平」
壮平「はい」
担任「伊藤加奈」
女子生徒「はい」
× × ×
時間経過。
担任「佐藤紗奈」
紗奈「はい」
クラスがザワザワする。
男子生徒A「(小声で)あれ? 竹内さんだよね」
女子生徒A「(小声で)苗字変わったんじゃない?」
男子生徒B「(小声で)家庭の事情とかじゃない?」
男子生徒A「(小声で)しーっ。聞こえるだろ」
苦笑いを浮かべる紗奈。
紗奈M「こんなことは慣れっこだ。どうってことない。すぐ皆も慣れる。時が過ぎるのを待つのみ」
紗奈、俯いていると、
壮平「先生、暑いんで窓開けてもいいっすか?」
担任「おう」
1番前の窓際の席に座っていた壮平が窓を開ける。すると、窓から大きな蝶が入ってきて、クラスが盛り上がる。
男子生徒A「わー、青山なにしてんだよ!」
壮平「わりぃ」
女子生徒A「そっち行った! 外に返してあげなくちゃ。全部の窓開けて!」
クラス全員が蝶の行方に夢中になる。
紗奈の方を振り返り、ニカっと笑う壮平。
紗奈も微笑む。
紗奈M「壮平はいつでも私を助けてくれる」
紗奈、壮平の後ろ姿を見つめる。
紗奈M「高校生活最後に、たくさんの壮平を教室で見れるなんて幸せだ。ちゃんとこの幸せを噛み締めよう」
× × ×
時間経過。
担任「早速で申し訳ないが、君たちは今年、受験生だ。あと1年しか時間がない。目標を高く持って勉強するように。模試もすぐにあるから、その判定を元に面談も随時行なっていく。分かったかー」
生徒たち「はーい」
○学校・教室(放課後)
机で鞄の整理をして、帰り支度をしている紗奈。
壮平「一緒に帰ろうぜ」
紗奈「うん」
紗奈M「壮平は、受験勉強に専念するために今年の春でコンビニのアルバイトをやめた。だから、私たちはこれから一緒に帰れることになる。毎日こんなに幸せでいいのだろうか」
紗奈、ニヤける。
壮平「おい、何1人でニヤけてんだよ」
壮平、冷めた目で紗奈を見る。
紗奈「ニヤけてないよ、行こう!」
壮平「なー、折角だから、桜見て帰らねぇ?」
紗奈「(満面の笑みで)それ思ってた!」
○河原・桜並木(放課後)
川沿いに続く、満開の綺麗な桜並木。
紗奈と壮平、手を繋いで歩いている。
紗奈「(目を輝かせながら)きれーい!」
壮平「あぁ」
紗奈「壮平と付き合ってから、初めてのお花見だね!」
壮平「なんでも“初めて”をつければいいと思っているだろ。ちなみに桜自体は、付き合う前から紗奈と毎年見てるからな」
壮平、苦笑いする。
紗奈「両想いで見る桜はもっと綺麗だよ!」
壮平「(呆れた顔で)単純なやつ」
紗奈「来年も一緒に綺麗な桜見ようね!」
壮平「おう、何回でも見に行こう」
紗奈「約束ね! あ! カモだ!」
紗奈、川に近づいてしゃがむ。
紗奈「おーい、こっちだよー」
壮平、紗奈の隣にしゃがむ。
紗奈「カモは毎日何を考えて生活してるんだろう」
壮平「飯のことじゃね? どこで何採ろうとか。あと、“寒いなぁ”とか思いながら泳いでるんじゃない?」
紗奈「あとの時間は?」
壮平「えー……。“無”なんじゃね?」
紗奈「何考えてるんだろうねぇ。そう思うと人間の頭って忙しいよね。家庭のこと、受験のこと、彼氏のこと、お金のこと、将来のこと……いっぱいいっぱいだよ!」
壮平「おい、カモに失礼だぞ。カモだって言ってないだけで、俺ら以上に悩み事が複雑かもしれないんだからな」
紗奈「確かに。カモさん、ごめーん」
紗奈と壮平、笑い合う。その後無言でカモを見つめる2人。
壮平「なぁ、2人で上林大学受かったら、同棲しない?」
紗奈「え?」
紗奈、きょとんとする。
壮平「大学入ったら、お互いバイトと勉強で、ゆっくり会ってる時間も少ないだろうし。時間的なすれ違いで心がすれ違うのも嫌だなと思って……」
紗奈「(キラキラした笑顔で)うん! する! 同棲する! 嬉しい! これも約束ね!」
壮平「その前に、紗奈は受かるように頑張れ」
紗奈「そうだよね。壮平はA判定だけど、私はまだC判定だもんなぁ。壮平は、もっと上のレベルの大学目指さないの?」
壮平「1年あれば余裕だよ、紗奈なら大丈夫だ。俺は、上林大学かな。ゼミも充実してて、就職先の実績も良いし」
紗奈「大学生活の楽しみが出来たから、絶対合格する!」
壮平「おう」
紗奈「……楽しみだな、大学生。壮平、いつもワクワクするような提案をしてくれてありがとう」
紗奈と壮平、川の前でしゃがみながらキスをする。
○学校・教室(昼休み)
紗奈と恵と壮平と陽介、近くの席に集まりお弁当を食べている。
陽介「なー、紗奈ちゃんはどこ大志望なの?」
紗奈「私は上林大学!」
陽介「あー、だから壮平も上林大なのか! もっと上狙えそうなのになんでかと思ってたんだよなあー」
恵「ちょっ、陽介!」
壮平「本当に行きたい大学が上林大だから志望してるだけで、紗奈は関係ない」
紗奈、困った表情を浮かべる。
恵、横目で紗奈を見る。
恵「陽介は!? 結局志望大学の目星ついたの!?」
陽介「全然〜」
恵「人のことはいいから自分のこと考えなさい!」
陽介「はいはーい」
○壮平の自宅・壮平の部屋(夜)
紗奈と壮平、ローテーブルを挟んで座っている。
テロップ「〜紗奈の上林大合格大作戦〜」
壮平の顔を見つめる紗奈。
壮平「まずは夏の模試で、上林大がB判定まで届くようにしよう! 紗奈は現代文と英語は高得点取れてるから、古文と数学の苦手範囲を洗いざらいして、ひたすら反復する!」
紗奈「はい!」
壮平「曖昧な箇所をそのままにしない! 前回の模試の解答用紙見せて」
紗奈「はい!」
壮平「絶対受かるぞ」
紗奈「はい!」
テロップ「そこから夏まで猛勉強の日々が始まった」
× × ×
(フラッシュ)
図書館の窓から見える緑の木々。図書館の机で向かい合い、勉強している紗奈と壮平。
× × ×
× × ×
(フラッシュ)
中庭に咲くあじさい。教室の窓から見える、傘を差して下校する生徒たち。放課後の誰もいない教室で、机を向かい合わせにして勉強している紗奈と壮平。壮平が紗奈のノートに指を指している。
× × ×
× × ×
(フラッシュ)
「ミーンミーン」と聞こえる蝉の声。きらめく太陽。
壮平の部屋のローテーブルで向かい合わせになり、勉強をしている紗奈と壮平。紗奈のノートを覗き込んでいる壮平。タンクトップにショートパンツ姿の紗奈。半袖にショートパンツ姿の壮平。扇風機が回っている。汗ばむ2人。
× × ×
紗奈M「季節は巡り、気付けば夏休みに入っていた」
○紗奈の自宅・紗奈の部屋
ベットの上に座っている紗奈と壮平。キャミソールにショートパンツ姿の紗奈と半袖に短パン姿の壮平。
紗奈「見るよ?」
壮平「おう」
紗奈、2枚折りになっている手元の模試の結果の用紙を開く。
「第一志望 上林大学 法学部 B判定」と記載されている。
紗奈と壮平、両手を上げて、
(2人同時に)
紗奈「やったー!」
壮平「よっしゃー!」
あぐらをかいている壮平の上に飛び乗り、抱きしめる紗奈。
壮平「紗奈、頑張ったな!」
紗奈「全部壮平のおかげだよ。塾に行けない代わりに、壮平が全部勉強のやり方を教えてくれた。壮平がいなかったら、ここまで偏差値上がってないよ。本当に壮平ってすごい! いつも私のヒーローだよ」
紗奈、ニコニコした顔で話す。
壮平「すごいのは紗奈だよ。こんな短期間で有言実行して、やっぱ根性あるよな」
壮平、紗奈の頭を撫でる。
紗奈「へへへ」
壮平「あとはこの夏が勝負だな。この長期休みで全ての苦手を克服して、秋の模試でA
判定取るぞ!」
紗奈「うん!」
壮平、紗奈の後頭部に手を回し、キスをする。
紗奈「ん……」
頬を赤らめる紗奈。
ベッドに押し倒す壮平。
壮平、紗奈の首筋にキスをする。
紗奈「あっ……」
紗奈、ビクッとする。
紗奈「壮平……」
壮平「ずっと我慢してたから無理。紗奈の全部を感じたい」
壮平、紗奈のキャミソールをめくってお腹にキスをする。
紗奈「くすぐったい……」
壮平「我慢して」
紗奈、顔を赤くして涙目になる。
壮平、太ももから足の先に向かってキスしていく。
紗奈「恥ずかしいよ……」
壮平「嫌?」
紗奈、首を小さく横に振る。
壮平「好き?」
紗奈、顔を赤くしてぎゅっと目を瞑っている。
壮平、目を強く瞑る紗奈の顔を見る。
壮平「だめだな。可愛すぎて、止まんなくなっちゃう」
壮平、紗奈の隣に寝そべる。指で紗奈の髪の毛先をくるくる巻きながら、
壮平「あのさ、大学合格したら、……してもいい?」
紗奈「……うん」
壮平「よっしゃ。俺も勉強頑張れるわ」
紗奈「ふふ。絶対2人で合格しよう。そういえば壮平は上林大何判定だった?」
壮平「ん? 俺はAだけど?」
紗奈「(苦笑いしながら)だよね」
「ピロン」紗奈のスマートフォンが鳴る。
紗奈、上体を起こし、ベッドの上に座る。
紗奈「恵からだ! 来週の花火大会、4人で行かない? だって! 行きたい!」
壮平、上体を起こし、ベッドに座る。
壮平「来週、花火大会か〜。今年の夏は、勉強ばっかりでどこにも遊びにいけてなかったからいいかもな!」
紗奈「じゃあ、行くって返事するよ!」
紗奈、浮かれた表情をしている。
紗奈「楽しみだな〜。壮平と付き合ってから初めての花火大会かぁ」
壮平「(吹き出しながら)出た!“初めてシリーズ”」
紗奈「だって嬉しいんだもん!」
壮平「じゃあ浴衣着てきてよ、俺のために」
紗奈「う、うん」
紗奈、照れながら頷く。
壮平「じゃあ来週ハメ外すために、勉強頑張りますか! 参考書俺んちから取ってくる!」
紗奈「うん」
× × ×
時間経過。
1人で部屋にいる紗奈。
床に2つ折りで置いてある壮平の模試の結果の用紙。それを手に取り、開く紗奈。
「第一志望 慶智大学 法学部 C判定」
「第二志望 早院大学 法学部 B判定」
「第3希望 教央大学 法学部 B判定」 の記載。
紗奈M「上林大学がない……?」
紗奈、クッションを抱えながら、布団で仰向けに寝そべる。
紗奈M「何してるんだろ、私」
紗奈のスマートフォンに壮平から「今出れる?」のメッセージ。
紗奈、部屋着のまま、玄関を出る。
壮平、玄関のドアの前に待っている。
壮平「なぁ、ちょっと散歩しない?」
紗奈「うん」
○住宅街・路上(夜)
無言で路上を歩く紗奈と壮平。
「リリリリリリー」虫の声が聞こえる。
壮平「秋だなー、鈴虫か?」
紗奈「……コオロギじゃない?」
壮平・紗奈「……」
壮平「どっちも正解分かってないじゃん」
紗奈「だね」
壮平「なんかそこで甘いもん買わね?」
壮平、目の前のコンビニを指差す。
○公園・ベンチ(夜)
アイスを持った紗奈と肉まんを持った壮平、ベンチに座っている。
壮平「(苦笑いしながら)アイス、寒くね?」
紗奈「寒い。でも、寒い中食べるアイスが好きなの」
壮平「紗奈ってたまに変なとこあるよなぁ」
紗奈「(軽く睨みながら)壮平もね!」
壮平「どこがだよ!」
紗奈「食べ物の臭いをいちいち嗅ぐところとか、お風呂場の排水溝におしっこするところとか」
壮平「おい、いくつの時の話だよ! 早く忘れろよ!」
紗奈、クスッと笑う。
壮平「やっと笑った」
紗奈「え?」
壮平「文化祭の片付けの時から元気なかっただろ?」
紗奈「……」
壮平「俺のせい? 俺が紗奈の元気をなくさせてる?」
紗奈「違うよ、壮平のせいじゃない」
壮平「じゃあ、なんで俺のこと避けてる?」
紗奈「……分かんない」
紗奈、俯く。
壮平「何言っても怒んないから、紗奈の思ってること言ってみて」
紗奈「モヤモヤしてすごく嫌な気持ちなの」
壮平「うん」
紗奈「壮平が、他の女の子に愛の告白なんてするから……」
壮平「(呆れた顔で)は?」
紗奈「……劇。王子様だったでしょ?」
壮平「(苦笑いしながら)見たのか」
紗奈「あんなの劇だって分かってるの。でも、壮平が真剣な顔で他の女の子に“そばにいてくれれば、それだけでいい” “他には何もいらない” “愛してる” って伝えてる姿を見たら、胸がぎゅーってなって、苦しかった。壮平は毎日のように可愛い女の子から告白されてるし、もし心変わりしちゃったら、あんな風に他の女の子にも言うのかな。なんて、想像したら悲しくなっちゃって……。ほんと勝手に妄想して馬鹿みたいだよね? ごめんごめん……」
壮平、紗奈を抱きしめる。
壮平「不安な気持ちにさせてごめん。紗奈は馬鹿じゃないよ」
紗奈「いつも“馬鹿紗奈”って言うのに?」
壮平「うん、馬鹿じゃない。劇を隠してた俺が悪い。なんかどうしても断れない状況で推薦で王子役に決まっちゃってさ。こうやって紗奈は不安になるだろ? だから、劇だとしても他の女にキスするフリとか告白する場面を紗奈に見せたくなくて、黙ってたんだ。でも、俺の口から最初から説明して安心させた方が良かったかもな。悪かった」
紗奈「その割に、心のこもった演技ちゃんとしてたけどね」
紗奈、頬を膨らます。
壮平、紗奈から体を離し、弁明し始める。
壮平「(苦笑いしながら)あぁ。あれは、クラスの女子たちに囲まれて、もの凄い圧で演技指導されたんだ。ほら? 屋上でクレープ食べてた時に俺にリハーサルがあるって電話が掛かってきて、紗奈と別れただろ?」
○(回想)学校・教室・文化祭当日(劇のリハーサル)
王子の衣装を着た壮平、不満げな顔をしたクラスの女子たちに囲まれている。
女子生徒A「ちょっと、青山くん! セリフが棒すぎ!」
女子生徒B「あと1時間ちょっとしかないよ?」
女子生徒C「ほんとに好きな子思い浮かべて言ってごらん!」
たじろぐ壮平。
(回想終わり)
○公園・ベンチ(夜)
壮平「俺、本当に紗奈のこと思い浮かべながら言ってたんだぜ。だから、心のこもった演技って感じたなら、それは本当。だって紗奈に向けて言ってるから!」
紗奈、安堵の表情を浮かべる。
紗奈、壮平の口に軽いキスをする。
紗奈「好き」
紗奈、壮平の目を見て伝える。
壮平、顔を赤くする。
壮平「紗奈からされたことないから、不意打ちすぎて照れる。可愛すぎ。もう1回して?」
紗奈「やだ」
壮平「馬鹿紗奈」
紗奈「さっき馬鹿じゃないって言ったじゃん!」
壮平「撤回〜」
紗奈「なにそれ〜」
壮平、紗奈の残りの食べかけのアイスを全て一口で食べる。
紗奈「あ! 食べた!」
壮平「ごちそうさま〜」
紗奈「もう!」
壮平、紗奈の手を繋ぐ。
壮平の顔を見る紗奈。
壮平、前を真っ直ぐ見ながら、
壮平「俺には紗奈しかいないから」
紗奈、涙目になりながら壮平を見つめる。
壮平も紗奈を見て、目を合わせる。
壮平「俺は、紗奈がそばにいてくれれば、それだけでいい。他には何もいらない。 愛してる、紗奈」
紗奈「ふふ。王子さまだ」
紗奈と壮平、手を繋ぎながらキスをする。
紗奈M「壮平のことが好き。ただそれだけで十分だ。将来のまだ起こっていない不安を心配するより、目の前の今を大切にしよう」
○学校・昇降口(新学期)
満開の桜の木。
紗奈M「季節は春になり、私たちは高校3年生になった」
昇降口に掲示されたクラス替えの名前が書かれた模造紙を見ている紗奈と恵。
模造紙の「3−1」の欄に、「佐藤紗奈」「渡辺恵」の名前が記載されている。
紗奈「やったー! 恵とまた同じクラスだ!」
恵「しかも、陽介と青山くんとも同じクラスだよ! ホーム過ぎる。一安心〜! そういえば、今日から学校でも“佐藤”なんだね」
紗奈「うん、そうなの。クラスも変わるしキリがいいから今日から佐藤紗奈になりました。よろしく! まぁ、戸籍上はずっと前から佐藤なんだけどね」
紗奈、苦笑いする。
陽介「恵―!」
陽介と壮平が、紗奈と恵の元へ歩いてくる。
陽介「クラス見たか? 俺ら全員一緒だぜ! いつでも遊び放題だな」
恵「(苦笑いしながら)まぁ、今年私たち受験生だけどね」
壮平、紗奈の隣にスッと立つ。
壮平「よろしく」
紗奈「よろしく」
紗奈と壮平、目を合わせて微笑み合う。
○学校・教室(ホームルーム)
男の担任が前に立ち、出欠をとっている。
担任「えー、青山壮平」
壮平「はい」
担任「伊藤加奈」
女子生徒「はい」
× × ×
時間経過。
担任「佐藤紗奈」
紗奈「はい」
クラスがザワザワする。
男子生徒A「(小声で)あれ? 竹内さんだよね」
女子生徒A「(小声で)苗字変わったんじゃない?」
男子生徒B「(小声で)家庭の事情とかじゃない?」
男子生徒A「(小声で)しーっ。聞こえるだろ」
苦笑いを浮かべる紗奈。
紗奈M「こんなことは慣れっこだ。どうってことない。すぐ皆も慣れる。時が過ぎるのを待つのみ」
紗奈、俯いていると、
壮平「先生、暑いんで窓開けてもいいっすか?」
担任「おう」
1番前の窓際の席に座っていた壮平が窓を開ける。すると、窓から大きな蝶が入ってきて、クラスが盛り上がる。
男子生徒A「わー、青山なにしてんだよ!」
壮平「わりぃ」
女子生徒A「そっち行った! 外に返してあげなくちゃ。全部の窓開けて!」
クラス全員が蝶の行方に夢中になる。
紗奈の方を振り返り、ニカっと笑う壮平。
紗奈も微笑む。
紗奈M「壮平はいつでも私を助けてくれる」
紗奈、壮平の後ろ姿を見つめる。
紗奈M「高校生活最後に、たくさんの壮平を教室で見れるなんて幸せだ。ちゃんとこの幸せを噛み締めよう」
× × ×
時間経過。
担任「早速で申し訳ないが、君たちは今年、受験生だ。あと1年しか時間がない。目標を高く持って勉強するように。模試もすぐにあるから、その判定を元に面談も随時行なっていく。分かったかー」
生徒たち「はーい」
○学校・教室(放課後)
机で鞄の整理をして、帰り支度をしている紗奈。
壮平「一緒に帰ろうぜ」
紗奈「うん」
紗奈M「壮平は、受験勉強に専念するために今年の春でコンビニのアルバイトをやめた。だから、私たちはこれから一緒に帰れることになる。毎日こんなに幸せでいいのだろうか」
紗奈、ニヤける。
壮平「おい、何1人でニヤけてんだよ」
壮平、冷めた目で紗奈を見る。
紗奈「ニヤけてないよ、行こう!」
壮平「なー、折角だから、桜見て帰らねぇ?」
紗奈「(満面の笑みで)それ思ってた!」
○河原・桜並木(放課後)
川沿いに続く、満開の綺麗な桜並木。
紗奈と壮平、手を繋いで歩いている。
紗奈「(目を輝かせながら)きれーい!」
壮平「あぁ」
紗奈「壮平と付き合ってから、初めてのお花見だね!」
壮平「なんでも“初めて”をつければいいと思っているだろ。ちなみに桜自体は、付き合う前から紗奈と毎年見てるからな」
壮平、苦笑いする。
紗奈「両想いで見る桜はもっと綺麗だよ!」
壮平「(呆れた顔で)単純なやつ」
紗奈「来年も一緒に綺麗な桜見ようね!」
壮平「おう、何回でも見に行こう」
紗奈「約束ね! あ! カモだ!」
紗奈、川に近づいてしゃがむ。
紗奈「おーい、こっちだよー」
壮平、紗奈の隣にしゃがむ。
紗奈「カモは毎日何を考えて生活してるんだろう」
壮平「飯のことじゃね? どこで何採ろうとか。あと、“寒いなぁ”とか思いながら泳いでるんじゃない?」
紗奈「あとの時間は?」
壮平「えー……。“無”なんじゃね?」
紗奈「何考えてるんだろうねぇ。そう思うと人間の頭って忙しいよね。家庭のこと、受験のこと、彼氏のこと、お金のこと、将来のこと……いっぱいいっぱいだよ!」
壮平「おい、カモに失礼だぞ。カモだって言ってないだけで、俺ら以上に悩み事が複雑かもしれないんだからな」
紗奈「確かに。カモさん、ごめーん」
紗奈と壮平、笑い合う。その後無言でカモを見つめる2人。
壮平「なぁ、2人で上林大学受かったら、同棲しない?」
紗奈「え?」
紗奈、きょとんとする。
壮平「大学入ったら、お互いバイトと勉強で、ゆっくり会ってる時間も少ないだろうし。時間的なすれ違いで心がすれ違うのも嫌だなと思って……」
紗奈「(キラキラした笑顔で)うん! する! 同棲する! 嬉しい! これも約束ね!」
壮平「その前に、紗奈は受かるように頑張れ」
紗奈「そうだよね。壮平はA判定だけど、私はまだC判定だもんなぁ。壮平は、もっと上のレベルの大学目指さないの?」
壮平「1年あれば余裕だよ、紗奈なら大丈夫だ。俺は、上林大学かな。ゼミも充実してて、就職先の実績も良いし」
紗奈「大学生活の楽しみが出来たから、絶対合格する!」
壮平「おう」
紗奈「……楽しみだな、大学生。壮平、いつもワクワクするような提案をしてくれてありがとう」
紗奈と壮平、川の前でしゃがみながらキスをする。
○学校・教室(昼休み)
紗奈と恵と壮平と陽介、近くの席に集まりお弁当を食べている。
陽介「なー、紗奈ちゃんはどこ大志望なの?」
紗奈「私は上林大学!」
陽介「あー、だから壮平も上林大なのか! もっと上狙えそうなのになんでかと思ってたんだよなあー」
恵「ちょっ、陽介!」
壮平「本当に行きたい大学が上林大だから志望してるだけで、紗奈は関係ない」
紗奈、困った表情を浮かべる。
恵、横目で紗奈を見る。
恵「陽介は!? 結局志望大学の目星ついたの!?」
陽介「全然〜」
恵「人のことはいいから自分のこと考えなさい!」
陽介「はいはーい」
○壮平の自宅・壮平の部屋(夜)
紗奈と壮平、ローテーブルを挟んで座っている。
テロップ「〜紗奈の上林大合格大作戦〜」
壮平の顔を見つめる紗奈。
壮平「まずは夏の模試で、上林大がB判定まで届くようにしよう! 紗奈は現代文と英語は高得点取れてるから、古文と数学の苦手範囲を洗いざらいして、ひたすら反復する!」
紗奈「はい!」
壮平「曖昧な箇所をそのままにしない! 前回の模試の解答用紙見せて」
紗奈「はい!」
壮平「絶対受かるぞ」
紗奈「はい!」
テロップ「そこから夏まで猛勉強の日々が始まった」
× × ×
(フラッシュ)
図書館の窓から見える緑の木々。図書館の机で向かい合い、勉強している紗奈と壮平。
× × ×
× × ×
(フラッシュ)
中庭に咲くあじさい。教室の窓から見える、傘を差して下校する生徒たち。放課後の誰もいない教室で、机を向かい合わせにして勉強している紗奈と壮平。壮平が紗奈のノートに指を指している。
× × ×
× × ×
(フラッシュ)
「ミーンミーン」と聞こえる蝉の声。きらめく太陽。
壮平の部屋のローテーブルで向かい合わせになり、勉強をしている紗奈と壮平。紗奈のノートを覗き込んでいる壮平。タンクトップにショートパンツ姿の紗奈。半袖にショートパンツ姿の壮平。扇風機が回っている。汗ばむ2人。
× × ×
紗奈M「季節は巡り、気付けば夏休みに入っていた」
○紗奈の自宅・紗奈の部屋
ベットの上に座っている紗奈と壮平。キャミソールにショートパンツ姿の紗奈と半袖に短パン姿の壮平。
紗奈「見るよ?」
壮平「おう」
紗奈、2枚折りになっている手元の模試の結果の用紙を開く。
「第一志望 上林大学 法学部 B判定」と記載されている。
紗奈と壮平、両手を上げて、
(2人同時に)
紗奈「やったー!」
壮平「よっしゃー!」
あぐらをかいている壮平の上に飛び乗り、抱きしめる紗奈。
壮平「紗奈、頑張ったな!」
紗奈「全部壮平のおかげだよ。塾に行けない代わりに、壮平が全部勉強のやり方を教えてくれた。壮平がいなかったら、ここまで偏差値上がってないよ。本当に壮平ってすごい! いつも私のヒーローだよ」
紗奈、ニコニコした顔で話す。
壮平「すごいのは紗奈だよ。こんな短期間で有言実行して、やっぱ根性あるよな」
壮平、紗奈の頭を撫でる。
紗奈「へへへ」
壮平「あとはこの夏が勝負だな。この長期休みで全ての苦手を克服して、秋の模試でA
判定取るぞ!」
紗奈「うん!」
壮平、紗奈の後頭部に手を回し、キスをする。
紗奈「ん……」
頬を赤らめる紗奈。
ベッドに押し倒す壮平。
壮平、紗奈の首筋にキスをする。
紗奈「あっ……」
紗奈、ビクッとする。
紗奈「壮平……」
壮平「ずっと我慢してたから無理。紗奈の全部を感じたい」
壮平、紗奈のキャミソールをめくってお腹にキスをする。
紗奈「くすぐったい……」
壮平「我慢して」
紗奈、顔を赤くして涙目になる。
壮平、太ももから足の先に向かってキスしていく。
紗奈「恥ずかしいよ……」
壮平「嫌?」
紗奈、首を小さく横に振る。
壮平「好き?」
紗奈、顔を赤くしてぎゅっと目を瞑っている。
壮平、目を強く瞑る紗奈の顔を見る。
壮平「だめだな。可愛すぎて、止まんなくなっちゃう」
壮平、紗奈の隣に寝そべる。指で紗奈の髪の毛先をくるくる巻きながら、
壮平「あのさ、大学合格したら、……してもいい?」
紗奈「……うん」
壮平「よっしゃ。俺も勉強頑張れるわ」
紗奈「ふふ。絶対2人で合格しよう。そういえば壮平は上林大何判定だった?」
壮平「ん? 俺はAだけど?」
紗奈「(苦笑いしながら)だよね」
「ピロン」紗奈のスマートフォンが鳴る。
紗奈、上体を起こし、ベッドの上に座る。
紗奈「恵からだ! 来週の花火大会、4人で行かない? だって! 行きたい!」
壮平、上体を起こし、ベッドに座る。
壮平「来週、花火大会か〜。今年の夏は、勉強ばっかりでどこにも遊びにいけてなかったからいいかもな!」
紗奈「じゃあ、行くって返事するよ!」
紗奈、浮かれた表情をしている。
紗奈「楽しみだな〜。壮平と付き合ってから初めての花火大会かぁ」
壮平「(吹き出しながら)出た!“初めてシリーズ”」
紗奈「だって嬉しいんだもん!」
壮平「じゃあ浴衣着てきてよ、俺のために」
紗奈「う、うん」
紗奈、照れながら頷く。
壮平「じゃあ来週ハメ外すために、勉強頑張りますか! 参考書俺んちから取ってくる!」
紗奈「うん」
× × ×
時間経過。
1人で部屋にいる紗奈。
床に2つ折りで置いてある壮平の模試の結果の用紙。それを手に取り、開く紗奈。
「第一志望 慶智大学 法学部 C判定」
「第二志望 早院大学 法学部 B判定」
「第3希望 教央大学 法学部 B判定」 の記載。
紗奈M「上林大学がない……?」
