「おー。見えて来たなー。」

こちょこちょからやっと立ち直った祐樹が涙のにじんだ目をこすりながら言った。

この町1番のでっけー桜の木。
詩織とも、ここで付き合い始めたんだよな。
あの日も桜がキレイに舞っていた。

ーヒューーー

細長い風が吹いて、ふと後ろを振り返る。
その時、俺は自分の目を疑った。
時が止まったかのように動けなくなった。

...詩織?

いや、そんなはずはない。
だって詩織はもう、この世にはいないはずだから。

彼女は片手を空に高く突き上げ、
1枚の花びらを拾った。

気のせいか、
彼女がこちらをふり向いて、
一瞬、微笑んだように見えた。

彼女はまた手を空に高く突き上げ、
花びらを宙に逃がした。

そして、さっきまでは、
まるで2人の間に通路でもあるかのようにはっきりと見えていた彼女の姿が、
嘘のように見えなくなってしまった。