「泰蔵……毎度毎度、会うたびに飛び付いてくるなって。」


そう言うが、表情は口ほど嫌そうでもない。


それを分かっているからか、泰蔵がこれを止める気配はない。


こうしてじゃれ合っているともう同級生にしか見えない。


「泰蔵、何でこんな時間に出歩いてるの?学校は?」


「今日は期末テスト最終日だったんで、もう帰りっす。」


嬉しそうに笑う。


「…テスト嫌いなんだ?」


「当たり前っすよー!」


椎名の問いに、泰蔵は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「その言い方だと、しぃちゃんは好きだったんだ?」


「まぁ…好きと言うか、学力社会の日本はテストで良い点数だけ取っていれば良くて、その時だけ頑張れは評価が上がる訳だから、嫌うようなもんでもない、かと。」


椎名の言い分を聞くと、樹は腹を抱えて笑い出し、泰蔵は呆気に取られて、間抜けな顔をしていた。


「……何か、可笑しなことを言いましたか?」


「いや、さすがって感じ。」


「椎名さんって日本人!?」


「……一応は。」


「すげー!日本にもいるんだ、テスト嫌いじゃない奴!」


そんなのたくさんいるだろ、と心の中でツッコミを入れながらも、そんなに変わってるかと頭を掻いた。


「……と言うか、笑いすぎです!」


まだ笑っている樹に突っ込む。


「だって…っ、あは…はー…笑った笑った。」


「早く行きますよ!」



付き合っていては埒が明かない。


椎名は一人歩き出す。

こんな下らないやり取りも任務の一環…と自分に言い聞かせる。



そう言い聞かせた心の奥に何か言い知れぬ、靄のようなものが掛かり始めたことにはまだ気付かぬままで……