柚くんの備考:ダジャレ好き、けれどイケメン

中学生になって一年が過ぎた。
わたしはとうとう二年生になって、新しいクラスメイトたちが教室を囲んでいた。
桜が舞う季節にぴったりな、晴々とした空気が気持ちいい。
そしてついに念願だった後輩も入ってきて、わたしの学校生活はさらにキラキラ輝いていた。
小さい一年生は、それはそれは可愛くて、学校に行くのが楽しみで仕方がない。

けれど今は、その学校も億劫だ。
だって最悪なことが一つあるから。
それは......テスト返しだ。
わたしの頭は正直、よくない。もっとひどく言えば悪い、とも、言える。
そんなわたしにとって、テストは地獄そのもの。無くなればいいのに、って思っても毎回平然とした顔でやってきて、わたしを苦しめる。
そして、テスト返しは、テスト自体よりもタチが悪いんだ。
わざわざ人の間違いを見つけて、数字をつけて、みんなの前で、その点数を晒すなんて!
そんな最悪なことがあってたまるかっ!
けれど、その日はちゃんとやってくる。

「テスト返すぞー」

先生の低い声が教室内に響き渡る。
その瞬間、教室の空気はピリッと凍り出した。うるさかった教室が一気に静まりかえる。
みんなが見つめる先は、先生の手のひらにあるテストだ。

「じゃあ、相場からなー。はい、前来て」

出席番号一番の相場くんが呼ばれる。
心臓がドクンとなった。
お願いします。お願いします……!
わたしは机の中で、神様に届くように手を擦り合わせた。
今回はぜったいに悪い点数を取るわけにはいかないから。
だってこの中間テストは柚くんと賭けているんだ。
この数学のテストで点数が低かった方が、負け。
そして勝った方に、お菓子とジュースを奢る約束をしている。
だから、どうしても負けるわけにはいかない。
わたしのお財布のためにも。
そして何より、わたしと同じくらい頭の悪い柚くんには負けたくない!

「小桜ー!」
「はい!」

両手を合わせていると、先生の声が聞こえてきた。
緊張でわずかに痛むお腹を抑えながら、わたしはゆっくりと教卓へと向かう。
そして、ついに。

「まあ、小桜にしてはよくやったんじゃないか?」
「……え!」

先生とは思えない優しい口調に、わたしは思わず顔を上げる。
そこには、初めて見た笑顔の先生がいた。
テストを受け取って、点数を確認するとそこには。
『42点』

「え! うそ!」

まだまだ平均点には近づけない。
けれどいつも20点台で赤点だったわたしにとって、その点数は快挙だった。
思わず叫んでしまう。

「ありがとうございます! 先生!」
「次回も頼むぞ」
「はい!」

なんて、最高な日なの。
わたしは思わずスキップするのを我慢して、一直線に柚くんのところまで向かった。

「ゆーずくんっ」

テストの用紙を見て固まっている柚くんの肩を叩いた。

「うわ、なんだよ? にまにまして」

サラサラの黒髪を靡かせながら振り返る。
さすが、学年一モテてる男子なだけあるなあ。こうやってわたしを睨んでいても、びっくりするくらい顔が整っていて、ちょっと羨ましい。
でも今はそんなことは関係なくて……。

「何点だったのー? わたしはもう奢られる準備満タンだよ?」

柚くんの顔を覗き込む。
本心を言ってしまえば、わたしはもう勝っているも同然だった。
テストを見て固まるなんて、悪かったに違いない。
けれど柚くんはわたしから少し遠ざかって、ぼそりと呟いた。

「はぁ」
「何点?」
「……点」
「なんて?」
「……ってん」

けれど聞こえなかったわたしは、思わず耳を寄せた。

「だーかーらー! 一点だって、言ってんだろっ!」

……いってん、だっていってん、だろ。
朗らかな春の教室。
温かい光が囲う中、ビューっと凍りつくような風が吹く。
ああ、そう言えば忘れてた。
この目の前にいる柚くんは、残念なイケメンだった。
そう、この人は口を開けば親父ギャグしか言わないのだ。

「さむっ」

こんな時にまで親父ギャグしか言わないなんて。
思わず呆れたわたしは、ため息をついた。流石に一点なんかじゃないだろうし。
けれど……。

「えぇ! ほんとに?」

わたしは口をあんぐりあげる。
だって柚くんの左手にあったテストの用紙には、『1点』、そう書かれていたんだから。

「だから、一点だって言ってんだろ」

朗らかな春の教室。
2回目の吹雪が訪れた。


「んー! 美味しい! 最高!」

購買の近くのベンチ。
わたしと柚くんは向かい合って座った。
見事賭けに勝利したわたしは、口一杯にメロンパンを頬張る。

「あんまりがっつくなって」
「あ、ありがとう」

その様子を見ていた柚くんは、わたしの頬に親指を当てる。ついていたであろうパンのくずを落としてくれたらしい。
距離が近くなって、思わず心臓がドクンと鳴った。
だって柚くんは、本当に顔がいいんだ。好きじゃなくても、ドキドキしちゃうよ。
でも、忘れてはいけない。
柚くんはイケメンでも、残念なイケメンなんだ。
だってほら。

「メロンパンでお腹パンパンか?」