乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます




 翌日の昼食時のことだった

 サダネさんやナズナさん達といういつものメンバーで食事をしていると、突然スパーン!と障子が開き、そこからキラキラオーラを纏ったキトワさんが現れた


「やぁ諸君!お待ちかねのキトワがきたよ!しばらく会えなくてすまない!僕に会えなくてさぞさみしい思いをしただろう君たちが涙で濡らした枕の処理は僕にまかせてくれてかまわないよ!すでに最新羽毛枕(僕の香り付き)の制作は済んでいるからね!夕刻にはここへ届く手筈になっているから安心してくれたまえ!!」


 部屋に入り間髪入れずに高らかに叫ぶキトワさんに、びっくりするほど部屋がシーンとなったかと思うと
 「さてと」「ごちそうさん」とナズナさんとゲンナイさんが席を立った


「おっと、待ちたまえナズナ、ゲンナイ!今日は君たちの瘴気回復後の診察も兼ねての訪問なんだからね!君たちが飛び込むべきなのはそこの戸ではなくてこのキトワの胸の中であるのだと素直に喜んでいいんだよ!!」


 逃げようとする二人をガシリと掴んだキトワさんに二人が悲鳴に近いうめき声をあげる


「勘弁しろよ!ひと月に何度もお前のテンションに付き合えるほど俺様は暇じゃねーんだよ!それにこの後カスミソウで配達の仕事があるから今日は診察無理だから!」
「キトワさん俺いま寝起きで先に記憶の整理をしなきゃだから今日のところは」

「おぉっと二人ともわかりやすく嘘をついているね!体温が上がっているよ!このキトワに嘘が通じないのはわかっているのにそうするのは僕に会えた故での照れ隠しなのかな?心配はいらないよ!そんなシャイボーイの二人を受け止める懐を持ち合わせているのがこの僕キトワさ!!さぁ遠慮はいらない!いざともに行かんトキノワ医務室へ!!」


 アッハッハッハ!と嵐のような騒々しさとげっそりした二人の顔を最後にピシャリと閉められた戸を呆然と見つめる

 お米を掴んだままだった箸を口へと動かし始めた時、スパン!と再び戸が開いた


「失礼、プリンセス由羅!二人の後は君の診察もあるからね!心と体の準備を万全にしておきたまえ!なに、できなかった時はこの僕が手取り足取り一から教えて進ぜよう!安心してくれ僕はレディーにはとろけるほどやさしく接するからね!!」


 それじゃまた後程!とピシャリと閉じた戸に、食欲が失せてしまった私は箸をお皿に置いた


「由羅ちゃん、今のうちに逃げた方がいいかも~…」


 憐れむような視線を向けてくるナス子さんに同意する。キトワさんを見た瞬間逃げ出そうとした二人の気持ちが今ならわかる…。


「駄目ですよナス子さん。キトワさんは数少ない瘴気に精通した医者なんですから。由羅さんのためにもしっかり由羅さんの回復後の経過観察もしてもらわないといけません」
「確かにそうだけど~」


 「だから逃げてはいけませんよ」と念押ししてきたサダネさんに頷いて。ふと、さきほど疑問に思ったことを聞いてみた


「さっきキトワさん嘘は通じないみたいなこと言ってましたけどあれって?」
「あぁキトワさんは触れるだけで他人の体温を測れたり、他人の感情の変化などを見て感じることができるらしいです」
「へ、なんですかそれすごい」
「俺もよくは知らないんですが…」
「詳しく聞こうとしても求めた答え以上にいろいろ返ってくるから実際どうしてなのかもよくわからないよね~」


 確かに、と納得する。
 キトワさんとの会話は1に対して10も20も返ってくるからどれが本当に求めた答えなのかわからなくなりそう…


「キトワさんとまともに話ができるのなんて時成様とツジノカさんくらいしかいないよね~」
「そうですね」
「ツジノカさん…?」


 どこかで聞いたような…


「あぁ由羅さんはまだ会ったことありませんでしたね。トキノワの支部にいる方です」
「支部…確か三つ隣の町にあるんでしたっけ?」


 そうだそうだ時成さんのモニターでみた共鳴対象の一人だ!
 えーと確か支部には対象人物が二人ほどいたはず!


「馬を使えば半日ほどで着きます。今度時間があれば俺と一緒にーー」


 サダネさんが話している途中「「ぎゃぁああああ!」」と医務室の方から二人の悲痛な悲鳴が聞こえてきて台所がまたシンとした静寂に包まれた


「…由羅さん。やっぱり逃げた方がいいかもしれません」
「ついでに私たちも逃げようよ~」

「…一体どんな診察が行われているんでしょうか…?」


 恐る恐ると聞いた質問にサダネさんとナス子さんは固く口を閉じ目を逸らすだけだった。

 なにそのリアクション余計怖くなるからやめて!!


 恐怖と不安が募るなか、呼ばれた医務室に私はびくびくしながら入室した
 今までも医務室には掃除とかでしか入ることはなかったし、部屋にほのかに香る薬品の匂いが余計に恐怖を駆り立てるようで普通に怖い。
 「失礼します」と小さくかけた声の先に丸椅子に足を組んで座るキラキラオーラ発生中のキトワさんが見える


「やぁきたね由羅嬢!遠慮せずとも僕の正面へと座ってくれてかまわないよ!」
「は、はい…」


 ビシッと指差されたキトワさんの正面にある丸椅子に座ってふと視界に入ってきたベッドから誰かの手がのぞいていた
 思わずヒッと肩を揺らして改めて見てみればそれはゲンナイさんの手のようで…よくよく見ればベッドで眠っているだけのようでホッと安堵する。
 その隣のベッドではナズナさんが不機嫌そうに横になっていてその腕からは点滴の管のようなものが伸びていた


「おっとすまない僕としたことが配慮が足りなかったね!そこに転がる男子諸君が気になるようだ!ナズナ、ゲンナイを連れて出て行ってくれたまえ!レディーの問診を覗こうなんて変態的だよモテないよ!」
「うるせぇなお前は!いちいちセリフが長ぇんだよ!!」
「だ、大丈夫です!」


 動こうとしたナズナさんを慌ててとめる


「点滴なんてしてるのに寝てるゲンナイさんを運ぶなんて無理だし本当大丈夫です私はちょっと驚いただけなので」
「どっちにしても出てく気はねーよ。コイツがお前に変なことしねーように見張らなきゃいけねーからな」


 横になっていた体を起こしてベッドに胡坐をかくように座ったナズナさんにキトワさんが「ふむ」と何かを考えこんでいた


「つまり、ナズナは由羅嬢の裸体が見たい、とそういうことだね!」
「へ・・・」
「はぁあああ!?なんっでそうなるんだよ!!どういう思考回路だてめぇは!!」
「照れなくてもいいんだよナズナ。僕はわかっている!あぁわかっているともナズナが見張りとかこつけてあわよくば由羅嬢のあられもない姿を見れればと心の中で鼻の下を伸ばしていることは!だが侮ることなかれ、僕はそんなナズナの邪な心ごと受け止める覚悟はとうの昔にあるからね!さぁナズナ遠慮はいらない由羅嬢の裸体は見せることはできないが、この僕のすべてを見せてあげようではないか!!」


 ガバリと白衣をオープンにしてナズナさんの前で広げてみせたキトワさんにナズナさんはげっそりと頬をこけさせると「気分が悪い」と点滴台とゲンナイさんを器用に担いで医務室から出て行ってしまった

 キトワさんに対する反論の意思はとっくに折れているらしい

 そんなナズナさんに「つれないね!」と高らかに笑ったキトワさんは私の前に座り直した


「さて、これで気に病む事柄はなくなったね!由羅嬢、診察を始めようか」


 その言葉にひょっとして私に気を使ってくれたのだろうか…と私は小さく笑った


「それにしてもナズナの耳ならばこの建物のどこにいようとすべての会話は筒抜けだとわかっているのにわざわざ同じ部屋で見張る意味ははたしてなんなのだろうね!やはり単純に由羅嬢の裸体が見たかっただけかもしれないね!」


 スケベだね!とキトワさんが笑えば隣の壁がドンと蹴られたような音と「うるせぇんだよ!」と叫ぶナズナさんの声が壁越しに聞こえ、隣の部屋にいるのかと把握する


「心配はいらないよプリンセス。裸体裸体とナズナがはしゃいでいるけれど、僕は君の産まれたままの姿を見ずとも君の体のすべてを知り尽くしているからね」


 すっと顎に手を添えられて交わった視線とキトワさんの言葉に背筋がなんだかゾワッとおののいた


「おや、蛇に睨まれた蛙が如く固まってしまったね。安心したまえ君は服を着たままその身を僕にませるだけさ。言っただろう手取り足取り教えてあげると。君の緊張と不安を僕が根こそぎ拭い去ってあげるよ。さぁ顔をあげて?そういい子だ。じゃあ次は口を開けてごらん?あぁだめだよそんなんじゃ僕のコレがとても入らないからね?もっと大きく開けて…そう、いい子だ。とっても上手だね…困ったな、君のこんな姿を見たら僕だって普通ではいられないよ。君のその期待に応えるためにも僕のこの反り立つ銀のーー」
「いちいち卑猥なんだよてめぇえはぁああ!!!」


 我慢できないとばかりに壁を突き破って飛び出してきたナズナさんはそのままキトワさんの頭上に点滴スタンドをふり落とした。
 実際には舌圧子で口の中を見ていただけで普通の診察だったのだけどキトワさんのセリフの卑猥さにナズナさんは我慢ができなかったらしい

 床にめり込んだキトワさんは鼻を打ったのか手で押さえながら起き上がった


「なにをするんだいナズナ!鼻血が出たよ!」
「我慢したほうだろどう考えても!鼻血だけで済んでマシだと感謝しやがれ!だれがなにではしゃいでんだよ!普通に黙って診察することができねぇのかてめぇは!!」


 腕から点滴を引っこ抜きながら叫ぶナズナさんとキトワさんの二人によるギャーギャーと始まってしまった口論はその後一時間ほど続き、結局私の診察は
 口にガムテープを貼られたキトワさんによってナズナさんとサダネさん達が見張る中行われた


「ふがふごふが(とても息がしづらい)」
「そのまま窒息しろ」
 キトワさんに診察を受けた次の日の朝ーー。
 なんだか体の片側が温かい…。と身に覚えのある感覚に眠りから意識が浮上した。

 まさかまたナス子さんが添い寝でもしてるのだろうか、と横を見ればーー
 
 ーーそこにはキラキラとしたイケメンの寝顔…もとい、キトワさんの寝顔が至近距離で存在していた


「…!…っぎゃぁあああああ!!!」


「由羅!どうし…」
「由羅さん!何が…」


 急いできてくれたゲンナイさんとサダネさんは、バクバクと煩い心臓を押さえながら半泣きの私と、私の布団ですやすやと眠るキトワさんを見ると、すべてを把握したようで…

 二人は無言のままキトワさんの顔面を
 ぐしゃりと踏みつけていた


「ぶふぅ!!!」


 畳が割れるほど強く踏みつけられたらしいキトワさんは、切ない悲鳴のあと気絶したのか白目をむいていて
 二人はそんなキトワさんを雑に掴むと引きずって部屋を出ていった


「悪かったな由羅ちゃん」
「よく言ってきかせておきますので」


 にっこりと笑った二人のオーラがまがまがしく黒かったのはきっと気のせいではないけれど…
 私もこの驚きでバクバクと煩い心臓を鎮めようとそれどころではなかった





ーーー





「だって仕方のないことだったんだよ。いよいよ冬を迎える昨今。人肌が恋しくなるのは世の常だろう?ナズナとナス子は帰ってしまったし。サダネとゲンナイはなにやら仕事をしているし…唯一布団を共にしてくれるのが由羅嬢しかいなかったのだから」

「寝ている女人の部屋に無断で入り、ましてや布団を共にするなど、おおよそ大人の為すべき所業とは思えません。」
「この場で今すぐ腹を切るか、俺に背中を切られるか、どちらかを選びなキトワさん。どちらの介錯も俺がしてやる」


 心臓も落ち着き朝の身支度を済ませてから一階へ降りると、居間が修羅場と化していた…。

 正座をさせられているキトワさんの前に仁王立ちする二人の手には、真っ白い死装束のような着物と。どこから持ってきたのか日本刀のようなものが握られていてー

 ーこのままではキトワさんが切腹になる。と私は慌てて止めに入る


「ちょ、ちょっと待ってください二人とも落ち着いて!」

「由羅嬢!よく来てくれた!君からもこのわからず屋の二人になんとか言ってくれたまえ!」


 ワッと分かりやすいウソ泣きをしながら抱き着いて来ようとしたキトワさんに驚いたものの、その体はサダネさんとゲンナイさんによって再び床にめり込んだ


「いい加減にしろよキトワさん。由羅に近づくなってさっき言ったばっかだろ」
「しまいには冗談で済まない事もあると、そろそろ理解してください」
「むがっ!」
「あの、二人とも落ち着いて…」


 今にも処刑を行おうとするような雰囲気を醸す二人をなんとか落ち着かせようとした時だったーー


「どんな状況だよこりゃ」


 ーータイミングが良いのか悪いのか「お邪魔します」と入ってきたトビさんは、キトワさんを踏みつける二人と、その傍らで苦笑いをする私を見て大きく首を傾げていた





ーーーーー





「キトワの奇行なんていつもの事だろぃ。今更何言っても聞きやしねぇよ」


 事の顛末を聞いたトビさんは呆れたようにサダネさんとゲンナイさんを見ると「二人共らしくないぜぃ」と付け加えた


「ですが今回は由羅さんが被害を被ったので、その、目に余るというか…」
「まぁちょっと冷静さはかけていたかもな…」


 些かやりすぎた、と反省したのか二人の声は小さくなる


「それもこれも二人とも由羅嬢を好いてのことだからね!決して悪気があったわけではないんだよ。今回の件この僕に免じて彼らを許してやってくれないか由羅嬢!」

「余計な事を言わないでください」
「許してもらうのはお前だ」


 ーメリっとキトワさんの顔面が今度は壁にめり込み、キラキラとしたイケメンフェイスはもはやパンパンに腫れ上がっている


「…話が進まねぇな。キトワ、お前は今すぐ時成様の所へ行ってこい。今イクマがいるが次はお前をお呼びだぜぃ」
「おや?そうなのかい?新しいお達しかな?ならばすぐに行かねばね」


 「では!」と颯爽と去っていったキトワさんに嵐が去ったと息をついた。


「それでトビさん、報告書か?」


 疲れたように溜め息のあとゲンナイさんが顔をあげて、トビさんは頷く


「それもあるっちゃあるが。俺もさっき時成様から新たなお達しをもらってねぃ」
「なんですか?」
「ミツドナの街近くの森に異形の目撃情報が出たんで調査に向かえってんだが…」
「調査か…ならナズナを呼んでこようか?」
「いや、今回時成様は調査に向かうメンバーを指名された」
「指名とは珍しいですね。誰ですか?」


 サダネさんの質問に少し言いづらそうにトビさんは私を見てきて嫌な予感がした。え、まさか…


「時成様は由羅さんを指名されたんでぃ…」
「「えっ…」」


 トビさんの口から出た名前にサダネさんとゲンナイさんが面食らっている中
 私は(やっぱりかぁ)と内心納得する。
 自警団の仕事に参加させる。と時成さんがこの前言っていたしね。私的には不本意だけど…

 ミツドナの街って確か支部があるところだったよね?
 その近くの森の調査って事は…一度異形と対峙してみろ。ということも含まれてるんだろうな、ちょっといきなり無茶ぶりすぎな気がするけど時成さんだし何を言っても今更だ。
それにツジノカさんなどのまだ会っていない対象人物達にも接触しておけ。という含みもありそうだ。


「わかりました。行きます」

「…なら俺がお供します。道中は熊などの獣も出るし。とても由羅さん一人で行けるとは思えないので」
「いや、お前は貿易の仕事あるだろサダネ。俺が行くよ」
「ゲンナイさんも自警団があるでしょう」
「数日くらいナズナだけで充分だよ」
「「……」」


 何故かお互いを見合っている二人に首を傾げる。
 調査ってだけなのに、取り合うほど魅力的な仕事なんだろうか…どっちかというと危険だと思うのに。
 まぁ二人ともたまには町を出て息抜きしたいってことなのか?


「白熱してるとこ悪ぃんだが、由羅さんのお供もすでに時成様が指名してるんで…」


 「二人は留守番。」とトビさんが告げた言葉にあからさまに肩を落とす二人を少し可哀想に思いながらも、ということは?と首を傾げる


「最低でも二人はお供に必要だってんで俺とイクマがお供にーー」
「そしてこの僕、キトワも任命されたよ今しがた!時成様からね!!」

「「「…!?」」」


 トビさんの言葉を遮って叫んだキトワさんはもう時成さんのところから帰ってきたらしい。
 目を丸くする皆の顔を見ながら少し不安になる。初めての遠出なのにメンバーが謎すぎる…

 毎日会うサダネさん達と違って、トビさんやイクマ君はあまり絡みがないし…
 まぁだからこそ、時成さんはこのメンバーを選んだのだろうけど…。

 ハートを増やせということですね、はいはい。わかりましたよ。

自信はまったくないですけどね…!

「うーん…」


 自室の真ん中に座り、着替えの服だけが入ってる鞄をじっと見つめながら私は考えていた。

 調査の為に森に一泊。その後ミツドナの町でも一泊するので身支度をしろ。といわれたものの…。
 そもそも着物ぐらいしか用意するものがない上に、今回は動きやすい服を、とナス子さんのお古を頂いているので、もはや私物はゼロだ。

 異形の目撃情報があった森の調査という事だけれど…
 私はいまだに本でしかそのバケモノの姿を見てないし、いざこの目で見て対峙しようものならきっと腰が抜けて、ただの役立たずにしかならないであろう事が容易に想像できるのだけど…

 せめて少しでもマシになれるように自衛できるような武器がほしい。

 自分の部屋にめぼしいものはないし、と私は自室を出ると廊下の少し先にあるゲンナイさんの部屋の戸をノックする。
 中からの返事を聞いて戸を開ければ、相変わらずの本の山の中、仕事中だったのか片手に書類を装備したままゲンナイさんは私に「どうした?」と優しく微笑みかけてきた。

 ワイルドイケメンの微笑みに目をやられながらも、事情を説明すれば、ゲンナイさんは暫く悩んだあと、小さな小刀をくれた


「由羅ちゃんが扱えるのはこのくらいの武器が限界だな。野営の時にも枝を切ったりできるし重宝すると思うよ」
「ありがとうございます」
「まぁでもそれが必要になることはないだろ。トビさんもキトワさんもいるし、ちゃんと守ってくれるから安心しろ」
「…あれ?イクマくんは?」
「アイツはまだ修行不足」
「あはは、なるほど」


 そういえばイクマ君は入社したばかりだと言ってたっけ。
 それでも足手まといにしかならない私よりは確実にイクマ君は戦力になる。


「私もせめてなにか役に立てるように頑張ります」
「ほどほどにな。本当は俺もついていきたいが時成様の許しがでなかった…」
「聞いたんですか?」
「一応な…。時成様のことだ、何か意図があるんだろうが…。いいか?由羅ちゃん!キトワさんに近づかれたらそのナイフでブスっといけよブスっと!」
「ええ…?死んじゃいますよ?」
「そんくらいじゃないとあの人はダメなんだよ」


 どこかげっそりとそう言ったゲンナイさんに笑いながらも、心の中では確かにそうかもしれないと同意する。一応警戒はしておこう…。





ーーー





「気をつけてな」
「何かあればすぐ駆けつけますから」

「はい!それじゃ行ってきますね」


 身支度を済ませ、ゲンナイさんとサダネさんに挨拶をしてトキノワを出ると、玄関横で待っていたらしいトビさんとキトワさんそしてイクマ君が私の前に並んだ。


「お疲れ様っす由羅さん!本日よりよろしくお願いしまっす!」
「はい!こちらこそよろしくお願いします」
「道中馬での移動だけど、由羅さん乗馬の経験は?」
「案ずる事なかれだよトビ!由羅嬢はこの僕といっしょに馬の上でランデヴーと行こうではないか」


 アッハッハ!と高らかに笑うキトワさんをトビさんは無言で睨んだあと「付き合ってたらまた時間がなくならぁ」とため息をひとつして歩き出した


「由羅嬢、これから日暮れまで移動だからね!野郎共に囲まれて過ごすのも怖いかもしれないが安心してくれ!このキトワが由羅嬢の貞操はしかと守らせてもらおうではないか!」


 移動中もキトワさんはキトワさんだった…。
 この人きっと5分も黙っていることすら不可能ではないかと思うくらいしゃべり倒す。

 イクマ君は慣れているのか我関せずなのかマイペースに町並みをキョロキョロと眺めてこちらに関心はないし、トビさんは黙々と前を歩いているしで、つまりキトワさんの標的は私になるわけで…


「時に由羅嬢トキノワにきてひと月くらいだろう?あれかい?もうドキドキハプニング的なものはあったのかい?」
「ど、どきどきはぷにんぐ?」
「男女がひとつ屋根の下でなにもおこらないわけがないからね!サダネもゲンナイもむっつりなのは知る人ぞ知る真実さ!まぁ男なんて皆脳内ピンク色なのは抗えない本能ゆえのグハッ!!!」


 突然棒のようなものがキトワさんの頭上に落ちてきて、重い悲鳴と共にキトワさんの体が地面に伏した…
 どうやら、斧の持ち手の部分をキトワさんに向け振り下ろしたらしいトビさんは、蹲るキトワさんを冷たい視線で見下ろしている


「次、喋ったら持ち手じゃない方で振り下ろすぜぃ」


 「その脳天に」と真っ黒いオーラを身に纏いながら言ったトビさんにキトワさんは黙ってコクコクと頷いていた。
 凄い。あのキトワさんが言うことを聞いた!でもなんだろ、トビさんってキトワさんの事、嫌いなのかな?やたら当たりが強いような…え、もしや?と気になってこっそりとイクマ君に聞いてみる


「あの二人って仲悪いの?」
「え?んなことないっすよ!幼馴染らしいっすから」
「え、そうなんだ…」


 意外な事実に面食らう。え、ってことは?つまり?兄弟みたいなものだからこその遠慮ない感じなのかな?女の私にはよくわからないけども…

 なんだかまだ関係性をつかめていない雰囲気を感じながらも歩を進め、私達は町はずれの馬小屋についた


 皆がそれぞれ華麗に乗馬する中で私は一人、馬の前で固まる。

 いやすみません乗り方すらわかりません
 なんとなくいけるかな、と思っていたけど実際目の前にすると馬って意外に大きいんですね。
 足をかける鐙にすら上手く自分の足をひっかけることができません!

 そう叫ぶ私の心中を察したのか、トビさんが馬から降りると、私の腰をひょいと持ち上げた


「うぅわ!!」

「馬のたてがみと手綱をしっかり持って、左足から足をかけてみな」
「は、ははい!!」


 言われた通りにしてやっと乗ることができたものの少しこわい…
 え、そもそも馬での進み方とかわからない


「由羅さんが慣れるまで俺が手綱をもって並走すっからイクマとキトワは索敵警戒陣形で前を行ってくれ」
「了解っす!」
「え~僕が由羅嬢と並走したかった…」


 元気よく返事をしたイクマ君と残念そうに何か言っているキトワさんはトビさんに言われたとおり前へ進んでいく

 パカラパカラっと小気味良い蹄の音がして私も早く一人で乗れるようになろう、と意気込んでトビさんに乗馬の指導を受けた


「うん。いいんじゃねぇかぃ。明日には一人で乗っても問題ねぇだろぃ」
「本当ですか!やった!ありがとうございますトビさん!」


 何時間か進んで休憩にと馬を降りたところで
 トビさんに合格をもらうことができたものの、普段使わない筋肉でも使ったのか節々が痛くすでに筋肉痛だ…
 手頃な岩に腰を下ろして足をほぐしていればふとやたらと静かな事に気が付いた


「そういえばトビさん二人が見当たらないですけど…」
「もう数分行けば、例の目撃情報があった森だから二人には先に森に入って索敵してもらってるぜぃ。なんの異形かも、その数もまだわかんねぇからな」
「え、大丈夫なんですか」


 二人だけで危険な森なんて、と少し怖くなる。ましてやイクマ君はまだ異形と対峙するのは数回しかないというし。もし何匹も異形がいたらまずいのではないだろうか…

 そんな事を考えながら不安になっていると「んー」と視線を逸らして「…キトワがいっから大丈夫だろぃ」と、なんでもないことのように言ったトビさんからキトワさんに対しての信頼が見えて少し驚く


「トビさんって、キトワさんの事ずいぶん信頼されてるんですね」

「まぁ…悪いとこもあれば良いとこもあるってこった」


 照れくさそうに頬をかくトビさんにほほえましくなる。幼馴染というのは本当のようだ。


「ちなみにトビさんとキトワさんならどちらが強いんですか?」
「んなもん俺に決まってら」


 フフンと自慢げに笑うトビさんにクスリと笑う。キトワさんに同じ質問をすれば同じように自分の方が強いと答えそうだ。なんだか本当に兄弟みたいな関係性なんだろうな。
 
 「キトワさんと仲良しなんですね」と笑えばトビさんはとても嫌そうに「寒気がするからやめろぃ」と顔を顰めていた
 トビさんと二人獣道を馬で駆け、目の前に森が見えてきた頃、森に入っていた二人が戻ってきた。

 二人によると今夜過ごす予定の森の小屋もその周辺も異常なく、異形の気配もないとのことだった。


「なんか拍子抜けするほどなんもなかったっす!」
「僕の存在は危険生物すら近寄りがたいくらい高貴だからね!異形も獣も僕に恐れをなしてすでに逃げだしたのかもしれないね!この世の奇跡というものが具現化したらそれはきっと僕だろうさ!」
「あと兎がいました!今日の夕飯っすね!」
「もちろん仕留めたのはこの僕さ!兎すら僕に見とれて足を止めていたからね!まぁ止まっていなくとも僕ならば簡単なのだけどね!さぁプリンセス由羅遠慮などいらない!そんな僕を崇め称えてもいいんだよ!!」


 一気に賑やかになったかと思えばトビさんが間髪いれず「だぁ!おめぇらうっせーから黙ってろぃ」と叫んでキトワさんとイクマ君は口を結ぶ


「ふふ、なんだか本当に兄弟みたいですね」
「やめてくれ由羅さん鳥肌が立たぁ」
「いいや的を得ているとも由羅嬢!この僕とトビそして支部のツジノカは同じ学舎にて学んだ幼馴染であるからね!歳はバラバラだけどね!ちなみに僕が一番お兄ちゃんさっ!」


 特別にイクマも兄弟に入れてあげよう!と高らかに笑うキトワさんにイクマ君はとても冷静に「結構です」と断っていて少し面白かった


「何故だいイクマ!この僕と兄弟の契りを交わせるなんてめったにないよ!」
「その三人キャラ濃すぎてしんどそうなんでいいっす!幼馴染三人で仲良くどうぞ!」
「ただの腐れ縁だろぃ…ほらもう行くぜぃ」


 日が暮れる。とため息を吐いて、トビさんは馬を駆けさせた。


 さすがに森の中に入ると、声のボリュームも下がって警戒しながら進む三人の一番真ん中という安全な位置に置かれた私は、慣れない空気に緊張して変な汗が出ていた

 地面に残る足跡や、木々につけられた爪痕から、この森に異形らしき獣がいたのは間違いないらしい。だけど今その気配はない、と皆は判断したのか森の中に唯一ある小屋に一度落ち着いた。


「目撃情報があったのが今朝だとすると、もう半日以上経ってっから移動してもおかしくはねぇが…何かきな臭ぇな…」


 オノの柄でコツコツと床をたたきながら考えているトビさんにイクマ君も「確かに」と顔をしかめる。私はといえば異形がでなかったことにほっと胸をなでおろすだけで、二人が何に違和感を感じているのかはさっぱりわからなかった。


「まぁとりあえず少し休もうではないか。明日の朝まで待って異形が出なければ調査は終わりとしよう。さぁイクマ、トビ!そして由羅嬢。極上の兎鍋をこの僕に献上したまえ」


 僕はお腹がすいた!とソファに座りふんぞり返るキトワさんにトビさんが無言でオノを投げていた。間一髪よけたキトワさんと「避けてんじゃねぃ」と無理があることを叫ぶトビさんとでギャーギャーと喧嘩が始まってしまい、私はイクマ君と二人、兎鍋の準備に取り掛かるのだった。





ーーー





 夕ご飯も食べ終え、月が昇り始めたころ。交代で寝よう、と。まず私とイクマ君が休もうとしていた時だった。

 キトワさんとトビさんが見張りをしているはずの小屋の外が、何やら騒がしい…
 私とイクマ君が武器を手に小屋の外へ出ればそこには一面、もくもくと霧のようなものが溢れ出してきていた


「ひぇ、なにこれ!?」
「この霧…猫魔だな!」
「イクマ!由羅嬢を守れ!片時も離れるなよ!」
「っはい!」


 非常事態に驚き固まってしまった私の前に出て、守るように武器を構えたイクマ君と
 そのさらに前にはキトワさんとトビさんが警戒するように回りに目を走らせている

 もくもくとした霧はどんどん小屋の周りに広がっていき視界を遮ってきて、一体なにが起こっているのかわからなかった


「皆気をつけろ。この霧に触れたら幻覚で方向感覚を見失うからね!」
「こりゃひと月前、ナズナ達と俺がはまった罠と同じだな…!」

「由羅さん!自分が守りますからね!離れないでくださいっす!」
「は、はい!」


 慌てて返事をして差し出された手を掴む。
 だけどだんだんと濃くなっていく霧がキトワさんとトビさんを包み、ついには目の前にいるイクマ君の体を包んだ時には私の周りは白一色になっていた

 私の目はただの白い霧しか映さなくなり、握っていたはずのイクマ君の手の感覚すらいつの間にか消え去っていた


「う、嘘でしょう~…」


 確かに握っていたはずなのに、すぐ近くにいたはずなのに…
 私の手は何も掴んでいないし私の周りにはイクマ君の姿も、そこにあったはずの小屋さえ、なにもない。

 ただ広く真っ白い霧の中にひとりポツンと佇んでいる自分の状況に、混乱しないわけはなく…。
 勘弁してください。と私は半泣きでゲンナイさんにもらったナイフを手に持った

 草木が揺れる音や風の音はするけれど人の声も気配もなにもない。
 助けを求めてその場から歩いてしまったのが、悪かったのか良かったのかすらわからない・・・そもそも私の足はちゃんと動いているのだろうか、と疑ってしまうほど感覚がない


 これが幻覚というものなのだろうか・・・


 もはやどうすればいいかわからない。不安と恐怖で今にも失神してしまいそうだ…
 なにか打開策はないかと必死に思案していれば、そうだ!とひとつだけ思いついて、即実行に移すため私はこめかみに手を置くと力の限り頭の中で叫ぶ


(時成さん~!!助けてください~!今こそ交信して然るべき時ですよ~!なにか助言か、もしくは自ら助けにきてくれてもいいんですよ~!!)


 前に時成さんが実験していたあの少し気持ち悪いノイズまじりの交信を思い出し、こちらから発信も可能なのか不明だけどダメ元で必死に念を送る
 しかし反応はまったくなく、肝心な時に役に立たないあの男の薄ら笑いが頭によぎった時ーー

 --「グルルル…」と獣のうめき声が聞こえてきて私はひゅっと息が止まる

 
 え、嘘。なにか近くにいる?やだ無理。


(と、時成さん~!!お願いします!!助けてくださいなんでもしますから~!!)


 もはや恐怖で奥歯は震え目からは号泣しているけれど相変わらず反応はなく…
 ガサッと音がして私の目の前に何かの気配がした。ヒッと思わず一歩後ずさった次の瞬間ーースカッーーと、私の足が空を蹴った・・・。


「へ…?」


 突然地面がなくなった、この身に覚えのある感覚にデジャブを感じながらも、下に落ちていく自分の体に悲鳴をあげる


「ーきゃあああ!うわ!!いだっ!!っつ~~!!」


 意外とすぐに、体は地面と再会したようで、受け身なくぶつけた足と腰が痛い…

 感覚でなにか穴のようなものに落ちたのはわかるけど
 視界は相変わらずなにも映さない。白い霧から暗闇に変わっただけだ

 狭いし、土くさい…。
 だけど猫魔の幻覚からはたぶん逃れることができたのだとわかる。だってもう霧はなく、時折月あかりが見えるから。
 それでも現状動けないのは変わらないのだけど。どうしたものか、とため息交じりにその場にいったん座ると、私の手が何かにふれた


「え?」


 なんだろうと触ってみれば…なにやら温かく、どうやら人の手のようで、もしかして仲間の誰かだろうかと期待が胸に膨らみ「誰ですか?私は由羅です」と暗闇に向け聞いてみる。


「由羅さん…」
「トビさん!」


 触れた手はどうやらトビさんのだったらしく
 ホッと安心したのもつかの間、どこかトビさんの様子がおかしい…

 だんだんと暗闇に慣れてきた目に映ったのは限界まで体を縮こませ、オノを握りしめるトビさんの姿で…その手は小刻みに震えているようだった。


「トビさん…?どうしたんですか?」
 どこかケガでもしたのかと声をかければ、しばらくの無言の後、歯の奥が震えているような声で「情けない話…」とトビさんが話す


「俺…暗く、狭ぇとこが…耐えられなくて…」


 息すらし辛いのか、ぜぇぜぇと苦しそうにするトビさんが今どういう状態なのか、瞬時に理解した私は、トビさんの腕をぎゅっと掴んだ


「大丈夫ですよトビさん!頼りないかもしれないけど、私もいますからね!」


 図らずもそれは、私にも身に覚えがあることだった。
 だれにでも少なからずあるとは思う。ただ人によってその重さは違うのだろうし、目の前のトビさんの様子ではトビさんにとってその重さが私には計り知れないほど大きいのだろうことが分かる
 だけど、だからこそほんの少しでも、役に立てたらいい


「トビさん、体を縮こませたらダメです。ちょっと立って深呼吸してみましょう!立っても両手がのばせないほどの狭さではないですよ!」


 ガチガチに硬くなってしまっているトビさんを、多少無理やりに立たせて、その手を広げてみせる。オノの先端がカツンと土にあたった音がした。


「ね?ちゃんと身動きはできます!大丈夫です!それに時々ですが月あかりが入ってきて明るくなる瞬間が…あ!」

「…?」


 まだ少し苦しそうなトビさんの腕を引き「トビさんこっちにきて見てください」とさきほど見つけたものを見せるために少しだけ移動して、それが見えるようにトビさんの両頬に手を添えてぐいっと動かす


「あ…」


 おそらく私が落ちてきた穴だろう。とても小さいけれど、そこから夜空に輝く満天の星が覗いていた。
 まるで天体望遠鏡から見ているような感覚だけど、この世界が江戸時代に近いならその文化はまだ広まってはいないのだろうか


「すごく綺麗ですね!きっと今私たちが暗闇にいるからあんなにも星が綺麗に見えるんですよ」

「暗闇にいるから…?」

「はい!だってトビさんも言っていたでしょう?森に入る前キトワさんの事『良いところも悪いところもある』って。それと同じで、狭い暗闇の中、辛く苦しいだけだと思っていた場所にも、私はトビさんに会えましたし、一緒にこんなに綺麗な星空を見ることもできた!暗闇も悪い事だけじゃなかったです!」


 ね?と笑顔でトビさんを見れば、トビさんは見事に目を丸くしていて私はとたんに冷静になる。
 ・・・なーにを言ってるんだ私は調子に乗って…。トビさんの状態も考えず能天気にもほどがある…。

 トビさんがますます体調悪くなるのでは?と顔からサァーと血の気が引いて私は深々とトビさんに頭を下げた


「…すみません。調子のいい事言って、私だけがトビさんの存在に安心してしまってまして…」


 自分の言動に後悔しながら半分泣いていると、トビさんから小さく「…ありがとう」と聞こえてきて一瞬聞き間違いかと自分の耳を疑った。

 顔を上げれば月あかりに照らされたトビさんの顔が小さく笑みを浮かべ私を見ていた。
 初めて見るそのトビさんの表情にほんのりと私の頬が赤くなった気がしたけど、暗闇のおかげでバレることはないとほんの少だけ、この闇に感謝した。





ーーー





 不思議と、息がしやすくなっていた…。

 不安と緊張、焦りや恐怖。負の感情が渦巻く暗闇の中で、まるで一筋の光が灯ったような。そんな感覚だった。


 トラウマなんだ、と一言片付ければ済むのだけど、そうできるほど自分の暗闇に対する恐怖は尋常ではなかった
 目の前に何があるのかさえわからないその闇は少しでも動こうものなら、自分の恐怖の象徴に触れてしまいそうで、ただひたすら体を縮め、硬直していくだけだったのに・・・

 この小さな穴の暗闇に落ちてきてから、ずっと握られているその暖かな手に甘えるように、気付けば俺はぽつりぽつりと話していた


「ガキのころ、森の中で一人、異形に襲われ、迷子になったことがあってねぃ」

「逃げ惑ううちに暗くなっていって、獣のうめき声もして…木の根っこにあった小さな穴に隠れたんだが…運が悪かったのかその穴はめっぽう深く、だいぶ底まで落ちちまった。」


 異形や獣に見つかりそうで声を出すこともできず、岩土が固すぎて出口を掘り出すことも敵わず、ただひたすら黙って真っ暗でせまい土の中、息をころし助けがくるのを待った…


「何度か気絶したせいか結局何日そうしてたのか覚えちゃいねぇが、いまや立派な恐怖の象徴になっちまっててな…こういう場所に来ると体がいうことを聞かなくなる…」


 同時に、いつまでたってもガキの頃の恐怖を払拭できてねぇ自分の弱さと情けなさに吐き気もする…。

 苦々しくそう呟いた俺に由羅さんは俺の手を握る力を少し強めた。
 あぁ本当に情けねぇ…どうしようもなくそれに安心してしまっている…


「…その時は、どうやって助かったんですか?」


 そう聞いてきた由羅さんの顔がちょうど月あかりに照らされる
 どこか力強いその瞳が少し苦しそうに寄せられる眉間の皺と相まってなんとも綺麗に見えるから不思議だ

 その顔に一瞬見惚れて、何を聞かれたのか忘れそうになった時。遠くからこちらに駆けてくる聞き覚えのある足音が聞こえてきた


「…俺の同郷に、かくれんぼで鬼をやらせりゃどんなとこに隠れようが必ず見つけちまう奴がいてねぃ…。だいぶ時間はかかっちまうみてぇだが…ほら、聞こえてきただろぃ?」


 すぐそこまできた足音にフッと小さく笑みが漏れる。今回は意外と早く見つけてくれたじゃねぇかぃ。


「トビ!由羅嬢!!無事かい!?」


 小さな穴から顔を覗かせたキトワの焦ったその顔が。昔、俺を木の根の穴から見つけた時と同じ顔をしていて懐かしくなる。無事かと聞いてくるそのセリフも、まるっきり同じとくりゃ成長がねぇな、お互い。


「おや、トビ。てっきり硬直していると思っていたのにずいぶんとリラックスしているね?その穴は君の恐怖の源だと思うのだけど?」
「あぁ、どうも。由羅さんのおかげでねぃ」


 おどけたように聞いてきたキトワから視線を隣の由羅さんへ投げると、驚いた顔をしたあと「え、私なにかしましたっけ?」ときょとんとした顔が見える

 「むしろ失礼なことしかしていない」と何故か落ち込んでいるそんな由羅さんが今の今まで手をつないでいてくれるのも、まるでそれが当たり前かのように振る舞う様子には、もはや頭が下がる

 キトワが降ろしてきた縄で穴から脱出する時、ついに離れてしまったその手の温もりが、『恋しい』と感じてしまった俺の頭にはもう

 今ここが暗い穴の中だという恐怖はどこにもなくなっていた…。


 あぁ、こりゃまずいな…と自覚した時には、にやにやと楽しそうに笑うキトワと目が合って俺の眉間に皺が寄る

 この野郎…。
 勝手に俺の感情の機微を読み取った罰として、今回の礼は見送らせてもらおうか


「つれないねトビ!熱を感知して見つけてあげたのに!」
「感情まで読めとは言ってねぇだろぃ」

「…え、なんの話ですか?」

「読むなと言われて読まぬことなどできないのだよトビ!」
「嘘つけコントロールできるくせに何ほざいてやがる!」
「仕方ないだろうあのトビがとても面白い顔をしていたのだから兄として何故そんな顔をしたのか把握しておくのは当然のー」
「誰が兄だ!ただの腐れ縁だっつってんだろぃ!」


 穴から脱出するやなにやらギャーギャーとよくわからない言い合いをしているトビさんとキトワさんを引き連れて、いつの間にか霧が晴れている小屋にやっと戻れば
 そこには涙でぐしゃぐしゃになっているイクマ君が待っていた


「イクマ君!」


 無事でよかったけど何故号泣しているのか。と疑問を口にするよりも早く、私を見るやものすごい勢いでイクマ君は土下座を披露した。え、なんで?


「ごめんなさい由羅さん!!俺が守らなきゃいけなかったのに~!!!」
 

 ぐしぐしと泣きながら叫んだイクマ君の土下座の理由に納得して、私はとんでもない。とイクマ君にこちらこそと謝った


「ごめんなさい。幻覚で混乱してその場から動いた私がまずかったんだと思うからイクマ君は絶対悪くないよ。勝手な行動してごめんね」


 というかあれはもはや誰にもどうしようもないのではと思ってしまう
 だってイクマ君とつないでたはずの手の感覚すらなかったし、と幻覚の恐ろしさに今更にゾクリと怖くなる。
 早いとこあの幻覚にあらがう手段をなにか講じないと確実にまずいと思う


「イクマ君は大丈夫だった?猫魔と戦ったの?」
「いえ、自分はなにも遭遇してないっす。皆さんはどうっすか?」
「俺は猫魔の気配を感じたから、追いかけてったら穴に落ちた」
「僕も気配を感じたけど、その場所がよくわからなくてね。下手に動くよりは、とその場にとどまったよ」


 「…俺だけ間抜けに聞こえるのは気のせいか」と少し不機嫌になるトビさんに苦笑いを零す。大丈夫ですトビさん私の方が間抜けですから


「じゃあ誰も猫魔と遭遇してはないのか?」
「あ、でも私は獣みたいなうめき声を聞きました!すぐ目の前で!グルル~っていう。そのすぐ穴に落ちましたけど」
「…なんとも、無事で良かったね由羅嬢…」


 少し驚いた表情でキトワさんに言われ私は大きく頷いた。今でも自分が生きているのがちょっと信じられない…


 それぞれ報告と現状確認を終え、再び警戒しながら交代で休みをとろうと小屋に入ると体にずしりと疲労感がのしかかってくる


 「ざっと見てきたけど気配はもうどこにもないな。」と見回ってきたキトワさんが告げ、私はほっと息を吐く。「少し寝ておけ」とトビさんに言われお言葉に甘えて横になったその時ーー



『由羅、聞こえる?』

「へ!?」


 ーー突如頭に響いた声に反射的にバッと体を起こして声をあげるとトビさん達がきょとんと私を見てきた


「由羅さん?」
「どうした?」

「え?あ、いや…」


 怪訝に見てくる皆にどう説明しようか、と悩めば再び奴の声が頭に響く。


『私が交信できるの由羅だけだから、誤魔化してね。』


 淡々とした口調で丸投げしてくる時成さんに、口元がひくつきそうになるのをなんとか耐えて「あー、なんでもないんです。すみません!寝ますね!」と半ば力業で我ながら違和感しかない誤魔化し方ののち、私は目を瞑ると皆に背を向けて横になった

 ちょっと背中に視線が突き刺さっているように感じなくもないけれど、ありがたいことにそれ以上触れられることはなく、私は人知れず深い息を吐く


(ちょっといい加減にしてくださいよ!どうして時成さんはいつも必要としてる時に現れないくせにこういう時だけ…!猫魔とか出て大変だったんですよ!)

『私も暇ではないからね。いつも由羅を見ているわけではないんだよ』

(~~!もう!わかりましたよ!で!要件はなんですか!?)


 そういえば以前の交信時のようなノイズもなければ私の声も時成さんに届いているようだし交信の実験は成功でいいのかな。
 まぁでもとりあえずいいか、とにかく疲れて眠いし要件を早く済ませてもらいたい


『おめでとう由羅』
(は!?)
『トビの好感度がハート二つになっているよ。この調子で頑張りなさい』
(…え、もしかしてそれだけの報告ですか?)
『うん。私はサポートキャラだからねいついかなる時も好感度の進捗は見ているよ』


 好感度は見るのになぜこちらの危険は放置なのか…。
 な、なぐりたい…。この人本当遊んでるな



(…ちょっと本当いい加減に半分遊ぶのやめてください)

(時成さん…?)

「……」



 しーんとなんの音もしなくなった頭に時成さんが交信をやめていることを察し、否応なしに私の額にピキリと青筋が浮かぶ…。
 い、言いたいことだけ言っていなくなるとか・・・




「ーー傍若無人にもほどがあるでしょうが!!!」


 あのやろう!とガバリと起き上がりながら気づけば叫んでいたらしく、感じた三人の視線にハッと我に返る


「えっと…。由羅さん?おはようございます!」
「アッハッハッハ!夢でも見ていたのかなプリンセス!どうやら目覚めのキスはいらなかったようだね!!」
「もう朝だぜぃ」


 …どうやらいつの間にか眠っていたらしい。小屋の窓から朝日がさしこんでいる

 交信が切れたのも私が眠ったせいなのか、時成さんが切ったせいなのか。というか交信事態が夢だったのかも…。と私はため息を吐いた

 トビさんがハート二つになった。とか言っていたけど、一緒に穴に落ちただけで穴から助けたわけでもないしむしろ心細い穴の中でトビさんの存在に救われたのは私だ


 最後にもう一度森の調査してから危険はもうないと判断すると私達はその森を後にするため荷支度をした

 今からまた数時間ほど馬を走らせて報告のためにミツドナの町へと向かう。
 昨日トビさんにも合格もらったし今日は初めて一人で乗馬だと私が馬を撫でていれば、すでに乗馬しているトビさんに「由羅」と名前を呼ばれた

 突然の呼び捨てに少しドキッとしつつ「なんですか?」と見上げれば馬上から手を差し伸べられて、不思議に思いながらもその手を掴むとぐいっと引き上げられる


「わぁ!!」


 ポスリとトビさんの前に座ってしまい馬に二人で乗っている状況だけれど・・・思いのほか密着していることに少し動揺する。
 だって背中はトビさんの胸板とぴったりとくっついているし、私の両脇の下から手綱を持つトビさんのたくましい腕が見えていて…まるで後ろからトビさんに包み込まれているようだ


「と、トビさん…これは…」
「昨日腰と足を痛めてただろぃ?今日は念のため一人での乗馬は禁止ってことで」
「だ、大丈夫ですよ大した痛みじゃ…」
「おっと、動くとあぶねぇぜぃ」


 ぎゅっと腰を抱き寄せられてさらに密着してしまい私の顔がじわじわと熱を帯びる


「おやトビ。プリンセスを独り占めかい?」
「い、いえ違いますキトワさん!トビさんは気を使っていただいてるだけで」
「甘いね由羅嬢。トビの感情はそんな紳士なものではないようだよ?」


 にやりと笑ったキトワさんの言葉の意味が分からず、トビさんを見上げれば、トビさんもなぜか含みのある笑みを浮かべていた


「独り占め、できる時にしとかねぇとな」
「え…?」


 私を見つめ笑ったトビさんはその手で私の前髪をかきあげると、-チュッとおでこにキスを落とした。
 ふわりと香ったトビさんの匂いと、おでこに触れた柔らかい温もりに私は赤面したままピシリと固まる…。

 してやったりと笑うトビさんに、私はパチパチと目を瞬くしかできなかった


「あっはっはっは!楽しくなりそうだな!」
「え、なんすか!?なんかあったんですか?」
「ガキのイクマは知らなくていいぜぃ」


 見ていなかったらしいイクマ君がはぶてたように頬を膨らせているのを視界にとらえながらも走り出した馬の上で私はそっとトビさんにキスされたおでこに触れた

 次第にドキドキと煩くなっていく心臓と、背中に感じる熱い体温に
 私の顔の赤みはしばらく収まらなかった…。


 時成さんの交信はどうやら夢ではなかったらしい・・・


(これはハート、二つになってるな…)


 数時間ほど馬を走らせれば大きな町が見えてきた

 馬を預けて自分の足で歩いた『ミツドナ』の町並みは、マナカノの町と引けをとらないほど広く、賑わっていた。色々な店が立ち並ぶ光景に目移りしそうになりながら私の前を歩く三人の後についていく
 だけど寄り道することなくまっすぐ進む三人の行く先に、大きな建物が見えた頃(あれ?)と私は違和感を抱く

 え、まさかここなの?と思った通り、ピタリと足を止めた三人に私は激しく困惑する。


「うそですよね?…ここじゃないですよね?」
「ん?ここだぜぃ。トキノワ商会ミツドナ支部」
「…本部より大きい建物、というか…どうみてもお城に見えるんですが…」


 目の前に聳え立つ大きなそれは、歴史の教科書で出てくる城のような見た目をしていて、重厚な門の前にいる門番らしき人にトビさんは慣れた様子で何か言うと
 ゴゴゴと重そうな音を立てその門が開いた


 「由羅嬢は来た事がないのかな?」と聞いてくるキトワさんに私はゆっくりと頷く。来たことないし、理屈的にどう考えても、このお城が会社の支部なんてことありえないと思うのだけど、と疑問に思ったことをキトワさんに尋ねる


「なるほど。まぁあながち間違いではないよ由羅嬢!ここはトキノワ支部でもあるけれどこの国の王様の住む場所でもあるからね!」


 わが物顔で城内を歩き、そこかしこにいる従者たちに手を振り笑うキトワさんに私は盛大に首を傾げる
 支部でもあり王様の住む場所でもあるとは?なに?城を間借りしているということ?町にある民家を借りるのではだめなの?
 なんでわざわざ城に支部を?と次々わいてくる疑問に頭が埋まっていく


「混乱すんのもわかっけどなぁ」
「つまりですね由羅さん!この城にトキノワの支部長がいるからここが支部なんっすよ!」
「支部長?」


 イクマ君の説明にそのまま聞き返すと目の前にひときわ大きな扉が現れた。この国の国旗のような模様が描かれたそれは、今までで一番重厚で豪華な作りになっていて、まるで玉座の間の門だ。
 え、ちょっと待って。もしかしなくともこの先って…

 嫌な予感に背筋が凍りそうになった時、キトワさんとトビさんがその扉に左右から手をかけると、重厚な音を立てその扉がゆっくりと開かれた
 

「なに由羅嬢。ひれ伏す必要はない。彼はその類を嫌うからね」
「か、かれ?」
「そう、僕とトビの幼馴染であり、我が国の象徴であり。またトキノワ支部長でもある。彼がーー」


 -ゴゴォン、と重々しい音をたて背後から扉が閉まる音がしたと同時に、キトワさんが目の前の玉座に手を向けて高らかに叫ぶ


「ーーエレムルス国第12代国王、ツジノカだよ!」


 「へ・・・」
 

 こ…国王様!??
 トキノワの支部長が?え?この国の?王様?
 
 頭の中が大混乱に陥っている私の背をトビさんにそっと押されて綺麗なカーペットをゆっくりと歩く。
 
 目の前まできて、やっと今の状況を理解した私はゴクリと固唾を飲み込んだ


 赤と金の装飾が施されたその玉座に鎮座し、こちらを見据えるその人はーー
 漆黒の髪に似合う深い赤色の衣を身に纏っていて、これまで何人ものイケメンたちを見てきた私でも、思わず惚れ惚れしてしまうほどの美貌と、神々しいほどのそのオーラに、一瞬クラリとめまいがした



「その者が噂の由羅なる者か。」



 芯に響くような、だけど不思議と心地の良い低い声で名前を呼ばれ「はい」と返事した声が少し上擦る


「久方ぶりだねツジノカ!変わりないかい?」
「ああ。お前たちも元気そうだな。イクマも、仕事には慣れたか?」
「はいっす!」
「長旅で疲れただろう、部屋は用意してある故そこで休め。」


 イクマ君と私を一瞥し、深紅の衣をバサリと翻し玉座から去っていくツジノカさんに数名の従者らしき人達とキトワさんとトビさんがついていき、いなくなったその存在感に私はやっと息ができたような心地になる。

 こ、こういう場にくるのならせめて事前に説明がほしかった…





ーーーーー




 
 従者さんが案内してくれた部屋で私とイクマ君はドサリと椅子に座り込んだ


「なんか…すごいものを見たというかすごい場にきてしまったというか…」
「ははは、自分も最初同じこと思いましたよ。ツジノカさんってさすが王様というか迫力が半端ないっすよね」
「そうだね・・・っというかイクマ君!ここお城で、王様がトキノワの支部長って何なの!?どういうこと!?」


 軽くパニックで理解できない。驚きすぎて玉座の間での記憶が軽く飛んでいる
 普通王様が一番偉いひとじゃないの?それが実質時成さんの部下になってるってどういうこと?まさかあの人、変な力使ってこの世界牛耳ってるの!?


「えーっと自分も実際のとこよくは知らねーっすけど。やっぱり異形が関係してるんじゃないっすかね?王様だろうがなんだろうが、時成様が現れるまで人間たちは異形になすすべがなかったっすから」
「だ、だからって王様が時成さんの部下って…」
「そのへんは分かんないっすね。支部だとはいってますけど、実際は王様の仕事が忙しいらしくて、トキノワ関係の仕事もほぼしてないし…。」


 そりゃそうでしょうね。と頭の中で大きく頷く。王様と支部長の兼業なんてありえないし、できるわけないでしょう


「あ、でもシオさんが事務関係のことをしてるって聞いたことありますね」
「シオさん?」


 初めて聞く名前に首を傾げた時だった。私とイクマ君しかいないはずの部屋の中から突然「ご紹介にあずかりました。私がシオです」とどこからともなく声がして、盛大に私の体がびくついた

 おそるおそる声のした方へ視線を向ければ部屋の扉の前にティーポットを手に佇む一人の男の子が見えた


「あれ?シオさんいつの間に!お久しぶりっす!」
「お久しぶりですイクマ様。ノックしようとした時ちょうど私の名前を呼ばれたものですので」


 驚かせて申し訳ありません。と小さく頭を下げたその人はポットを机に置くと私に向き直った


「お初にお目にかかります由羅様。第12代国王ツジノカが義弟、シオと申します」


 国王様の……おとうと?
 一息ついている場合ではないと立ち上がり背筋を伸ばした私に、目の前のシオと名乗ったその人は小さく首を横に振った


 「どうぞ、楽にしてください。私はただ同じトキノワの社員としてご挨拶に来たのです」


 砂糖はいりますか?と聞いてきたシオさんはすでにティーカップに紅茶を注いでいて、私は思考が停止しそうになりながら「ひとつだけ」と返事をした
 
 兄のツジノカさんの漆黒の髪とは反対に、シオさんの髪は純白に輝いていた。だけどやはり兄弟というべきか、その美貌は息を呑むほどで…。どこか儚げで消えてしまいそうな美しさに神秘ささえ感じる。砂糖を小さなトングでつまむその所作すら絵になっている。イクマ君ともまた違う年下キャラだ。いやだけど王族の人なんだっけ…
 あ、だめだこれ。ちょっとどう対応していいのかわからなくて頭がショートしている


 えーと…目の前のこの人は王弟様で。でも、トキノワの社員でもあって…?混乱しながらもゆっくりと椅子に座った私にシオさんは紅茶のカップを手渡してくれた。
 香ってきたカモミールの香りに少しだけ頭が落ちついてくる


「先の由羅様の質問は『何故、ここが支部で。国の王がトキノワの支部長なのか』との事でしたが」
「あ…はい、そうです。」
「理由としましては10年前、この町に異形が襲来した折、それを追い払ったのが時成様だからです。感謝の証に国として城を支部として差し出し、王も自ら一社員としてトキノワに籍を置きました」
「へー!初めて聞きました!さすが時成様っすね!!」


 キラキラと尊敬しているイクマ君を視界の端にとらえながら首をひねる。
 なんだか胡散臭いと思うのは私だけ?どうにも信じられないのだけど…。いや時成さんが異形を追い払ったってところがね?でも確かに以前読んだ本にもそんな事が書かれていた気はするけど…異形を追い払うとかそんな事がはたしてあの人にできるのだろうか・・・まるで想像できない。


「10年前のあの日。時成様が現れなければ、兄上様もこの町も無事ではなかったでしょう。時成様には個人としても国としても大恩があります。」

「その時って確か、ツジノカさんまだ王様じゃなかったすもんね。10年前のその年はいろんな場所に異形が多発して、大変だったって聞いてます」

「はい。その襲来したひとつの町がこの町でした。先王の時代。兄上様は訳あって…身分を隠し暮らしていたので目の前に現れた異形にただ襲われるだけだったらしく、それを助けたのが偶然その場にいた時成様だったと聞いています。そのすぐ時成様の元に雇われ、のちに国王となったので、経歴的には支部長としての方が長いですね」


 うーん…。事の理由は一応納得できたものの。まだ気になる事はいくつかある…だけど聞いていいものなのか、と悩みながら紅茶を飲んでいれば気になる事のひとつをイクマ君が簡単に質問していた


「ツジノカさんが身分を隠してたってのはなんでなんっすか?」


 おおう…それを聞きますか、イクマ君凄いな。いや私もものすごく気になってたからありがたいけど。結構デリケートな問題なのでは?ほら王族って色々ありそうだし…いやこれは偏見だろうか
 少しハラハラとしながら様子を伺っていれば意外にも軽い調子でシオさんは答えていた


「実は兄上様の母君ダリア様は、先代の国王に寵愛を受けていた平民の生まれの方で、先王を愛していたのですが、どうも王族というものが性に合わない、と赤子だった兄上様をつれ身分を隠し庶民として民家に暮らしていたので、そのせいです」

「あ~!だからトビさんとキトワさんと幼馴染なんっすね!」


 王様のツジノカさんと同じ学舎っておかしいと思ってたんすよ~!と笑うイクマ君に少し驚きながらも、「そんなこと、許されたんですか?」と私は疑問を投げた


「反対や離縁を訴える者もいましたが、芯が強く自由なダリア様を、先王は許し愛しておられました。ですが悲劇にも10年前、異形の襲来の折、家屋の崩壊に巻き込まれダリア様は亡くなってしまったのです」

「「え・・・」」

「不幸は連鎖するといいますか、先王と私の母もその後、病気で亡くなり、王族は私と兄上様だけになってしまいました。正統な後継者は自分なのですが、私には能力が足りず…兄上様はそんな私の代わりに王という義務を果たしてくれているんです。兄上様もダリア様と同じく、王族は性に合わないと毛嫌いしていたのに…」


 伏し目がちに話すシオさんに私は眉を下げる


「で、でもあれですよね!たった二人の身内な訳ですし母親は違えど仲は良いんじゃないですか?」
「…いえ、最近は兄上様との会話もなく、兄上様はきっと私の事を、信頼されていないのだと思います」
「・・・。」


 そんなことない。と否定したいところだけど、二人の関係性もわからないし下手なこと言ってもな…

 「へーなんだか王族も大変そうっすね」とニコニコとしているイクマ君の軽さが今は助かったグッジョブ


「すみませんこんな話をきかせてしまって」
「いいえ。話してくれてありがとうございますシオ様。私たちで力になれることがあればいつでも言ってくださいね」
「ありがとうございます、どうぞシオと呼んでください」
「え?うーん…、ではシオ君なんてどうでしょう?」
「いっすね!自分とおそろいっすよシオさん!」
「そうですね、ありがとうございます」


 ふわりと小さく笑ったシオ君は「ではまた後程」と去っていき、その後ろ姿をみて私はハッと思い出した
 どこかで見たと思えばそういえばシオ君もモニターにいたな。もっと早く気付けばよかった…

 どうやら出会っていなかった対象人物二人と接触する。というのは達成できたみたいだ