あの頃のあたしは



どこかしら冷めていて



何に関しても臆病で



何をやっても中途半端で



もがけばもがく程、

弱音ばかり口から零れていて──……



……悲しいことに



マイナスの言葉を並べれば並べる程




あたしにはそれらが

どれもピッタリで……。





───たとえば。




水の中での魚は

泳ぐのが当たり前なら



人は生きていくのが

当たり前なの?



……そんなことをただ漠然と考えてみたりもした。




────もしも。


水の中で溺れている

魚がいたとしたら



それは間違いなく

あたしだと思う。



生きるべく場所で、器用に生きていけない。



与えられた環境に適応なんか出来ない。



そんな


生きていくことが

あまりにも不器用な魚。



それがあたし。



………ねぇ。


でも。


あなたに出逢ってからは



水の底から何とかあなたに近付きたくて



何度も何度も泳ごうとした


また生きていく意味を考え直したりもした。


少しでも“人間”らしくなりたかった。



───人魚姫のように。



───雲間から、微妙に太陽が顔を覗かせる。




わずかな雲間から射した光は、まるで選ばれた者にスポットライトを浴びせるようにしか思えない。




「………はぁ──……」




長い長い溜め息。


……それもそのはず。




無理もない。


だって今日は高校受験の合格発表。




「……番号なかったらどうしよう……。」



ギュッと握り締めた受験票に、思わず力が入る。




……なのに、青い空には白い雲。



もうすぐ満開になりそうな微妙な桜。




そうその先に──…



運命を切り分けるように設置されている合格発表の掲示板が──……。




「───きゃぁぁ!!!!

受かったぁ!!!!!!」



───すぐに目の前で歓声が鳴り響く。





歓声はさまざま。


喜びの歓声。

悲しみの歓声。




─────ゴクッ。




………今から。




果たして、自分は一体どちらの歓声を上げるんだろう───……。


──ドキン、ドキン……。



緊張のピークを通り越し、吸い込まれるように掲示板へと足を運ぶ。




その手に握り締められた受験票には──……




“──桜井 彩”。



15歳。


胸までのふわふわのお姫様ロング。


背は小さくて154センチ。


肌が白いのと、長い睫毛、大きな目が自分の好きな顔のパーツ。



……そんな私は中学校を最近卒業して、もうすぐ高校生になる。



………そう。


今はその“高校生”になれるかどうか、瀬戸際のところなんだけど……。




受験番号は36番。



────ザワザワ……。



「──…すいません、ちょっと通して……」




ごったがいする人を掻き分け、掲示板にやっとの思いで辿り着く。



「────…よし……」



行くぞ……!



吸った息をキュッと喉に置き、今にも窒息しそうな思いで番号を探す。




──……30、


33─…

──34、


35……



───36………



…………



…………36…………?




「────え?



……あ……ある……」




………ウソ────……



思わず、受験票の36番と掲示板に記された36番を交互に見る。




「……ある………



ある!!!!あるっ…!!!!!!」



───…最終確認を何回したことだろう。



間違いじゃないと、何度言い聞かせたんだろう。


確かに番号がある。



……夢じゃない。


目の前にあるのは“合格”という現実。



「やった………



やったぁぁ~ッッッ!!!!!!」



緊張の糸が緩む。



おまけに涙腺まで緩んで涙グチャグチャ。




……嬉しい。

嬉しい嬉しい嬉しい!



空ってこんなに青かったっけ?

空ってこんなに広かったっけ?

世界ってこんなに綺麗だったっけ─……?


受験が終わった瞬間に見た景色は、いつもよりずっとずっと。


広くて青くてすがすがしかった。

思えば、この学校には昔から憧れを抱いていた。


“成績がよほど良くないと行けない”


そう言われ、ここは霧の彼方にある存在だったから。


自分の限界と、

努力と力を信じてここまで来た。




「…受かった…」



改めて口にする事で。


自分の事を認められた気がして嬉しくて嬉しくて。


世界にやっと色がついてくる。




「……もしもし?

お母さん?

私だけど……


うん、無事受かったよ」



お母さんの感嘆の声をしばらく聞いて、電話を切り学校を見上げる。



……ここで、一体どんな出逢いがあるのかな?



どんな事が起きるかな?



どうか、いいことがいっぱいいっぱいありますように。






ここに来た運命も



出逢えた奇跡も



これから起こる必然も偶然も。



どんな言葉も、何もかも。





全てが“今”に繋がっていく気がする─……。




───…天変地異が起きた合格発表からニ週間後。




どちらかと言えばまだ中学生の部類に入る、微妙な時期。



「……ん~っっ……」


どうしよっかなぁ~…?



────ペラペラ……。



そこには、美容院の中でファッション雑誌とにらめっこしているあたしがいた。



───この3月が終われば、念願の高校生。



……だからこそ、挑戦してみたいことは──…。



ずばり、オシャレ★



…というか、イメチェン。



中学時代は髪も染められず、メイクも当然ご法度。


やっぱり、高校生といえばそういうのが解禁されるという勝手なイメージだから。



……だからね、ここはババンとイメチェンして、“垢抜け”て高校生デビューしてみたいんだよね♪






「どうしようかな…」



迷うなぁ……。


ふと、呟く。


胸まで伸びた、ふわふわパーマが当たっている髪。


童顔だから、ショートは似合わないし…。


かといって、このまま高校生デビューは変わり映えないよなぁ……。



でも、とにかく何かを変えたい。


変えて高校生活エンジョイしまくりたい。




「───お悩みですか?」



あまりに悩んでいる私を見かね、女性で30代くらいの気さくそうな美容師が近付いてきた。




「あ、はい!!

何か垢抜けたくて!!」



私がそう答えると、美容師さんはニッコリと笑い…




「ミディアムまで切って、ストレートに戻したら春っぽく爽やかになるかも。

そしたらかなりのイメチェンだし。」




ストレート…かぁ…。



「…いいかも。」



ストレートの自分を妄想して、軽くOKを出す。


期待を馳せながら髪を違う人に預け─…




……数時間後。



「ありがとうございましたー。」




ロングからミディアムまで切ったさらさらのストレート。



「───うん♪イイカンジ♪」



そう呟き、満足した私が桜の中を歩いている姿があった。