そうして裕に頼まれた
店長会議の日がやってきた。
会議は円山花壇の事務所が入る
六本木の五階建ての自社ビルの
会議室で行われる。
一階には円山花壇のフローリストと
カフェが入っている。
二階にはレデイスやメンズのアパレル
ショップが入っている。
とてもおしゃれなお店だ。
一階のフローリスト以外は貸店舗と
なっているらしい。
三階には装花部門や園芸部門、経理庶務の
事務室や休憩室があり四階は応接室や
大小の会議室、五階は役員室となっている。
地下は駐車場と装花部門の作業場がある。
駐車場は花材や装花などの搬入出荷等の
車と役員や社用車の駐車場となっている。
本社ビルに来て円山花壇の規模の大きさを
初めて知ったマリはちょっと腰が引けた。
自分が講師なんて場違い感が半端ない。
社員数はパートも入れて三百名以上らしい。
大阪や名古屋、札幌にも支社が
あるということだ。
副社長は御曹司だが気さくで明るく
いつもラフな服装をしているので、
こんな大きな会社の御曹司だとは
思わなかった。
マリは裕と今後どう接していけばいいのか
わからなくなってきた。
でも今はとにかく裕に頼まれた講義を無事に
乗り切らなくてはと、気持ちを切り替えて
大会議室に向かった。
講義に必要な花材や雑貨などは予め
お願いして準備してもらっているはずなので
少し早めに来たマリは花材のチェックなどを
済ませてプロジェクターの準備をする。
ロンドンやパリで撮りためた写真を
見てもらうためマリはパソコンにとりあえず
取り込んでいた写真を時系列にわかりやすく
整理しておいた。
何百枚とある写真を精査して分類するのに
結構な時間がかかった。
仕事が終わってからや休日に少しずつ
やっていたが懐かしいスタッフの写真や
滞在中に訪れた有名な庭園などの写真に
つい見入ってしまい、時間がかかった。
また六月ごろになるとイギリスではお庭自慢の
一般家庭でもガーデンオープンという形で
お庭を開放する。
そんなお庭の写真もあって懐かしくなった。
その為なかなか作業がはかどらなかった。
でも、いつかはきちんと整理したいと思って
いたので丁度いい機会だった。
プロジェクターの接続をしようと思って
いた所に裕が様子を見に来てくれて
接続も投影のチェックも済ませてくれた。
「マリ緊張してる?」
と問いかける。
そういえばいつのまにかマリと
呼び捨てになっていた。
「もちろんです。
きっとカミカミになってしまうと思います。
一応話の道筋は立ててきましたが、あまり
自信がないです」
「大丈夫だよ。マリならできる。
白石も来るし俺もそばにいるから、
自信もってリラックスして身内の講義
なんだからカミカミでもいいんだよ」
と言って微笑んだ。
その笑顔にドキリとしながら
マリは話し続けた。
「でも、本店始めてきましたが
すごいですね。
一階や二階にはおしゃれなショップが
入っていて働く人も楽しそうです。
終わったら一階のカフェにも
よってみたいです」
「わかった。何でも好きなもの食べさせて
やるからな、頑張れよ」
「なんか人参ぶら下げられた馬みたいですね」
そう言ってマリはころころと笑った。
裕の好きなマリの笑顔だ。
最初は緊張して引きつっていたマリの顔も
いつものような笑顔が出てすっかり
リラックスしたようだ。
裕はこれなら大丈夫と独り言ちた。
一番に白石が顔を見せた。
「マリちゃん準備はどう?
なんか手伝うことある?」
「白石さんありがとうございます。
準備は大丈夫です。
白石さんがいてくれるだけで安心です。
頑張りますね。
無理言ってお店早めに締めてきてもらった
ので白石さんに恥かかせないように
しないと…」
「何言ってんの大丈夫だよ。
今日のアレンジはどんな感じ?」
「アンテイークな木箱とエレガントな
バスケットとモダンなボックスに
してみました」
「へえ~目黒じゃどっちかっていうと、
キュ-トでおしゃれな感じのが多いから
珍しいね。楽しみだわ」
「それぞれのお店で雰囲気が違うし客層も
違ってくるので難しいですよね。
でもそれは各店長さんが把握して
いらっしゃると思ってとりあえず三種類の
パターンでアレンジしてみようかと
思ってます」
そうこうしているうちに本店も含め
八店舗の店長がそろった。
まず裕が最近の目黒店の売上げ好調の
状況や売れ残りの花が少なくなってきた
工夫について大まかに説明していく。
そしてマリの経歴についてもさらっと触れて
マリにバトンタッチした。
軽く自己紹介をした後目黒店の特徴を
説明する。
目黒店は駅ビルにあり夕方には仕事帰りの
会社員や主婦などの女性の姿が結構目立つ
ことを知って一人暮らしの女性や夕食の
準備に家路を急ぐ働く主婦や癒しを求める
仕事に疲れた男性、そんな人達に思わず手に
取ってもらえるような小ぶりの花束を店先に
置くことにした。
小さなブーケのような仕様でそのまま
花瓶やガラスのコップにさしてもらえる
ようなものをお店の前に作っておいている。
結構男性のお買い上げが多いのもうれしい
誤算だったが、毎日あっという間に
売れていく。
お手軽感とお釣りのいらない税込み千円
という価格設定も良かったのかもしれないが
男性が奥様にプレゼントとして
買って行ってくれるのも多い。
あとはやはり若い女性の利用が多い。
金曜日などは朝、昼、夕方と一日三回
それぞれ売り切れて、また追加で作る
こともある。
これで二万から三万の売り上げになり
花の売れ残りがなくなっていくのも
うれしい。
またそのあと何かの時にアレンジを依頼
されるなど結構顧客の獲得にもなっている。
そこで店内におしゃれな雑貨を使って
アレンジを置いてみた。
これはパリのフローリストで普通に
やっていたのだが、花が終わっても
バスケットやブリキ缶などそのまま雑貨
として使ってもらえるので、
プレゼントとしても評判がいい。
お店の開店祝いや誕生日のプレゼントに
依頼を受ける。
なので今、目黒店ではアレンジできる
ようなおしゃれな雑貨を、店内において
お客様に予算などに合わせて選んで
いただけるようにしている。
これはマリの提案を店長である白石が好きに
やらせてくれているからこそである。
雑貨も卸で入れられるように副社長の裕が、
手配してくれている。
これを全店舗に広げれば雑貨ももっと安価に
手に入るし、またデザインの幅も広げる
ことができる。
アレンジや雑貨はバリエーションを持たせる
ことができるので、各店舗の客層によって
それぞれ考えて展開してみるといいのではと
提案する。
そこでまず、マリは千円で店先に出している
花束をさっと作ってみせる。
ドラセナの葉を半分に折って茎にテープで
止めてそれを花の周りにぐるっと一周
させると花束がぐんと大きくなって豪華に
見える。
それをおしゃれなワックスペーパーで
ラッピングする。
マリは英字新聞のワックスペーパーを
よく使う。
そしてそのままガラスのコップにさす。
ラッピングも花束の一部としてそのまま
飾ってもらうものなので手間いらずなのだ。
面倒くさがり屋さんでも手軽に
楽しめる花束が完成する。
そしてそのあとは黒い籐のバスケットに
グリーンの濃淡でさわやかでちょっと
エレガントなアレンジと、
小ぶりのブリキ缶にナチュラルでレトロな
アレンジを、最後は真四角の白い陶器の器に
モダンなアレンジを仕上げていく。
ここでもドラセナの半分に折った葉っぱが
大活躍とても雰囲気のあるマリらしい
仕上がりになっている。
「各ショップでお客様の層もニーズも
違っていると思います。
アレンジなどは各ショップの
色を出していかれるといいと思います」
と締めくくる。
するとホテル・ラ・ルミエール東京の
ショップ店長の山村が
「ホテル内のショップではなかなか難しいわね。
路面店とは格が違うわ」
と言った。
格が違うといわれたことで一瞬ざわついたが、
マリはもう一つ用意していた
2段の重箱を取り出して、
「ホテル・ラ・ルミエール東京では
スイートルームにウエルカムの菓子を
置いていると思うのですが、この重箱にお花の
アレンジとお菓子を日本らしい和の雰囲気で
まとめてみると、面白いかなと思いました」
そう言って重箱を開けてみせる。
中には箱庭のようにアレンジされた花と、
もう一段には藤原家で買ってきた少し日持ち
のする華やかな和菓子が入っていた。
「藤原屋は実は私の実家なんです。でも、
ラ・ルミエール東京にも入っているので
円山花壇と勝手にコラボさせて
もらいました。すみません」
「わーっ素敵!」
会場は今日一番の盛り上がりを見せた。
ホテルのショップ店長の山村は
「そんなホテルの経営戦略まで口は
出せないわよ。
それにちゃっかり実家のお饅頭まで
売りつけるなんてあつかましいわ」
と言ってマリを睨みつけた。
「でも、外国のお客様にはこの重箱をお土産に
持って帰ってもらえば、喜ばれると
思うんですけど…
スイートをご利用されるお客様によって内容を
変えるとかもできますし、実はロンドンの
四つ星ホテルのスイートにはそんなサービス
があってとても評判がいいと聞いています。
ちょっと脱線してしまいましたか?」
しゅんとするマリに裕が
「それは面白いアイデアだな。
その件は僕に一任してもらえるかな。
ホテル側に話を持って行ってみるよ」
「ありがとうございます。
すみません。ちょっと話がそれてしまい
ましたが、それぞれのショップで参考に
なればと、副社長のご指示で今日お話し
させていただきました。
至らない所たくさんありましたが最後まで
ありがとうございます。
何かご質問あればお答えいたします」
すると何人か手を挙げたので順に
質問に答える。
ロンドンとパリの花のあしらいの違いとか、
どんなところに驚いたかとか、
一番印象に残った出来事は?とか、
みんな興味はつきないようで、
マリは丁寧に答えていった。
一番印象に残った出来事は、
パリのフローリストにいるときに、郊外の
お城を借り切って結婚式が行われたのだが、
その装花にマリの居たフローリストも
参加したことだった。
そしてまだ新入りだったマリだったが、
新婦が日本人であったことで、
メンバーに入れてもらえた。