くるくる動く潤んだような大きな瞳、
鼻筋もスっと通っていて、
ピンク色の唇は少し肉厚で見ていると
キスしたくなる。
化粧もほとんどしていないだろうけれど、
元々整った顔立ちなので清廉な雰囲気がする
気持ちのやさしさが顔に出ていて、
ふわっと笑うと子供のような
無邪気さが表れる。
裕の大好きな笑顔だ。
姿勢のいい立ち姿は凛として美しい。
色白でスレンダーな体は、
とても男心を誘う。
マリを思うと自然に微笑えんでいる
自分に気付く。
裕はそんな自分にも驚いている。
今まで女に苦労したこともなく、
いつも向こうから寄ってくる。
来るもの拒まずで付き合ってきたが、
付き合っているときは、
それなりに誠実に付き合っていた。
でも、結婚したいとか手放したくないとか、
そんな風に思ったことは一度もなかった。
だから別れる時も何もダメージは
感じなかった。
もう自分も三十一歳だ。
この二~三年は特に仕事も忙しかった
こともあるが、年齢的にその気もない女と
付き合おうという気にはならなかった。
マリの事は今思えば、一目惚れだった。
花に話しかけているマリを見て、
胸にずんと来たのだった。
そしてマリが作った花束を見て堕ちたのだ
気付くのにかなりかかったが、こうして
マリと会ってマリの優しさや周りに対する
気遣いの細やかさ、そしてとても
謙虚なところが、裕の庇護欲を搔き立てる。
会って別れるとまたすぐに会いたくなる。
マリは裕にとって麻薬のようなもの
なのかもしれないと、
裕は切なくなるのだった。
マリも、裕との関係については悩んでいた。
仕事の話で上司と食事に行くのは
よくある事だと思うのだが、
そんなに仕事の話などしない。
裕はいろんな話をしてマリを
笑わせてくれる。
そしていつもきちんとマリのことを
エスコートしてくれるのだ。
道路を歩く時も必ず道路側に裕は立つ、
人込みでもマリがぶつからないように
気を付けて守ってくれる。
この頃はたいてい歩いているときは
手をつないでいる。
これが上司と部下との関係とは
いくら鈍感なマリでも思えない。
優依に言うと、そりゃあ、相手の人は
マリに気があるわよと断言する。
マリはどうなのと聞かれて、
すごく優しくて気遣ってくれるし、
一緒にいるときは楽しくていつも
笑っている気がする。
裕にすっかり心を許していた。
男の人といてこんなにも話したり笑ったり
自分をさらけ出せるのは初めてだ。
元夫の梅原にはいつも気を使って
いたように思う。
2度ほど休みがあったときには、
映画に行ったり美術館に連れて行って
もらったこともある。
逢えないときもラインで毎日
なんだかんだと連絡しあっている。
それこそおはようからお休みまで…
今日はどんなお客様が来たとか絵文字
付きで送るマリのラインを、
裕も楽しみにしていてくれるらしい。
なので、優依にマリの気持ちは?
と聞かれた時には思わず、
多分好きだと思うと答えていた。
なにその言い方!
でもきっとマリの初恋ね。
と言って電話の向こうで
嬉しそうに笑っていた。
でも、つきあおうって言われたわけではない
優依にはいつもバツイチのくせに、
どんだけ初心なのと揶揄われる。
でも、マリには恋愛の経験はないに等しい。
梅原とは最初から結婚ありきの間柄で、
今思えば一緒にいても心が
浮き立つようなことはなかった。
いつも安心していられた。
そんな関係だった。
そうして裕に頼まれた
店長会議の日がやってきた。
会議は円山花壇の事務所が入る
六本木の五階建ての自社ビルの
会議室で行われる。
一階には円山花壇のフローリストと
カフェが入っている。
二階にはレデイスやメンズのアパレル
ショップが入っている。
とてもおしゃれなお店だ。
一階のフローリスト以外は貸店舗と
なっているらしい。
三階には装花部門や園芸部門、経理庶務の
事務室や休憩室があり四階は応接室や
大小の会議室、五階は役員室となっている。
地下は駐車場と装花部門の作業場がある。
駐車場は花材や装花などの搬入出荷等の
車と役員や社用車の駐車場となっている。
本社ビルに来て円山花壇の規模の大きさを
初めて知ったマリはちょっと腰が引けた。
自分が講師なんて場違い感が半端ない。
社員数はパートも入れて三百名以上らしい。
大阪や名古屋、札幌にも支社が
あるということだ。
副社長は御曹司だが気さくで明るく
いつもラフな服装をしているので、
こんな大きな会社の御曹司だとは
思わなかった。
マリは裕と今後どう接していけばいいのか
わからなくなってきた。
でも今はとにかく裕に頼まれた講義を無事に
乗り切らなくてはと、気持ちを切り替えて
大会議室に向かった。
講義に必要な花材や雑貨などは予め
お願いして準備してもらっているはずなので
少し早めに来たマリは花材のチェックなどを
済ませてプロジェクターの準備をする。
ロンドンやパリで撮りためた写真を
見てもらうためマリはパソコンにとりあえず
取り込んでいた写真を時系列にわかりやすく
整理しておいた。
何百枚とある写真を精査して分類するのに
結構な時間がかかった。
仕事が終わってからや休日に少しずつ
やっていたが懐かしいスタッフの写真や
滞在中に訪れた有名な庭園などの写真に
つい見入ってしまい、時間がかかった。
また六月ごろになるとイギリスではお庭自慢の
一般家庭でもガーデンオープンという形で
お庭を開放する。
そんなお庭の写真もあって懐かしくなった。
その為なかなか作業がはかどらなかった。
でも、いつかはきちんと整理したいと思って
いたので丁度いい機会だった。
プロジェクターの接続をしようと思って
いた所に裕が様子を見に来てくれて
接続も投影のチェックも済ませてくれた。
「マリ緊張してる?」
と問いかける。
そういえばいつのまにかマリと
呼び捨てになっていた。
「もちろんです。
きっとカミカミになってしまうと思います。
一応話の道筋は立ててきましたが、あまり
自信がないです」
「大丈夫だよ。マリならできる。
白石も来るし俺もそばにいるから、
自信もってリラックスして身内の講義
なんだからカミカミでもいいんだよ」
と言って微笑んだ。
その笑顔にドキリとしながら
マリは話し続けた。
「でも、本店始めてきましたが
すごいですね。
一階や二階にはおしゃれなショップが
入っていて働く人も楽しそうです。
終わったら一階のカフェにも
よってみたいです」
「わかった。何でも好きなもの食べさせて
やるからな、頑張れよ」
「なんか人参ぶら下げられた馬みたいですね」
そう言ってマリはころころと笑った。
裕の好きなマリの笑顔だ。
最初は緊張して引きつっていたマリの顔も
いつものような笑顔が出てすっかり
リラックスしたようだ。
裕はこれなら大丈夫と独り言ちた。
一番に白石が顔を見せた。
「マリちゃん準備はどう?
なんか手伝うことある?」
「白石さんありがとうございます。
準備は大丈夫です。
白石さんがいてくれるだけで安心です。
頑張りますね。
無理言ってお店早めに締めてきてもらった
ので白石さんに恥かかせないように
しないと…」
「何言ってんの大丈夫だよ。
今日のアレンジはどんな感じ?」
「アンテイークな木箱とエレガントな
バスケットとモダンなボックスに
してみました」
「へえ~目黒じゃどっちかっていうと、
キュ-トでおしゃれな感じのが多いから
珍しいね。楽しみだわ」
「それぞれのお店で雰囲気が違うし客層も
違ってくるので難しいですよね。
でもそれは各店長さんが把握して
いらっしゃると思ってとりあえず三種類の
パターンでアレンジしてみようかと
思ってます」
そうこうしているうちに本店も含め
八店舗の店長がそろった。
まず裕が最近の目黒店の売上げ好調の
状況や売れ残りの花が少なくなってきた
工夫について大まかに説明していく。
そしてマリの経歴についてもさらっと触れて
マリにバトンタッチした。
軽く自己紹介をした後目黒店の特徴を
説明する。
目黒店は駅ビルにあり夕方には仕事帰りの
会社員や主婦などの女性の姿が結構目立つ
ことを知って一人暮らしの女性や夕食の
準備に家路を急ぐ働く主婦や癒しを求める
仕事に疲れた男性、そんな人達に思わず手に
取ってもらえるような小ぶりの花束を店先に
置くことにした。
小さなブーケのような仕様でそのまま
花瓶やガラスのコップにさしてもらえる
ようなものをお店の前に作っておいている。
結構男性のお買い上げが多いのもうれしい
誤算だったが、毎日あっという間に
売れていく。
お手軽感とお釣りのいらない税込み千円
という価格設定も良かったのかもしれないが
男性が奥様にプレゼントとして
買って行ってくれるのも多い。
あとはやはり若い女性の利用が多い。
金曜日などは朝、昼、夕方と一日三回
それぞれ売り切れて、また追加で作る
こともある。
これで二万から三万の売り上げになり
花の売れ残りがなくなっていくのも
うれしい。
またそのあと何かの時にアレンジを依頼
されるなど結構顧客の獲得にもなっている。
そこで店内におしゃれな雑貨を使って
アレンジを置いてみた。
これはパリのフローリストで普通に
やっていたのだが、花が終わっても
バスケットやブリキ缶などそのまま雑貨
として使ってもらえるので、
プレゼントとしても評判がいい。
お店の開店祝いや誕生日のプレゼントに
依頼を受ける。
なので今、目黒店ではアレンジできる
ようなおしゃれな雑貨を、店内において
お客様に予算などに合わせて選んで
いただけるようにしている。
これはマリの提案を店長である白石が好きに
やらせてくれているからこそである。
雑貨も卸で入れられるように副社長の裕が、
手配してくれている。
これを全店舗に広げれば雑貨ももっと安価に
手に入るし、またデザインの幅も広げる
ことができる。
アレンジや雑貨はバリエーションを持たせる
ことができるので、各店舗の客層によって
それぞれ考えて展開してみるといいのではと
提案する。
そこでまず、マリは千円で店先に出している
花束をさっと作ってみせる。