総長代理は霊感少女!? ~最強男子の幽霊にとり憑かれました~

 昼休みはもう半分が終わってしまってたから、七星の人達と話すのは放課後になったけど。
 残りの時間、桐ヶ谷先輩は七星について色々教えてくれた。
 それによると七星を結成した初代総長が別にいて、桐ヶ谷先輩は2代目総長だという。

「その初代総長さんは、今どうしているんですか?」
「……色々あって、今は遠くにいる。俺はあの人から七星を頼むって任されたのに、こんなことになっちまって申し訳ねー」
「で、ですが桐ヶ谷先輩は今もこうして、チームのことを考えているじゃないですか。普通は死んじゃった直後はすごく不安になって、情緒不安定になるんですよ」

 何度も幽霊を見てきた、私だからわかる。
 亡くなったことを受け止めきれずに、暴る幽霊だって少なくなかった。

「ですが桐ヶ谷先輩はしっかりしてますし。きっと先代さんはそういうところを認めて、先輩に後を任せたのではないでしょうか?」
「それは買いかぶりな気もするけど……ありがとうな皆元。おかげでちょっと元気出たよ」

 お礼を言ってくる桐ヶ谷先輩。
 クールな印象があったけど、意外と柔らかい雰囲気にビックリ。
 暴走族の総長っていうより、優しいお兄さんみたいな感じ?
 そんな先輩の心残りを晴らすために、最後のお願いをなんとしても叶えてあげないと。
 その後私は話すのに夢中で、お弁当を食べ損ねちゃったけど。
 昼休みも午後の授業も終わって放課後。
 私は先輩の案内の元、校舎の奥にある今は使われていないという、空き教室の前までやってきた。

「ここが俺達が、アジトにしている教室だ。今くらいの時間だと、七星の幹部は集まってるはずだ」

 アジト教室。そういえば昨日そんなことを話していたけど、本当にあったんだ。
 この中に、七星の人達が……。
 けど、中に入ろうとドアに手をかけようとした瞬間。

「紫龍のやつら、絶対に許さねえ。七星総出で、殴り込みましょう!」
「待て。響夜があんなことになって、みんな動揺している。今行っても、返り討ちにあうだけだ」
「じゃあどうするんですか!」
「だから、まずはメンバーをまとめて……」
「いや、俺も拓弥に賛成だな。響夜があんなことになったのは、紫龍のせいだからな」

 聞こえてきた声に、ドアを開けようとしていた手が止まる。
 桐ヶ谷先輩が亡くなったのは、紫龍のせいってこと?
 先輩を見ると、苦しそうに顔を歪めている。
 交通事故で亡くなったって聞いてたのに、紫龍のせいってどういうこと?
 すると察したみたいに、先輩が口を開く。

「黙ってて悪い。俺が事故にあったのは、紫龍の奴らとモメてる最中だったんだ。だからアイツら、俺の弔いだって言って、殴り込みをかけようとしてる。けど俺は、そんなの望んでない」
「先輩……わかりました。それもちゃんと、七星の人達に伝えますから」
「ああ、頼む」

 桐ヶ谷先輩の言葉を受けて、今度こそドアに手をかける。
 引き戸になっているドアをガラッと引くと、教室の中から6つの目がこっちを見た。

「し、しちゅれいしましゅ!」

 あわわ、大事なところなのに噛んじゃった!
 慌てながら中を見ると、そこにいたのは昨日会った春風直也先輩と、染谷晴義先輩。
 それに、今日休んでいたはずの拓弥くんもいる。
 ひょっとして、ずっとサボってここにいたのかなあ?

「美子? お前、何でここに?」
「拓弥、知り合いか?」
「はあ、まあ……クラスメイトです」
「ああ、見たことあると思ったら、昨日の子かあ。こんなところになんの用? 拓弥に用事?」

 春風先輩が聞いてきたけど、私は首を横にふる。

「あ、あの。みなさんに、聞いてほしいことがあって来ました。桐ヶ谷先輩からの伝言を、伝えに来ました!」
「は? 響夜さんの?」

 拓弥くんが目を丸くする。

「う、うん。信じられないかも知れないけど私、話を聞いたの。亡くなった桐ヶ谷先輩の、幽霊から」
「──っ! お前、まだそんなことを言ってるのかよ!」

 憤怒の表情を見せたかと思うと、傍にあった机に拳をガンと叩きつける。
 ひ、ひぃぃぃぃっ!
 すると、染谷先輩も。

「響夜の幽霊? 笑えない冗談だ。拓弥、なんなんだ彼女は?」
「昔から、幽霊が視えるとか言ってるやつで……あーもう! 話なら後で俺が付き合ってやるから、変なこと言うんじゃねー」

 ダ、ダメだ。全然信じてくれない。
 変な子って言われたあの日のことを思い出して、ガクガクと足が震える。
 だけど……。

「お前ら待てって。皆元の話を聞いてくれ!」

 桐ヶ谷先輩が前に出て、声を上げて訴えかけてる。
 だけどその声は、拓弥くんたちには届いていない。
 やっぱり、私がなんとかしないと。

「本当なんです! 信じてください! 桐ヶ谷先輩の幽霊がここにいて……むぐっ!?」
「あー、君、美子ちゃんだっけ? ちょっと落ちつこうねー」

 スッと近づいてきた春風先輩の手が伸びて、口をふさがれた。

「わかる、わかるよ。君、七星のファンなんでしょ。響夜があんなことになって、幻覚を見ちゃったんだよね。けど今は、ちょっと黙っててくれないかな。いいよね?」
「むぐーっ! むぐーっ!」
「いいよね?」

 春風先輩はニッコリと笑っているけど、目は笑っていない。
 昨日廊下で会ったときはチャラい感じがしたけど、今は有無を言わせない迫力がある。
 春風先輩は私の口をふさいでいた手を引っ込めると、今度は両肩をつかんで、教室の出口に向かってUターンさせられる。

「悪いけど、こっちも取り込み中なんだ」
「待ってください。話はまだ……痛っ!」

 早く私を追い出したいのか、強い力で肩をつかまれ、指が食い込んで痛い。
 すると、それを見ていた桐ヶ谷先輩が叫んだ。

「おい、やめろ直也! その手を放せ!」

 春風先輩の手を掴もうとしてるけど、やっぱり桐ヶ谷先輩では触れることができない。
 けどそれでもなんとかできないかって、今度は私を引き剥がそうとする。

「皆元、こっちへこい!」

 私を抱き寄せるように引っ張ろうとしたけど、そんなことをしても無理です。
 先輩は、私に触れないのですから……。
 けどそのとき、予想外のことが起こった。

 桐ヶ谷先輩の腕が私を包み込んだその瞬間、先輩がスッと私の中に入ってきたの。
 ……もう一度言うね。
 先輩が私の中に、入ってきたの!

「え?」

 まるで実体のないホログラムに、体を重ねたよう。
 するとそこにいたはずの桐ヶ谷先輩が、私の中に溶けるように入っていった。

 ──っ! こ、これって!?
 この現象には、実は覚えがあった。
 だけどそれを思い出した瞬間、金縛りにあったみたいに、体の自由が効かなくなって、私の体はダランと崩れ落ちた。

「えっ? 君、どうしたんだ!?」
「美子!?」

 さっきまで私を追い出そうとしていた春風先輩も、それに拓弥くんも、驚いたように床に倒れた私を見る。
 けどワタシは、すぐにムクリと起き上がった。
 そして……。

「──っ! いったい何がどうなったんだ?」

 頭を押さえながら、ワタシは言う。
 けど……わ、私はしゃべってなんていないし、立ち上がろうともしていないよ。
 今私の体は自分の意思とは関係無しに、立ってしゃべってるの。
 ──これってやっぱり!

(先輩! 桐ヶ谷先輩、聞こえますかー!?)

 姿を消した桐ヶ谷先輩に語りかけたけど、口が動かない。
 けどそれに答えるように、返事が返ってくる。
 返事をしたのは、私の体だ。

「皆元か? お前、どこからしゃべってるんだ?」
(あ、頭の中で話しているんです。気づいてないかもですけど先輩は今、私に憑依しているんですよー!)
「は、憑依?」

 語りかけるように心の中で叫ぶと、私の口が返事をする。
 心と体の動きがまるであっていないけど、これが憑依という状態。

 過去に何度か幽霊に気に入られて憑依されたことがあったけど、こうなったら幽霊に体の主導権を奪われちゃう。
 つまり今私の体は、桐ヶ谷先輩が動かしてるの。

「憑依って。俺は皆元の体の中に入っちまったのか? 前髪が長くて、よく見えねーよ」

 先輩は状況を確かめるように顔やお腹など、体のあちこちを触りだしたけど……。

「キャーッ! せ、先輩。私の体なんですから、あまり触らないでくださーい!」

 心の中で叫んだつもりだったけど、今度は口が動いて声が出た。
 どうやら気持ちが高ぶったら、少しは体を動かせるみたい。
 桐ヶ谷先輩は慌てたように「悪い」って謝ってきたけど……。
 この状況、拓弥くん達から見れば、1人で会話してるようなもの。
 きっとすごく、不気味に映ってるんだろうなあ。
 
 急に崩れ落ちたり、1人で叫んだり騒いだりして。これで不信に思わないはずがない。
 ほら、みんな顔を見合わせながら、気味悪そうにこっちを見てますよー!

「えっと、美子ちゃん。君、ふざけてるの? いいかげんにしないと、これ以上はさすがに……」

 引きつった顔で、再び手を伸ばしてくる春風先輩。
 だけどその腕を私が……ううん、私に憑依してる桐ヶ谷先輩が掴んで、そのまま締め上げた!

「──っ! 痛ててっ!」

 春風先輩は何が起きたか分からない様子で、腕を締め上げられて苦悶の表情を見せる。
 桐ヶ谷先輩はそのまま、私の声で告げる。

「お前らしくねーぞ、直也。女には優しくがモットーだって、いつも言ってたよな?」
「──っ!? 君はいったい?」

 桐ヶ谷先輩は答えずに、今度は驚いてる染谷先輩と拓弥くんに目を向けた。

「晴義、ちゃんと話を聞け。いつもの冷静さはどうした? 拓弥、お前は皆元を、このまま追い返していいのか? 前に言ってたずっと謝らなきゃって思ってる相手って、皆元のことだよな?」
「なっ、どうしてそれを!? 響夜さんにしか話してないのに!?」

 なんの話かはわからなかったけど、拓弥は驚愕して、染谷先輩も目を見開いている。

「君は何者だ?」
「晴義、分からないか? 俺は、響夜だ」
「は? なにをふざけたことを!」
「信じられねーのも無理はねーか。けど本当だ。コイツに憑依してしゃべってる」

 話しながら、春風先輩の拘束を解く。
 口調は桐ヶ谷先輩なのに私の声だから、すごく変な感じ。
 拓弥くんや春風先輩は「マジか?」、「いや、まさか」って困惑してるけど、染谷先輩はまるで仇でも見るような怒りに満ちた目を、私に向けた。

「どこまでもふざけて。本当に響夜だって言うなら、証明してみせろ!」
「ちょっ、晴義さん!?」

 拓弥くんが叫んだけど、もう遅い!
 染谷先輩の拳が風を切って、私めがけて繰り出されたの。
 な、殴られる!
 だけど桐ヶ谷先輩が憑依したワタシは迫る拳を、手刀で払った!

「なに!?」
「いきなり殴りかかるなんて、お前らしくないな。けどいいぜ、相手になってやる!」

 腕を構えて、ファイティングポーズを取る桐ヶ谷先輩だけど、全然よくありません!
 私の体で戦う気ですかー!?

 だけどこうなったらもう止められない。
 染谷先輩は次々とパンチを、時に蹴りを繰り出してきて、だけど桐ヶ谷先輩はそれを全部さばいていく。

「懐かしいな晴義。道場に通っていたころ、よくこうして組み手してたっけ」
「くっ、まだ響夜のフリを……」
「フリかどうかは……コイツで確かめろ!」

 ワタシの拳が、染谷先輩の顔に直撃──してない!
 寸でのところで、手は止まっていたの!

 拳を受けるかと思ってた染谷先輩は、固まっちゃってる。
 そしてワタシは、そんな染谷先輩にフッと笑ってみせた。

「今日も俺の勝ちだ。けど、いつでも相手になってやるから。もっと強くなってかかってこい」
「──っ! その言葉は、いつも響夜が言っていた。まさか、本当に……」
「だからさっきから言ってるだろ……心配かけたな、お前ら」
「響夜!」

 染谷先輩の目に、何かが光った気がした。
 それに拓弥くんも春風先輩も桐ヶ谷先輩の名前を呼びながら、集まってくる。

「まさか、本当に響夜なのか?」
「響夜さん、そこにいるんですか!?」

 さっとまでとは明らかに違う目で私を……響夜先輩が憑依している、ワタシを見る。
 みんな、信じてくれたんだ。
 ここにいるのが、桐ヶ谷先輩だって。
 だけど……。

「うっ!?」
「響夜!?」

 ワタシがフラっとよろけて、床に膝をついた。
 や、やっぱりこうなっちゃった!

「なんだ? 力が入らねー」
(そ、そりゃあそうですよ。先輩はさっき暴れましたけど、体は私のものなんですから。激しい動きについていけなくて、反動がきたんです!)

「あれくらいでか? 皆元の体、ヤワすぎだろ」
(しょうがないじゃないですか。それに今日は、お昼食べそこねちゃいましたし……)
「そういえばお前、昼飯食えてなかったな。てことはコレは、貧血ってやつか? はじめて味わったけど、結構つれーな……」

 次の瞬間、私の体から先輩の幽霊がポンッて弾き出された。
 どうやら疲れたせいか、憑依が解けたみたいだけど。
 体の主導権を取り戻した私に、ダメージが一気に来た。
 うう、頭が痛い。もうダメ……バタッ!

「美子っ!? いや、響夜さんか?」
「どっちか知らねーけど、これヤベーんじゃねーの?」
「急いで病院に運ぶ。2人とも、手を貸してくれ!」

 薄れゆく意識の中で、拓弥くんたちが慌ただしく騒ぐ声が聞こえたけど、やがてそれも消こえなくなって。
 私は眠りに落ちていった……。


 ◇◆◇◆


 次に私が目を覚ましたのは、病院のベッドの上。
 辺りを見ても、病室の中には誰もいない。
 けど桐ヶ谷先輩の幽霊だけは、隣にいてくれていた。

「起きたか? 悪い、皆元のことを考えずに、無理をさせすぎた」
「せ、先輩、顔を上げてください。あの、それよりここは?」
「晴義の家の病院だ。アイツのとこは医者の家系でな。倒れた皆元を運び込んだ。晴義達は今、医者の話を聞きに行ってるけどな」
「桐ヶ谷先輩は、みなさんといっしょにいなくていいんですか?」
「お前を1人にして行けるかよ。といっても、幽霊に残られても頼りねーだろうけど」

 桐ヶ谷先輩は苦笑いを浮かべたけど、そんなことありません。
 目が覚めたとき側に先輩がいるのを見て、安心したんですから。
 すると、部屋のドアが開く。
 入ってきたのは拓弥くん。それに、染谷先輩と春風先輩だった。

「美子、起きたのか!? それとも、響夜さんか?」
「美子だよ。おはよう拓弥くん……って、もう夜だよね」

 窓から外を見ると、すっかり暗くなってるのがわかる。
 いったいどれくらい眠っていたのかな?
 すると染谷先輩が前に出てきて……勢いよく土下座をした!

「すまなかった!」
「ええっ!?」

「君の言うことを信じずに暴力をふるってしまい、本当に申し訳ない。響夜が憑依していたというのは、本当だったんだろう」
「はい……桐ヶ谷先輩は、今もそこにいます」

 隣を指すと、拓弥くんたちは「マジか?」って食い入るように見てくる。
 けど残念ながらいくら集中しても、視ることはできないみたい。
 とりあえず、土下座していた染谷先輩には立ってもらって、話をする。

「私がみなさんを訪ねたのは、桐ヶ谷先輩に頼まれたからなんです。拓弥くんは、知ってるよね。私が幽霊が視えるって言ってたの。信じられないかもしれないけど、あれは本当なの」
「もう信じてるよ。さっきの動きも口調も、まるっきり響夜さんだったからな。お前じゃあんな演技できねーだろ」
「ありがとう。それで桐ヶ谷先輩、死んじゃったのは仕方ないけど、最後にみんなに、言葉を伝えてほしいって」

 さっきは話を聞いてもらえなかったけど、これでようやく先輩の願いが果たせる。

「みんな、聞いてくれ。こんなことになってしまって、本当に悪い。けど俺は、お前達なら七星を守ってくれるって信じてる。それと間違っても俺の仇って理由で、紫龍と戦おうとするな。今大事なのは戦うことじゃなくて、チームをまとめることだ。わかってくれ」

 桐ヶ谷先輩が言って、私はそのままをみんなに伝える。
 拓弥くんは涙ぐんで上を見ながら、「響夜さん」って名前を呼んでるし、春風先輩は黙ったままうつむいてる。
 染谷先輩も何かを考えているようだったけど、やがてゆっくりと口を開く。

「ありがとう。響夜の言葉、たしかに受け取ったよ」

 よかった。桐ヶ谷先輩の言葉、ちゃんと届いたんだ。
 これで安心して、成仏することができますね。
 隣を見ると、桐ヶ谷先輩は満足したように、ニコッと笑ってくれる。
 うっ、やっぱり桐ヶ谷先輩に笑いかけられると、ドキドキするや。
 なんて思っていたけど。
 なにやら染谷先輩が、言いにくそうに口を開いた。

「だけど、その……君はなにか、勘違いしているんじゃないかな?」

 え、勘違いって?
 すると先輩はさらに、驚くべきことを言った。

「響夜は死んでいない。今もちゃんと生きてるよ」
「え?」

「俺が生きてる? どういうことだよ?」

桐ヶ谷先輩が、驚きの声を上げる。
すると今度は、春風先輩が。

「そうそう。それなのにいきなり、響夜が亡くなっただの幽霊だの言ってきたから、なに言ってるのって思ったよ。だけどデタラメ言ってるわけじゃなさそうだし、どういうこと?」
「わ、私にもなにがなんだか? 桐ヶ谷先輩、どういうことですか?」
「むしろ俺が聞きたい。こうして幽霊になってるってことは、死んだってことじゃないのか?」

桐ヶ谷先輩も事情がわからずに、混乱してるみたい。

「響夜と話しているのか? どうやらそちらは状況を把握していないみたいだけど、響夜が生きてるのは本当だ。この病院に入院している」
「ああ。俺達さっき、響夜さんのところに行って確かめてきたんだ」
「もちろん君がウソをついてるとは思ってないけど、どうなっているんだろうね? そうだ、響夜の様子を見てみるかい?」

春風先輩に言われて、私も桐ヶ谷先輩もうなずく。
全員で病室を出て、向かった先は病院の奥にある別の病室。
入ってすぐに仰天する。
中にあったベッドの上には、患者服姿の桐ヶ谷先輩が横になっていて、目を閉じていたの。
側には、心拍数を示すモニターが動いてる。

「この通り、桐ヶ谷はちゃんと生きてる。もっとも、事故の後はずっと眠ったままだけど」

なるほど。
それじゃあ学校で聞いた桐ヶ谷先輩が亡くなったっていうのは、デマだったんですね。
昏睡状態が続いているのを、誰かが勘違いしてウワサを流したのかな?

なのに私は、桐ヶ谷先輩が亡くなった前提で話をしてたもんだから。
そりゃあ拓弥くん達だって、怒るよね。

桐ヶ谷先輩を見ると、自分の体を前にして驚いてる様子。

「俺の体だ。こうして自分の体を見るのははじめてだけど、不思議な感じがするな」
「え? 見るのはじめてなんですか? 幽霊になってすぐとか、見てなかったんですか?」
「ああ。事故に遭ったあと、気がつけば今の状態で、学校にいたんだ。そしたら誰も俺のことが視えてないみたいだし、俺が死んだなんて言ってるやつもいて、それで自分が幽霊だって思ってたんだけど」

幽霊になったとき、体が近くになかったんだ。

「つまり、先輩は自分が亡くなったって、ちゃんと確認したわけじゃなかったんですね。だとしたらこれは……」

私は桐ヶ谷先輩や拓弥くんたちを1人ずつ見る。

「状況がわかりました。ここにいるのは、桐ヶ谷先輩はの生霊です」
「生霊? それって、源氏物語で六条の御息所がなったっていう、生きたまま幽霊になるやつのことかい?」
「はい。みなさんには視えていないかもしれませんけど、桐ヶ谷先輩の幽体は私の横にいます。桐ヶ谷先輩の魂が、体から離れてしまっているんです」
「つまり幽体離脱して、戻ってないってこと? 俺、幽霊とか詳しくないけど、それってヤバいんじゃないの? 魂が体に戻らなかったら、響夜は目を覚まさないってことない?」

そうなります。
昏睡状態が続いているのは、きっとこのせい。
魂が抜けた状態だと、ずっとこのままなんです。

「桐ヶ谷先輩、体に戻ることはできますか? さっき私に憑依したときみたいにやれば、戻れると思うんですけど」
「あのときは自分でもどうやったか分かってないんだが、やってみる」

先輩は自分の体の前に行くと、覆い被さるように重なる。
だけど……。

「ダメだ、すり抜けるだけで戻れねー」

そんな。
自分の体に戻るだけなんだから、私に憑依するよりも簡単な気がするのに。

「響夜、戻れないのか。どうして?」
「わかりません。けどたしか、幽体が離れて戻れないのには、原因があるはずなんです。肉体の損傷が激しかったり、心に何らかの問題を抱えていて、戻るのを拒んでいたり」
「さすが専門家。詳しいね」

春風先輩は言ったけど、別に専門家というわけでは。
けど昔から幽霊が見えていたから色々調べていて、知識はあるんです。
すると染谷先輩が、難しい顔をする。

「体は問題ない。大きな外傷はなくて、いつ目を覚ましてもおかしくないはずなんだ。逆に言えば、いつ目を覚ますか分からないってことでもあるけど」
「ちょ、縁起でもないこと言わないでくださいよ。けどそれじゃあ、響夜さんが拒んでるってこと? なんで!?」
拓弥くんの言葉で桐ヶ谷先輩を見たけど、先輩は自分の体をじっと見つめている。

「俺が拒んでる? そんなはずは……」
「先輩?」

すると先輩は、ハッとしたように言う。

「原因はわかんねーけど、戻れないもんは仕方がねー。それより皆元、お前はもう帰った方がいい。あんまり遅くなってもいけねーし、俺の体は生きてるって分かったんだ。あとはこっちでなんとかするよ。色々世話になったな」
「いいえ、私はべつに」

本当は、桐ヶ谷先輩が体に戻るお手伝いまでできればよかったんだけど、残念ながらこれ以上はなにもできそうにない。
先輩の言葉を拓弥くんたちに伝えると、みんな納得したようにうなずいた。

「たしかに、これ以上君を巻き込むわけにはいかないか。うちの者に、車を用意させるよ」
「そんな、1人で帰れますから」
「そうはいかない。もう遅いし、無理をさせた責任が、僕にはある。響夜も、そう言ってないかい?」
「晴義の言う通りだ、送ってもらえ。俺はここに残って、戻る方法はないか色々試してみるよ」

まあ、それなら。
言われた通り染谷先輩に車を用意してもらって、みなさんに別れを告げる。
全然スッキリしないけど、仕方がないよね。
だけど、病室を出て少し歩いたその時。

「うわっ、なんだ!?」
「え、桐ヶ谷先輩?」

すぐ後ろから、病室に残してきたはずの桐ヶ谷先輩がついてきていたの。

「どうしたんですか? また何か、みなさんに伝えてほしいことがあるとか?」
「違う。急に何かに引っ張られるような感じがして、気づいたら皆元の後を追ってたんだ」
「え?」

驚いていると、話してるのに気づいた拓弥くんたちが「どうした?」って、廊下に出てくる。

「あの、実は響夜先輩の生霊が、なぜかついてきてしまっているんですけど」
「え、ひょっとして響夜、美子ちゃんのこと気に入って、離れたくないとか? 地味系がタイプだったの? 」
「なっ!? 本当ですか響夜さん!?」

騒ぐ春風先輩と拓弥くんだったけど、それは絶対に違うから!
桐ヶ谷先輩の話しだと、自分の意思とは関係なしに追いかけてきてしまったってことだけど……まさか!?

「ひょっとしてこれって……」
「なにか分かったのか?」
「たぶんですけど、桐ヶ谷先輩は私に、とり憑いちゃったんだと思います。きっかけはたぶん、憑依したとき。あれで魂の契約がなされたと言うか……」
「待て、そんな専門的なことを言われても理解できねー。もっと分かるように言ってくれ」
「ええと、つまり桐ヶ谷先輩は私から、離れられなくなってしまったんです!」

病院なのに大きな声を上げてしまったけど、気にする余裕なんてない。
桐ヶ谷先輩はもちろん、聞いていた拓弥くんたちも驚いてる。

「離れられないってどういうことだよ? 響夜さんの生霊が、美子にずっとついて回るってことか?」
「たぶん……」
「なんてことだ。何とかする方法はないのか?」

そう言われても。私も対処法までは知らないんです。
けど先輩の焦る気持ちもわかる。
病室に残って元の体に戻る方法を探さなきゃいけないのに、私についてくるならそれもできなくなるんだもの。
はっ、それにこのままだと……。

「あの、先輩。大変申し上げにくいのですがとり憑いている以上、私の家までついてこなきゃいけなくなるんですけど……」
「……マジか?」

顔を見合わせながら、何とも言えない気まずい空気が漂う。
さらに、それを聞いていた拓弥くんがなぜか、「ウソだろぉ!?」って、崩れ落ちるように膝をついた。


 一夜明けて。
 ベットの上で目を覚ました私は、う〜んって体を伸ばす。
 そしてベットから出ると、恐る恐る部屋のドアを開けて、外を見た。

「先輩……起きてますか?」
「ああ……」

 部屋の外には桐ヶ谷先輩が、足を崩して座っている。
 結局昨夜あの後、どうやっても離れられないもんだから、先輩を家まで連れてくるしかなかったの。
 うちに来た桐ヶ谷先輩はまず、現在私が一人暮らしをしていることに驚いてた。
 実は私の両親は、仕事で数ヶ月家を空けてるの。
 桐ヶ谷先輩、「ますますヤベェ」って頭を押さえてたっけ、

 それからはもう、大変なことの連続。
 幸い先輩は、少しくらいなら私から離れられて、お風呂に入るときや着替えるとき、外までなら移動することができた。
 けどすぐ近くにいると思うと、やっぱり恥ずかしい!

 寝るときも、先輩は部屋の外に。
 一晩中廊下ですごしてもらうのはどうかと思ったけど、桐ヶ谷先輩、「同じ部屋で寝るなんてあり得ない」だって。
 けど、正直助かった。
 だって今こうしてパジャマ姿を見られてるだけでも抵抗があるのに、寝ているところを見られるってなったら、恥ずかしさが限界を突破しちゃうもの。

「昨夜は、ちゃんと眠れたか? 昨日から、迷惑かけっぱなしで悪い」
「困ったときは、お互い様ですよ。そうだ、私先に着替えておきますね」

 再び部屋の中へと引っ込む。
 昨日お風呂から上がってから何度も見られたとはいえ、なるべくパジャマのままでいたくはない。
 着替えて、顔を洗って、それから朝食の準備をはじめ、リビングのテーブルにパンとサラダを並べた。

「朝、それだけで足りるのか?」
「はい。朝はそんなに食べられないんです」
「それで昨日は昼飯まで抜いたんだから、そりゃ倒れるわな」
「あのときは大変、ご迷惑おかけしました。そういえば……」

 用意した朝食と、桐ヶ谷先輩を交互に見る。

「先輩は、なにも食べられないんですよね。昨夜も私1人で食べちゃいましたけど、お腹は空かないんですか?」
「不思議と全然空かねー。幽霊だからだろうな」

 たしかに、幽霊が飲み食いするなんて聞いたことがない。
 だけど昨日夕飯を取ったときもそうだったけど、桐ヶ谷先輩がなにも食べないのに私だけが食べるというのも、罪悪感があるよ。
 あ、でもそれなら。

「あの、先輩。昨日やったみたいに、私に憑依することってできますか?」
「は、憑依? なんでまた?」
「だって憑依すれば、先輩も一緒にご飯を食べれるじゃないですか」

 身体は私のものだから、栄養はちゃんと私にいくはずだし、問題なし。
 桐ヶ谷先輩はちょっと考えたけど、「試してみるか」って私に触れてくる。

「ん? おい、皆元の体に、触れられるぞ」
「本当だ。これも、とり憑かれた影響?」

 私も専門家ってわけじゃないから、詳しいことはわからない。
 触れるようになった桐ヶ谷先輩の手は冷たく、これはたぶん幽霊だからかな?

「新しい発見だな。けどこの状態でも、憑依なんてできるのか?」
「とにかく、試してみましょう」

 って言ったけど。
 私はすぐに、考えが足りなかったことを自覚させられる。
 桐ヶ谷先輩は正面から、まるで抱き締めるようにしてきたんだもの!

「せ、先輩!?」
「悪い。体に入るってなると、どうしてもこんな感じになる。嫌ならやめとくか?」
「い、いえ。続けてください」

 言い出したのは私なのに、ここで投げ出すわけにはいかない。
 桐ヶ谷先輩が私を抱き締めるように重なると、その瞬間。
 先輩が吸い込まれるように、私の中に入ってきた。
「憑依できたのか?」
(私の口でしゃべってますから、成功です)
「なんだか変な感じだな。つーか皆元、今までもこんな風に憑依されたり、幽霊にとり憑かれて離れられなかったりしたことがあるのか?」
(……少しは。けど大抵は、すぐに出ていきました)

 美味しいものをお腹いっぱい食べたいっていう男性に憑依されたときは、夕飯をたくさんおかわりしたら満足して成仏してくれた。
 その後お腹を壊して、苦しい目にあったけど。

 病気でなくなった女性にとり憑かれたときは、お子さんに一目会いたいという願いを叶えるためその人の家に行って、会わせてあげたっけ。
 そんな風に心残りや悩みを晴らすと、幽霊は成仏してくれるんだけど……。

 桐ヶ谷先輩の場合は、どうなんだろう? 
 生霊にとり憑かれたのは初パターンだし、もしも体に戻れない原因が悩みによるものなら、桐ヶ谷先輩の悩みって何?

 七星のことが気になるなら、むしろ元の体に戻った方がいいんだけどなあ。
 そんなことを考えながら、とりあえず朝食を取る。
 憑依した先輩が食べてるんだけど、味は私にも伝わってきた。

「旨いな。またこうして、飯が食えるなんて思わなかったよ。ありがとな」
「ど、どういたしまして」

 穏やかな顔でお礼を言ってくれた桐ヶ谷先輩を見て、朝食をもうちょっと多くしてもよかったかもって思った。

 それから朝食を食べ終えて、学校に向かう。
 もちろん桐ヶ谷先輩は私から離れられないから、一緒に登校することになった。

 だけど生霊とはいえ、誰かと一緒に登校するなんて数年単位でなかったから、変に緊張しちゃう。
 さらに途中、いつもの道で真夏ちゃんと会ったんだけど、そしたら……。

「ええっ、その人、美子お姉ちゃんの彼氏!?」

 なんて言ってきて、ビックリしてひっくり返りそうになった。
 真夏ちゃんも幽霊だから、生霊の桐ヶ谷先輩ことが視えるだろうなとは思っていたけど……。

「ち、違う違う違う! 彼氏なんかじゃないってば!」
「……そこまで強く否定しなくてもいいだろ」

 あれ、なぜか桐ヶ谷先輩が、不機嫌になっちゃった。
 とにかく、真夏ちゃんの誤解を解いてから別れて、学校へ。
 いつもは誰かに話しかけられる事もないんだけど、今朝は教室に入ったとたん、先に来ていた拓弥くんが声をかけてきた。

「美子、あの後どうなった?」
「拓弥くん、おはよう。……桐ヶ谷先輩は、私の後ろにいるよ」
「それで、その……昨夜はなにもなかったよな?」
「なにもって?」

 周囲の様子をうかがいながら、小声で話す。
 普段誰とも話さない私が、拓弥くんとしゃべってるんだもの。
 どうしてあの二人が? って顔で見てる子もいるから、聞こえないよう気を付けないと。

「……皆元、拓弥に『あるわけないだろアホ』って言っとけ」
「ええと、先輩は、『あるわけない』って言ってる」
「そっか。まあ、響夜さんなら大丈夫に決まってるか」

 どうしてホッとしてるのかわからずに首をかしげたけど、拓弥くんは思い出したように言ってくる。

「美子、その……悪い。お前が幽霊が視えるって言っても、信じてあげられなかった。本当に悪い」
「仕方ないよ。視えないのに、信じるのは難しいもの。けど、もう信じてくれたんだよね」
「当たり前だろ」

 だったら、嬉しい。
 小学生の頃、私のことを「変な子」って言ってたクラスの子に同意したのを目撃したあの日から、拓弥くんの間に壁ができてしまっていたけど。
 長い間あったモヤモヤが、やっと晴れた。
 わかってもらえたことが、本当に嬉しい!

「今更だけど、何か困ったことがあったら、俺に言ってくれ。響夜さんの件もあるし、俺にできることなら、なんでも力になるから」
「え? そんな、悪いよ」
「皆元、ここは素直に受け取っておけ。その方が、そいつも喜ぶ」

 戸惑う私に言ってくる、桐ヶ谷先輩。
 そ、それなら……。

「じゃあ……よろしくお願いします」
「ああ!」

 満面の笑みで返事をする拓弥くん。
 こんな拓弥くんを見るのは久しぶりで、私まで心がポカポカしてくる。

「よかったな、皆元」
「はい……先輩のおかげです」

 桐ヶ谷先輩にとり憑かれたときは大慌てで、これからどうなるか不安だったけど、悪いことばかりじゃない。
 ……拓弥くんと話してるせいで周りから注目されてるのは、ちょっと緊張するけど。
 けどもう一度話せるようになったのは、本当に嬉しいよ!

 ……だけど、昼休みになって。

「失礼する。拓弥、それに皆元美子さんはいるかな?」

 教室にやってきた染谷先輩がそう言ったことで、私は再び注目を集めるのだった。

 突然教室にやってきた、染谷先輩。
 しかも拓弥くんはともかく、私まで名指しで「一緒に来てくれないか」って言ったもんだから、私はもちろんクラスの人たちもみんなビックリしてた。

「どうして皆元さんが?」「しめられるんじゃないの?」などの声と視線を背中に受けながら教室を出て向かったのは、昨日も行ったアジト教室。

 そこには春風先輩もいて、生霊の桐ヶ谷先輩も含め、昨日のメンバーが勢揃い。
 いったいなにがあるんだろうと思っていると、染谷先輩が。

「単刀直入に言う。昨日、七星のメンバーが襲われた。やったのは、紫龍の奴らだ」
「アイツら、性懲りもなく!」
「くそ、俺が体に戻れたら、好き勝手させねーのに」

 拓弥くんは怒って、桐ヶ谷先輩も悔しそう。
 なんて声をかければいいか分からずにいると、今度は春風先輩が。

「厄介なのはそれだけじゃないよ。昨日も話したけど、メンバー内で紫龍を潰そうって声が上がってる。けど、今の七星はまとまっていない。もしもこのままぶつかったら、被害は甚大になる」
「ええっ!? それじゃあ、止めないと!」
「そ。けどあいにく、俺達の言葉じゃ、アイツらを抑えきれそうにない。響夜ならできたんだろうけどさ。アイツの総率力を、ここにきて思い知らされたよ」

 苦笑いを浮かべる春風先輩。
 続いて、染谷先輩が。

「とにかくそういうわけで、今僕達がやるべきは、チームをまとめること。けどこのままじゃそれも難しい。だから考えたんだ、響夜が戻ってくるまで代わりにチームを引っ張っていく総長代理を立ててたらどうかってね」
「総長代理? けど、誰がやるんすか? 晴義先輩か、直也先輩ですか?」
「いや。残念だけど、僕達では力不足。だから、皆元さんを呼んだんだ」
「え? わ、私ですか!?」

 けど私に、いったいなにができると?
 すると染谷先輩と春風先輩が、信じられないことを言った…

「皆元さん頼む! 総長代理になって、七星をまとめてくれないか!」
「こんなことを女の子にお願いするのはどうかと思うけど、君にしかか頼めないんだ!」
「えっ……ええーっ!?」

 待って待って待って! どうしてそうなるんですか!?

「わ、私が総長代理って。それって昨日やったみたいに桐ヶ谷先輩の声を聞いて、七星の人達に伝えてほしいってことでしょうか?」
「そうだ。皆元さんは、響夜と話せるんだろう。響夜の言葉なら、みんなをまとめられる」
「で、でも幽霊が視えるって、信じてもらえるかどうか」
「晴義さん、俺も反対です。俺達だって最初は、響夜さんの幽霊なんて言われても信じなかったじゃないですか。美子が総長代理になっても、かえって混乱するんじゃないですか?」

 そうそう、拓弥くんの言う通り!
 大勢の前で桐ヶ谷先輩の幽霊が視えるなんて言って、信じてもらえなかったら。
 疑われて、白い目で見られたらって思うと、考えただけでお腹が痛くなってくる。
 すると……。

「……悪い皆元、少し体借りる」

 え、桐ヶ谷先輩?
 先輩は私の中に入ってきて、体の自由を奪われる。
 憑依したんだ!

「晴義、直也! お前らなにを言ってるかわかってるのか? 俺が言うのも何だけど、これ以上皆元を巻き込むな。七星の問題は、俺達だけでなんとかするぞ」
「響夜か? また皆元さんに憑依したのか?」
「ああ……べつに俺や皆元に頼る必要はないだろ。お前らなら俺がいなくても、チームをまとめられ……」
「そう簡単にはいかないさ。蓮さんがチームを抜けたときだって、大変だっただろう」
「それは……」

 口を閉じる桐ヶ谷先輩。 
 体を通じてモヤモヤした気持ちが伝わってきて、変な感じがする。

(あの、蓮さんというのは?)
「俺の前の総長で、七星を作った人だ」

 そういえば桐ヶ谷先輩は2代目総長だって、前に言ってたっけ。
 その蓮さんが抜けたときになにがあったかは分からないけど、チームのトップが変わるんだもの。
 簡単な話じゃないみたい。

「響夜の言う通り、皆元さんに代理を頼むのが正解かはわからない。けど俺達の中の誰も、響夜の代わりなんて勤まらない。だからこれは賭けなんだ。七星が崩壊するかどうかの」
「響夜は、七星が潰れてもいいのか?」
「──っ! いいわけないだろ!」

 言い合う先輩達。
 みんな七星のことが大事で真剣に考えているのがわかる。
 ど、どうしよう? 正直自信は全くないけど、それでももしも私が、力になれるのなら……。

(あの、桐ヶ谷先輩。先輩さえよければ私……総長代理やります!)
「本気か皆元!?」
(だ、だってそうしないと、七星が大変なんですよね)

 だったら、放っておくなんてできないよ。
 すると、私の声が聞こえない春風先輩が聞いてくる。

「響夜、美子ちゃんと話してるの?」
「……総長代理を、やってもいいって」
「美子、マジかよ!? お前は昔から、そういうとこあるよな!」
「皆元さん、ありがとう。あとは響夜次第だけど、どうする?」
「俺は……」

 桐ヶ谷先輩は黙っていたけど、やがて決心したように言う。

「皆元、すまない。七星のために、力を貸してくれ」
(は、はい! どれだけできるかわかりませんけど、頑張ります!)

 これでようやく、全員の意見が一致した。
 あ、でも一つ気になることが。

(あの、桐ヶ谷先輩。みなさんと相談したいことがあるので、体を返してもらえませんか?)
「ああ。お前ら、皆元が話があるってよ」

 桐ヶ谷先輩が私から離れて、これでしゃべりやすくなった。

「みなさん。私も、できる限りのことはしたいですけど……幽霊が見えるというのは、ナイショにしたままではできないでしょうか?」
「は? なんでだよ」
「もしも信じてもらえなかったら、それこそチームがまとまらない気がして。今まで信じてもらえないことが、ほとんどだったので」
「それは……」

 気まずそうに黙る拓弥くん。
 春風先輩や染谷先輩も、難しそうな顔をしてる。

「でも桐ヶ谷先輩の幽霊が視えるのは秘密でも、何らかの形で先輩の意思を伝えられたら、七星の人達の心を動かせると思うんです。私を通すことになっても、話すのは桐ヶ谷先輩の言葉なんですから」
「なるほど。たしかに僕もはじめは、幽霊なんて言われても信じられなかったからなあ。皆元さんの言う通りかも」
「けど秘密にするなら、どうやって響夜さんの言葉だって分からせるんですか?」
「そこは何か、設定でも考えないといけないな。例えば自分に何かあった時は皆元さんを頼るようにって、響夜が僕達に伝えていたことにするとか」
「でも響夜さんと美子って、元々は接点ありませんよ?」

 話し合う拓弥くんと染谷先輩。
 難しいこと言っちゃったって思うけど、幽霊が見えるって言っても信じてもらえるか分からないというのは、私が1番よく知ってる。

 桐ヶ谷先輩も腕を組ながら、「皆元にチームを託すだけの理由か……」って考えてるけど、答えは出てないみたい。
 けどここで、春風先輩が手を上げた。

「だったらさ、俺に妙案があるよー。美子ちゃんがね、響夜の彼女ってことにしちゃえばいいんだよ!」
「え?」
「は?」
「はぁっ!?」

 私と桐ヶ谷先輩、それに拓弥くんの声が重なる。
 かのじょ……カノジョ……彼女ーっ!?

「ま、ままま、待ってください。どこをどうやったらそうなるんですかー!?」
「……直也、また突拍子もないことを。皆元、どうせ冗談なんだから、真面目に取り合わなくていいぞ」

 呆れたように、ため息をつく桐ヶ谷先輩。
 だけど……。

「なあ、いいアイディアだろう」

 自信満々に胸を張る春風先輩を見ると、冗談で言ってるのか本気なのか、わからなかった。
「美子ちゃんここだよ~。俺のイチオシの美容室。話は通しておいたから、安心してね~」
「は、はい。ありがとうございます、春風先輩……じゃなくて、直也先輩」

 放課後になってやってきたのは、直也先輩のお勧めする美容室。
 ちなみに先輩を下の名前で呼んでいるのには訳があって、七星のメンバーは基本、名字でなく名前で呼びあうのだという。
 総長代理をやるなら、私もそれに合わせるべき。
 というわけで春風先輩だけでなく、染谷先輩のことも晴義先輩って呼ぶことにしたけど、まだ慣れていない。
 拓弥くんだけは、今まで通りだからいいんだけどね。

 そしてどうして美容室に来てるかというと、話は昼休みに遡る……。


 直也先輩が私を、桐ヶ谷先輩の彼女ってことにしようって言い出して、てっきり冗談かと思ったんだけど……。

「べつにふざけて言ってるわけじゃないって。響夜が何かあったときに、俺たち以外でチームを託す相手がいるとしたら誰か。俺なりに考えたんだって」
「それで俺が、彼女になら託すって考えたってわけか? 皆元、寝言は寝て言えって、直也に言ってやってくれ」

 桐ヶ谷先輩はそう言ったけど、言えませんよ。

「き、桐ヶ谷先輩は、反対してるんですけど。仮に彼女さんがいたとしても、チームは託さないみたいです」
「だよなだよな。俺も響夜さんなら、そうはしないと思う。やっぱり別の手考えよう」
「拓弥、お前のそれは私情が入ってないか? まあ響夜本人が言うなら間違いないんだろうけど、大事なのは説得力なんだよ。響夜の彼女がチームを任されたって言って、俺達もそれを認めたら。その彼女が響夜なら言いそうなことをズバズバ言ったら、みんな信じる気にならない?」

 それは……そうなっても、おかしくないかも。
 少なくとも桐ヶ谷先輩の幽霊がここにいて、声を伝えますって言うよりは、説得力がある気がする。

「たしかに。いかにも直人っぽい発想だけど、悪くはないかも。けど、響夜は納得してないんだよな?」
「響夜は案外お堅いからねえ。でも、だったら他にもっといい案浮かぶ? なんかあるなら、べつにそっちでもかまわないけど」

 直也先輩はみんなを順番に見たけど、誰も何も言わない。
 さっきは反対してた桐ヶ谷先輩も、代案がないのか、うつむいたまま黙っちゃってる。
 かくいう私も、他の案なんて浮かばない。
 あ、でも……。

「あの、ちょっといいですか。私が桐ヶ谷先輩の……か、彼女って設定、無理があると思うんですけど」
「え、どうして?」
「私と桐ヶ谷先輩とでは、釣り合いませんから。私、かわいくもなければ地味ですし。彼女だなんて言っても、それそこ説得力がないと思うのですが」

 言ってて悲しくなるけど、これは事実。
 地味で友達もいない私と、格好よくてファンも多い桐ヶ谷先輩が付き合ってるなんて言っても、笑われる気がする。
 それに……。

「ウソとはいえ私が彼女ってことになったら、桐ヶ谷先輩だって嫌なんじゃ」

 桐ヶ谷先輩の様子を、チラチラ窺いながら言う。
 だけど。

「べつにそこは構わない。つーかそんな風に、自分を卑下するのはやめろよな」
「ご、ごめんなさい」

 てっきり嫌な顔をされると思ったのに。
 きっとよっぽどチームのことが大事なんだろうなあ。
 けど桐ヶ谷先輩はよくても、普通に考えたらやっぱり不釣り合い。
 彼女のふりをするなんて、無理があるけど……。

「だったらさ。美子ちゃんさえよかったら、ちょっとイメチェンしてみない?」
「イメチェンですか?」
「そうそう。美容室に行ったりメイクしたりして、可愛くなるんだよ。というか前から思ってたけど、その前髪長すぎない? 何かこだわりでもあるの?」
「これは……視界を悪くした方が、幽霊が視えにくくなるかなーって思って、伸ばしてたんです。結局、効果ありませんでしたけど」
「じゃあ、切っちゃっても大丈夫?」

 それはまあ。
 切るタイミングがなくて、そのままにしてただけだから。
 桐ヶ谷先輩は、「嫌ならハッキリ言っていいんだぞ」って言ってるけど、髪型を変えるのには抵抗はありません。
 けどそれくらいで、印象が変わるとは思えない。
 でも、直也先輩は。

「心配しなくても大丈夫。腕のいい美容室知ってるから、ドーンと任せて。晴義も拓弥も、それでいい?」
「僕はべつに。美子さんや響夜が反対しないなら、それで」
「俺は反対! 反対ったら反対!」

 拓弥くんは私が彼女って設定はやっぱり無理があるって思ったのか、最後まで反対してたけど。
 結局直也先輩に押しきられて、美容室に来たというわけ。

 髪を切る間、直也先輩は美容室の向かいにあるカフェで待ってる。
 残された私は美容師さんにお任せして、散髪開始。
 今まで髪を切るのは床屋さんだったから緊張したけど、美容師さんはチョキチョキ切っていってくれて。
 長かった前髪はなくなり、すっかり視界が広くなった。
 そうして髪を切り終えて、お店を出たけど……。

「あの、桐ヶ谷先輩。どうでしょうか?」

 お店を出たところで、後ろについてきてる桐ヶ谷先輩に聞いてみる。
 ちょっと切ったところで大して変わらないってわかってはいるけど、それでもやっぱりドキドキしちゃう。
 だけど桐ヶ谷先輩は……あれ、どうして目を反らしているんですか?

「あの、桐ヶ谷先輩? どうかしましたか?」
「いや、ちょっと……ヤバいなと思って」
「──っ! そ、そんなにおかしいですか!?」
「違う、いい意味で言ったんだ! ……髪切っただけで、変わりすぎだろ」

 桐ヶ谷先輩の頬が、ほんのり赤い気がする。
 と、とりあえず、悪くはないって思っていいのかな?

「つーかお前。さっきから思ってたけど、どうして俺だけまだ名字で呼んでるんだ?」
「え?」

 そういえば。
 名前呼びにした方がいいってなって、晴義先輩や直也先輩は下の名前で呼び合うようになったけど、桐ヶ谷先輩はそのままだった。

「彼女ってことにするなら、アイツらだけ下の名前で呼びあって、俺だけ名字なのは不自然だろ」
「そ、そうですね。すみません、気がつきませんでした」
「謝らなくてもいいけど、俺のことも名字じゃなくて名前で呼んでくれるか、美子」
「──っ!?」

 美子と呼ばれた瞬間、なぜか全身がカッと熱くなる。
 晴義先輩や直也先輩に呼ばれたときは照れはしたものの、こんな風にはならなかったのに。
 理由がわからずに、混乱していると……。

「どうした? 気分でも悪いのか?」
「な、なんでもありません。それより、直也先輩が待っていますから、行きましょう……き、響夜先輩」
「ああ……ちょっと思ったんだが、先輩より呼び捨ての方が、彼女っぽくないか?」
「そ、それは……難しいので、せめてさん付けでいいですか?」

 そんなやり取りがあった後、私達は直也先輩の待ってるカフェへと入っていく。
 えーと、直也先輩は……あ、いたいた。
 あれ、一緒にいるのは、晴義先輩と拓弥くん?

「だから俺だって、七星のことは考えてるよ。けどなにも、髪まで切らせることなかったんじゃ」
「なに言ってるんだ。むしろ七星関係なしに、あれはちょっと切った方が、絶対よくなるって。女の子は可愛くさせてなんぼでしょ。なあ晴義」
「僕にふられても困る。まあ、たしかにあれはちょっと、モサかったけど」

 どうやら拓弥くんたちも合流してたみたい。
 私は彼らに近づいて、声をかける。

「あの、お待たせしました」
「お、どうだった美子ちゃん……んんっ!?」

 あれ、どうしたんだろう?
 直也先輩が私を見て固まっちゃった。
 ううん、直也先輩だけじゃなくて、拓弥くんも晴義先輩も、目を丸くしている。

「あ、あの……そんなにおかしかったでしょうか?」
「へ? いやいや全然。ていうか、マジで美子ちゃんなの? 美容室を勧めたのは俺だけど、ここまで変わるとは」
「今までは前髪で顔が見にくかったから、気づけなかったってことか……」

 マジマジと見つめてくる、晴義先輩と直也先輩。
 そして拓弥くんはというと、なぜか頭を抱えていた。

「おい拓弥、お前これ、知ってて黙ってただろ。美容室に行くのを反対してたのは、こういうことか」
「ええ、そうですけどなにか? ああーっ! 美子のことは、俺だけが知ってりゃ良かったのにーっ!」

 みんななにやら騒いでいるけど、何のことを言っているのかわからない。
 響夜さんならわかるかなって思って、目を向けると。

「……美子がかわいすぎて、驚いてるだけだろ」
「か、かわっ!?」

 私は夢でも見ているの?
 響夜さんが絶対言わなさそうな言葉が、出てきたんですけど!?

 けど、本気にしちゃいけない。きっと気を使って、ほめてくれてるだけ。
 けどそうだって分かっていても、胸の奥のバクバクはおさえられない。
 だって男子にかわいいって言われたのなんて、はじめてなんだもの。

 しかも言った相手が、本来雲の上の人な響夜さんだとなおさら……はっ!

「あの、そういえば本題。一応言われた通り切りはしましたけど、やっぱりこれくらいじゃ、彼女設定は無理ですよね?」 

 仮にも響夜さんの彼女を名乗るなら、釣り合うくらいの花が必要。
 髪を切ったくらいでどうにかなるはずがない。
 なのに……。

「なに言ってんの。バッチリだってば!」
「まあ容姿でいえば、問題はなくなったか」
「本当に、響夜さんの彼女ってことになるのな……。仕方ねーけど、やっぱり悔しい!」

 よくわからないけど太鼓判を押されて。
 みんなが言うなら、とりあえず大丈夫と思っていいのかな?
 次の日の放課後。
 私は拓弥くん達に連れられて、七星のアジトに案内された。
 何度か行ったアジト教室とは違う、学校外にある大きな倉庫を改造したアジト。

 そこには七星のメンバーが2、30人くらい集まっていて、拓弥くん達3人がなにやら話している。
 そして私は奥にある部屋から、その様子を隠れてうかがっていた。

「きょ、響夜さん。七星って、あんなに人いたんですか?」
「まあな。美子、もしかして緊張してるのか?」
「はい……。これから、あんな大勢の前で話すと思うと……」
「そんなに気負うな。学校の教室で、発表するようなものだから」
「わ、私、発表って苦手なんです」

 大勢の前に立つとテンパっちゃって、上手くしゃべれないの。
 しかも今日は、朝からたらと視線を感じてるんだよね。

 なぜか学校に行ったら、みんなビックリしたみたいにこっちを見てる気がするの。
 やっぱり、髪型を変えたのが変だったのかなあ?
 って、そんなの自意識過剰だよね。
 ちょっと髪型を変えたからって、元が地味キャラじゃあ注目なんてされるわけないし。 
 それよりも大事なのは、これからのこと。
 見ると晴義先輩たちが、チームの人達に話をしている。

「……というわけで、響夜は無事だ。入院してはいるが、回復の目処はたっている。だが、戻ってくるまで時間がかかるだろう」
「そこで、響夜が戻ってくるまでの間、ある人に総長代理を頼むことにしたんだ」

 直也先輩の言葉に集まっていた人達がザワザワと騒ぎ出して、拓弥くんがこっちに来る。

「美子、いけるか?」
「う、うん」
「顔色悪いけど、本当に大丈夫か?」

 響夜さんは心配してくれてるけど、今さらやめるなんてできない。
 すると背中に何かを感じて、見ると響夜さんが手を触れている。

「ここまで巻き込んでしまって悪い。けど、何かあったら俺もついてる。大丈夫だ」
「響夜さん……」

 ハラハラしていた心が、少し落ち着いた気がする。
 拓弥くんに連れられて、七星の人達の前へと歩いていく。

「女? あの子誰だ?」
「メチャクチャかわいい」

 みんながザワつく中、晴義先輩と直也先輩の間に立つ。

「彼女が総長代理の、皆元美子さんだ」
「お前ら驚くなよ。美子ちゃんは響夜の彼女で、あの響夜が自分に何かあったら俺達を頼むって、七星を託していた子だ」

 2人が言うと、ざわめきがさらに大きくなる。
 み、みんなどう思っているだろう? 私みたいなのが彼女って言っても、信じられないんじゃ……。

「響夜さん、彼女なんていたのか? 女子なんて眼中にないって感じだったのに」
「あの子は、特別なんじゃないか。かわいいし」
「まあ、あの子なら響夜さんの彼女って言われても、納得かも」

 あ、あれ? 意外と疑われてはいないみたい。
 だけど……。

「晴義さん。ソイツが響夜さんの彼女ってのは分かりました。けど、だからって総長代理なんて、勤まるんですか?」
「そうですよ。紫龍に殴り込もうって時なんですよ」

 あちこちからあがる、総長代理への疑問の声。
 いくら響夜さんの彼女だからって、いきなり総長の代わりだなんて言われても受け入れられないのも無理ないよね。
 けど、これくらい想定内。
 私は、一歩前に出る。

「みなさん、はじめまして。私の名前は皆元美子。響夜さんから、七星を任されました。突然のことで混乱してる人もいると思います。ですが、いくつか言わせてください。まずは紫龍への報復について。現状ではこれは、一切考えていません」
「は、なんで?」
「総長の仇討ちをするんじゃないのか!?」
「みなさんの気持ちは、わかっているつもりです。ですが、響夜さんはそんなことは望んでいません。大事なのは紫龍を倒すとこじゃなくて、七星をま、まみょることょ」

 ──っ! 大事な場面で噛んだー!

 事前に響夜さんから言ってほしいって言われていた言葉を、体育祭の入場行進なみに何度も練習してたのに、盛大に噛んじゃった!
 や、やっぱり大勢の前でスピーチなんて、難易度高かったーっ!

 おそるおそる前を見ると、案の定みんな、「こんなのが総長代理で大丈夫か?」って顔をしてる。
 や、やっちゃったー!

「直也さん! やっぱり俺、納得いきません!」
「いくら響夜さんの彼女だからって、こんな」
「まあ待て。お前ら落ち着けって」

 直也先輩、それに晴義先輩や拓弥くんも慌てて収集に入る。
 わ、私のせいで大変なことに。
 だけどそのとき、ポンと肩に手が置かれた。
 響夜さんだ。

「美子、体貸してくれるか?」
「は、はい」

 これも事前に話していて、もしも何かあったら響夜さんに憑依してもらうことになっていたんだけど、今がそのとき。
 響夜さんは私の中に入ると、下がっていた顔を上げる。

「お前ら、ゴチャゴチャ言ってんじゃねー!」
「「「っ!!」」」

 空気をビリビリと震わす声が、倉庫に響いた。
 さっきまで騒いでいたみんなは水を打ったみたいに静かになって、こっちを見る。

「言いたいことは分かる。紫龍の奴らをのさばらせたくないってのは、俺だって同じだ。だけどハッキリ言うぞ。今のお前らが挑んだところで、返り討ちにあうのがオチだ」
「なっ!? そんなの、やってみないとわかんねーだろ!」
「いーや分かる。今の七星は、まるでまとまりがねー。こんなんで殴り込みをかけて本気で勝てると思ってるやつがいたら、前に出てみろ!」
「──っ!」

 さっきはあんなにやる気だったのに、痛いところをつかれたのか、誰もなにも言い返せない。
 一瞬で黙らせちゃうなんて。
 響夜さん、本当にチームを引っ張る、総長さんなんだなあ。

 さっき私がしゃべっていたときとは全然違って、体も声も私のものなのに、私じゃないみたい。
 一人称だって、俺になっちゃってるし。

「悔しい気持ちも、なめられなくねー気持ちもわかる。けどここで早まったマネをしたら、それこそ敵の思う壺、今は耐える時だ。響夜なら絶対にそう言う。俺が言うんだから間違いねー」

 そりゃあ、私の体を借りて、本人が言ってるんだものね。
 みんなは響夜さんが憑依してるなんてわからないだろうけど、やっぱり本人が言うと説得力が違うのかな。
 誰も反対なんてしてこない……って、思ったけど。

「それじゃあ俺は、チームを抜ける。一人でも、紫龍にケンカ売ってやるよ!」

 そう言ったのは、金髪の男子。
 彼はワタシを、キッとにらみつける。

「彼女かなんか知らねーけど、ぽっと出のアンタが響夜さんの代わりだなんて、俺は認めねー。響夜さんの代わりなんて、いないんだよ!」
「圭介……いきなり代理なんて言われても、納得できなくても無理ねーよな。けど、お前1人を行かせるわけにはいかない。力付くでも止める」
「は、女になにができるってんだ!」

 圭介と呼ばれた彼は、ワタシに向かって拳を振り上げた。
 な、殴られる!

 だけど響夜さんは難なくその手を掴んで、逆に締め上げた。

「いでで! な、なんだコイツ!?」
「いきなり殴りかかるとは、いい度胸だな。けど、寸止めするつもりだったんだろ。お前、女や弱いやつは絶対殴らないって言ってたもんな。お前が拳を振るうのは、いつだって仲間のためだ」
「なっ!? アンタ、どうしてそれを?」
「俺……響夜から聞いたんだよ。お前は弱い者いじめをしない、仲間思いのやつだってな」
「響夜さんが……」

 驚いた顔をする圭介さん。
 響夜さんは手を放して、彼を解放する。

「だけどな圭介、仲間を思う気持ちは俺達も同じだ。さっきは紫龍にケンカを売るなって言ったけど、もしもお前が殴り込みをかけたら、そのときは七星総出で駆けつける。だろ、お前ら!」

 響夜さんの言葉に、みんな多少戸惑いながらも頷きあってる。
 さらにフォローするように、晴義先輩が言う。

「仲間に何かあったら、絶対に助けに行く。これは七星の総意だ。だけどさっきも言った通り、まだ戦う時じゃない。だから頼む、今は耐えてくれ」
「──っ! そんな、頭上げてください。すみません、俺が間違っていました!」

 頭を下げる晴義さんに、圭介くんも頭を下げる。

「確かに響夜さんならきっと、同じことを言います。響夜さんがどうして姐さんを代理にしたか、今分かりました。総長代理は、姐さんしかいません!」
「お、俺も。姐さんの言うことなら従います」
「だよな。響夜さんの留守は、俺達で守っていくんだ!」

 すごい。さっきまでバラバラだったのに、響夜さんが出てきたとたん、一つにまとまっていってる。
 これが七星をまとめる、響夜さんの力。
 感心しているとその響夜さんが、私にだけ聞こえるように言ってくる。

「もう大丈夫みたいだな。美子、後は頼めるか?」
(え、もう引っ込んじゃうんですか?)
「あんまり長いこと憑依してて、美子の体に影響あったらマズイだろ。この前だって、ぶっ倒れたし」

 あれはお昼を抜いてたせいもあるけど、憑依のせいで体にどんな影響が出るか、ハッキリとはわかってない。
 言われた通り響夜さんには引っ込んでもらって、私が表に出てくる。

「そ、それではみなさん。響夜さんが戻ってくるまでの間一丸になって、七星を守っていきましょう」
「「おおーっ!」」

 こうして私の、総長代理としての挨拶は終わった。
 ほとんど響夜さん任せになっちゃったけど、まとまったのならこれでいいよね。

【響夜side】

 真っ暗な真夜中。
 少し前から雨が降りだしたようで、外から聞こえてくる雨と雷の音が聞こえてくる。
 そんな中俺は美子の家の、アイツの部屋の前の廊下で、足を崩して座っていた。

 何をするわけでもなく、本当にただ座ったまま。朝が来るのを待つだけ。
 正直退屈でしかたねーけど、これも幽霊の宿命なんだろうな。
 美子にとり憑いているせいで、アイツから離れることができない。
 オマケに幽霊は眠ることもできないらしく、おかげで最近は毎晩こうして、美子の部屋の前で時が過ぎるのを静かに待っている。

 どうやら美子から離れられる距離が決まっているらしく、ある程度以上離れそうとすると見えない壁にはばまれるように先にはいけなくなるんだ。
 ギリギリ部屋の外に出られたのは幸いだった。
 寝ているところなんて見られたくないだろうし、風呂やトイレのときも、できるだけ離れている。
 けど美子にとってはきっと、それでもしんどいだろうなあ。

 ……巻き込んでしまって、悪かったと思ってる。
 とり憑いてしまったこともそうだけど、総長代理なんて頼んだことも。

 けど断ってもよかったのに引き受けるなんて、アイツはとんだお人好しだ。
 きっと困ってるやつを、放っておけないんだろうな。
 初めて見たときから、アイツはそういえやつだったからな。

 美子は知らないだろうけど、実は俺は前から、美子のことを知っていた。
 最初に気づいたのは、朝学校に行く途中。
 道の真ん中で何かに向かって、しゃべってるのを見たときだ。

『そう……そんなことが……。辛い思いをしたんだね。元気だして。私でよければ、話し相手くらいにはなるから』

 1人でぶつぶつしゃべっていて、変なやつだと思ったけど。
 それから度々、同じように何かに話しかけてる美子を、俺は見かけた。
 なんとなく気になって、拓也が同じクラスっていうから聞いたことがあったけど、そのとき返ってきた答えは。

『え、美子ですか? アイツはその……昔から、変なものが見えるって言ってるんです。ちょっと変わったやつですけど、でも、悪いやつじゃありません。……美子と、何かあったんですか?』

 興味本意で聞いただけだったけど拓也のやつ、やけに動揺してたっけ。
 今ならわかるけどたぶんアイツは美子のことを……そういう風に、思ってるんだろうな。

 気持ちはわかる。美子は、いいやつだ。
 あのとき美子がいったい何に話しかけていたのか、今ならわかる。
 今朝俺も会った、真夏とか言う事故で亡くなった、真夏とかいう女の子の幽霊。
 きっとあの子が寂しくないよう、話しかけているんだ。

 その結果周りから変に思われても、放っておけないのが美子だ。
 変な話だけど、生霊になった俺を見つけてくれたのが、美子でよかった。
 けど反面、申し訳ない気持ちもある。
 俺はアイツに世話になってばかりで、何一つ返せてない。
 くそ、我ながら情けねー。
 もしも体に戻れたとして、こんな俺が七星を引っ張っていくなんて、できるのか……。

 ──ゴオォォォォン!

「きゃあっ!」

 なんだ?
 考え事をしていたら大きな雷の音がして、部屋の中からは美子の悲鳴が聞こえてきた。

「どうした美子?」

 俺は立ち上がると、美子の部屋へと入っていく。
 ドアは閉じたままだったけど、生霊の俺にはそんなものは関係無い。
 すり抜けて中に入れるんだから、セキュリティもなにもあったもんじゃないさ。
 中に入ると寝巻き姿の美子がベッドの上からこっちを見ていて、目が合った。

「美子、何があった?」
「きょ、響夜さん。すみません、大きな声を出して。雷の音に、驚いただけです」

 ペコペコと頭を下げたけど、何もなかったのならよかった。
 けどホッとしたのも束の間。
 暗い部屋の中でうっすらと見える美子の顔を見ると、胸の奥がざわつきだした。
 少し前までは顔を隠すくらい伸びていた前髪が、今ではバッサリなくなっていて。素顔がよく見える。

 俺は正直、今まで女の顔の良し悪しなんてよくわからなかったけど、これは……。
 生まれて初めて誰かの顔を、キレイだと感じてる。
 顔の造作だけを言っているんじゃない。
 よく見えるようになった透き通った目が、まるで美子の無垢な心を表しているみたいに澄んでいて、どうしようもなく引き込まれてしまうんだ。
 ……キレイだ。
 それ以外の感情を忘れて、見とれていると……。

「響夜さん……あの、響夜さん!」
「──っ! 悪い、ついボーッとしてた」

 ヤバいな。
 話しかけてるのにも気づかずに、見とれていた。

「それで、何の話をしてたんだ?」 
「ええと……よろしければ、今夜はこのまま、部屋で寝ませんか?」
「……は?」

 一瞬、幻聴が聞こえたかと思った。
 いきなり何を言い出すんだコイツは?

「それは、なんだ? 雷が怖いから、いてほしいってことか?」
「ち、違います。さっきはたまたま大きく鳴ったのでビックリしましたけど、いつもはべつに怖がったりしませんから。ほ、本当ですよ」
「わかったわかった。けど、それならなんで?」
「響夜さんをずっと、廊下に追い出したままというのが申し訳なくて。廊下じゃ、眠りにくいですよね」
「いや、どうやら幽霊は、眠ることができないらしい」

 どうせ眠れないんだから、廊下で座ったり横になったりしてればいい。
 だが、美子の部屋で寝るというのは……。

「軽々しく、男を部屋に入れるなよな。……今の俺は触ろうと思えば、お前に触れるんだぞ。何かされるとは、思わないのか?」

 少し脅かすように、声を低くする。
 怖がらせたらかわいそうだけど、コイツは無防備すぎだ。
 少しくらいきつめに言っておいた方がいい。
 だというのに……。

「何かって……そ、それはホラー映画であるような、寝ているところに幽霊が乗っかってきて首をしめる等の、呪い的なことですか!?」
「なんでそうなる!? 俺は悪霊じゃないんだ。首なんてしめるか!」
「なら大丈夫じゃないですか。いつまでも外に出しておくのは、やっぱり悪いですよ」

 キョトンとした顔で言う美子に、思わず脱力する。
 こんなときまで、俺に気を使うなっての。
 呆れた俺は美子の頭に手を近づけて、触れるのをいいことに、デコピンを一発食らわせてやった。
「あうっ!?」
「気持ちだけ受け取っとく。けど男相手に二度と軽々しく、そんなことを言うんじゃねーよ」
「は、はい?」

 返事はしたものの、たぶんわかってねーな。
 だいたい寝ている美子と同じ部屋にいるなんて、俺の方が無理だ。
 まったく、無防備すぎだろ。少しは自分の魅力を、自覚しろっての。
 特に髪を切ったこれからは、言い寄ってくる男が増えるだろうしな。

「いっそ悪い虫がつかないように、憑依して蹴散らすか?」
「虫? 憑依? いったい、何の話をしているんですか?」

 案の定美子は全然わかってないみたいだから、やっぱり心配だ。
 けどこんな風に考えてしまうのは、本当に無防備な美子を心配しているだけなのか、それとも別の思いがあるのか。
 答えは、俺にも分からなかった。
 七星の総長代理になってから数日が経って。
 私の生活は、以前とはガラリと変わった。
 例えば……。

「あの、皆元さん。七星の響夜さんと付き合ってたっていうのは本当?」

 朝教室に入ったとたん、数人の女子がやってきて私を囲む。
 またこのパターンだ。

 ここ数日で、響夜さんが亡くなったのはデマだったって、ちゃんと知れわたったみたいだけど。
 どこをどう伝わったのか、私が七星の総長代理になったことや、響夜さんの彼女という話までかなりの人が知ってて、度々こんな感じの質問をされることがあるの。
 今聞いてきた女子達はみんな目が血走っていて、圧がすごい。
 否定することを願っているのが、ひしひしと伝わってきたけど、私は……。

「ほ、本当です。付き合っていたというか……今も付き合っています」
「──っ! マジなの? 嘘言ってるんじゃないでしょうね?」

 信じられないという顔で、集まった女子達はみんな、顔を見合わせている。
 無理もないよね。私みたいな地味女が、響夜さんと付き合ってるだなんて、おかしな話だもの。
 なのに、私の後ろで事態を見守っている生霊の響夜さんは。

「嘘は言っちゃいないな。どこに行くにも、こうして付き合ってるわけだからな」

 って言ってるけど、そういう意味じゃありませんからー!
 女子達は納得してなさそうな顔で睨んできてるし、どうしよう?
 と、思っていたら。

「お前ら、あんまり皆元をいじめんなよな」
「美子ちゃん、困ってるなら、力貸すよ」

 って言ってきたのは、クラスの男子達。
 するとさっきまで私に問い詰めていた女子達が、表情を曇らせる。

「なによアンタたち。今まで皆元さんのこと相手にしてなかったのに、イメチェンしたとたん手のひら返し?」
「ち、ちげーよ。だいたい皆元は、響夜先輩の彼女なんだろ」
「そうそう。困ってるみたいだから助けようとおもっただけで、決していいとこ見せようとか、そういうわけじゃないからね」

 私の様子をチラチラうかがう男子達。
 そっか。響夜さんの彼女だから、助けてくれたんだ。
 本当は彼女じゃないから良心が痛んだけど、同時に響夜さんの彼女設定が、男子にも女子にも影響を与えていることにビックリする。

「響夜さんの影響力って、すごいですね」
「野郎共はどう考えても、俺より美子目当てだろうけど。まあ、そういうことにしておくか」

 けど男子と女子がバチバチしてて、今にもケンカが始まっちゃいそう。
 だけどそのとき。

「お前ら、うちの総長代理になにか用か?」
「あ、拓也くん」

 割って入ってきたのは、登校してきた拓也くん。
 彼は集まっていた男子と女子に言い放つ。

「知らないやつもいるかもしれねーから言っとくけど、美子は響夜さんの名代、七星のトップだ。余計なちょっかいかけたり、色目使うんじゃねーぞ」
「わ、私たちは、ちょっと気になったから聞いただけよね」
「お、俺達も、なあ」

 集まっていたみんなは、そそくさと解散していく。
 さすが七星の幹部。あっという間に場を収めちゃった。

「拓也がいれば女子も何とかしてくれるし、虫除けにもなってくれるか」
「え、どういうことですか?」

 響夜さんが言っていることの意味がわからずに首をかしげていると、拓弥くんが聞いてくる。

「響夜さん、そこにいるのか? なんだって?」

 すると響夜さん、「美子のことは卓也に任せたと、言っておいてくれ」って言って、私はそれをそのまま伝える。

「……了解です響夜さん。美子のことは、俺に任せてください」
「あ、さらに付け加えてもう一つ。『俺が常に側にいるから、お前も変な気は起こすな』って言ってるんだけど……」
「──っ! わかってますよ。……響夜さんの命令なら、逆らえねーか」

 伝言の意味はよく分からなかったけど、素直にきこうとしてる拓弥くんがちょっとかわいい。
 拓弥くんって本当に、響夜さんを信頼してるんだろうなあ。

「そういえば、ちょっと聞いていいかな?」
「ん、どうした?」
「拓弥くんっていったい何がきっかけで、七星に入ったの?」

 実はずっと、気になっていたんだよね。
 昔いっしょに遊んでいた頃は暴走族に入るイメージなんてなかったのに、今では七星の幹部なんだもの。
 すると拓弥くんは複雑そうな顔をしながら、「あ~」って声をもらす。

「きっかけな……なんて言うか、自分を変えたかったんだよ。俺は、友達が困ってても助けられない意気地なしだったから、七星に入れば、少しは変えられるかなーって思って。まあ、あんまり変わってねーんだけどな」

 そう言って、切なげに笑う拓弥くん。
 友達が困ってても、助けられなかった? それがいったい誰のことを、いつのことを言っているのかは分からない。
 だけど……。

「そんなことないよ。少なくとも私はさっき、拓弥くんのおかげで助かったんだから」
「──っ! 本当か?」
「うん。拓弥くん、本当に逞しくなったって、私は思う。昔友達となにかあったかは知らないけど、もしもその人がまた困ってたらそのときは、力になってあげられるよ。拓弥くんなら、きっとできるよ」
「ああ……美子にそう言ってもらえたら、心強えーよ」

 さっきはアンニュイな感じだった拓弥くんだけど。よかった、元気出たみたい。
 さっきまでより、笑顔が晴れやかだ。
 するといったい何を思ったのか、彼は私の手をそっと握った。

「え? た、拓弥くん?」
「俺、何かあったら絶対に美子のこと守るよ。今度は必ず」

 握られた手から、熱が伝わってくる。
 拓弥くん、どうしちゃったんだろう? 
 さっき響夜さんに私のことを任せられたから、張り切っているのかなあ?
 けど、熱い目で見つめられると、なんだか……。

「美子、体を借りる…………拓弥、俺がいるってことを、忘れるなよ」
「──っ! 響夜さんか!?」

 響夜さんが憑依して、それに気づいた拓弥くんが手を放す。
 た、助かった。
 幸い誰も気づいていないみたいだけど、教室の真ん中で手を握られてたら、恥ずかしいものね。

 響夜さんは一言だけ言って離れて、拓弥くんは残念そうな顔で、小声で言う。

「響夜さん、まるで保護者だな……なあ美子。お前は正直なところ、響夜さんの彼女って設定、どう思ってるんだ?」
「え? うーん、最初は戸惑ったけど、七星をまとめるためには、いい方法なのかな」
「いや、そうじゃなくてな……もし本当に響夜さんが彼氏だったら、美子は嬉しいか?」
「ふえ? か、彼氏?」

 そんなこと言われても。
 カレカノ設定はあくまで七星をまとめるため。
 総長代理になるべく作った設定であって、本当だったら嬉しいかどうかなんて、考えたことがなかった。
 もしも私と響夜さんが、そういう関係だったら……。

「俺は、嬉しいかもな。少なくともとり憑いたのが美子で、よかったって思ってるよ」
「響夜さん!?」

 話を聞いていた響夜さんが割り込んできて、思わず声が出る。
 と、とり憑いたのが私でよかったって……。

「も、もう。からかわないでくださいよー」

 あんなの冗談。でなかったら、社交辞令で言ったに決まってる。
 なのに………。
 どうしてこんなに、胸がドキドキするんだろう?

 結局響夜さんに気の聞いた返事をするわけでも、拓弥くんの質問に答えられもしないまま、朝のホームルームが始まってしまった。
 ……響夜さんも拓弥くんも、どうしてあんなことを言ったのかなあ?

総長代理は霊感少女!? ~最強男子の幽霊にとり憑かれました~

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