総長代理は霊感少女!? ~最強男子の幽霊にとり憑かれました~

 紫龍の人達に拉致されて、連れていかれたのは七星のアジトと似た感じの倉庫。
 中は色んな物が、ゴチャゴチャ散乱してる。
 私を総長さんに会わせるって言ってたけど、ということはここは……。

「紫龍のアジトだな。くそ、俺がふがいないばかりに……」

 私のすぐ横で、苦しそうに嘆く響夜さん。
 さっきまで私に憑依してたけど、今は解いている。
 こんな事態だけど、憑依してるとそれだけでちょっと疲れるから。
 常に憑依するんじゃなくて、ここぞというとき。逃げるチャンスがあればそのとき改めて憑依してもらおうってなって、いったん解いたんだけど。
 私は手を後ろに縛られてしまっていて、これじゃあ憑依したところでろくに反撃できない。
 結局チャンスがないまま、ここまで来てしまった。

 そうして通された倉庫の奥には、紫龍のメンバーと思しき男子が数人。
 そして長身の男の人が、椅子に腰かけていた。

「総長、七星の総長代理を、連れてきました!」

 この人が、紫龍の総長さん?
 響夜さんは私を守るように前に立ったけど、当然彼らにはその姿は見えていない。
 紫龍の総長さんはギロッとした目で、にらむように私を見る。

「コイツが七星の、総長代理? 本当に女じゃないか?」
「それがコイツ、案外凶暴で」
「響夜のやつが任せたのも、案外納得できます」
「なるほど。見かけによらないなあ。けど捕まえまったら、なんだっていっしょだ。七星も、落ちたもんだな」

 七星を見下すような言い方に、胸がザワつく。
 なんなのこの人。響夜さん達が大切に守ってる場所を、そんなふうに言うなんて……。

「これじゃあお前が、愛想つかすのもわかるぜ。元いたチームが落ちぶれる様は、見たくねーよな」

 向こうの総長さんが、誰かに向かって言う。
 すると、奥から現れたその人は……。

「……どうでもいいだろ。それよりさっさと、七星を潰してくれ」

 ──えっ!?
 出てきたその人を見て、思考が止まった。
 だって、紫龍の総長さんと話してる彼は……。

「宗士……さん……?」
「──っ! なんで宗士さんがここに!?」

 私の声と、響夜さんの声が重なる。
 間違いない。前に響夜さんの病室で会った、元七星の副総長、宗士さんだ。
 だけどそんな彼が、どうして紫龍と……。

「宗士さん、なぜ紫龍の人達と一緒にいるんですか!?」
「なんだ、まだ気づいてないのか? コイツは俺達に協力してくれてんだよ。七星を潰すためにな」
「えっ?」
「お前を捕まえたのも、コイツの作戦だ。なにも分かってない女が総長代理なんてやってるから、今の七星ならソイツを人質に取れば、崩せるってな」

 クククと笑う、紫龍の総長さん。
 私が狙われたのは、宗士さんが裏で手を回していたから? でもどうして!?
 私は信じられなかったけど、それは響夜さんも同じみたいで、真っ青になってる。

「なぜだ? どうしてアンタが、七星を潰そうとしてるんだよ!?」
「──っ! 宗士さん、教えてください。どうしてこんなことを!? アナタは先代総長の蓮さんと一緒に、七星を作ったんですよね?」

 響夜さんの気持ちを代弁したけど、とたんに宗士さんは、表情を強ばらせる。

「だからだよ。七星は元々、蓮が作ったチームだった。けどその蓮があんなことになって、俺もチームを抜けた。七星は、残った連中が守ってくれればいいって思ってたけど……その結果がこのザマだ!」

 まるで仇でも見るような目で、私を見る。

「蓮のこともろくに知らなかったアンタが、総長代理? ふざけるなっ!」
「ひっ!」
「俺は、今の七星を認めない。七星をメチャクチャにした、響夜もな」

 声を荒立てる宗士さんには、病室で会ったときの温厚な面影はない。
 今にも拳が飛んできそうで、怖い。
 けど……。

「待ってください。私はともかく、響夜さんは……七星の総長として、しっかりやっていました」
「事故にあって意識が戻らないくせにか?」
「それは、やむを得ない事情があって。それに響夜さんは、絶対に帰ってきます!」

 事故にあったのは、子供を助けるため。
 だけどそんな私の言葉は、宗士さんには届かない。
 
「帰ってきて、またあの腰抜けが七星のトップになるって? 冗談じゃない! 響夜に七星を任せたのは、蓮のミスだ。蓮が抜けた時点で、七星は解散するべきだったんだ」
「そんな……」

 宗士さんがいかに蓮さんのことを大事に思っていて、その蓮さんと一緒に作った七星に思い入れがあるのもわかる。
 でも、こんな言い方あんまりです。

 だけど横を見ると、響夜さんが苦しそうに顔を歪めている。

「俺が、不甲斐ないから……。俺が総長を継いだのは、間違いだったのか?」

 響夜さん!?
 響夜さんは前にも、七星を継いだのが自分でよかったのか悩んでいたけど、先代の副総長の宗士さんからこんなふうに言われたんだもの。
 傷つくのも無理はない。

 だけどそれでも私は、響夜さんが継ぐべきじゃなかったとは思えません。
 だって、響夜さんがまとめた七星は……。

「さあ、おしゃべりはその辺でいいだろ。お前にはそろそろ、働いてもらうぜ」
「──っ! 何をさせる気ですか?」
「お前をエサに、七星のやつらをおびき寄せる。お前がこっちにいるとわかれば、やつらは慌てるだろうさ」

 私を囮にする気ですか!?
 話を聞いたら、きっと拓弥くんや直也先輩、晴義先輩達は黙っていないはず。
 けどこんなふうに私をさらうような人達ですから、どんな罠を用意してるか。

「お前なら、幹部の連絡先知ってるんだろ? 電話してタスケテーって言えよ」

 紫龍の総長さんが、笑いながら言う。
 だけど……だけど私は……。

「……イヤです」 
「あ?」
「お断りします。みんなを、危険な目にあわせるわけにはいきませんから」
「お前、自分の立場分かってるのか!」

 立ち上がって、苛立ったように椅子を蹴る。
 ヒィッ!
 椅子は派手な音を立てて転がり、恐怖でガタガタ震えてくる。

「言うことを聞け。お前もケガしくはないだろ」
「っ! 美子、今はコイツの言う通りに──」
「イヤです!」

 響夜さんの言葉を遮って叫ぶ。

「私は、総長代理。響夜さんの代わりです! 響夜さんならこんなとき、絶対に言いなりになったりはしません。だから私も、言うことは聞きません!」
「美子!」
「響夜の代わり? あんな腰抜けのために、体をはる気か?」

 驚いたような、呆れたような顔をする宗士さん。
 確かに総長代理と言っても、成り行きで任されただけ。
 そもそも生霊になった響夜さんを見ることができなかったら、七星の人達とは縁もゆかりもなかったし、今後も関わることはなかったと思う。
 だけど私は……私達は、関わったから。
 絶対に彼らには屈しない。
 それが総長代理としての、私のすべきことです!

「ア、アナタたちの言いなりにはなりません。私は総長代理、皆元美子。な、七星は私にとって、大切な場所です!」

 震える声で、だけどしっかりと言い放つ。
 総長代理を頼まれて、最初は断ろうとしたけど。
 友達がいなくて1人だった私にとって、七星の人達と過ごす時間は意外なほどに心地よかった。
 話してみたらみんな優しくて、眠っている響夜さんの留守を守ろうとする、仲間思いな人達。
 彼らと関われたのは偶然だけど、結ばれた縁は確かなもの。
 何をされても、七星の人達を裏切るようなことは、絶対にしたくない!
 けど当然、紫龍の総長はそんな私を、許すはずがない。

「お前、痛い目見ないとわからないらしいな」

 腕が伸びてきて、乱暴に肩を掴まれる。
 ──痛い!
 手を縛られた状態ではろくに抵抗することもできずに、目をつむったそのとき……。

「総長、大変です!」

 紫龍のメンバーの1人が慌てた様子で中に入ってきて、総長さんも宗士さんも、そっちに目を向ける。

「どうした?」
「それが、七星のやつらが──」

 彼は言いかけたけど、それよりも早く倉庫の入り口から、叫ぶ声が聞こえてきた。

「美子ちゃーん、無事ー!?」
「お前ら、皆元さんはどこだ!」

 ──っ! この声は!?
 驚いて目を開いて入り口を見ると……直也先輩に、晴義先輩!?
 ううん、それだけじゃない。
 七星のメンバーが倉庫の中に、続々と入ってきた!

「紫龍! テメーら、うちの総長代理をこんなところにつれ込むたあ、覚悟はできてるんだろうな!」
「姐さんを返してもらうぞ!」

 乗り込んでくる七星の人達。
 もしかして、メンバー総出で来たんじゃ?
 紫龍との衝突は無しって言ってたはずなのに、どうして!?

「あ、見つけた! 美子ちゃ~ん!」

 直也先輩が手を振ってきたけど、私はまだ状況を飲み込めず。
 紫龍の総長も、驚きを隠せない。

「バカな。まだ連絡もしてないのに……お前たち、どうしてここにいる!?」

 わけが分からないといった様子。すると、晴義先輩が答える。

「お前たちは最近、派手に騒ぎを起こしているからな。なにか動きがあったらわかるように、見張らせていたんだよ。そしたらここに、皆元さんが連れ込まれたっていうじゃないか」
「大方美子ちゃんを人質にして、俺達を呼び出そうとしてたんだろ。けど、うちのお姫様は返してもらうぞ……いけ、拓弥!」

 直也先輩が叫んだ瞬間、物陰からなにかが飛び出してきた。

「美子! こっちへ来い!」
「拓弥くん!?」

 飛び出してきものの正体は、拓弥くん。
 いつの間に忍び込んでいたのか、彼は私のすぐ近くまでやってきていて。
 私は、拓弥くんに向かって駆け出した。

「おい、捕まえろ!」

 不意をつかれた紫龍の総長が叫んで、何人かが私を捕らえようとしたけど……。

「美子に触るなー!」
「ぐあっ!?」

 相手の腹や顔に拳や蹴りをめり込ませ、流れるような動きで私を受け止める拓弥くん。
 逃れることができたんだ!

「美子、無事か!?」
「うん……でもどうして? 紫龍と争うのは禁止だって、響夜さんが……」
「美子が拐われたんだ、あのときとは状況が違うさ! 響夜さんだって、絶対にこうするはずだぜ。近くにいるなら、聞いてみろ!」

 見ると響夜さんは、無言で頷く。
 倉庫のあちこちでは七星と、紫龍のメンバーが戦っているけど、勢いは七星の方がある。
 紫龍は罠をしかけるはずだったのに、逆に奇襲を掛けられて、完全に出鼻を挫かれているんだもの。
 対して七星はみんな一丸といった様子で、紫龍に挑んでいく。
 そんな中、拓弥くんは私を守るように、後ろに下がらせる。 

「美子、俺の側から離れるなよ。今日だけは、切り込み隊長じゃなくて、お前のボディーガードだ」

 私を守る拓弥くんの背中は、記憶にあるものよりも遥かに大きくなってる。
 一方響夜さんは拓弥くんを……七星のみんなを見て言う。

「コイツら、俺がいなくてもやってくれるじゃないか」
「なにを言っているんですか。みんながこうしてまとまっているのは、響夜さんがいるからじゃないですか」
「俺が?」
「そうです。響夜さん、前に言ってましたよね。今の七星はバラバラで、紫龍とぶつかっても勝てないって。だけど見てください。これのどこがバラバラなんですか?」

 紫龍の動きを探っていた、晴義先輩の根回し。
 私が拐われたと知って、すぐに集まって駆けつけられるだけの連携。
 これでバラバラなんて言わせません。

「響夜さんが一つにまとめたんです。私に憑依して、声を届けて……響夜さんは、自分は総長に相応しくないのかもって思っているのかもしれませんけど、私はそうは思いません。七星の総長は、響夜さんです!」
「美子……」

 ジッと私を見つめる響夜さん。
 けどやがて、フッと笑った。

「そう……だな。これだけ信じてもらってるのに、自信が無いなんてダセーこと、言ってられねーよな。……美子、頼みがある」
「はい、分かってます!」

 私達は目を合わせて、それかはお互い何を言うわけでもなく響夜さんに体を差し出す。
 私の意識が引っ込んで、体の主導権が響夜さんに移る。
 次の瞬間、響夜さんは目を見開いた。

「気合い入れろお前らー! 紫龍のやつらが二度となめたまねできないよう、七星の底力を見せてやれー!」
「はい、姐さん!」
「1人で動くんじゃねーぞ! 隣のやつを信じて戦え!」
「了解です!」

 ……すごい。
 響夜さんが指示を出す度に、七星の士気が上がっていく。
 体は私のものなのに、響夜さんの言葉には人を動かす力が、確かにあった。

「晴義、直也! あいにく今の俺じゃあ、できることは限られてる。だから紫龍の頭は、お前らに任せる。いいな!」
「君、響夜だね……まさか響夜に、頼られるとはね」
「任せとけって。手柄は俺達がもらうぞ!」

 見れば晴義先輩と直也先輩が、紫龍の総長と対峙している。
 けど、そっちに気を取られてばかりはいられない。
 彼が私達に、近づいてきたから……。

「……なにが七星だ。蓮がいなくなって、名ばかりのくせに」
「え、宗士さん!?」

 驚きの声を上げる拓弥くん。先代副総長が現れたんだもの、無理ない。
 すると、響夜さんが前に出る。

「拓弥、悪い。宗士さんの相手は、俺に任せてくれ」
「え? けど、美子の体で?」
「そうだったな……美子、今からすごく勝手なお願いをする。俺に……」
(はい、構いません!)

 言い終わる前に、キッパリと返事を返す。
 何をしたいかなんて、ちゃんと分かってますから。
 響夜さんは「ありがとう」と言って、宗士さんに目を向ける。

「宗士さん……アンタが蓮さんと一緒に作った七星を、大切にしていたのはわかる。今の七星は、昔とは違うのかもしれない。それでも俺達にとっては、かけがえのない場所なんだ」
「俺達?」

 口調に違和感を覚えたのか、宗士さんは眉をひそめる。

「相手がアンタでも、壊させやしない。七星は俺が守る!」
「知ったような口を……七星はもう、終わったんだ。蓮がいなくなったときからな!」

 拳を振り上げる宗士さん。
 だけどそれを、響夜さんは受け止めた。

「なにっ!?」
「終わってない……アンタがなんて言おうと、七星は終わってないんだ!」

 声を張り上げる響夜さん。
 それからはもう、あっという間。
 素早く動いたかと思うと、響夜さんはあっという間に宗士さんをねじ伏せて、床へと倒してしまったの。
 私の体じゃ、全力は出せないはずなのに。
 倒された宗士さんは信じられないといった目で、響夜さんを見上げてる。

「さっきとは、まるで別人じゃないか……君はいったい?」

 すると響夜さんは、ゆっくりと答える。

「……信じられないかもしれないけど、俺が響夜だ。蓮さんから七星を託された、七星2代目総長、桐ヶ谷響夜だ。」
「は?」
「信じてくれなくてもいい。けど、これだけは言っておく。オレは蓮さんから、七星総長の座を引き継いだ。だから、必ず守る。例え相手が、アンタでもな」
「…………」

 響夜さんが生霊になってるとか、私に憑依しているといった説明は何一つしなかったけど、宗士さんは納得したような顔になる。

「宗士さん。俺は確かにアンタから見たら、情けない総長かもしれない。納得がいかないのも仕方がない。けどそれでも、七星の総長だ」
「蓮がいない、七星のな……」
「ああ。俺が憧れたあの人は、もういない。けど宗士さん、まだアンタがいる。絶対に七星を、アンタに認めてもらえるだけのチームにしてみせる。だから……」

 そこで言葉が途切れて、2人は見つめ合う。
 今2人が何を考えているのか、どんな葛藤があるのかはわからない。
 だけやがて、宗士さんはフッと笑った。

「……相変わらず甘いな。けど、そんなお前に、蓮はチームを託したんだよな。いいぜ、もうしばらく、見ていてやるよ」
「宗士さん……」

 負けたにも関わらず、まるで憑き物が落ちたみたいに、穏やかな顔の宗士さん。
 それを見て、なにかが終わったような気がした。
 ずっと響夜さんと、宗士さんを悩ませていたなにかが……。

「美子……悪かったな、危険な目にあわせちまって」
(いいえ……響夜さんや七星の人達が、助けてくれましたから)
「美子のこと、たくさん巻き込んじまったな。……けど、もういい」
(え?)
「なんとなくわかったんだ。俺がどうして、体に戻れずにいたのか。けど、もうそれも終わりだ……」
(それってどういう──っ!?)

 その瞬間、なんとも言いがたい不思議な感覚が襲ってきた。
 私の中にいるはずの響夜さんの存在が、急激に薄れていくような、変な感覚。
 けどこの感じ、覚えがある。
 私は目の前で幽霊が成仏するのを視たことが何度かあるけど、そういうとき幽霊は急に、存在がおぼろ気になっていくの。
 今はそれを、私の内側から感じる。

「響夜さん! いったいどうしたんですか!?」

 叫んでから、ハッとする。
 しゃべれたってことは、憑依が解けてるはず。
 だけど、響夜さんの生霊の姿はどこにもなく、代わりに私の中で声がする。

(ありがとう……俺を見つけてくれたのが、美子でよかった……)

 それだけ言い残して、私の中から響夜さんは消えた……消えたんだ!

 この数日、一緒にいるのが当たり前で、常に側で気配を感じていたのに。
 私の中にも外にも、響夜さんを感じない。
 そんな、どうして……。
 呆然と立ち尽くしていると、様子がおかしいと思ったのか、拓弥くんが声をかけてくる。

「美子! ……響夜さんじゃなくて、今は美子の方だよな? いったいどうしたんだ?」
「拓弥くん、響夜さんが──!」

 何か言おうにも、これ以上言葉が出てこない。
 何をどう言えばいいか、まるでわからないもの。
 すると離れた場所から、直也先輩と晴義先輩が駆けつけてきた。

「2人も、無事か!?」
「直也さんに晴義さん。紫龍の総長は?」
「ぶちのめしたさ。他の紫龍のやつらも、もう逃げはじめてる。このケンカは、俺達の勝ちだな。後は……」

 倒れている宗士さんを見る、直也先輩。
 きっと響夜先輩と同じで、複雑な思いを抱いているに違いない。
 たけど「それよりも」と、晴義さんが続けた。

「宗士さんのことは後回しだ。今、病院から連絡があった。響夜が──」
「響夜さんが、いったいどうしたんですか!?」

 心臓がうるさいくらいに、警鐘を鳴らす。
 紫龍との抗争は、七星の勝利で終わったけど。
 私は不安で仕方がなかった。
 紫龍のアジトから飛び出して、向かったのは響夜さんの入院している病院。
 抗争の後始末もしなくちゃいけなかったけど、それよりも私の中から響夜さんがいなくなってしまったことが気がかりで。
 幹部総出で、病室までやってきた。

 最後に響夜さんが言った、まるで別れの挨拶のような言葉。
 不安の渦巻く胸を押さえながら、病室の扉を開くと……そこには、信じられない光景があった。

「響夜……さん……」
「美子……ただいま」

 病服を着て、ベッドに腰かけているのは、さっき消えたばかりの響夜さん……。
 ううん、違う。消えたのは生霊の響夜さんだよね。
 でも、ここにいるのは……。

 あんな風にいなくなるから、逝ってしまったのかもって、不安になった。
 だけど……。

「響夜さん……バ、ハカァァァァッ!」
「うわっ、美子!?」
「急にいなくなって、すっごく心配したんですよ! もう会えないかもって、不安になって。なのに、なに体に戻ってるんですか! 生き返るなら生き返るって、ちゃんと言ってくださいー!」
「美子……悪い。俺も初めての経験だったから、どうなるか分からなかったんだ。急に意識が薄れて、もしかしたらこのまま逝ってしまうのかもって思った」
「だったら尚更、踏み止まってくだいー!」

 響夜さんに抱きついて、厚い胸板をポカポカ叩く。
 よく考えたら、すごく大胆なことしてるけど、心配してた気持ちや、無事だったことへの安心感、愛しさが止めどなく溢れてきて、抑えがきかないや。
 響夜さんはそんな私の背中に手を回して、優しくさすってくれる。

「ごめんな、心配かけて。けど、大丈夫だ。俺はここにいるから」
「うぅ~。よかったぁ、戻ってきてくれて~」

 手のひらから、暖かい体温が伝わってくる。
 生霊だったときよりずっと暖かい、響夜さんの温度。
 今までだって話すことも、触れることもできたけど、やっぱり違う。
 本当に目が覚めたんだって、ようやく実感がわいてくる。
 すると直也先輩と晴義先輩、それに拓弥くんも、ベッドによってくる。

「本当に、戻ってきたんだな。コイツ、心配かけやがって!」
「人騒がせな総長だよ……なあ響夜、一応確認しとくけど、生霊になって美子さんにとり憑いていたっていうのは……」
「全部本当だよ。お前らにも、心配かけたな」

 響夜さんが笑いかけると、2人とも柔らかな顔になる。
 そういえばみんなは、私を通してしか響夜さんの声を聞いてないし、姿も見えなかったんだもの。
 それがこうして話せたら、安心するよね。
 すると拓弥くんが。

「それにしても、まさかこんなタイミングで元の体に戻るなんて」
「その事なんだが……もしかしたら今まで戻れなかったのは、俺の心に問題があったからかもしれない」
「え、どういうことッスか?」
「宗士さんと話してわかったんだ。俺は心のどこかで、七星の総長が勤まるのか疑問を持ってたって。もしかしたら宗士さんが後を継いだ方が、よかったんじゃないかって。だって、事故にあって生霊になるような、ドジをふむ男だぜ」
「そんな……」

 いつだって力強い響夜さんの意外なカミングアウトに、拓弥くん達はビックリしてる。
 私も、響夜さんが自分が総長であることに、疑問を感じていたことは知ってたけど。まさか体に戻れなかった原因がそれだったなんて。

 事故にあったのは、子供を助けたからなのに。
 だけど理由はどうあれ、響夜さん自身はそれを、必要以上に気にしてしまっていたのだろう。
 でも、今はこうして、戻ってきてますよね?

「響夜さん、体に戻れたということは、迷いは晴れたということでしょうか?」
「ああ……。紫龍の奴らに捕まって、駆けつけてくれたお前らを見て。美子の言葉を聞いて、吹っ切れたよ。自信無いとかグチグチ言うなんて、ダセーことしてらんねー。俺は七星の総長、桐ヶ谷響夜。そう強く思ったら、こうして生き返ることができた」
「そ、そんなの当たり前じゃないですか。七星をまとめられる人なんて、響夜さん以外いませんもの」

 けど、もしかしたら総長というのは、私が思っていたよりもずっと大きなものなのかも。
 拓弥くんたちは驚いた様子で顔を見合わせていたけど、すぐに3人ともくだけた表情へと変わる。

「なんだ響夜、そんな風に思ってたのかよ。七星をまとめられるのが、お前以外いるかっての!」
「ああ。しっかりしてくれよ、総長」
「そもそも俺、響夜さんがいなかったら七星に入ってませんでしたよ」 

 3人とも、それぞれ言葉をかけていく。
 きっと他の七星の人達も、同じ気持ちだと思う。
 それに……。

「響夜さん……実は、アジトを出る前に、宗士さんから伝言を預かっているんです」
「宗士さんが、なんて?」
「騒がせて悪かった。七星を頼むって」
「そっか……」

 去っていく宗士さんに、拓弥くん達はなにも言わず、黙って後ろ姿を見ていた。
 響夜さんは宗士さんのことを考えているのか、しばらくうつむいて黙っていたけど、やがて顔を上げる。
 
「ありがとな。お前らの……それに、美子のおかげだ」
「わ、私はなにも」
「そんなことねーよ。美子がいてくれたから、乗り越えられたんだ……ありがとう」

 穏やかな顔の響夜さんを見ていると、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
 お礼を言うのは、私の方です。
 最初は戸惑ったし、怖い思いもしたけど、響夜さんや七星の人達と一緒に過ごした時間は、ずっと1人でいた私にとって、素敵な宝物です。

 これから、七星とサヨナラするとしても……。


 目を醒ました後も、響夜さんは数日入院。
 その間も私達は、また紫龍が何か仕掛けてくるかもと警戒していましたけど。
 意外にも彼らは大人しく、予想していた衝突は起きませんでした。

「以前の負けが、堪えたんだろうな。もうおいそれと七星に手を出してこねーよ」

 って、直也さんが言っていました。
 おかげで私達は安心して、退院した響夜さんを迎えることができますけど。
 響夜さんが七星に戻ってくるということは、総長代理はもう必要ないということ。
 私の役目は、もう終わったんです。

 そして今日は、響夜さんの退院の日。
 七星のアジトに帰ってきた響夜さんは、みんなに拍手で迎えられる。

「響夜さーん、退院おめでとうございまーす!」
「さすが俺らの総長、戻ってくるって信じてましたよ!」

 アジトには七星のメンバーが勢揃いしていて、響夜さんは彼らを見ながら、顔をほころばせた。

「お前ら……心配かけて、悪かったな。それによく俺の留守を守ってくれた。お前らの頑張り、しっかり見てたぜ」

 アジトの中は歓声に包まれて、直也先輩や晴義先輩もホッとした表情で、響夜さんを見てる。
 やっぱり七星は、響夜さんがいてこその七星なんですね。
 そして響夜さんは、私へと目を向ける。

「美子も、ありがとうな。留守を守ってくれて」
「私は、自分にできることをやっただけですよ。あの、響夜さん、それと……」
「わかってる……お前ら、美子が話があるそうだ!」

 響夜さんが手招きしてくれて、そのままバトンタッチ。
 私は、みんなの前に立つ。

「あの……実はみなさんに、聞いてほしいことがあるんです。もしかしたら信じてもらえないかもしれない、不思議な話なんですけど……」

 突然の話の始まりに、ガヤガヤとどよめく七星メンバー。
 私は彼らに向かって、ゆっくりと話しはじめた……。

◇◆◇◆

「……というわけで私は、響夜さんの彼女ではありません。皆さんに出していた指示も、私に憑依した響夜さんが出してくれていたんです。今まで黙っていて、本当にすみませんでした!」

 七星の人達に向かって、頭を下げる。
 そう、私は彼らに、幽霊を視ることができるという自分の秘密を。響夜さんの生霊がとり憑いていたことを、全て話したの。

 だって私が紫龍の人達に捕まったとき、みんなは私を助けるために駆けつけてくれたんだもの。
 そんなみんなに隠し事をしたままでいるなんて、耐えられない。
 だから響夜さん達と相談して、全部打ち明けることにしたの。

 響夜さんはすぐ横で、そんな私をじっと見守ってくれている。
 響夜さんだけじゃない。
 拓弥くんに直也先輩、晴義先輩も。

 だけどはじめて話を聞くみんなにとっては、突拍子もない話だったのかな。
 話を終えても、アジトの中はシーンと静まりかえってる。

 やっぱり、信じてもらえないのかな?
 変な子と言われて、仲間外れにされていた日々が思い出されて、心臓がギュ~ってなる。
 すると、何人かポツポツと口を開きはじめた……。

「総長の生霊が? スゲー、そうだったんだ」
「じゃああの時、俺達に渇を入れてたのは、響夜さんだったのかよ」
「ヤベェ! 生霊とか幽霊が視えるとか、うちの総長と総長代理、マジでスゲーよ!」

 驚いたような、感心したような声がザワザワと広がっていくけど……ちょ、ちょっと待って!
 思ってた反応と、違うんですけど……。

「あ、あの、皆さん。信じてくれるんですか? 私が言うのもなんですけど、おかしなこと言ってるって、思わないんですか?」
「いや、ビックリはしたけど、なんか納得っていうか……」
「姐さん、普段は大人しいのに、時々総長が乗り移ったみたいになるって、思ってたんだよ。けど本当に、乗り移っていたなんて」

 どうやらみんな私の二面性に、違和感を抱いていたみたい。
 だから響夜さんの生霊がとり憑いていたと言っても、むしろ納得してくれたよう。
 まさかこんな簡単に信じてもらえるなんて。
 これじゃあ、今まで何のために秘密にしていたのかわからない。 
 みんなの反応に私はポカンとして、拓弥くんたちも苦笑いをする。

「こうまですんなり受け入れるなんて。なかなか信じてやれなかった自分が情けねーな」
「まったくだ。俺ら最初、メチャクチャ疑ってたのにな」
「今更だけど、すまない。あの時は本当に、失礼したよ」

 晴義先輩が謝ってきたけど、もういいですよ。
 それよりも、七星のみんなに信じてもらえたことの方が嬉しい。
 今まで幽霊が視えることを言うと、変な子と言われて仲間外れにされてきたけど、こんなにたくさんの人に受け入れてもらえるなんて。
 すると隣にいた響夜さんが、ポンと背中を叩いてくきた。

「よかったな、美子」
「……はい」

 やっぱり私にとっても、七星の人達は特別みたいです。

「皆さん……信じてくれて、ありがとうございます。私は今日で七星を抜けますけど、皆さんのことは絶対に忘れません!」

 なんて、まるでアイドルの引退式みたいなこと言っちゃった。
 でもこれは、紛れもない本心。
 響夜さんが戻ってきた今、七星に私は必要ないけど。
 短い間でも、みんなといられてよかった……。

 だけど、ざわめきが突如、悲鳴に変わった。

「え、待ってください! 七星を抜けるってどういうことですか!?」
「姐さん、辞めちゃうんですか!?」

 ザワザワとみんな動揺してるけど、えっ?
 元々、そういう話だったよね?

「み、みなさん落ち着いてください。そもそも私は、響夜さんが帰ってくるまでの代理でしたし……」
「いいじゃないですか、このまま残っても!」
「美子さんなら、俺らみんな大歓迎ですよ!」

 そう言ってくれるのは嬉しい。
 けど……。

「けど響夜さんが復帰したなら、残っても役に立てませんし」
「なに言ってるんですか! 紫龍にやられて怪我した俺達を手当てしてくれたのは、響夜さんじゃなくて姐さんなんですよね」
「響夜さんにもお世話になりましたけど、姐さんにもたくさん助けられました! 姐さんがいたから、俺達はまとまったんですよ!」

 そんな、私はただ、響夜さんの言葉を伝えていただけで。
 でも、その響夜さんが言う。

「コイツらをまとめられたのは、俺1人の力じゃねーよ。憑依だって、常にしていたわけじゃねー。気づいてないかもしれないけど、美子は総長代理としてしっかり、七星を守ってくれてたんだ」

 私が?
 そんなこと言われても、信じられない。
 私は、少しでもみんなの役に立ちたいって思って、できることをやってきただけ。
 それだけなんです。

「そうだ、総長はどう思ってるんですか」
「そうですよ、響夜さんの彼女でしょ!?」
「ええっ!? だ、だからそれはそういう設定だったというだけで、彼女だなんて……」

 言ってて、胸の奥がズキンと痛む。
 何を傷ついているんだろう?
 彼女というのはみんなを納得させるため、直也先輩が考えた設定なのに……。

「響夜さんがとり憑いてない私じゃ、きっとみなさんの足を引っ張っちゃいますよ。ですよね響夜さん!」
「そうだなあ……」

 じっと私を見る響夜さん。
 七星を抜けたら、響夜さんとももう、会うことが無くなるんですよね。

 ──ズキン!
 うっ……考えたら、また胸が痛む……。

「……紫龍が大人しくなったとはいえ、七星にいたら危険なこともある。ここにはいない方が、美子にとってはいいのかもしれない」
「──っ!」

 わかってはいたけど、響夜さんの口から言われると、心にくるものがある。
 それが私のことを思っての、響夜さんの優しさだとしても……。

「だけど……俺には美子が必要だ」
「…………え?」

 驚いて、うつむきそうになっていた顔を上げる。
 響夜さんは熱を持った目を、私に向けていて。
 少しだけ、拓弥くんの方を見た。

「……拓弥、いかせてもらうぞ」
「……いいっスよ。美子がどれだけ響夜さんのことを思ってるか、間近で見てましたから。俺の気が変わらないうちに、さっさとやっちゃってください」

 短いやり取りの後、再びこっちを見る響夜さん。
 そして──

「美子……総長代理なんて関係無い。俺は美子に、側にいてほしい!」
「──っ!」


 心臓が、壊れそうなくらい激しく鼓動を刻む。
「おおっ!」って声が上がった気がしたけど、それもどこか遠くに感じて。
 私の意識は、響夜さん一色になる。

 こ、これは夢? 
 もう生霊じゃないのに。響夜さんが私を必要としてくれるなんて!

 私達が知り合ったのは偶然。
 しかも響夜さんが事故にあって、たまたま私が視えたからという、いいとは言えないもの。
 だけどそれでも、許されるのなら……。
「わ、私も……私もっ、響夜さんの側にいたい──きゃっ!?」
「言ったな。だったらもう、放さねー!」

 力強い腕で、ギュ~って抱き締められる。
 ま、まだ言い終わっていないのに。
 ギャー、フライングはなしですよー!

「きょ、響夜さん、みんなが見てます。は、はずですよ!」
「見せつけてやればいい。美子はかわいいくせに、無防備だからな。俺の彼女だって、しっかりアピールしとかねーと」
「──んんっ!?」

 まるで胸の奥にお砂糖をぶち込むような、甘々~な言葉。
 ほ、本当に響夜さんですか!?
 まるで人が変わったような甘さに目を白黒させていると、周りからは今日一番の歓声が上がる。

「おおーっ! 総長やったー!」
「響夜さん美子さん、おめでとうございます!」

 巻き起こる拍手と、祝福の声。
 私は響夜さんの隣に……七星にいていいんだ。

「まさか、こんな結果になるなんてね」
「けどまあいいんじゃない。美子ちゃんいい子だし。拓弥は、まあ、残念だったけどね」
「いいっスよ。アイツが幸せなら」

 晴義先輩に直也先輩、拓弥くんも、暖かく私達を見守ってくれている。

 響夜さんは抱き締めていた私を解放して、両肩に手をおいたまま、向かい合う。

「美子のことが好きだ。もう放さない」
「響夜さん……私もです。これからも、よろしくお願いします」
「ああ!」

 響夜さんはもう一度、私を強く抱きしめて。
 周囲からは、祝福の拍手が上がる。

 これからもずっと、響夜さんと一緒にいられますように。
 暖かな彼のぬくもりを、感じながら。


 Fin

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