総長代理は霊感少女!? ~最強男子の幽霊にとり憑かれました~

【響夜side】

 真っ暗な真夜中。
 少し前から雨が降りだしたようで、外から聞こえてくる雨と雷の音が聞こえてくる。
 そんな中俺は美子の家の、アイツの部屋の前の廊下で、足を崩して座っていた。

 何をするわけでもなく、本当にただ座ったまま。朝が来るのを待つだけ。
 正直退屈でしかたねーけど、これも幽霊の宿命なんだろうな。
 美子にとり憑いているせいで、アイツから離れることができない。
 オマケに幽霊は眠ることもできないらしく、おかげで最近は毎晩こうして、美子の部屋の前で時が過ぎるのを静かに待っている。

 どうやら美子から離れられる距離が決まっているらしく、ある程度以上離れそうとすると見えない壁にはばまれるように先にはいけなくなるんだ。
 ギリギリ部屋の外に出られたのは幸いだった。
 寝ているところなんて見られたくないだろうし、風呂やトイレのときも、できるだけ離れている。
 けど美子にとってはきっと、それでもしんどいだろうなあ。

 ……巻き込んでしまって、悪かったと思ってる。
 とり憑いてしまったこともそうだけど、総長代理なんて頼んだことも。

 けど断ってもよかったのに引き受けるなんて、アイツはとんだお人好しだ。
 きっと困ってるやつを、放っておけないんだろうな。
 初めて見たときから、アイツはそういえやつだったからな。

 美子は知らないだろうけど、実は俺は前から、美子のことを知っていた。
 最初に気づいたのは、朝学校に行く途中。
 道の真ん中で何かに向かって、しゃべってるのを見たときだ。

『そう……そんなことが……。辛い思いをしたんだね。元気だして。私でよければ、話し相手くらいにはなるから』

 1人でぶつぶつしゃべっていて、変なやつだと思ったけど。
 それから度々、同じように何かに話しかけてる美子を、俺は見かけた。
 なんとなく気になって、拓也が同じクラスっていうから聞いたことがあったけど、そのとき返ってきた答えは。

『え、美子ですか? アイツはその……昔から、変なものが見えるって言ってるんです。ちょっと変わったやつですけど、でも、悪いやつじゃありません。……美子と、何かあったんですか?』

 興味本意で聞いただけだったけど拓也のやつ、やけに動揺してたっけ。
 今ならわかるけどたぶんアイツは美子のことを……そういう風に、思ってるんだろうな。

 気持ちはわかる。美子は、いいやつだ。
 あのとき美子がいったい何に話しかけていたのか、今ならわかる。
 今朝俺も会った、真夏とか言う事故で亡くなった、真夏とかいう女の子の幽霊。
 きっとあの子が寂しくないよう、話しかけているんだ。

 その結果周りから変に思われても、放っておけないのが美子だ。
 変な話だけど、生霊になった俺を見つけてくれたのが、美子でよかった。
 けど反面、申し訳ない気持ちもある。
 俺はアイツに世話になってばかりで、何一つ返せてない。
 くそ、我ながら情けねー。
 もしも体に戻れたとして、こんな俺が七星を引っ張っていくなんて、できるのか……。

 ──ゴオォォォォン!

「きゃあっ!」

 なんだ?
 考え事をしていたら大きな雷の音がして、部屋の中からは美子の悲鳴が聞こえてきた。

「どうした美子?」

 俺は立ち上がると、美子の部屋へと入っていく。
 ドアは閉じたままだったけど、生霊の俺にはそんなものは関係無い。
 すり抜けて中に入れるんだから、セキュリティもなにもあったもんじゃないさ。
 中に入ると寝巻き姿の美子がベッドの上からこっちを見ていて、目が合った。

「美子、何があった?」
「きょ、響夜さん。すみません、大きな声を出して。雷の音に、驚いただけです」

 ペコペコと頭を下げたけど、何もなかったのならよかった。
 けどホッとしたのも束の間。
 暗い部屋の中でうっすらと見える美子の顔を見ると、胸の奥がざわつきだした。
 少し前までは顔を隠すくらい伸びていた前髪が、今ではバッサリなくなっていて。素顔がよく見える。

 俺は正直、今まで女の顔の良し悪しなんてよくわからなかったけど、これは……。
 生まれて初めて誰かの顔を、キレイだと感じてる。
 顔の造作だけを言っているんじゃない。
 よく見えるようになった透き通った目が、まるで美子の無垢な心を表しているみたいに澄んでいて、どうしようもなく引き込まれてしまうんだ。
 ……キレイだ。
 それ以外の感情を忘れて、見とれていると……。

「響夜さん……あの、響夜さん!」
「──っ! 悪い、ついボーッとしてた」

 ヤバいな。
 話しかけてるのにも気づかずに、見とれていた。

「それで、何の話をしてたんだ?」 
「ええと……よろしければ、今夜はこのまま、部屋で寝ませんか?」
「……は?」

 一瞬、幻聴が聞こえたかと思った。
 いきなり何を言い出すんだコイツは?

「それは、なんだ? 雷が怖いから、いてほしいってことか?」
「ち、違います。さっきはたまたま大きく鳴ったのでビックリしましたけど、いつもはべつに怖がったりしませんから。ほ、本当ですよ」
「わかったわかった。けど、それならなんで?」
「響夜さんをずっと、廊下に追い出したままというのが申し訳なくて。廊下じゃ、眠りにくいですよね」
「いや、どうやら幽霊は、眠ることができないらしい」

 どうせ眠れないんだから、廊下で座ったり横になったりしてればいい。
 だが、美子の部屋で寝るというのは……。

「軽々しく、男を部屋に入れるなよな。……今の俺は触ろうと思えば、お前に触れるんだぞ。何かされるとは、思わないのか?」

 少し脅かすように、声を低くする。
 怖がらせたらかわいそうだけど、コイツは無防備すぎだ。
 少しくらいきつめに言っておいた方がいい。
 だというのに……。

「何かって……そ、それはホラー映画であるような、寝ているところに幽霊が乗っかってきて首をしめる等の、呪い的なことですか!?」
「なんでそうなる!? 俺は悪霊じゃないんだ。首なんてしめるか!」
「なら大丈夫じゃないですか。いつまでも外に出しておくのは、やっぱり悪いですよ」

 キョトンとした顔で言う美子に、思わず脱力する。
 こんなときまで、俺に気を使うなっての。
 呆れた俺は美子の頭に手を近づけて、触れるのをいいことに、デコピンを一発食らわせてやった。
「あうっ!?」
「気持ちだけ受け取っとく。けど男相手に二度と軽々しく、そんなことを言うんじゃねーよ」
「は、はい?」

 返事はしたものの、たぶんわかってねーな。
 だいたい寝ている美子と同じ部屋にいるなんて、俺の方が無理だ。
 まったく、無防備すぎだろ。少しは自分の魅力を、自覚しろっての。
 特に髪を切ったこれからは、言い寄ってくる男が増えるだろうしな。

「いっそ悪い虫がつかないように、憑依して蹴散らすか?」
「虫? 憑依? いったい、何の話をしているんですか?」

 案の定美子は全然わかってないみたいだから、やっぱり心配だ。
 けどこんな風に考えてしまうのは、本当に無防備な美子を心配しているだけなのか、それとも別の思いがあるのか。
 答えは、俺にも分からなかった。
 七星の総長代理になってから数日が経って。
 私の生活は、以前とはガラリと変わった。
 例えば……。

「あの、皆元さん。七星の響夜さんと付き合ってたっていうのは本当?」

 朝教室に入ったとたん、数人の女子がやってきて私を囲む。
 またこのパターンだ。

 ここ数日で、響夜さんが亡くなったのはデマだったって、ちゃんと知れわたったみたいだけど。
 どこをどう伝わったのか、私が七星の総長代理になったことや、響夜さんの彼女という話までかなりの人が知ってて、度々こんな感じの質問をされることがあるの。
 今聞いてきた女子達はみんな目が血走っていて、圧がすごい。
 否定することを願っているのが、ひしひしと伝わってきたけど、私は……。

「ほ、本当です。付き合っていたというか……今も付き合っています」
「──っ! マジなの? 嘘言ってるんじゃないでしょうね?」

 信じられないという顔で、集まった女子達はみんな、顔を見合わせている。
 無理もないよね。私みたいな地味女が、響夜さんと付き合ってるだなんて、おかしな話だもの。
 なのに、私の後ろで事態を見守っている生霊の響夜さんは。

「嘘は言っちゃいないな。どこに行くにも、こうして付き合ってるわけだからな」

 って言ってるけど、そういう意味じゃありませんからー!
 女子達は納得してなさそうな顔で睨んできてるし、どうしよう?
 と、思っていたら。

「お前ら、あんまり皆元をいじめんなよな」
「美子ちゃん、困ってるなら、力貸すよ」

 って言ってきたのは、クラスの男子達。
 するとさっきまで私に問い詰めていた女子達が、表情を曇らせる。

「なによアンタたち。今まで皆元さんのこと相手にしてなかったのに、イメチェンしたとたん手のひら返し?」
「ち、ちげーよ。だいたい皆元は、響夜先輩の彼女なんだろ」
「そうそう。困ってるみたいだから助けようとおもっただけで、決していいとこ見せようとか、そういうわけじゃないからね」

 私の様子をチラチラうかがう男子達。
 そっか。響夜さんの彼女だから、助けてくれたんだ。
 本当は彼女じゃないから良心が痛んだけど、同時に響夜さんの彼女設定が、男子にも女子にも影響を与えていることにビックリする。

「響夜さんの影響力って、すごいですね」
「野郎共はどう考えても、俺より美子目当てだろうけど。まあ、そういうことにしておくか」

 けど男子と女子がバチバチしてて、今にもケンカが始まっちゃいそう。
 だけどそのとき。

「お前ら、うちの総長代理になにか用か?」
「あ、拓也くん」

 割って入ってきたのは、登校してきた拓也くん。
 彼は集まっていた男子と女子に言い放つ。

「知らないやつもいるかもしれねーから言っとくけど、美子は響夜さんの名代、七星のトップだ。余計なちょっかいかけたり、色目使うんじゃねーぞ」
「わ、私たちは、ちょっと気になったから聞いただけよね」
「お、俺達も、なあ」

 集まっていたみんなは、そそくさと解散していく。
 さすが七星の幹部。あっという間に場を収めちゃった。

「拓也がいれば女子も何とかしてくれるし、虫除けにもなってくれるか」
「え、どういうことですか?」

 響夜さんが言っていることの意味がわからずに首をかしげていると、拓弥くんが聞いてくる。

「響夜さん、そこにいるのか? なんだって?」

 すると響夜さん、「美子のことは卓也に任せたと、言っておいてくれ」って言って、私はそれをそのまま伝える。

「……了解です響夜さん。美子のことは、俺に任せてください」
「あ、さらに付け加えてもう一つ。『俺が常に側にいるから、お前も変な気は起こすな』って言ってるんだけど……」
「──っ! わかってますよ。……響夜さんの命令なら、逆らえねーか」

 伝言の意味はよく分からなかったけど、素直にきこうとしてる拓弥くんがちょっとかわいい。
 拓弥くんって本当に、響夜さんを信頼してるんだろうなあ。

「そういえば、ちょっと聞いていいかな?」
「ん、どうした?」
「拓弥くんっていったい何がきっかけで、七星に入ったの?」

 実はずっと、気になっていたんだよね。
 昔いっしょに遊んでいた頃は暴走族に入るイメージなんてなかったのに、今では七星の幹部なんだもの。
 すると拓弥くんは複雑そうな顔をしながら、「あ~」って声をもらす。

「きっかけな……なんて言うか、自分を変えたかったんだよ。俺は、友達が困ってても助けられない意気地なしだったから、七星に入れば、少しは変えられるかなーって思って。まあ、あんまり変わってねーんだけどな」

 そう言って、切なげに笑う拓弥くん。
 友達が困ってても、助けられなかった? それがいったい誰のことを、いつのことを言っているのかは分からない。
 だけど……。

「そんなことないよ。少なくとも私はさっき、拓弥くんのおかげで助かったんだから」
「──っ! 本当か?」
「うん。拓弥くん、本当に逞しくなったって、私は思う。昔友達となにかあったかは知らないけど、もしもその人がまた困ってたらそのときは、力になってあげられるよ。拓弥くんなら、きっとできるよ」
「ああ……美子にそう言ってもらえたら、心強えーよ」

 さっきはアンニュイな感じだった拓弥くんだけど。よかった、元気出たみたい。
 さっきまでより、笑顔が晴れやかだ。
 するといったい何を思ったのか、彼は私の手をそっと握った。

「え? た、拓弥くん?」
「俺、何かあったら絶対に美子のこと守るよ。今度は必ず」

 握られた手から、熱が伝わってくる。
 拓弥くん、どうしちゃったんだろう? 
 さっき響夜さんに私のことを任せられたから、張り切っているのかなあ?
 けど、熱い目で見つめられると、なんだか……。

「美子、体を借りる…………拓弥、俺がいるってことを、忘れるなよ」
「──っ! 響夜さんか!?」

 響夜さんが憑依して、それに気づいた拓弥くんが手を放す。
 た、助かった。
 幸い誰も気づいていないみたいだけど、教室の真ん中で手を握られてたら、恥ずかしいものね。

 響夜さんは一言だけ言って離れて、拓弥くんは残念そうな顔で、小声で言う。

「響夜さん、まるで保護者だな……なあ美子。お前は正直なところ、響夜さんの彼女って設定、どう思ってるんだ?」
「え? うーん、最初は戸惑ったけど、七星をまとめるためには、いい方法なのかな」
「いや、そうじゃなくてな……もし本当に響夜さんが彼氏だったら、美子は嬉しいか?」
「ふえ? か、彼氏?」

 そんなこと言われても。
 カレカノ設定はあくまで七星をまとめるため。
 総長代理になるべく作った設定であって、本当だったら嬉しいかどうかなんて、考えたことがなかった。
 もしも私と響夜さんが、そういう関係だったら……。

「俺は、嬉しいかもな。少なくともとり憑いたのが美子で、よかったって思ってるよ」
「響夜さん!?」

 話を聞いていた響夜さんが割り込んできて、思わず声が出る。
 と、とり憑いたのが私でよかったって……。

「も、もう。からかわないでくださいよー」

 あんなの冗談。でなかったら、社交辞令で言ったに決まってる。
 なのに………。
 どうしてこんなに、胸がドキドキするんだろう?

 結局響夜さんに気の聞いた返事をするわけでも、拓弥くんの質問に答えられもしないまま、朝のホームルームが始まってしまった。
 ……響夜さんも拓弥くんも、どうしてあんなことを言ったのかなあ?

 総長代理をはじめてから変わったのは、教室の中だけじゃない。
 むしろこっちが本題。

 あれから放課後になると毎日、七星のアジトに足を運ぶようになったの。
 だって仮にも総長代理なんだから、顔を出さないのはちょっとね。
 幸い今までは学校が終わっても家に帰るだけだったから、何も問題はないんだけど……。

「悪いね美子ちゃん、付き合わせちゃって」
「いえ、大丈夫ですから」

 アジトの奥で、直也先輩と話をする。
 近くには拓弥くんと晴義先輩もいて、七星の幹部が全員そろってる。

「しかしこう毎日顔を出すとなると、不都合もあるだろう。できることは何でもするから、遠慮なく言ってくれ」
「そうそう。無理しなくても、友達と遊びに行ったりとか、していいからね」

 晴義先輩と直也先輩はそう言ってるけど……そもそも私、友達がいないのですよね。
 拓弥くんはそれをわかっているから、なんて声をかければいいか分からないみたいで、気まずそうな顔をしてる。
 そして響夜さんを見ると、無言でこっちを見ている。
 四六時中一緒なんだから、きっと友達がいないってバレてるよね。

 隠してもしょうがないけど、なんだかとても恥ずかしい。
 だって求心力があってみんなに慕われてる響夜さんとは、正反対なんだもの。
 私と響夜さんと比べるなんておこがましいけど、近くにいると余計に、情けなさを痛感しちゃうなあ。

 するとその時、倉庫のシャッターが開いた。

「晴義さん! うちのやつらがまた、紫龍のやつらに襲われました!」
「またか!? それで、大丈夫なのか?」
「はい。ケガは大したことありません。ほら、入ってこい」

 七星のメンバー数人が、アジトの中に入ってくる。
 中には腕や顔などに傷がある人もいて、すごく痛そう!

「大変、すぐに手当てしないと」
「これくらい平気ですよ。メンバーで固まっておいてよかった。姐さんの指示のおかげでです」

 実は前に、私がみんなに言ったの。
 狙われてるなら、みんなできるだけ固まって動いた方がいいんじゃないかって。
 小学生のときに時々やってた、集団下校を参考にしたの。
 大勢でいるとそれだけで手を出しにくくなるし、何かあったときも協力すれば逃げやすいしね。
 けどやっぱり、悔しそうにしている人もいる。

「ちくしょう、アイツらめ。指示さえあれば、返り討ちにしてやったのに」

 みんなやられっぱなしだと、悔しいみたい。
 私は何かあったら心配だから、絡まれても逃げるよう言っていて、みんなちゃんとそれを守ってくれてるけど、大丈夫かなあ?

 すると響夜さんが「体借りるぞ」って、私の中に入ってきた。
 このパターンにも、だいぶ慣れたよ……。

「悪いなお前ら、辛抱させちまって。けど俺……響夜を仲間外れにして、暴れても仕方ないだろう。響夜が帰ってきたら、奴らに目にもの見せてやろーぜ」
「姐さん……わかってますよ。なあお前ら!」
「ああ、もちろんだ!」

 響夜さんの発言で、さっきまで沈んでいた空気が熱を帯びていく。
 響夜さん、本当にすごいや。
 すると響夜さん、憑依するのをやめて、主導権が私に戻る。

「それじゃあ、今は手当てを。治療をしますから、ケガしてる人は並んでください」

 私は救急箱を取ってくると、ケガをしている人を順番に診ていく。
 前に保険委員をやってたから、治療には慣れているの。

「姐さんに手当てしてもらえるなんて、うらやましい。俺もケガしてりゃよかった」
「バカ、不謹慎だぞ……けど、気持ちわかるかも」

 みんなが何か言ってるけど、それより治療治療。
 幸い本当にケガは大したことはなくて、救急箱だけで手当てをすませることができた。
 治療を終えると、晴義さんが声をかけてくる。

「悪いね、手伝ってもらって」
「いえ、私にできるのなんて、これくらいですから」 
「そんなことないよ。僕達も、それにきっと響夜も、君にはとても感謝してるよ」
「そ、そうでしょうか? あの、それと少し気になってるんですけど……私と響夜さんが時々入れ替わってること、みなさんに変に思われていませんか?」

 さっきも途中で響夜さんに変わってもらったけど、実は気になっていたんだよね。
 私と響夜さんじゃ、口調も態度も全然違うし。
 晴義先輩達なら事情を知っているけど、そうでない人達にはどう映っているんだろうって。

「気にしてなくていい。どちらの美子さんも、評判いいから」
「よかった……って、あれ? それって、答えになってないんじゃ? 晴義先輩、誤魔化していませんか?」
「……そんなことより。うちのやつらが狙われてるのを見て分かると思うけど、紫龍のやつらは手段を選ばない。今はバレていないかもしれないけど、もしも美子さんが総長代理をやってることが奴らに知られたら、やつらは君を狙ってくる可能性もある」

 それは、たしかに。
 私は実際に襲われたことはないけど、もしそうなったらと思うと、背筋がゾクゾクする。

「だからこれからは、拓弥に送り迎えを任せようと思う。アイツも君を守れるならって、やる気になってるし」
「拓弥くんが?」

 拓弥くんなら帰る方向も一緒だからちょうどいいし、頼もしいかも。
 安心していると、話を聞いていた響夜さんがボソリと言う。

「なにかあったら、俺もいるから。そのときは体を借りるかもしれねーけど、美子だけは絶対守る」
「は、はい」

 響夜さんの言葉に、ボッと顔が熱くなる。
 なんだろう。最近響夜さんと話してると、時々変になる気がする。

「けどすみません。私のために、わざわざ気を回してもらって」
「元々こっちが巻き込んだんだから、これくらい当然だよ。それに今の七星にとって君は、なくてはならない存在だからね」
「わかってます。響夜さんの言葉を伝えられるのは、私だけですから」
「まあ、確かにそれもあるんだけど……気づいていないかい? 響夜だけじゃなく美子さん自身が、今の七星に必要不可欠だってことを」
「え、私がですか!?」

 そんなまさか。
 私が七星のために、何かできてるとは思えませんけど。
 なのに響夜さんまで、「無自覚かよ」って言ってくる。

「血の気の多いうちの連中を抑え込んでくれてるのは、響夜の言葉だ。けど行き場を失った気持ちを抱えてるアイツらの心をケアしてあげてるのは、君なんだよ。君は治療するとき、一人一人から話を聞いてあげてるだろ」
「あれは、少しでもみなさんのことを知ろうって思っただけで」
「それが好評なんだよ。カウンセラーみたいなものかな。話を聞いてもらってると、心が癒される。もしかしたら美子さんには、そういう才能があるのかもね」

 信じられない。
 今まで友達すらいなかった私が、誰かの心を癒すって。

「ここまで考えて、総長代理をお願いしたわけじゃなかったんだけどね。巻き込んだ僕が言うのもなんだけど、響夜を見ることができたのが美子さんでよかったって、今なら思うよ」
「同感だな。もしも代理を任せたのが美子以外だったら、絶対ここまで上手くいかなかっただろうな」

 響夜さんまで言ってきたけど。
 か、過大評価ですよ~。

「まあわざわざ治療されたいって言うやつも出てきたのは、いきすぎだけどね。アイツらにはわざとケガするのだけはやめとけって、言っとかないとね」

 冗談っぽく言いながら、苦笑する晴義先輩。
 普段はクールな印象だけど、こんな風に笑うんだ。

「私、もっと頑張ります。みんなの役に立てるように」
「なに言ってるの。もう十分頑張ってるよ。みんな美子さんのことを、仲間って認めてるしね」
「仲間……」

 晴義先輩の言葉が、ジーンと胸に響く。
 そんな風に言ってもらえるなんて、思わなかった。
 成り行きでやることになった総長代理だけど、七星のみんなと過ごす時間は私にとっても、意外と心地いい。
 そんなみんなの力になっているのなら、嬉しいな。
 けど……。

「美子は頑張ってるよ。それに比べて俺は……」

 響夜さんが遠い目をしたのが、少し気になった。

 次の日の放課後。
 この日私はアジトじゃなくて、響夜さんの入院している病院に、お見舞いに来ていた。

 紫龍の動きを警戒して、ボディーガードを引き受けてくれた拓弥くん。それにもちろん、生霊の響夜さんと一緒に。

 今日は響夜さんに、もう一度病院に行ってくれないかって、お願いされたの。

「悪いな。付き合わせちまって」
「いえ、大丈夫です。今日こそ体に、戻れるといいですね」

 あれからだいぶ経ったけど、響夜さんの体は眠ったまま。
 幽体がここにいるんだから仕方ないけど、一向に戻る気配がないの。
 だから試しにもう一度、生霊の響夜さんを連れていったら、何か変わるんじゃないかって思って来たんだけど……。

 以前も来た病室では、響夜さんが横になって目を閉じている。
 そして生霊の響夜さんもいて。こうしてみると、まるで双子みたい。
 生霊の方の響夜さんは自分の体に近づいて、中に入れないかやってみる。
 すると、その様子を視ることができない拓弥くんが聞いていきた。

「響夜さん、どうしてる?」
「今、体に戻れないか試してる。私に憑依する時と同じで、体を重ねたら戻れるかもしれないけど……」

 けど、戻る気配はない。
 あれこれ頑張っていた響夜さんだったけど、疲れたように体から離れる。

「くそ、ダメか。美子になら憑依できるのに、どうしてできないんだ?」
「たぶん私に憑依できるのは、とり憑いたことで結び付きが強くなっているからだと思います」
「結び付き……それなら元の体の方が、強いんじゃないのか? 本来俺はこっちにいる方が、自然なんだろ?」
「それは……ごめんなさい、それは私にもわかりません」

 私は霊感体質だけど、なんでも知ってるわけじゃないの。

「響夜さん、戻れないのか?」
「うん。まだダメみたい。脳も心臓も、ちゃんと動いてるのに」
「そういえばこの前美子、心に問題があると、幽体が体に戻れないことがあるとか言ってたっけ? 後で思い出したんだけど、似たような話を昔本で読んだんだよな」
「え、そうなの?」
「ああ。幽霊とか魂について調べたことがあって、幽体離脱をして体に戻れないケースってのが、書いてあった」

 響夜さんが、今まさにそんな状態。
 もしかしたらその本に、解決するためのヒントが書いてなかったかなあ。
 というか……。

「拓弥くん、幽霊のことを、調べたことあったんだね」
「んんっ! む、昔たまたま、読んだことがあるってだけだよ!」

 なぜか顔を赤くしながら、顔を背ける拓弥くん。
 響夜さんは、「なるほど、理由は美子か」って言ってるけど、どう言うことだろう?
 けどそれよりも……。

「それで、戻れないのにはどんな理由があるの?」
「ああ。本で読んだだけで、今思えば胡散臭い本だったから本当かはわからねーけど。たしか戻りたくない理由があるからって、書いてあった」
「戻りたくない理由?」
「ああ。例えばスゲー辛い目にあってて、体に戻っても苦しいだけだから戻ろうとしないとか。そういうやつだったかな。けど響夜さんは……」

 戻りたくないどころか、今日もこうして戻る方法を探している。
 そうなると、なにか別の要因があるのか、拓弥くんの読んだ本が間違ってるのか。
 だけど……。

「戻りたくない? 俺が?」

 眉間にシワを寄せて、何か真剣に考えてるみたい。

「響夜さん、きっと本が間違っていただけですって。何か方法はあるはずですから、探していきましょう」
「ああ……そうだな」

 響夜さんが体に戻りたくないなんて、そんなことあるはずないもの。
 けど、話していると……。

「おや、誰か先客がいるのかな?」

 病室の扉が開いて、誰かが顔をのぞかせている。
 それは高校生くらいの、知らない男の人だったけど……。

「宗士さん!」

 名前を呼んだのは、響夜さん。
 響夜さんの病室を訪ねて来たくらいだから、お知り合いかな?
 すると私の視線に気づいて、響夜さんが言う。

「この人は宗士さん。俺が総長になる少し前まで、七星の副総長をしていた人だ」
「七星の副総長さん?」

 驚いて思わず声に出して言うと、宗士さんはピクリと反応する。

「へえー。君、俺のこと知ってるの?」
「えーと……響夜さんから聞いたことがあって。七星の副総長の、宗士さんですよね」
「え、宗士さんって、先代総長時代に活躍したっていう、あの副総長の宗士さん?」

 声を上げて、宗士さんを凝視する拓弥くん。
 拓弥くんが七星に入ったのは響夜さんが総長になった後だから、どうやら面識はなかったみたい。

「元、副総長だけどな。そういう君達は、響夜の知り合い?」
「俺、今七星の切り込み隊長やってる、森原拓弥と言います。それで、こっちは……」
「み、皆元美子です。一応、七星の総長代理を任されています」
「総長代理?」

 驚いたように私を見て、すぐにいぶかしげに目を細める。
 ど、どうしたんだろう? もしかしていきなり総長代理なんて言ったもんだから、疑われているのかも?

「そうか、代理かあ。今の七星は、そんなことになっているのか。響夜が大変なことになったって聞いて様子を見に来たけど、まさか君みたいな子が総長代理とはね。驚いたよ」
「す、すみません。いけなかったでしょうか?」
「いいや。そもそも引退した俺が、口出しするようなことじゃないだろ。七星はもう、響夜や君たちの居場所なんだから」

 よかった。
 怒られたらどうしようって心配したけど、ホッと胸をなでおろす。

「宗士さんは蓮さん……先代総長の親友で、俺もよく世話になった。怖い人じゃないから、警戒しなくていいぞ」

 響夜さんが、耳元で教えてくれる。
 私は響夜さんがトップってイメージしかなかったけど、響夜さんにもお世話になった先輩がいたなんて、不思議な感じがするなあ。

「それにしても。響夜がこんなことになるなんてな。このバカ、いつまで寝てるんだか」
「きっと今に、目を醒ますはずです。そのために、頑張っていますから」
「そうしてもらわないと困るぞ。七星は、蓮が作ったチーム。引き継いだからには、しっかり守ってもらわないとな。でなきゃ、蓮が悲しむ」

 そう言って、どこか遠い目をする宗士さん。
 そういえば……。
「先代総長の蓮さんって、今はどうしているんですか?」

 それは何の気なしに聞いた質問。
 だけどその瞬間、宗士さんの顔が強ばり、拓弥くんと響夜さんもギョッとしたように私を見た。
 え? 私何か、おかしなこと言った?

「……アンタ、響夜から聞いてないのか?」
「美子……先代総長の蓮さんは、病気で亡くなったんだ」
「えっ……」

 時が止まったようにシーンと静まりかえる病室。
 そんな中響夜さんが私にだけ聞こえる声で「悪い、言っておくべきだった」って、静かに言う。

 私、無神経なことを言ってしまったんじゃ。
 すると、拓弥くんが口を開く。

「まだ俺が七星に入る前の話だけど。蓮さんに病気が見つかって、それで響夜さんが後を継いだんだ。けど、蓮さんはそのまま……」
「そんなことが……ごめんなさい。私、何も知らなくて」
「いや、いい。知らなくったって、仕方ないさ。七星はもう、あの頃とは違うんだもんな」

 気遣うように言う宗士さん。
 けどどこか寂しそうに見えるのは、私の気のせい?

「アンタが総長代理だって言うなら、七星のことよろしくな。蓮が作ったチームを大事にしてやってくれ」

 それだけ言うと、宗士さんは用があるからと言って帰っていった。

 宗士さんに、蓮さんかあ。
 私、まだ全然七星のことを知らなかったんだなあ。
 けど仮にも総長代理なんだから、これじゃあダメだよね。
 後で響夜さんに、昔の七星について聞いてみよう。
 けど、それにしても……。 

 チラリと響夜さんを見ると、まるで何かを考えてるように黙ってしまっている。
 響夜さん、いつも伝えたいことがあるときは私に憑依してしゃべるのに、今日はそれをしなかったなあ。

 憑依される感覚に完全に慣れたわけじゃないけど、相手がお世話になった先輩なら、構わなかったのに。
 宗士さんの去った扉を、無言で見つめている。響夜さん。
 その目がなんだか切なそうなのが、妙に気になった。


 病院を出て、拓弥くんに家まで送ってもらう。
 拓弥くんとは家の前で別れて、響夜さんと2人になったけど、お互い何もしゃべらず。
 ようやく口を開いたのは、リビングに入ってからだった。

「響夜さん、さっきはすみませんでした。宗士さんに、失礼なことを聞いてしまって」
「いや、あれはちゃんと話してなかった俺が悪い。蓮さん達のことまで、言う必要はないって思ってた」

 確かに響夜さんが戻ってくるまでの代わりなら、それでいいのかも。
 さっきはたまたま宗士さんと会ったけど、普段なら知らなくても問題はないし。
 言わなくても、問題はない……。

 そうですよね……私は、部外者ですから。
 込み入った話までする必要はないですよね。
 けど、それでも……。

「私は、知っておきたいです。引き受けた以上は、七星のことを、ちゃんと知りたいですよ」
「美子……なんと言うか、真面目だな。社会科見学で行く場所のこととか、しっかり予習するタイプだろ」

 それは否定しません。
 けど今回は真面目とか、そういうのとは違う気がする。
 響夜さんが大切にしているもののことを、もっとよく知りたい。
 それは私の、純粋にやりたいことのような気がするから。

「話すよ……蓮さんって人が七星の先代総長、創設者だってのは知ってるよな。七星は元々、蓮さんと今日会った宗士さんの、2人で立ち上げたチームなんだ」
「最初は、2人だったんですか?」
「ああ。けど次第に仲間が増えていって、いつしか大所帯。俺は比較的最初の頃のメンバーだけどな。蓮さんに誘われて、七星に入ったんだ」

 聞けば響夜さん、親御さんとの仲がよくないみたいで。
 荒れていたところに、蓮さんから声をかけられたのだという。
 そういえば、響夜さんのご両親って、どんな人なんだろう?
 お見舞いに来た様子もないけど……。

「あの、響夜さんのお父さんやお母さんって……」
「会社の社長と重役。たぶん美子も知ってる、割とデケー会社。昔から放任主義で、俺がどこで何をしようが知らん顔してるような人達だ」

 何の気なしに言ってるみたいだけど、そっちも全然知らなかった。
 結構な時間一緒にいるのに、私は響夜さんのこと、なんにも知らなかったんだなあ。

「話を戻すぞ。俺はその後七星の幹部になって、蓮さんの下で活動してた。晴義や直也も入って、七星はどんどん大きくなっていったんだけど……あるとき急に、蓮さんが倒れたんだ。すぐに晴義の家の病院で見てもらったけど、聞いたこと無いような難しい病名を告げられたよ」

 表情を曇らせる響夜さんを見て、私まで胸が苦しくなる。
 話を聞いてると、蓮さんは響夜さんにとって、憧れのお兄さんみたいな存在だったように思える。
 そんな蓮さんに病気が見つかったんだもの。きっとすごくショックだったんだろうなあ。

「それで蓮さんは、これ以上チームに残るのが難しいって言って、総長を引退。俺が2代目として、七星を引っ張っていくことになったんだ。けど……」
「けど、なんですか?」
「今でも時々思うよ。俺に蓮さんの代わりなんて、つとまるのかってな」
「えっ?」

 初めて聞いた、響夜さんの弱気な発言。
 いつだって力強く、生霊なのに生命力に溢れたイメージしかなかったのに。

「そんな! 七星をまとめられるのは、響夜さんしかいないじゃないですか」
「いや……。実は2代目を決めるとき、もう一人候補がいたんだ。副総長だった、宗士さんがな」
「あ……」

 そうだ、副総長で初期からのメンバーで、蓮さんの親友だった宗士さんなら、確かに名前が挙がってもおかしくないかも。

「あれ? だけど宗士さんはもう、七星を辞めてますよね」
「ああ。宗士さんは蓮さんと一緒に、チームを抜けたんだ。蓮さんがいないなら、総長になっても仕方がない。後は俺達の好きにやれって言ってな」

 それで、辞めちゃったの?
 きっとそれだけ宗士さんにとって、蓮さんの存在が大きかったんだろうなあ……。

「けど、七星は俺じゃなくて、やっぱり宗士さんが継ぐべきだったのかもしれない」
「なにを言っているんですか? わたしはまだ宗士さんのことをよく知りませんけど、それでも響夜さんが総長になったことが、間違いだったとは思えません」
「事故にあって昏睡状態になって、生霊になってさまよっていてもか?」
「──っ!」

 愁いを帯びた目を見て、ズキリと胸が痛んだ。

「紫龍のやつらに絡まれて、その途中で走ってきた車にはねられて目を醒まさないとか、情けねーよ。蓮さんや宗士さんなら、こんなヘマはしなかったかだろうな」

 響夜さん、私が思っていた以上に、今の状況を気にしているのかも。
 だけどわからない。
 私の体に憑依した状態でもあんなに強かった響夜さんが、どうしてそんなことになったんだろう?

「あの、走ってきた車にはねられたって、どういう状況だったんですか? 紫龍の人に、突き飛ばされたとか?」
「……話しても、面白くないと思うぞ」
「お、面白いとか、面白くないとかじゃありません。響夜さんがどうしてこんなことになったのか。私はちゃんと知りたいんです。私にとり憑いているんですから、これくらい教えてください……や、宿り主命令です!」

 響夜さんの弱味になることを言って、普段なら絶対やらないような駆け引きで聞き出そうとする。
 私ってば、なにをやってるんだろう?
 だけど、真相をちゃんと知りたい。
 響夜さんが悩んでいるなら、力になりたいから。
 響夜さんはらしくないことを言った私に驚いていたけど、フッと笑った。

「宿り主命令か……まさか美子が、そんなことを言い出すなんてな。総長代理になって、ちょっと変わったか?」
「す、すみません。ですが……」
「分かったよ。巻きこんだ以上、美子には聞く権利があるからな」

 響夜さんは怒るわけでもなく、ゆっくりと語りはじめる。

「あの日、学校から1人で帰っていたら、紫龍のやつらが10人くらいで襲ってきたんだ」
「10人!? こっちは、響夜さん1人だったんですよね。いくらなんでも、そんなにいたのならどうしようも……」
「ん? それくらいなら、何とでもできる。現に向こうは、全滅寸前になってたしな」

 サラッと言ってのける響夜さんは、嘘を言ってるようには見えなかった。
 私の体を借りるのではなく元の体だったらもっと強いだろうとは思っていたけど、まだまだ認識が甘かったのかも。
 けど、それならどうして……。

「……子供」
「え?」
「近くを歩いていた子供が、俺達のケンカに巻き込まれたんだ。紫龍のやつらが襲ってきた場所ってのが、人通りのある通りでな。普通ならそんな場所でケンカを仕掛けるなんてありえねーんだけど、不意をつこうとしたんだろうな。所構わず襲ってきやがった」
「そんな。関係無いその子が、ケガするかもしれないのに」
「ああ。その子は小学校低学年くらいの、男の子でな。暴れる紫龍のやつが、近くにいたその子を突き飛ばして、車道に転がって。そこにトラックが突っ込んできた……」

 暗い顔で語る響夜さん。
 あれ、でもそれって……。

「ひょっとして響夜さん、その男の子をかばって……」
「……ああ。そいつを助けようと俺も道路に出て、トラックにガシャンだ。その子供が無事だったのが、不幸中の幸いだったけどな」

 直接紫龍の人達にやられたわけじゃなかったんだ。
 けど、それなら……。

「だったら響夜さんは、なにも間違ったことなんてしてないじゃないですか! そりゃあ、自ら危険に飛び出しはしましたけど、響夜さんが動かなかったらその子がどうなっていたか」
「けど結果俺は眠って、チームにもお前にも、迷惑をかけてる」
「それでもです!」

 私は言いながら、響夜さんの手を握る。
 実体を持たない生霊なためか、触った感じは生きてる人間よりも冷たい。
 普段の私なら生霊とはいえ、男性の手を握るなんて絶対にできないけど、今は響夜さんに触れたかった。

「美子……?」
「七星の総長は、響夜さんです。事故にあったとき、もし何もしてなかったら、その子は亡くなっていたかもしれないけど、それを助けたんです。それに響夜さんだって、今は眠っていますけど必ず帰ってきますから」
「帰ってくるって……今のままじゃ、それがいつになるかはわからないし、本当にできるかも……」
「だったら、今ここで約束してください。絶対に目を醒まして、あのときの行動が正しかったって証明するって。そしたら、胸を張って総長様だって、名乗れますよね」

 我ながらメチャクチャな理屈。
 だけど私は、七星の総長は響夜さんしかいないって思ってるから。

 だって昏睡状態の今だって七星の人達は、響夜さんのことを信じてついてきてるんですよ。
 先代総長の蓮さんを思う気持ちも、宗士さんをおしたくなる気持ちもわかりますけど、みんなきっと響夜さんが引っ張っているから、七星にいるんです。

 彼らと過ごした時間はそんなに長くはないけど、それだけはわかる。
 だから自分が総長でなければよかったなんて、言わないでください。
 響夜さんはしばらく呆けたように私を見ていたけど、やがてクスリと笑う。

「美子ってときどき、驚くこと言うよな」
「ご、ごめんなさい。生意気なこと言って……」
「いや、いい。ありがとな、おかげで少し、気が楽になったよ。胸張って総長だって名乗るためにも、早く戻らねーとな」

 フッと笑って見せる響夜さん。
 けどよく考えたら響夜さんが目を醒ましたら、響夜さんとも七星の人達とも、私はお別れなんだよね。
 そう考えると、アンニュイな気持ちになる。

 最初は戸惑ったけど、話してみたらみんないい人達で、七星は案外居心地がよかった。
 だけどそれは、総長代理をやっている今だからいられるだけ。
 そもそも拓弥くん達以外には、色々と嘘をついてしまっているし、本来あそこは私の居場所じゃないよね。
 なんて、寂しく思っていると……。

 ピピピビッ! ピピピビッ!

 スカートのポケットに入っていたスマホが、着信音を鳴らした。
 これは通話着信の音。
 私は友達もいないから、今まで電話がかかってくることなんてほとんどなかったんだけど、最近拓弥くんや晴義先輩と番号を交換した。
 総長代理をやるなら、お互い知っておいた方がいいからって。

 七星や響夜さんのことで、なにかあったのかな?
 けど、スマホのディスプレイを見ると、表示されていたのは……。

「え、お母さん?」

 画面に映っていたのは、【お母さん】の文字。
 通話をタップすると、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

『ああ、美子。今電話大丈夫?』
「うん、平気だよ」
『そっちは、1人でちゃんとやれてる? なにか、変わったこととかない?』
「う、うん……なにもないよ」

 嘘だ。本当は響夜先輩の生霊にとり憑かれて一緒に暮らしてるし。
 さらに七星の総長代理を任されてるなんて、とんでもない状況だけど、さすがにこれは言えないよね。
 私達の会話が聞こえていた響夜先輩も、気まずそうな顔をしてるよ。

『ちゃんとやれてるならいいけど……。あのね、実は美子に謝らなきゃいけないことがあって。今度の美子の誕生日、帰るって約束してたのに……難しくなっちゃったの』
「えっ……?」

 聞こえてきた声に、思わずスマホを落としそうになる。
 お父さんとお母さんが家を出て行く前、誕生日には絶対に帰るからって言ってくれてたのに。
 でも、仕方ないよね。お仕事なんだから。
 それに正直最近色々ありすぎて、誕生日のことなんてすっかり忘れてたし。
 だから、平気……。

「私は大丈夫だから、気にしないで」
『本当にごめんね。代わりになるかはわからないけど、欲しい物があれば何でも言って。プレゼントするから』
「うーん、今は特に浮かばないかな。けど、ありがとう。なにか思い付いたら、その時お願いするね」
『そう? 遠慮はしないでいいからね』
「うん……お母さんもお父さんも、お仕事頑張ってね」

 通話を切って、ふうっと息をつく。
 大丈夫……そもそも忘れてたんだし、何も気にすることないよね。
 すると、響夜さんがこっちを見ていることに気がついた。

「美子、今の電話は……」
「お母さんからです。帰ってくるはずだったんだけど、難しくなっちゃったって」
「そうか……」
「でも、別に平気ですから。お父さんもお母さんも、お仕事なんだし。それに私のことを気遣って、こうして電話してきてくれたんですから……」

 けど、言っててハッと気がついた。
 そういえば響夜さんの両親は、響夜さんにあまり興味を持っていないとか。
 む、無神経なことを言っちゃったかも?
 すると、響夜さんはそれを察したみたい。

「ひょっとして、うちのことを気にしてるのか? だったら、別にいいさ。俺は、そういうもんだって思ってるから」
「す、すみません」
「けど美子の親御さんは、うちとは違うんだよな。声聞いてたけど、美子のこと大事にしてそうだったし」

 はい。響夜さんの家庭の事情を聞いた後だと言いにくいけど、お父さんもお母さんも、すごく私のことを大切にしてくれてる。
 昔から、幽霊が視えるせいで気味悪がられる私を、可愛がってくれて。
 今回だってお仕事の都合で帰れなかったけど、ちゃんと連絡してくれたんだもの。
 けど、だからこそ……。

「……美子は、寂しくはないのか?」

 響夜さんの言葉にハッとする。
 だって、心の奥を読まれたみたいだったんだもの。
 すると。

「美子の誕生日って、いつだ?」
「え? 今度の日曜日です」
「そうか。なら、七星やつらと……いや、それよりも……」

 ぶつぶつと、何かを考えはじめる響夜さん。
 そして。

「美子さえよかったらその日、俺に付き合ってくれないか?」
「え?」
「もちろん、友達と先約があるとかならそっちを優先して……」

 言いかけた響夜さんだったけど、「あっ」と口を閉じる。
 ええ、はい。私、友達なんていませんから。
 響夜さんもここ数日、ずっと行動を共にしてきたから、先約が何もないことにも、気づいたみたい。

 最近はなぜか男子に声をかけられることが多くなったけど、残念ながら友達と呼べるような相手はいない。

「特に予定はないので、大丈夫ですけど……。あの、いったい何をするんですか?」
「それはまだ言えない。当日のお楽しみだ」 

 イタズラっぽく笑う響夜さん。
 わざわざ誕生日を選んで誘ったということは、何かサプライズでもするつもりなのかな?
 家族以外の人に誕生日に誘われたことなんてないから、変にソワソワしちゃう。
 お父さんやお母さんが帰ってこなくなって、寂しかったけど。
 響夜さんのおかげで、楽しみになってきました。
 約束の日曜日。
 今日は朝から響夜さんと一緒に、お出かけしている。
 ちなみに事前に私に憑依した響夜さんが晴義先輩に頼んで、響夜さんの財布を持ってきてもらっている。
 私は、支払いなら自分がするって言ったんだけど、響夜さん。「付き合わせるんだから俺が出す」って言って聞かなかったの。
 それに財布を持ってきてくれた晴義先輩も。

「響夜が出すって言ってるんだから、甘えたら? 素直に甘えるのも、響夜の顔を立てることになるよ」

 なんて言われたら、断るなんてできないよね。
 というわけで。響夜さんは駅に行ってほしいとか、切符を勝手とか指示を出しながら私を案内して。
 到着したのは、水族館だった。
 まさかこんなところに、連れてきてくれるなんて……。

「私、水族館なんて来るのはじめてです。響夜さんは、来たことあるんですか?」
「いや。けど美子、前にテレビで魚を観て、面白そうにしてただろ。だったら、楽しんでもらえるかって思ったんだけど、どうだ?」

 テレビで観てたって、いつの話? たしかにそんなことあったような気もするけど。
 けど私もよく覚えてないことを覚えてくれていて、連れてきてもらえるなんて……。

「ありがとうございます、響夜さん! すごく嬉しいです!」

 笑顔でこたえた後、お金を払って館内に入る。
 水族館に来たのははじめてだけど、クマノミやチンアナゴなど、かわいいお魚がたくさん。
 あ、こっちに興味を持ったのか、水槽の中からじっと私たちを見てる。
 ふふふ、かわいい~。

「かわいいですね、響夜さん」
「ああ……それにしても。なんかコイツら美子じゃなくて、やけに俺の方を見てないか?」
「そうですね。もしかしたらこの子たちには、響夜さんのことが視えているのかもしれませんね。動物は人間よりも霊感が優れてるって、聞いたことがあります」
「そういえば俺も。だが犬や猫が何かを視てるって話は聞いたことあるけど、魚もかよ」

 たしかに、魚が幽霊を視えるという話はあまり聞かないかも?
 けど、そうかもしれないってわかったのは面白い。
 それから2人で館内を回って、たくさんの生き物達を見たけど、私が一番気に入ったのはラッコ。
 ガラス越しに見る愛くるしい姿に、一瞬で胸を撃ち抜かれてしまったの。

「か、かわいい~! ほっぺに手を当てたポーズが、愛くるしすぎます!」

 水面から顔を出して、両手をほっぺにくっつけてるラッコちゃん。
 解説文によると、手を冷やさないためにやるポーズだそうだけど、つぶらな瞳でこのポーズは反則だよね!
 思わずスマホを取り出して、写真を撮る。
 ふふ、待ち受けにしようかな~♡

「ずいぶん気に入ったみたいだな」
「だ、だって……ほら、ここの解説見てください。ラッコってそれぞれお気に入りの石を持っていて、それを使って貝を割るんですよ。大事にしてるお気に入りの石があるなんて、かわいいじゃないですか!」
「たしかにな……美子の方がかわいいけど」

 響夜さんがボソッと何かを言ったみたいだったけど、よく聞こえなかった。
 けど、話していると……。

「ねえ、あのお姉ちゃん、誰としゃべってるの?」

 小さい男の子がこっちを見ながら、、お母さんと思しき人にたずねてる。
 ──っ! いけない。

 普通の人には響夜さんの姿は見えないから、私が1人ではしゃいでるようにしか見えないんだ。
 ここ最近、響夜さんとは一緒にいて、話すことが多かったから、ついクセでしゃべってしまっていた。
 慌てて口を閉じると、響夜さんが申し訳なさそうな顔をする。

「悪い……フツーにしゃべってた」
「そんな、響夜さんは悪くありませんよ。私も忘れちゃってましたし」
「けど……俺が生霊じゃなくて、ちゃんとしたやつだったら、こうはならなかったのに」

 悲しそうな目をする響夜さんを見て、胸が痛む。
 でも……。

「変な話ですけど……本当におかしな話なんですけど。響夜さんが生霊なのは、私にとっては悪いことばかりではありません」
「え?」
「だって、そうじゃなければ、こうして知り合うこともありませんでしたし、今日だってきっと家で1人で誕生日をすごしていました……ああ、でも響夜さんは生霊になって困ってるのに、こんなこと言ったら失礼ですよね。すみません」

 あんまりしゃべったらまた変な風に見られるかもしれないけど、しっかり言った上で、頭を下げる。
 響夜さんは一瞬キョトンとしたけど、すぐにフッと笑顔になる。

「そうだな……変な話だけど、たしかに悪いことばかりじゃないか。俺も美子と知り合えて、こうして話ができてよかったよ。ありがとな」

 響夜さんの笑顔に、さっきまでズキズキしていた胸が、今度はドキッとはね上がる。
 ん、んんー? なんだか最近響夜さんと話していると、ときどき不思議な感覚におそわれる。
 もしかしたら、これもとり憑かれてる影響なのかなあ?

 なんて思っていると、通路の後ろから、たくさんの人がやってきた。
 どうやら団体客がきたみたいで、通路はすぐに人でいっぱいになる。
 これはちょっと、歩きにくいかも。
 すると私の手を、響夜さんが握った。

「え? きょ、響夜さん?」
「……はぐれないようにするためだ。それとも、イヤか?」
「い、いいえ。そんなことありません」

 響夜さんの手は冷たいはずなのに、手を繋いでいるとどんどん体が熱くなっていくから不思議。
 響夜さんは私から離れられないんだから、はぐれようがないけど、それでも手を放す気にはなれなかった。

「いくぞ」
「……はい」

 私たちはガラスの向こうにいるラッコに見守られながら、水族館の中を歩いて行った。
 お父さんとお母さんが帰ってこれなくなって、今日は寂しい誕生日になるかと思ったけど。
 響夜さんのおかげで、楽しい1日になった。

 水族館に行った後は、近くのカフェで食事を取って。
 その後は近くのモールに行って、ウインドウショッピングを楽しんだ。
 行ったのは主に雑貨屋やファンシーショップで、もしかしたら響夜さんはつまらないんじゃないかって思ったけど……。

「美子の行きたい場所に行くといいさ。普段の俺じゃあ行かない場所に行くのも、面白いしな」

 だって。
 途中、モコモコしたかわいいウサギのキーホルダーを見ていたら、響夜さんが誕生日プレゼントに買うって言い出したんだけど、水族館やお昼の支払いは、全部響夜さんの財布から出したし。
 これ以上はさすがに悪かったから、辞退した。

「別に遠慮しなくてよかったのに……こういうとき生霊だと、こっそり買って後からサプライズってできないのが悔やまれるな。それに姿が見えないと、虫除けができないのもなあ」

 悩ましそうな顔をする響夜さん。
 虫除けっていうのは、あのことかな?
 実はモールを回っている途中で、中学生くらいの男性に声をかけられたの。
 1人なら、一緒に遊ばないかって。
 けどどう返したらいいかわからずに戸惑っていると、響夜さんが憑依して「1人じゃないから他を当たれ」って言って凄んで。
 相手の男性は、退散していった。

「あの人、結局なんだったんでしょう? どうして私を誘ったのか」
「なにってそりゃあ……美子はもう少し、容姿を自覚した方がいいな。悪い虫が際限なくわいてきそうだ」

 響夜さんが何を言っているのかは分からなかったけど、モールを出た後は帰路について、今は家の近く。
 本当に楽しい1日だった。

「響夜さん、今日は本当に、ありがとうございました」
「楽しんでもらえたのなら良かった……むしろ俺の方が、楽しませてもらったかもしれないけど」
「え?」
「いや、なんでもない……。なあ、もし俺が体に戻れたとして。美子さえよければ、また時々こうして……」

 何かを言おうとする響夜さん。
 だけどそのとき──

「お前、皆元美子だな」

 不意に後ろから、名前を呼ばれる。
 振り返るとそこには、数人の男子達がいて、私を囲んでくる。
 
 な、なんなのこの人たち?
 すると、響夜さんが叫んだ。

「美子、体を貸してくれ!」
「響夜さん? この人たちはいったい?」
「紫龍の奴らだ! コイツら、美子を狙ってきやがったのか」

 この人たちが紫龍!?

「おいおい。本当にこの子が、今の七星の総長なのかよ?」
「総長じゃなくて、総長代理な。信じられねーけど、確かな情報だ」
「女が総長代理とは、七星も落ちたもんだな。けど、かわいいじゃねーか」

 彼らはなめ回すように私を見て、思わず身をよじる。
 すると彼らの中の1人が、乱暴に私の腕を掴んだ。

「痛っ!」
「アンタ、俺達と一緒に来てもらうぜ」
「いやっ、放してくださ──」「──手を放せ! 美子に触れるな!」

 しゃべっていた私の口調が変わって、腕を掴んでいた男子の足を思いっきり蹴った。
 もちろん私がやったんじゃない。響夜さんが、憑依したんだ!

 蹴られた男子は私から手を放して地面に倒れ、何が起きたのかわからない様子で、痛がりながら目を白黒させている。

「なんだ、この女? 大人しそうに見えて、やるじゃないか」
「ひょっとして総長代理ってのは、伊達じゃねーのか?」
「お前ら、なにビビってんだよ。相手は女で、しかも1人じゃねーか。さっさとやっちまうぞ!」

 私を囲んでいた彼らが、一斉に向かってくる。
 私、ケンカなんてしたことないのに。
 誰も彼もすごみがきいてて、とても怖い。
 だけど……。

「その女一人に大勢でかかるなんて、お前らダサすぎだな」

 響夜さんは私の体を操りながら、掴みかかろうとする男子の手を、紙一重でかわす。
 同時に、相手の顔に拳をめり込ませた。

「ぐあっ!?」
「コイツ、なんて凶暴な女だ!」

 こんなに抵抗されるなんて思っていなかったみたいで、相手は警戒を見せる。
 響夜さんはその後も、次々と襲ってくる紫龍の人達の攻撃をよけながら、反撃していく。
 そういえば響夜さん前に、10人くらいなら勝てるって言ってたっけ。
 あのときの言葉通り、人数差をものともしていない。
 響夜さんなら、このまま退けられるかも?
 だけど……。

「ハァッ、ハァッ……どうだ、まだくるか?」

 紫龍の人達を退けてる響夜さんだけど、息が上がっていることに気がついた。
 やっぱり、この人数を相手に戦うのは難しいの?
 ううん、これはもしかして……。

(響夜さん、もしかして私の体だと、体力がもたないんですか!?)
「…………」

 たずねたけど、響夜さんはなにも答えなかった。
 けど、それこそが答え。
 当然だよね。私は体力があるわけでも、運動が得意なわけでもない。
 そんな私の体じゃ、響夜さんの力を存分に発揮できないに決まってる。
 私が、響夜さんの足を引っ張ってるんだ。

 それでも、このまま撃退できればよかったんだけど、その考えは甘かった。
 1人が不意をついて、後ろから羽交い締めしてきたの。

「この、大人しくしろ!」
「くそ、放せ!」
「誰が放すかよ。みんな、取り押さえるぞ!」

 掛け声とともに他の人達も一斉にとびかかってきて、地面に押さえつけられる。
 本来の響夜さんなら、押し退けられたかもしれない。
 だけど私の体じゃ力も弱いから、それもできない。

「くそっ! コイツら」
(響夜さん!)


 響夜さんは抵抗したものの、大人数に押さえつけられたんじゃどうしようもない。
 私の体では、抵抗するのもこれが限界。
 完全に動きを封じられた。

「手こずらせやがって。皆元美子、俺達と一緒に来てもらうぜ」
「お前ら、どこにつれていく気だ?」
「いいからついてこい。うちの総長がお呼びだ」

 し、紫龍の総長さんが!?
 私にいったいなんの用?

 理由は分からなかったけど、嫌な予感しかしない。
 私はこれからどうなるかわからない恐怖と、響夜さんの足を引っ張ったことに対する申し訳なさで、胸が張り裂けそうになった。

 紫龍の人達に拉致されて、連れていかれたのは七星のアジトと似た感じの倉庫。
 中は色んな物が、ゴチャゴチャ散乱してる。
 私を総長さんに会わせるって言ってたけど、ということはここは……。

「紫龍のアジトだな。くそ、俺がふがいないばかりに……」

 私のすぐ横で、苦しそうに嘆く響夜さん。
 さっきまで私に憑依してたけど、今は解いている。
 こんな事態だけど、憑依してるとそれだけでちょっと疲れるから。
 常に憑依するんじゃなくて、ここぞというとき。逃げるチャンスがあればそのとき改めて憑依してもらおうってなって、いったん解いたんだけど。
 私は手を後ろに縛られてしまっていて、これじゃあ憑依したところでろくに反撃できない。
 結局チャンスがないまま、ここまで来てしまった。

 そうして通された倉庫の奥には、紫龍のメンバーと思しき男子が数人。
 そして長身の男の人が、椅子に腰かけていた。

「総長、七星の総長代理を、連れてきました!」

 この人が、紫龍の総長さん?
 響夜さんは私を守るように前に立ったけど、当然彼らにはその姿は見えていない。
 紫龍の総長さんはギロッとした目で、にらむように私を見る。

「コイツが七星の、総長代理? 本当に女じゃないか?」
「それがコイツ、案外凶暴で」
「響夜のやつが任せたのも、案外納得できます」
「なるほど。見かけによらないなあ。けど捕まえまったら、なんだっていっしょだ。七星も、落ちたもんだな」

 七星を見下すような言い方に、胸がザワつく。
 なんなのこの人。響夜さん達が大切に守ってる場所を、そんなふうに言うなんて……。

「これじゃあお前が、愛想つかすのもわかるぜ。元いたチームが落ちぶれる様は、見たくねーよな」

 向こうの総長さんが、誰かに向かって言う。
 すると、奥から現れたその人は……。

「……どうでもいいだろ。それよりさっさと、七星を潰してくれ」

 ──えっ!?
 出てきたその人を見て、思考が止まった。
 だって、紫龍の総長さんと話してる彼は……。

「宗士……さん……?」
「──っ! なんで宗士さんがここに!?」

 私の声と、響夜さんの声が重なる。
 間違いない。前に響夜さんの病室で会った、元七星の副総長、宗士さんだ。
 だけどそんな彼が、どうして紫龍と……。

「宗士さん、なぜ紫龍の人達と一緒にいるんですか!?」
「なんだ、まだ気づいてないのか? コイツは俺達に協力してくれてんだよ。七星を潰すためにな」
「えっ?」
「お前を捕まえたのも、コイツの作戦だ。なにも分かってない女が総長代理なんてやってるから、今の七星ならソイツを人質に取れば、崩せるってな」

 クククと笑う、紫龍の総長さん。
 私が狙われたのは、宗士さんが裏で手を回していたから? でもどうして!?
 私は信じられなかったけど、それは響夜さんも同じみたいで、真っ青になってる。

「なぜだ? どうしてアンタが、七星を潰そうとしてるんだよ!?」
「──っ! 宗士さん、教えてください。どうしてこんなことを!? アナタは先代総長の蓮さんと一緒に、七星を作ったんですよね?」

 響夜さんの気持ちを代弁したけど、とたんに宗士さんは、表情を強ばらせる。

「だからだよ。七星は元々、蓮が作ったチームだった。けどその蓮があんなことになって、俺もチームを抜けた。七星は、残った連中が守ってくれればいいって思ってたけど……その結果がこのザマだ!」

 まるで仇でも見るような目で、私を見る。

「蓮のこともろくに知らなかったアンタが、総長代理? ふざけるなっ!」
「ひっ!」
「俺は、今の七星を認めない。七星をメチャクチャにした、響夜もな」

 声を荒立てる宗士さんには、病室で会ったときの温厚な面影はない。
 今にも拳が飛んできそうで、怖い。
 けど……。

「待ってください。私はともかく、響夜さんは……七星の総長として、しっかりやっていました」
「事故にあって意識が戻らないくせにか?」
「それは、やむを得ない事情があって。それに響夜さんは、絶対に帰ってきます!」

 事故にあったのは、子供を助けるため。
 だけどそんな私の言葉は、宗士さんには届かない。
 
「帰ってきて、またあの腰抜けが七星のトップになるって? 冗談じゃない! 響夜に七星を任せたのは、蓮のミスだ。蓮が抜けた時点で、七星は解散するべきだったんだ」
「そんな……」

 宗士さんがいかに蓮さんのことを大事に思っていて、その蓮さんと一緒に作った七星に思い入れがあるのもわかる。
 でも、こんな言い方あんまりです。

 だけど横を見ると、響夜さんが苦しそうに顔を歪めている。

「俺が、不甲斐ないから……。俺が総長を継いだのは、間違いだったのか?」

 響夜さん!?
 響夜さんは前にも、七星を継いだのが自分でよかったのか悩んでいたけど、先代の副総長の宗士さんからこんなふうに言われたんだもの。
 傷つくのも無理はない。

 だけどそれでも私は、響夜さんが継ぐべきじゃなかったとは思えません。
 だって、響夜さんがまとめた七星は……。

「さあ、おしゃべりはその辺でいいだろ。お前にはそろそろ、働いてもらうぜ」
「──っ! 何をさせる気ですか?」
「お前をエサに、七星のやつらをおびき寄せる。お前がこっちにいるとわかれば、やつらは慌てるだろうさ」

 私を囮にする気ですか!?
 話を聞いたら、きっと拓弥くんや直也先輩、晴義先輩達は黙っていないはず。
 けどこんなふうに私をさらうような人達ですから、どんな罠を用意してるか。

「お前なら、幹部の連絡先知ってるんだろ? 電話してタスケテーって言えよ」

 紫龍の総長さんが、笑いながら言う。
 だけど……だけど私は……。

「……イヤです」 
「あ?」
「お断りします。みんなを、危険な目にあわせるわけにはいきませんから」
「お前、自分の立場分かってるのか!」

 立ち上がって、苛立ったように椅子を蹴る。
 ヒィッ!
 椅子は派手な音を立てて転がり、恐怖でガタガタ震えてくる。

「言うことを聞け。お前もケガしくはないだろ」
「っ! 美子、今はコイツの言う通りに──」
「イヤです!」

 響夜さんの言葉を遮って叫ぶ。

「私は、総長代理。響夜さんの代わりです! 響夜さんならこんなとき、絶対に言いなりになったりはしません。だから私も、言うことは聞きません!」
「美子!」
「響夜の代わり? あんな腰抜けのために、体をはる気か?」

 驚いたような、呆れたような顔をする宗士さん。
 確かに総長代理と言っても、成り行きで任されただけ。
 そもそも生霊になった響夜さんを見ることができなかったら、七星の人達とは縁もゆかりもなかったし、今後も関わることはなかったと思う。
 だけど私は……私達は、関わったから。
 絶対に彼らには屈しない。
 それが総長代理としての、私のすべきことです!

「ア、アナタたちの言いなりにはなりません。私は総長代理、皆元美子。な、七星は私にとって、大切な場所です!」

 震える声で、だけどしっかりと言い放つ。
 総長代理を頼まれて、最初は断ろうとしたけど。
 友達がいなくて1人だった私にとって、七星の人達と過ごす時間は意外なほどに心地よかった。
 話してみたらみんな優しくて、眠っている響夜さんの留守を守ろうとする、仲間思いな人達。
 彼らと関われたのは偶然だけど、結ばれた縁は確かなもの。
 何をされても、七星の人達を裏切るようなことは、絶対にしたくない!
 けど当然、紫龍の総長はそんな私を、許すはずがない。

「お前、痛い目見ないとわからないらしいな」

 腕が伸びてきて、乱暴に肩を掴まれる。
 ──痛い!
 手を縛られた状態ではろくに抵抗することもできずに、目をつむったそのとき……。

「総長、大変です!」

 紫龍のメンバーの1人が慌てた様子で中に入ってきて、総長さんも宗士さんも、そっちに目を向ける。

「どうした?」
「それが、七星のやつらが──」

 彼は言いかけたけど、それよりも早く倉庫の入り口から、叫ぶ声が聞こえてきた。

「美子ちゃーん、無事ー!?」
「お前ら、皆元さんはどこだ!」

 ──っ! この声は!?
 驚いて目を開いて入り口を見ると……直也先輩に、晴義先輩!?
 ううん、それだけじゃない。
 七星のメンバーが倉庫の中に、続々と入ってきた!