「私が、精霊公爵様と婚約!?」

 アベリアの声が部屋になり響く。アベリアの目の前には両親、そして義妹のイザベラがいた。イザベラはアベリアを小馬鹿にするような顔で見ている。

 アベリアの両親、と言っても血のつながった両親ではない。アベリアの両親は長い間子宝に恵まれず、施設にいた赤ん坊のアベリアを養子として引き取った。だが、アベリアが五歳の時にイザベラが生まれる。それまでアベリアを可愛がっていたにも関わらず、イザベラが生まれた途端にイザベラばかりを可愛がるようになった。
 イザベラは実の娘なのだから当然なのかもしれない。だが、あまりにも露骨すぎる変わりように幼少期のアベリアはショックを受けた。

 それ以来、アベリアは人前であまり笑うことがなくなった。本来は元気で活発な子供だったが、両親のイザベラへの溺愛ぶりと、それによるイザベラの傲慢な振る舞いによりアベリアは周囲にどんどん心を開かなくなっていったのだ。
 そのせいで、アベリアはあまり笑うことのない冷たい令嬢だと言われるようになった。

「精霊公爵様も良い年齢だ。縁談を求めているようなのだが、精霊公爵様の噂もなかなかのものだろう。妙齢でそれなりの家柄のご令嬢は皆嫌がっていてね。うちにも矛先が回ってきたんだが、イザベラをあんな所に嫁がせるわけにはいかない。そこでだ、お前なら問題ないだろうと思ってな」

 何が問題ないだろう、だ。要するに、いらなくなった養子をお払い箱にしたいだけなのだろう。両親の見えすいた考えにアベリアはため息が出る。ショックを通り越してもはや呆れた気持ちにさえなる。

「私はこの家のために素敵な令息を見つけて迎えなければいけないの。でもお姉さまは別にこの家にいつまでもいる必要はないでしょう?お姉様だって良い歳なんだし、ちょうど良いじゃない!」

 両手を胸の前に合わせて嬉しそうにはしゃぐ。言っていることは随分酷いことだが、愛らしい仕草でそれが誤魔化されるのがイザベラだ。それに、両親も同じことを思っているのだろう、イザベラを見てうんうんと嬉しそうに微笑んでいる。

 これは、きっと拒否権がない。

「……わかりました。嫌だと言っても仕方のないことなのでしょう」
「お前は昔から物分かりがよくてありがたいよ。明日、公爵家から迎えが来るそうだ。今から支度をして準備しなさい。最低限の荷物だけで良い。あとはこちらから送ることにする」
「明日!?急すぎませんか」
「両家で話はとっくに付いていたんだ。お前に伝えるのは直前で構わないだろうと思ってな」

 そう言って父親は母親と目を合わせ微笑み、母親はイザベラの頭を優しく撫でる。イザベラは嬉しそうに母親に寄り添い、アベリアを見てほくそ笑んだ。