(さっきここへ来たばかりだから、まだ表に馬車がいるはずよね。申し訳ないけれど先に帰らせてもらいましょう)

 アベリアは広間を出て廊下を歩いていた。すると、前方に誰かがうずくまっている。どうしたのだろうと近づくと、見知らぬご令嬢がしゃがみ込んでいた。

「どうかなさいましたか?」

 アベリアが声をかけると、うずくまっていた令嬢が驚いて振りかえる。その令嬢は緩くウェーブのかかった銀髪を靡かせ、アメジスト色のキラキラした瞳をアベリアへ向けた。

(まぁ!なんて可愛らしい方なのかしら。でも、青ざめているわ、具合でも悪いのかしら)

「あ、あの、なんだか気持ち悪くて……」
「まあ、それは大変だわ。どこか休める場所までご一緒しましょう。立てますか?」

 アベリアが尋ねると、令嬢は弱々しく頷いた。アベリアが令嬢の体を支えながら立ち上がると、ちょうど屋敷のメイドが近くを通りかかった。

「すみません、この方がどうやら具合がすぐれないようなので、休める場所まで案内して差し上げてくれませんか」

 メイドはアベリアの顔を見てヒッ!と怯える。さらに、アベリアの横にいる令嬢の顔を見て、今度は渋い顔をしてから驚くべき言葉を口にした。

「申し訳ありません。忙しいのでできかねます」
「……忙しいのに大変申し訳ないのだけれど、それでも具合の悪いお客様がいたら然るべき対応をするのがあなたたちの仕事ではないのですか?」

 アベリアが少しだけ怒気のはらんだ声でそう言うと、メイドは怯えた表情を見せるが、それでもやはりダメだった。

「いえ、でもその方は……」