たくさん魔法を使って疲れ切っていたのだろう、その日は夢も見ずに眠りこけてしまった。いつ屋敷に帰ったのかすら覚えていない。
窓から差し込む朝の光、そして賑やかな鳥の鳴き声に目を開ける。
久しぶりにぐっすり眠って、体の疲れはすっかり取れていた。にも関わらず、罪悪感にずきりと胸が痛む。
(あの子がどうなったか、確かめなきゃいけなかったのに……)
ルーナさんはあの子を助けてくれたのかな。きっと、大丈夫だよね……?
きゅうと耳を垂らしていると、ヴィクターが部屋に入ってきた。私に気がつき、安堵したように頬をゆるめる。
「やっと起きたか。あれからほぼ一日、眠っていたぞ」
ベッドから私を抱き上げて、胸に優しく抱き締めた。その温かさに、不安と心細さが一気に溶けていく。
「……結界は完全に復活した。後始末も大方終わったし、王都民には怪我人も死者も一切出ていない。第三の騎士もかすり傷程度だ。あれほどの魔獣が襲ってきたにしては、上々の成果だったな」
全てお前の奇跡のお陰だ、と目を細めた。
私はじっとヴィクターに頬を寄せながら、緩慢に首を横に振る。
(ううん、私じゃなくてヴィクターのお陰だよ……。あなたの魔素がなければ、魔法なんて使えなかったもん)
言えない言葉は飲み込んで、目をつぶった。せっかく元気になったのだから、今すぐ夢の――過去の世界に旅立ちたい。
心の中で羊、ではなくシーナちゃん軍団を数え出した私を、ヴィクターが慌てたように揺さぶった。
「こら、寝るな! まずは食事を取れ。丸一日何も食べていないだろうっ」
「ぱ、ぱうぅ〜」
(で、でも……)
ためらう私に、ヴィクターは怖い顔を向ける。
「何事もなければ、儀式は明日の夜に行われるんだ。大役を果たす以上、しっかり体力をつけておけ。……それに」
「ぱぇぱぁ?」
ヴィクターがなぜか言いよどんだ。
私を胸から離し、眉根を寄せて苦しげに見下ろす。
「舞を舞う時は、お前はシーナ・ルーから人間に戻るのだろう。俺は……魔素があるのだから、お前を側で見守ってやる事はできない。だからせめて、体調だけでも万全に――」
「! ぱぇ、ぱぅえぇっ!!」
違う、違うよ!!
私は一生懸命に首を横に振る。
驚くヴィクターにすがりつき、必死になって訴えかけた。
(違うっ、儀式の日に呪いは完全に解けるの! だからお願い、どこにも行かないで。側にいて! だってヴィクターがいてくれなきゃ、私――!)
はっとして、口をつぐんだ。
そうだ。ヴィクターがいてくれないと、私は……。
(……さびしい)
ううん、それだけじゃない。
ヴィクターが側にいてくれるだけで、私は何倍も強くなれるんだ。一人きりで舞うプレッシャーだって、儀式がちゃんと成功するのかという不安だって、負の感情なんか全部吹き飛んでしまう。
(いかないで……)
私は、あなたが――……
胸の中から自然とこぼれ落ちた感情に、私はびっくりして目を見開いた。
ビシッと硬直してしまった私を、ヴィクターが訝しげに覗き込む。
「シーナ?」
「……ぱ、ぱうぅっ?」
勢いよく顔を背けたら、ヴィクターが少しだけ傷ついた顔をした。私は大慌てで両手を振り回す。
「ぱ、ぱえっ。ぱぅあっ」
「……よく、わからんが。シーナ、お前はもしかして……」
ヴィクターが探るように私を見る。
「魔素への耐性が、ついたのか? 儀式の日に……俺も側にいて、構わないのか?」
「! ぱえっ! ぱえぱえぱえっ!!」
うんうんうんっ、と何度も頷いた。
ヴィクターが息を呑み、それから心から嬉しそうに微笑んだ。その優しい表情に、またも私の心臓が大きく跳ねる。
(ひ、ひええええ)
「そうか、ならば……」
私の気持ちなんか知りもせず、ヴィクターは私をむんずとつかんで大股で歩き出した。そのまま足早に食堂へと向かう。
「ますますしっかり食べなければ。食べたら舞の練習だな。俺も書類仕事が溜まっているから、片手間に見ててやる」
面倒くさそうに言いつつも、その声音はどこか弾んでいる。
それで私も嬉しくなって、ぱたぱたと勝手にしっぽが揺れた。そっか、そうだよね。明日が本番だっていうなら、舞の練習もいよいよ大詰めってことで――……
んん?
(――あ、明日が本番っ!?)
や、やややややばい!
最近は夢の世界にかかりきりで、全っ然練習できてなかった〜!
途端に慌て出し、おろおろとヴィクターの手の中で動きまくる。ええとまずは腕を上げて、それからそれから……!
「こら、まずは食べてからだと言っているだろう」
ビシッとデコピンされた。あいたー!
ヴィクターに問答無用で食堂へ連行され、私は一生懸命朝食を口に詰め込んだ。ロッテンマイヤーさんのおやつもしっかり受け取り、騎士団本部へと急ぐ。
到着したら早速舞の練習を開始して、必死で執務机の上を動き回った。あれをああして、これをこうして……!
「お、シーナちゃん頑張ってるね〜。どうする、今夜は人間に戻って練習する? それとも明日に備えて早めに休む?」
執務室に入ってきたカイルさんに尋ねられ、私は勢いよく彼を振り返った。そ、そうだよね。リハーサルも必要だよね。
(ああ、でもっ)
早く夢の世界にも行かなくちゃ。
彼の無事を確認しなければ、儀式どころではない。あの子が元気に笑って、しあわせになるところが見たいんだ。
カイルさんにぶぶぶと首を横に振り、ぽふっと頬を叩いて気合いを入れ直す。
とにかくシーナちゃん状態で復習をばっちり終わらせて、午後からはヴィクターの膝で魔素を吸収しつつお昼寝をする。そして過去に行って、もう一度彼に会うのだ。
(夢から覚めてから、ルーナさんに頼んで天上世界に呼んでもらおう。そうすれば最後に舞をチェックしてもらえるしね!)
よし、これで今日のスケジューリングは完璧だ!
決まったら心が晴れ晴れしてきて、私はくるくるもふもふと毛玉の舞を再開する。カイルさんがすかさず「可愛い〜!」とはやし立てた。
「こっちの舞もぜひ神官たちに披露したいよねぇ。……まず聖獣ちゃんのままで舞って、それから人間に戻るのとか、どう?」
「やめておけ。奴らが笑い死にして、儀式どころではなくなったらどうする」
悪かったな!
ヴィクターにべえっと舌を出し、カイルさんには愛想よくしっぽを振っておく。
とにかく精いっぱい頑張るから、カイルさんも見守っててね!
窓から差し込む朝の光、そして賑やかな鳥の鳴き声に目を開ける。
久しぶりにぐっすり眠って、体の疲れはすっかり取れていた。にも関わらず、罪悪感にずきりと胸が痛む。
(あの子がどうなったか、確かめなきゃいけなかったのに……)
ルーナさんはあの子を助けてくれたのかな。きっと、大丈夫だよね……?
きゅうと耳を垂らしていると、ヴィクターが部屋に入ってきた。私に気がつき、安堵したように頬をゆるめる。
「やっと起きたか。あれからほぼ一日、眠っていたぞ」
ベッドから私を抱き上げて、胸に優しく抱き締めた。その温かさに、不安と心細さが一気に溶けていく。
「……結界は完全に復活した。後始末も大方終わったし、王都民には怪我人も死者も一切出ていない。第三の騎士もかすり傷程度だ。あれほどの魔獣が襲ってきたにしては、上々の成果だったな」
全てお前の奇跡のお陰だ、と目を細めた。
私はじっとヴィクターに頬を寄せながら、緩慢に首を横に振る。
(ううん、私じゃなくてヴィクターのお陰だよ……。あなたの魔素がなければ、魔法なんて使えなかったもん)
言えない言葉は飲み込んで、目をつぶった。せっかく元気になったのだから、今すぐ夢の――過去の世界に旅立ちたい。
心の中で羊、ではなくシーナちゃん軍団を数え出した私を、ヴィクターが慌てたように揺さぶった。
「こら、寝るな! まずは食事を取れ。丸一日何も食べていないだろうっ」
「ぱ、ぱうぅ〜」
(で、でも……)
ためらう私に、ヴィクターは怖い顔を向ける。
「何事もなければ、儀式は明日の夜に行われるんだ。大役を果たす以上、しっかり体力をつけておけ。……それに」
「ぱぇぱぁ?」
ヴィクターがなぜか言いよどんだ。
私を胸から離し、眉根を寄せて苦しげに見下ろす。
「舞を舞う時は、お前はシーナ・ルーから人間に戻るのだろう。俺は……魔素があるのだから、お前を側で見守ってやる事はできない。だからせめて、体調だけでも万全に――」
「! ぱぇ、ぱぅえぇっ!!」
違う、違うよ!!
私は一生懸命に首を横に振る。
驚くヴィクターにすがりつき、必死になって訴えかけた。
(違うっ、儀式の日に呪いは完全に解けるの! だからお願い、どこにも行かないで。側にいて! だってヴィクターがいてくれなきゃ、私――!)
はっとして、口をつぐんだ。
そうだ。ヴィクターがいてくれないと、私は……。
(……さびしい)
ううん、それだけじゃない。
ヴィクターが側にいてくれるだけで、私は何倍も強くなれるんだ。一人きりで舞うプレッシャーだって、儀式がちゃんと成功するのかという不安だって、負の感情なんか全部吹き飛んでしまう。
(いかないで……)
私は、あなたが――……
胸の中から自然とこぼれ落ちた感情に、私はびっくりして目を見開いた。
ビシッと硬直してしまった私を、ヴィクターが訝しげに覗き込む。
「シーナ?」
「……ぱ、ぱうぅっ?」
勢いよく顔を背けたら、ヴィクターが少しだけ傷ついた顔をした。私は大慌てで両手を振り回す。
「ぱ、ぱえっ。ぱぅあっ」
「……よく、わからんが。シーナ、お前はもしかして……」
ヴィクターが探るように私を見る。
「魔素への耐性が、ついたのか? 儀式の日に……俺も側にいて、構わないのか?」
「! ぱえっ! ぱえぱえぱえっ!!」
うんうんうんっ、と何度も頷いた。
ヴィクターが息を呑み、それから心から嬉しそうに微笑んだ。その優しい表情に、またも私の心臓が大きく跳ねる。
(ひ、ひええええ)
「そうか、ならば……」
私の気持ちなんか知りもせず、ヴィクターは私をむんずとつかんで大股で歩き出した。そのまま足早に食堂へと向かう。
「ますますしっかり食べなければ。食べたら舞の練習だな。俺も書類仕事が溜まっているから、片手間に見ててやる」
面倒くさそうに言いつつも、その声音はどこか弾んでいる。
それで私も嬉しくなって、ぱたぱたと勝手にしっぽが揺れた。そっか、そうだよね。明日が本番だっていうなら、舞の練習もいよいよ大詰めってことで――……
んん?
(――あ、明日が本番っ!?)
や、やややややばい!
最近は夢の世界にかかりきりで、全っ然練習できてなかった〜!
途端に慌て出し、おろおろとヴィクターの手の中で動きまくる。ええとまずは腕を上げて、それからそれから……!
「こら、まずは食べてからだと言っているだろう」
ビシッとデコピンされた。あいたー!
ヴィクターに問答無用で食堂へ連行され、私は一生懸命朝食を口に詰め込んだ。ロッテンマイヤーさんのおやつもしっかり受け取り、騎士団本部へと急ぐ。
到着したら早速舞の練習を開始して、必死で執務机の上を動き回った。あれをああして、これをこうして……!
「お、シーナちゃん頑張ってるね〜。どうする、今夜は人間に戻って練習する? それとも明日に備えて早めに休む?」
執務室に入ってきたカイルさんに尋ねられ、私は勢いよく彼を振り返った。そ、そうだよね。リハーサルも必要だよね。
(ああ、でもっ)
早く夢の世界にも行かなくちゃ。
彼の無事を確認しなければ、儀式どころではない。あの子が元気に笑って、しあわせになるところが見たいんだ。
カイルさんにぶぶぶと首を横に振り、ぽふっと頬を叩いて気合いを入れ直す。
とにかくシーナちゃん状態で復習をばっちり終わらせて、午後からはヴィクターの膝で魔素を吸収しつつお昼寝をする。そして過去に行って、もう一度彼に会うのだ。
(夢から覚めてから、ルーナさんに頼んで天上世界に呼んでもらおう。そうすれば最後に舞をチェックしてもらえるしね!)
よし、これで今日のスケジューリングは完璧だ!
決まったら心が晴れ晴れしてきて、私はくるくるもふもふと毛玉の舞を再開する。カイルさんがすかさず「可愛い〜!」とはやし立てた。
「こっちの舞もぜひ神官たちに披露したいよねぇ。……まず聖獣ちゃんのままで舞って、それから人間に戻るのとか、どう?」
「やめておけ。奴らが笑い死にして、儀式どころではなくなったらどうする」
悪かったな!
ヴィクターにべえっと舌を出し、カイルさんには愛想よくしっぽを振っておく。
とにかく精いっぱい頑張るから、カイルさんも見守っててね!