今日も今日とて、ルーナさんに駄目出しされながら舞の練習に精を出す。
「シーナ、指先まで気を抜かない! そう、そしてこっちを向いてはい笑顔!……って違う違う、それじゃあ笑いすぎよっ。もっと控えめで意味深に、そこはかとな〜く微笑むの!」
何それ、アルカイックスマイル的な?
言われた通りポーズを決めたまま、にんやぁ〜と口元だけに笑みを浮かべる。「怖い!」とルーナさんが震え上がった。
「ううう、シーナったらどうしてこんなにも残念なの!? 見目はそこまで悪くないのに、高貴な雰囲気が決定的に欠けてるわ!」
「仕方ないじゃないですかー。こちとら元々、平々凡々なド庶民なんですから」
苦悩するルーナさんに、あっけらかんと胸を張ってみせる。
だって私には、高貴さも優雅さも不要だし。ヴィクターが、元気いっぱいな方が私らしいって言ってくれたから。
はにかみながらそう説明すると、ルーナさんは目をしばたたかせた。一転して唇を噛んで考え込む。
「そう……、そうよね。わたくし好みの清楚美人を選んできた、過去の巫女達とシーナは違うんだもの。うん、しとやかな美だなんて、無い物ねだりしたってしょうがなかったわね。緋の王子の言う通り、シーナの長所を伸ばす方向性に変えましょう」
うんうんと大きく頷いた。……さすがに納得しすぎじゃない?
というか、今までの巫女さんは顔を基準に選んできたんだ。
今回は選ぶ余地がなくってすみませんでしたねぇ。
やさぐれて花畑に座り込む。群がるシーナちゃんを撫でていると、傷ついた繊細なココロが癒やされていくようだ。
「ねえ、ルーナさん。自分としてはもう舞は完璧だと思うから、これからはもっと重要な方面に時間を割いていきたいんですけど」
「自己肯定感が高いのは良いことね。……それで、重要な方面って?」
こてんと首を傾げるルーナさんに、私はシーナちゃんを抱っこして突きつけた。
「シーナちゃんとの同化・同調ですっ。魔素を見る、魔素を吸収する、この二つはクリアできたことですし。そろそろ次の段階に進みたいです!」
でないと、いつまで経っても呪いが解けやしない。
呪いが解けないと月の巫女になれないし、ひいては魔素の浄化ができない。そしてヴィクターとの約束も果たせない!
そう声を大にして訴えると、途端にルーナさんが目を輝かせた。
「あらっ!? やだぁもういつの間にー! シーナってばやるやるぅ! で、で? 緋の王子と何の約束をしたの? もったいぶってないで教えなさいよぅ!」
頬を染め、きゃあきゃあと盛り上がる。
思いのほか良い反応に、私は得意になってそっくり返った。
「一緒に酒盛りしようねって!」
「アホかぁっ!!」
なぜか髪を振り乱して怒り出してしまった。
おろおろする私とシーナちゃん軍団を、ルーナさんはイライラした顔で睨みつける。
「もお、やっぱりこのままじゃ駄目だわ! シーナには早く人間に戻ってもらわないと、進展も何も望めやしない!」
「はい! ですから次の訓練内容を!」
勢い込む私に、ルーナさんは「そんなものないわよ」と短く吐き捨てた。へっ?
「え? え?」
「だからぁ、そんなものはないの! むしろシーナは短期間でよくやったわ。後は焦らずじっくりと、これまで通りシーナ・ルーの在るがままを受け入れていく……こと、で……」
突然、ルーナさんが目を丸くして固まった。
戸惑う私を目顔で黙らせ、じっとうつむいて考え込む。
ややあって、ルーナさんはパッと顔を輝かせた。
「――そう、そうだわ! まだあるじゃない、やれること!」
うきうきと告げるなり、私の腕を引っつかんで無理やり立たせる。ドレスの裾を揺らし、花畑の上を楽しげに踊り出した。
「あのね、シーナ。実は月の聖獣シーナ・ルーはね、仲間同士での高い共鳴能力を持っているの」
「き、共鳴?」
「ええ。ほら、以前あなたが初めて魔素を見た時、天上世界のシーナ・ルーたちが大はしゃぎしたと教えてあげたでしょう? 天上世界と人間界、どれだけ離れていようがあの子たちには関係ないの。互いの感情を共有することができるのよ」
「ぽぇ〜!」
その通りです、と言わんばかりにシーナちゃんたちがぽふぽふ跳ねる。
ルーナさんのステップに合わせながら、私は驚いて彼らを見下ろした。まさかこんな脳天気なシーナちゃんたちに、エスパー能力があっただなんて……!
足を止め、ルーナさんが苦笑する。
「そこまで万能なものじゃないわ。せいぜい『なんとなく感じ取れる』程度のものよ。……でもね」
これは使えると思うの、とにやりと笑った。
「宿題よ、シーナ。舞の振りは覚えられたみたいだし、しばらくは天上世界での指導はお休み。その代わり、あなたは人間界から天上世界のシーナ・ルーと共鳴できるよう試しなさいな」
「ええっ?」
「それが可能になれば、いよいよあなたはシーナ・ルーの全てを手に入れたことになる。次の満月を待ち、数百年ぶりの儀式を行いましょう。もちろんシーナの呪いを解いた上で、ね」
「……っ」
(そっか……。とうとう……)
月夜だけでなく、完全に人間に戻ることができる。
そして魔素を浄化することで、魔獣の力も衰える。ヴィクターや第三騎士団のみんなが、危険な目に合う確率もグンと低くなるはずだ。
体が小刻みに震え出した。私、土壇場で怖気づいちゃってるのかな。ううん、きっと違う。
(これは、武者震いだよ……!)
ぎゅっと自分を抱き締め、不敵に笑う。
黙って私を見守ってくれるルーナさんたちに、ガッツポーズで頷きかけた。
「わっかりました! 見ててください、必ずやシーナちゃんたちの思考を丸裸にしてみせますからっ」
「ぱ、ぱうっ?」
「ぽ、ぽぇあぁ〜っ」
シーナちゃん軍団が恥ずかしそうに顔を隠し、くねくねと身をよじらせる。……いや君たち、別に読まれて困るような大それたこと考えてないでしょ。
「ふふっ、期待してるわシーナ。ああそれから、儀式のためにも魔素集めは忘れないでね?」
「はいっ、もちろんです!」
力強く請け合って、意気揚々と天上世界を後にする。
――ようし、これが人間に戻るための最後の関門だ!
「シーナ、指先まで気を抜かない! そう、そしてこっちを向いてはい笑顔!……って違う違う、それじゃあ笑いすぎよっ。もっと控えめで意味深に、そこはかとな〜く微笑むの!」
何それ、アルカイックスマイル的な?
言われた通りポーズを決めたまま、にんやぁ〜と口元だけに笑みを浮かべる。「怖い!」とルーナさんが震え上がった。
「ううう、シーナったらどうしてこんなにも残念なの!? 見目はそこまで悪くないのに、高貴な雰囲気が決定的に欠けてるわ!」
「仕方ないじゃないですかー。こちとら元々、平々凡々なド庶民なんですから」
苦悩するルーナさんに、あっけらかんと胸を張ってみせる。
だって私には、高貴さも優雅さも不要だし。ヴィクターが、元気いっぱいな方が私らしいって言ってくれたから。
はにかみながらそう説明すると、ルーナさんは目をしばたたかせた。一転して唇を噛んで考え込む。
「そう……、そうよね。わたくし好みの清楚美人を選んできた、過去の巫女達とシーナは違うんだもの。うん、しとやかな美だなんて、無い物ねだりしたってしょうがなかったわね。緋の王子の言う通り、シーナの長所を伸ばす方向性に変えましょう」
うんうんと大きく頷いた。……さすがに納得しすぎじゃない?
というか、今までの巫女さんは顔を基準に選んできたんだ。
今回は選ぶ余地がなくってすみませんでしたねぇ。
やさぐれて花畑に座り込む。群がるシーナちゃんを撫でていると、傷ついた繊細なココロが癒やされていくようだ。
「ねえ、ルーナさん。自分としてはもう舞は完璧だと思うから、これからはもっと重要な方面に時間を割いていきたいんですけど」
「自己肯定感が高いのは良いことね。……それで、重要な方面って?」
こてんと首を傾げるルーナさんに、私はシーナちゃんを抱っこして突きつけた。
「シーナちゃんとの同化・同調ですっ。魔素を見る、魔素を吸収する、この二つはクリアできたことですし。そろそろ次の段階に進みたいです!」
でないと、いつまで経っても呪いが解けやしない。
呪いが解けないと月の巫女になれないし、ひいては魔素の浄化ができない。そしてヴィクターとの約束も果たせない!
そう声を大にして訴えると、途端にルーナさんが目を輝かせた。
「あらっ!? やだぁもういつの間にー! シーナってばやるやるぅ! で、で? 緋の王子と何の約束をしたの? もったいぶってないで教えなさいよぅ!」
頬を染め、きゃあきゃあと盛り上がる。
思いのほか良い反応に、私は得意になってそっくり返った。
「一緒に酒盛りしようねって!」
「アホかぁっ!!」
なぜか髪を振り乱して怒り出してしまった。
おろおろする私とシーナちゃん軍団を、ルーナさんはイライラした顔で睨みつける。
「もお、やっぱりこのままじゃ駄目だわ! シーナには早く人間に戻ってもらわないと、進展も何も望めやしない!」
「はい! ですから次の訓練内容を!」
勢い込む私に、ルーナさんは「そんなものないわよ」と短く吐き捨てた。へっ?
「え? え?」
「だからぁ、そんなものはないの! むしろシーナは短期間でよくやったわ。後は焦らずじっくりと、これまで通りシーナ・ルーの在るがままを受け入れていく……こと、で……」
突然、ルーナさんが目を丸くして固まった。
戸惑う私を目顔で黙らせ、じっとうつむいて考え込む。
ややあって、ルーナさんはパッと顔を輝かせた。
「――そう、そうだわ! まだあるじゃない、やれること!」
うきうきと告げるなり、私の腕を引っつかんで無理やり立たせる。ドレスの裾を揺らし、花畑の上を楽しげに踊り出した。
「あのね、シーナ。実は月の聖獣シーナ・ルーはね、仲間同士での高い共鳴能力を持っているの」
「き、共鳴?」
「ええ。ほら、以前あなたが初めて魔素を見た時、天上世界のシーナ・ルーたちが大はしゃぎしたと教えてあげたでしょう? 天上世界と人間界、どれだけ離れていようがあの子たちには関係ないの。互いの感情を共有することができるのよ」
「ぽぇ〜!」
その通りです、と言わんばかりにシーナちゃんたちがぽふぽふ跳ねる。
ルーナさんのステップに合わせながら、私は驚いて彼らを見下ろした。まさかこんな脳天気なシーナちゃんたちに、エスパー能力があっただなんて……!
足を止め、ルーナさんが苦笑する。
「そこまで万能なものじゃないわ。せいぜい『なんとなく感じ取れる』程度のものよ。……でもね」
これは使えると思うの、とにやりと笑った。
「宿題よ、シーナ。舞の振りは覚えられたみたいだし、しばらくは天上世界での指導はお休み。その代わり、あなたは人間界から天上世界のシーナ・ルーと共鳴できるよう試しなさいな」
「ええっ?」
「それが可能になれば、いよいよあなたはシーナ・ルーの全てを手に入れたことになる。次の満月を待ち、数百年ぶりの儀式を行いましょう。もちろんシーナの呪いを解いた上で、ね」
「……っ」
(そっか……。とうとう……)
月夜だけでなく、完全に人間に戻ることができる。
そして魔素を浄化することで、魔獣の力も衰える。ヴィクターや第三騎士団のみんなが、危険な目に合う確率もグンと低くなるはずだ。
体が小刻みに震え出した。私、土壇場で怖気づいちゃってるのかな。ううん、きっと違う。
(これは、武者震いだよ……!)
ぎゅっと自分を抱き締め、不敵に笑う。
黙って私を見守ってくれるルーナさんたちに、ガッツポーズで頷きかけた。
「わっかりました! 見ててください、必ずやシーナちゃんたちの思考を丸裸にしてみせますからっ」
「ぱ、ぱうっ?」
「ぽ、ぽぇあぁ〜っ」
シーナちゃん軍団が恥ずかしそうに顔を隠し、くねくねと身をよじらせる。……いや君たち、別に読まれて困るような大それたこと考えてないでしょ。
「ふふっ、期待してるわシーナ。ああそれから、儀式のためにも魔素集めは忘れないでね?」
「はいっ、もちろんです!」
力強く請け合って、意気揚々と天上世界を後にする。
――ようし、これが人間に戻るための最後の関門だ!