考えてみれば、天上世界にいる時以外、シーナちゃんの時にだってできることはあるはずだ。
今夜はあいにくの新月、しかも雨まで降っていて人間には戻れない。
それでも日中のうちに魔素を満タンまで吸収しておいたから、眠りについてルーナさんから呼ばれるまでは自由時間だ。
ヴィクターの部屋の中、彼の机の真ん中に陣取って、キリッと凛々しくふんばって立つ。
「ぱあぁ」
(まずは両手を上げて、と)
よたよた、よたよた。
腕を振って腰をひねり、不格好ながらも『月の舞』の練習を開始する。
短足シーナちゃんのままでは、どうしても動作がおぼつかない。存在感のあるふさふさしっぽも邪魔だしね。
(うん。それでも振り付けの復習ぐらいなら、なんとかなりそう……!)
反動をつけ、くるっと一回転。
「ぽぇあぁぁぁっ!?」
すてーん!と、勢いよく机の上を転んでしまった。ぎゃああっ!
危うく机からすべり落ちそうになった私を、大きな手が余裕で受け止めてくれる。ぜーはーと肩で息をしつつ、ちらりと救い主を見上げた。
「……なかなかに激しい舞だな。『優雅にして神秘的』という伝承とは大分違うようだが」
「ぷ、ぷうぅ〜っ」
(くっ、単に失敗しただけだってわかってるくせに!)
意地悪な男に、手のひらに爪を立てて地味に嫌がらせをしてやる。
ヴィクターはくくっとこもった笑い声を立てると、指で私の顎の下をくすぐった。途端に力が抜けていく。
「ぽぇあ〜……」
うーん、そこそこ。
目を細めてうっとりする私に、ヴィクターはまた小さく笑った。
机の真ん中に私を戻し、琥珀色の美しい液体の入ったグラスを取る。頬杖をつき、澄まし顔で私を見下ろした。
「晩酌の余興程度には頑張ってみせろ」
くっ、私の舞は酒の肴か!
口を尖らせつつも、楽しそうなヴィクターに実は満更でもない。
今日は人間に戻れないから、ヴィクターは外出する必要もなく家にいてくれる。そしてヴィクターがお酒を飲んでいるのを見るのは、居候を開始してから初めてのことだった。
もしリラックスしてるってことなら、私としてもやぶさかでない、わけでして……。
「ぱぇ〜」
照れ隠しで、細身の美しいグラスを覗き込む振りをする。途端にヴィクターが顔をしかめてグラスを遠ざけた。
「酒はやめておけ。シーナ・ルーの体質に合わず、倒れでもしたらどうする」
「ぱぅ?」
「……もう少しだけ我慢しろ。人間に戻ったら、その時には一緒に飲んでやる」
ぶっきらぼうに告げて、ふいっと顔を背ける。
私は嬉しくなって、こくこくと何度も頷いた。やったぁ。お酒はあんまり強くないけど、これでまたひとつ人間に戻った時の楽しみが増えたね!
「ぱえぇ、ぽえぇ〜」
調子が出てきて、歌いながらくるくると元気に舞い踊る。さっきまでより動きがなめらかで、もしや割といい感じ?
ヴィクターもそう思ったのか、緋色の瞳を優しく細めて私を見下ろした。
「……そちらの方が、よほどお前らしい」
え?
瞬きする私をつんとつつき、低く笑った。
「神秘性など、お前には必要ないだろう。いつも通り能天気で馬鹿みたいに明るく、あけっぴろげに舞えばいい。そうすれば伝統にしがみつく神官共ですら、お前から目が逸らせなくなるだろう」
「……っ」
胸の中にじわじわと喜びが広がっていく。
今しがたのヴィクターの言葉を反芻し、シーナちゃんのもふもふ小さな手をじっと見つめた。
(そっかぁ……)
そうだよね。
私は、私らしく。
たとえルーナさんみたいに綺麗に舞えなくたって、自信にあふれた動きをなぞれなくったって、めげない明るさだけなら絶対に負けてない。ぎゅっと手を握り締め、ヴィクターに大きく頷きかけた。
「ぱえっ、ぱぇぱぁ!」
(ありがと、ヴィクター!)
ぽふっと跳ねて踊りを再開する。
ぐらぐら不安定で危なっかしいし、何度もバランスを崩して転んでしまう。それでも顔を上げればヴィクターが見守ってくれているし、起き上がるのを手助けしてくれる。
だから私は諦めることなく、夢中になって『月の舞』を練習し続けた。うん、これでなんとか振りは覚えられたかも!
はふはふ息を弾ませてへたり込めば、ヴィクターがそっと私を抱き上げた。膝に載せ、ねぎらうように毛並みを撫でつけてくれる。
私は大きな手に身をゆだね、丸くなってしっぽを抱き締める。
(今日はもうこれ以上、魔素は吸収できないんだけどな……)
それでも、ここから動けない。動きたくない。
仕方ないよね、だってたくさん練習して疲れちゃったんだし。
自分に言い訳しながら、あくびをして目をつぶった。
――その後。
気持ちよく眠っていた私は、気づけば天上世界に強制連行されていた。
寝ぼけ眼で練習の成果を披露したのに、ルーナさんから「色気が足りなすぎる!」「これじゃあまるで体操よ!」とこってりしぼられるのであった。とほほ……。
今夜はあいにくの新月、しかも雨まで降っていて人間には戻れない。
それでも日中のうちに魔素を満タンまで吸収しておいたから、眠りについてルーナさんから呼ばれるまでは自由時間だ。
ヴィクターの部屋の中、彼の机の真ん中に陣取って、キリッと凛々しくふんばって立つ。
「ぱあぁ」
(まずは両手を上げて、と)
よたよた、よたよた。
腕を振って腰をひねり、不格好ながらも『月の舞』の練習を開始する。
短足シーナちゃんのままでは、どうしても動作がおぼつかない。存在感のあるふさふさしっぽも邪魔だしね。
(うん。それでも振り付けの復習ぐらいなら、なんとかなりそう……!)
反動をつけ、くるっと一回転。
「ぽぇあぁぁぁっ!?」
すてーん!と、勢いよく机の上を転んでしまった。ぎゃああっ!
危うく机からすべり落ちそうになった私を、大きな手が余裕で受け止めてくれる。ぜーはーと肩で息をしつつ、ちらりと救い主を見上げた。
「……なかなかに激しい舞だな。『優雅にして神秘的』という伝承とは大分違うようだが」
「ぷ、ぷうぅ〜っ」
(くっ、単に失敗しただけだってわかってるくせに!)
意地悪な男に、手のひらに爪を立てて地味に嫌がらせをしてやる。
ヴィクターはくくっとこもった笑い声を立てると、指で私の顎の下をくすぐった。途端に力が抜けていく。
「ぽぇあ〜……」
うーん、そこそこ。
目を細めてうっとりする私に、ヴィクターはまた小さく笑った。
机の真ん中に私を戻し、琥珀色の美しい液体の入ったグラスを取る。頬杖をつき、澄まし顔で私を見下ろした。
「晩酌の余興程度には頑張ってみせろ」
くっ、私の舞は酒の肴か!
口を尖らせつつも、楽しそうなヴィクターに実は満更でもない。
今日は人間に戻れないから、ヴィクターは外出する必要もなく家にいてくれる。そしてヴィクターがお酒を飲んでいるのを見るのは、居候を開始してから初めてのことだった。
もしリラックスしてるってことなら、私としてもやぶさかでない、わけでして……。
「ぱぇ〜」
照れ隠しで、細身の美しいグラスを覗き込む振りをする。途端にヴィクターが顔をしかめてグラスを遠ざけた。
「酒はやめておけ。シーナ・ルーの体質に合わず、倒れでもしたらどうする」
「ぱぅ?」
「……もう少しだけ我慢しろ。人間に戻ったら、その時には一緒に飲んでやる」
ぶっきらぼうに告げて、ふいっと顔を背ける。
私は嬉しくなって、こくこくと何度も頷いた。やったぁ。お酒はあんまり強くないけど、これでまたひとつ人間に戻った時の楽しみが増えたね!
「ぱえぇ、ぽえぇ〜」
調子が出てきて、歌いながらくるくると元気に舞い踊る。さっきまでより動きがなめらかで、もしや割といい感じ?
ヴィクターもそう思ったのか、緋色の瞳を優しく細めて私を見下ろした。
「……そちらの方が、よほどお前らしい」
え?
瞬きする私をつんとつつき、低く笑った。
「神秘性など、お前には必要ないだろう。いつも通り能天気で馬鹿みたいに明るく、あけっぴろげに舞えばいい。そうすれば伝統にしがみつく神官共ですら、お前から目が逸らせなくなるだろう」
「……っ」
胸の中にじわじわと喜びが広がっていく。
今しがたのヴィクターの言葉を反芻し、シーナちゃんのもふもふ小さな手をじっと見つめた。
(そっかぁ……)
そうだよね。
私は、私らしく。
たとえルーナさんみたいに綺麗に舞えなくたって、自信にあふれた動きをなぞれなくったって、めげない明るさだけなら絶対に負けてない。ぎゅっと手を握り締め、ヴィクターに大きく頷きかけた。
「ぱえっ、ぱぇぱぁ!」
(ありがと、ヴィクター!)
ぽふっと跳ねて踊りを再開する。
ぐらぐら不安定で危なっかしいし、何度もバランスを崩して転んでしまう。それでも顔を上げればヴィクターが見守ってくれているし、起き上がるのを手助けしてくれる。
だから私は諦めることなく、夢中になって『月の舞』を練習し続けた。うん、これでなんとか振りは覚えられたかも!
はふはふ息を弾ませてへたり込めば、ヴィクターがそっと私を抱き上げた。膝に載せ、ねぎらうように毛並みを撫でつけてくれる。
私は大きな手に身をゆだね、丸くなってしっぽを抱き締める。
(今日はもうこれ以上、魔素は吸収できないんだけどな……)
それでも、ここから動けない。動きたくない。
仕方ないよね、だってたくさん練習して疲れちゃったんだし。
自分に言い訳しながら、あくびをして目をつぶった。
――その後。
気持ちよく眠っていた私は、気づけば天上世界に強制連行されていた。
寝ぼけ眼で練習の成果を披露したのに、ルーナさんから「色気が足りなすぎる!」「これじゃあまるで体操よ!」とこってりしぼられるのであった。とほほ……。