「ぱ〜ぁっ」

(……ん?)

『――えっぽぉぉぉ〜〜〜っ!!』

 もふもふもふっ。

「わあぁっ、何なに!?……って、んん?」

 弾かれたように体を起こせば、胸元から真っ白な毛玉がいくつも転がり落ちていく。え、私人間に戻ってる? ここは……、天上世界?

 光にあふれた花畑、側にはたくさんのシーナちゃん。手頃な一匹をつかみ取り、目線の高さに持ち上げる。

「……何してたの?」

「ぱえっ」

 よくぞ聞いてくれました、と言うようにしっぽを振ると、シーナちゃんは地面を見下ろした。その視線を追えば、シーナちゃん軍団がころころと集合してくるのが見えた。

 ぱえぱえ鳴いて走りながら一列になり、小さい足でふんばって立つ。
 その背中を別のシーナちゃんたちがよじよじ登り、その上にまたまた別のシーナちゃんたちが登っていく。おおっ、これってもしや!?

 危なっかしく揺れながらも、ほどなくして立派な五段ピラミッドが完成した。

「わあ、上手! すごいすごい」

 パチパチと拍手した瞬間、てっぺんのシーナちゃんがキリッと鳴いた。

「ぱ〜ぁっ」

『――えっぽぉぉぉ〜〜〜っ!!』

 もふもふもふっ。

 掛け声と共に一気に崩れ落ちる。
 花畑に着地した彼らは、ぱぱぱぱぁ〜と大興奮で鳴き合った。

「…………」

 健闘を称え合っている……。

 この子たちっていつもしあわせそうだよなぁ、と肩を落とした。悩みばっかりなお姉さんにしてみれば、羨ましい限りだよ。

「あらぁ。シーナだって充分しあわせそうに見えるけど?」

「ルーナさんっ」

 はっとして振り向けば、いつも通り綺麗な黄金の髪を揺らしてルーナさんが微笑んだ。

「こんにちは、シーナ。それから、おめでとう。無事に魔素の吸収に成功したみたいね?」

 ルーナさんから差し伸べられた手を取って、大急ぎで立ち上がる。

「そ、そうなんですっ。魔素ってすごく心地いいっていうか気持ちいいっていうか、とにかくほのぼのふわふわしちゃって!」

「うふふ、緋の王子もほのぼのふわふわしていたのよね。とっても美しく澄んでいて、上質な魔素だったもの。よくやってくれたわ、シーナ」

 私の髪を優しく撫でた。
 ルーナさんは頬を紅潮させると、私と手を繋いだままくるくると回り出す。おおっ?

「ああ、嬉しいわ! すぐに褒めてあげなくちゃと思って、集めてくれた魔素でシーナをここに呼んだのよ。まめに魔素を集めてさえくれれば、もう聖堂には来なくても大丈夫。いつだってシーナは天上世界に来られるわ」

「そ、そうなんですね。じゃあ私から呼んでほしい時は、どうすればいいですか?」

「心の中でわたくしに呼びかけて。呪いを解く時と同じ要領で構わないわ」

 なるほど。

 これからはわざわざ聖堂に行く必要がない、と知ってほっとする。いやぁ、よかったなぁ。意地悪神官長たちに会わなくてすむし、次はいつ行くべきかと迷っていた、から……?

 ん?

(――そうだ!)

 私ははっとして目を見開いた。
 慌てて足をふんばって、ルーナさんとのダンスを中断する。ルーナさんが目を丸くした。

「ルーナさん! 神託っ、月の巫女! 私っまだ呪い解けてないっ!」

 あああ、我ながらなんて支離滅裂!

 頭を抱え込んだものの、幸いにもルーナさんはすぐに察してくれたようだった。
 きまり悪げに視線を泳がせ、口元を引きつらせる。

「えぇと……、それはその、ごめんなさい? 本当はね、シーナを手助けするつもりだったのよ? でもどうやら、わたくしの言い方が悪かったみたいで……」

「え、ええ? どういうことですか?」

 詳しく問い詰めてみれば、こういうことだった。

 前回ルーナさんと私が会った時、ルーナさんは私にこう命じた。私が魔法を使ったことを知られてはならない、魔法ではなく月の女神の奇跡(キセキ)だと言って誤魔化しなさい、と。

 ルーナさんがへにゃりと眉を下げる。

「でも、シーナったら全然自信がなさそうだったんだもの。裏表のない素直なシーナのことだから、きっと嘘をつくのが下手なのねって納得したの。だからわたくしが一肌脱いであげようと思って、聖堂の神官に神託を下すことにしたのよ」

 実行したのは今朝未明。 
 祈りを捧げる神官たちの頭上に、眩しいほどの光が降り注いだ。おおっというどよめきに満足しながら、ルーナさんはおごそかに声を響かせたのだという。


 ――聞け、我が敬虔なる信徒達よ

 ――次代の月の巫女へ、月の女神ルーナより特別な奇跡(キセキ)を授けることとする

 ――強き力、悪を断ち切る正義の刃

 ――恐ろしき魔獣を(ほふ)る、二つとなき助けとなるであろう……


「……そうしたらね、即座にこう聞かれたの。『おお、美しき月の女神ルーナ様よ! 次代の月の巫女とは、一体どなた様でありましょうや!?』ってね」

 まさか聞き返されるとは思っていなかったルーナさんは(普通は神託とは一方的に伝えるだけなのだそう)、グッと詰まってしまったという。

 ……あらあら、どうしましょ? 異世界人で元気いっぱいで、まあまあ可愛らしい顔立ちの椎名(しいな)深月(みつき)って人間よ、って言ったところで通じないわよね? そもそもあの子、まだ人間に戻ってないし。

 なんて考え込んでしまった彼女は、仕方なくこう答えることにした。


 ――そ……それは、下界に降臨せし月の聖獣、シーナ・ルーであーるー


『なっ、なんとぉぉぉっ! それはもしや、忌まれし緋の瞳を持つ、ヴィクター王子がお連れの聖獣様でありますかあぁッ!?』


 ――あ、そう。それそれ


「…………」

 軽っ。
 さてはルーナさん、アドリブに弱いな?