ヴィクター対キースさん。
顔面凶悪怪力男なヴィクターと、頭脳派美形神官なキースさん……が、戦う、ですと?
勝敗がどうなるかなど、火を見るより明らかだ。
脳裏にありありと浮かぶのは、地面に倒れ最期の力を振りしぼり、指でダイイングメッセージを書くキースさん。
私はぞっと総毛立ち、キースさんの胸に飛びついた。
「ぱうぅ、ぱぇぱぁ、ぱう〜っ!?」
(何考えてるのキースさん! ヴィクターに勝てるわけがないでしょうっ!?)
「お、おやシーナ・ルー様。そのように嬉し恥ずかし大胆な……ふくくくくえへへへへ」
でれでれと気持ち悪い笑い声を漏らした瞬間、突然音を立てて書庫の扉が開かれた。ヴィクターと、その後ろにはカイルさんもいる。
私とキースさんを目に止めて、ヴィクターの顔がみるみる険しくなっていく。ひいぃっ!?
「ちょちょちょっ、落ち着いてヴィクター! 状況が不明だからね!? 単に転びかけたシーナちゃんが、キースにつかまってるだけかもしれないからね!?」
「いいえシーナ・ルー様の方から熱烈に抱き着いてこられたのですやっほう!!」
「お前ちょっとは空気読めキース!!」
ヴィクターはきつくこぶしを握ると、呼気を荒々しく震わせた。息を呑んで見守る私たちに背を向け、姿勢正しく深呼吸を繰り返す。
その後ろ姿を見て、私はふと瞬きして目をこする。
ヴィクターの背中に、ゆらゆらと揺らめく何かが見えた気がしたのだ。……あれ? これって、もしかして……?
私が目を凝らすより先に、ヴィクターが静かに振り向いた。
「よし。シーナを置いて表に出ろ、キース」
「嫌ですよ。あなたと勝負するのは二度とごめんです」
キースさんはそっと私の手を解き、「降参」と言うように両手を上げる。ヴィクターとカイルさんを見比べ、低く含み笑いした。
「実は今、我らの出会いについてシーナ・ルー様にご説明していたのですよ。ヴィクター殿下に戦いを挑んだ下りで、シーナ・ルー様が大層動揺されまして」
「ああ! 懐かしー、そういやそんな事もあったよなぁヴィクター! ほらほら、思い出話に花を咲かせてただけだってさ!」
一生懸命にフォローするカイルさんに、ヴィクターはうんざりしたみたいに肩をすくめた。
「くだらん。何が勝負だ。あんなもの勝負のうちに入るものか」
「……ぱえ?」
ヴィクターの言い草に、私はきょとんと首をひねる。カイルさんとキースさんが、顔を見合わせて笑い出した。
「いやシーナちゃん、あの場にはオレもいたんだけどね? キースの言う勝負ってのが、実は」
「わたしが奇跡で己の周りに結界を張り、そしてヴィクター殿下がそれを剣で打ち破る、という力比べだったのですよ。無論、月の女神ルーナ様を思うわたしの心は鋼よりも固く、結界が破られることはありませんでしたが」
したり顔で頷くキースさんに、ヴィクターが不快そうに眉を跳ね上げる。憤然と反論しかけたのを、カイルさんが「まあまあ」と押し止めた。
「確かにキースの勝ちは勝ちだったけど、ガタガタ震えて半泣きだったじゃないか。ヴィクターが意地になったみたいに猛追をやめないからさぁ」
「……我が生涯で、何よりも肝が冷えた一時でした。結界越しとはいえ、恐ろしい形相でガンガンガツガツ剣を叩きつけられ……くっ」
そ、それは怖い。
私はキースさんの腕を駆け上がり、つややかな銀髪をよしよしと撫でてあげる。頭上からうなり声が聞こえたので、先程のキースさんをならって「バンザイ」と手を上げた。
ヴィクターがすかさず私をすくい上げて肩に載せ、キースさんを睨めつける。
「年寄りは昔話が長い」
「いやヴィクター殿下とわたしは二歳しか違いませんけども!?」
年寄り呼ばわりされたキースさんがわめき出す。
ぷくくく、と笑いをこらえていると、突然キースさんがにやりと笑った。
「そうそう、急に昔話を始めたのには理由があるのですよ。……シーナ・ルー様に賢王ヴァレリーと古の魔王の絵本をお読みしたところ、どうやらシーナ・ルー様はヴァレリー王に思うところがあられたようで。ね、そうですよね?」
「ぱ、ぱえ」
キースさんが一体何を言うつもりなのかと、私は怪訝に思いながらも肯定した。
笑みを深くしたキースさんが、満足気にうんうん頷く。
「お気持ちはわかりますとも。幼い頃はわたしも、この話を素直に英雄譚と受け取っていたのですがね。ある時期を境に、そもそも魔王は真に悪であったのか、と疑問を抱くようになりました。賢王ヴァレリーは、果たして称賛に値する王だったのか?とね。このように視点が変わったのは、きっと――……」
魔王と同じ瞳を持つ、誰かさんと友人になってしまったせいなのでしょう。
声を落として、わざとのように重々しく告げる。
「ぽっ?」
(えっ、あっ、そゆこと!?)
キースさんの言葉に驚きながらも、もしかして私も同じかも、とストンと腑に落ちていく。
ヴィクターが魔王と同じ瞳を持つから差別されるなら、元凶である魔王が悪でなければいい。心のどこかでそう願ってしまったのかもしれない。
(それに……)
ヴィクターを冷遇する、この国の王族にも言いたいことはたくさんある。
そんな王族の先祖であるヴァレリー王とやらが、手放しで称賛されるような立派な人物だとは思えない。思いたくない。
(……って、我ながら私情を挟みすぎでしょ)
思いっきり苦笑していると、キースさんがからかうようにヴィクターを肘でつついた。
「ほらヴィクター殿下、あなたのせいですよ。あなたのせいで我らは、ついつい古の魔王に味方してしまう」
「……っ」
「ええー、オレはむしろ逆だな? 魔王のせいでヴィクターは苦労してきたんだから、魔王憎しの感情の方が強いよ。魔王に肩入れなんて絶対しないね!」
カイルさんまで参戦してきて、ヴィクターは疲れたみたいに肩を落とした。「お前ら……」と忌々しげに呟き、ふいと顔を背けてしまう。
「……物好きな奴らだ」
その耳は隠しようもなく赤くなっていた。
照れ隠しなのは明らかで、カイルさんとキースさんが朗らかに笑う。私も一緒になってしっぽを振りながら、ヴィクターの頬にそっと毛並みを寄り添わせた。
(……あ。また……)
ゆらゆら、ふわふわ。
ヴィクターの体から赤い炎が揺らめいている。
戦場にいる時みたいに張り詰めてはいない、大らかで優しい動き。まるで陽炎みたいな、魔素の揺らめき。
(ふふっ。もしかして、嬉しいのかな?)
もしそうだったら、私も嬉しい。
きっとカイルさんと、キースさんも同じだよ。どれだけ敵が多くたって、私たちはあなたの味方なんだから。
心地良い魔素の揺らぎを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
顔面凶悪怪力男なヴィクターと、頭脳派美形神官なキースさん……が、戦う、ですと?
勝敗がどうなるかなど、火を見るより明らかだ。
脳裏にありありと浮かぶのは、地面に倒れ最期の力を振りしぼり、指でダイイングメッセージを書くキースさん。
私はぞっと総毛立ち、キースさんの胸に飛びついた。
「ぱうぅ、ぱぇぱぁ、ぱう〜っ!?」
(何考えてるのキースさん! ヴィクターに勝てるわけがないでしょうっ!?)
「お、おやシーナ・ルー様。そのように嬉し恥ずかし大胆な……ふくくくくえへへへへ」
でれでれと気持ち悪い笑い声を漏らした瞬間、突然音を立てて書庫の扉が開かれた。ヴィクターと、その後ろにはカイルさんもいる。
私とキースさんを目に止めて、ヴィクターの顔がみるみる険しくなっていく。ひいぃっ!?
「ちょちょちょっ、落ち着いてヴィクター! 状況が不明だからね!? 単に転びかけたシーナちゃんが、キースにつかまってるだけかもしれないからね!?」
「いいえシーナ・ルー様の方から熱烈に抱き着いてこられたのですやっほう!!」
「お前ちょっとは空気読めキース!!」
ヴィクターはきつくこぶしを握ると、呼気を荒々しく震わせた。息を呑んで見守る私たちに背を向け、姿勢正しく深呼吸を繰り返す。
その後ろ姿を見て、私はふと瞬きして目をこする。
ヴィクターの背中に、ゆらゆらと揺らめく何かが見えた気がしたのだ。……あれ? これって、もしかして……?
私が目を凝らすより先に、ヴィクターが静かに振り向いた。
「よし。シーナを置いて表に出ろ、キース」
「嫌ですよ。あなたと勝負するのは二度とごめんです」
キースさんはそっと私の手を解き、「降参」と言うように両手を上げる。ヴィクターとカイルさんを見比べ、低く含み笑いした。
「実は今、我らの出会いについてシーナ・ルー様にご説明していたのですよ。ヴィクター殿下に戦いを挑んだ下りで、シーナ・ルー様が大層動揺されまして」
「ああ! 懐かしー、そういやそんな事もあったよなぁヴィクター! ほらほら、思い出話に花を咲かせてただけだってさ!」
一生懸命にフォローするカイルさんに、ヴィクターはうんざりしたみたいに肩をすくめた。
「くだらん。何が勝負だ。あんなもの勝負のうちに入るものか」
「……ぱえ?」
ヴィクターの言い草に、私はきょとんと首をひねる。カイルさんとキースさんが、顔を見合わせて笑い出した。
「いやシーナちゃん、あの場にはオレもいたんだけどね? キースの言う勝負ってのが、実は」
「わたしが奇跡で己の周りに結界を張り、そしてヴィクター殿下がそれを剣で打ち破る、という力比べだったのですよ。無論、月の女神ルーナ様を思うわたしの心は鋼よりも固く、結界が破られることはありませんでしたが」
したり顔で頷くキースさんに、ヴィクターが不快そうに眉を跳ね上げる。憤然と反論しかけたのを、カイルさんが「まあまあ」と押し止めた。
「確かにキースの勝ちは勝ちだったけど、ガタガタ震えて半泣きだったじゃないか。ヴィクターが意地になったみたいに猛追をやめないからさぁ」
「……我が生涯で、何よりも肝が冷えた一時でした。結界越しとはいえ、恐ろしい形相でガンガンガツガツ剣を叩きつけられ……くっ」
そ、それは怖い。
私はキースさんの腕を駆け上がり、つややかな銀髪をよしよしと撫でてあげる。頭上からうなり声が聞こえたので、先程のキースさんをならって「バンザイ」と手を上げた。
ヴィクターがすかさず私をすくい上げて肩に載せ、キースさんを睨めつける。
「年寄りは昔話が長い」
「いやヴィクター殿下とわたしは二歳しか違いませんけども!?」
年寄り呼ばわりされたキースさんがわめき出す。
ぷくくく、と笑いをこらえていると、突然キースさんがにやりと笑った。
「そうそう、急に昔話を始めたのには理由があるのですよ。……シーナ・ルー様に賢王ヴァレリーと古の魔王の絵本をお読みしたところ、どうやらシーナ・ルー様はヴァレリー王に思うところがあられたようで。ね、そうですよね?」
「ぱ、ぱえ」
キースさんが一体何を言うつもりなのかと、私は怪訝に思いながらも肯定した。
笑みを深くしたキースさんが、満足気にうんうん頷く。
「お気持ちはわかりますとも。幼い頃はわたしも、この話を素直に英雄譚と受け取っていたのですがね。ある時期を境に、そもそも魔王は真に悪であったのか、と疑問を抱くようになりました。賢王ヴァレリーは、果たして称賛に値する王だったのか?とね。このように視点が変わったのは、きっと――……」
魔王と同じ瞳を持つ、誰かさんと友人になってしまったせいなのでしょう。
声を落として、わざとのように重々しく告げる。
「ぽっ?」
(えっ、あっ、そゆこと!?)
キースさんの言葉に驚きながらも、もしかして私も同じかも、とストンと腑に落ちていく。
ヴィクターが魔王と同じ瞳を持つから差別されるなら、元凶である魔王が悪でなければいい。心のどこかでそう願ってしまったのかもしれない。
(それに……)
ヴィクターを冷遇する、この国の王族にも言いたいことはたくさんある。
そんな王族の先祖であるヴァレリー王とやらが、手放しで称賛されるような立派な人物だとは思えない。思いたくない。
(……って、我ながら私情を挟みすぎでしょ)
思いっきり苦笑していると、キースさんがからかうようにヴィクターを肘でつついた。
「ほらヴィクター殿下、あなたのせいですよ。あなたのせいで我らは、ついつい古の魔王に味方してしまう」
「……っ」
「ええー、オレはむしろ逆だな? 魔王のせいでヴィクターは苦労してきたんだから、魔王憎しの感情の方が強いよ。魔王に肩入れなんて絶対しないね!」
カイルさんまで参戦してきて、ヴィクターは疲れたみたいに肩を落とした。「お前ら……」と忌々しげに呟き、ふいと顔を背けてしまう。
「……物好きな奴らだ」
その耳は隠しようもなく赤くなっていた。
照れ隠しなのは明らかで、カイルさんとキースさんが朗らかに笑う。私も一緒になってしっぽを振りながら、ヴィクターの頬にそっと毛並みを寄り添わせた。
(……あ。また……)
ゆらゆら、ふわふわ。
ヴィクターの体から赤い炎が揺らめいている。
戦場にいる時みたいに張り詰めてはいない、大らかで優しい動き。まるで陽炎みたいな、魔素の揺らめき。
(ふふっ。もしかして、嬉しいのかな?)
もしそうだったら、私も嬉しい。
きっとカイルさんと、キースさんも同じだよ。どれだけ敵が多くたって、私たちはあなたの味方なんだから。
心地良い魔素の揺らぎを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。