「ええっ? そんな大事件があったの!?」
カイルさんが愕然として叫んだ。
騎士団本部、ヴィクターの執務室。
遅れて出勤してきた私たち(しかもキースさん付き)に、カイルさんは最初目を丸くした。物問いたげな顔をする彼に、キースさんが手際よく事情を説明してくれた。
すっかり聞き終えてから、カイルさんは混乱したみたいに頭を抱え込む。
「月の巫女!? でもそれって、普通は人間の女の人が選ばれるもので……、ああいやでも、シーナちゃんは本当は人間だから別に問題は……いやあるよ! 今は誰がどう見たって聖獣なのにっ!?」
自問自答するカイルさんの手から、抱えていた書類の束がすべり落ちていく。
床に散らばってしまった書類を、ヴィクターがさも嫌そうに見下ろした。
「……もっと遅刻すべきだった」
「何言ってんだよ、すでに大遅刻だろ。……ってああ、シーナちゃんのせいじゃないからね?」
申し訳なく耳を垂らす私を、カイルさんが慌てたようにフォローしてくれる。
せめてお手伝いだけでも、と私はヴィクターを叩いて下に降ろしてもらい、部屋の隅まで飛んでしまった書類に駆け寄った。両手で一生懸命に引きずって戻れば、キースさんがでれっと相好を崩した。
「おおお、愛らしい……! しっぽに床の埃まで付けて、なんと健気なのでしょう!」
「さながらモップだな」
ヴィクターが書類ごと私を抱き上げて、手早く毛並みを綺麗にしてくれる。ふわふわと埃がゴミ箱に落ちた。……私もしかして、シーナちゃんの新たな可能性を発見してしまったかも?
「いやいや、シーナちゃんはモップじゃなくて月の巫女なんだろ?」
そうでした。
カイルさんの絶妙な合いの手に、私はぱうぅと照れ笑いする。それを見て、カイルさんもやっと頬をゆるめた。
集めた書類を執務机に置くと、ヴィクターとカイルさんは早速仕事を開始した。どうやら急ぎらしく、今朝の騒動についての話し合いは仕事が一段落してからになりそうだ。
「シーナ・ルー様。邪魔をせぬよう、我らは隣室で待機しておきましょうか」
「ぱぇ〜」
というわけでキースさんと二人、ロッテンマイヤーさんのおやつを持って移動することにした。
カイルさんが顔を上げ、手にしていた羽根ペンでひょいと壁際の本棚を指し示す。
「ああ、キース。せっかくならあれも持っていきなよ。シーナちゃんの暇つぶしになるんじゃない?」
本棚には硬い装丁の本に混じって、色とりどりの絵本が立ててあった。キースさんがぽんと手を打って、その瞬間に私も思い出す。
(……あ、そっか!)
魔王について書かれた、子供向けの絵本。
以前キースさんにプレゼントしてもらったんだっけ。
私は大喜びでキースさんを揺さぶった。
「ぱぅ、ぱうぅ〜!」
(読みたい、ぜひ読みたいです!)
キースさんがまたもや顔をとろけさせ、ヴィクターの眉間にググッとシワが寄る。憤然と立ち上がりかけたのを、カイルさんがすかさず押し止めた。
「ヴィクター? まさか遅刻してきた上、サボろうとか思ってないよね?」
「くっ……」
冷たくたしなめられ、ヴィクターは不承不承ながら椅子に座り直す。
カイルさんが満足気に頷いた。
「そうそう、仕事が先。シーナちゃんといちゃつくのはその後」
「ぱっ、ぱぅえぇっ!」
「いちゃついてない!」
同時に突っ込む私とヴィクターであった。
◇
執務室のお隣は、どうやら書庫になっているようだった。
棚には乱雑に本や書類が詰め込まれ、入りきらなかった物は床にまでうず高く積まれている。
それでも窓際の机と椅子の周辺は無事だった。
キースさんがカーテンを開けてくれたら、さあっと明るい陽が差し込んでくる。
「ささ、シーナ・ルー様。むさ苦しいところですが、どうぞお寛ぎください」
なんだか自分の家みたいな言い草だな。
笑いを噛み殺しつつ、机の上に載せてもらった絵本の山を覗き込む。
キースさんは椅子にかけて、私が見やすいように絵本を並べてくれた。
「さ、どれになさいますか? 大筋はどれも同じなのですが、絵師は違いますからね。お好みの物をお選びください」
ほうほう。
興味しんしんで表紙を見比べる。
しばし悩んだ末、一際色遣いが綺麗な絵本を指差した。おどろおどろしい絵柄の物も多い中で、これだけは子供向けの可愛らしいイラストだったからだ。
「はい、承知いたしました」
キースさんが姿勢を正し、机の上に絵本を立てて開いてくれる。
私は見やすい位置まで移動して、机の上に座り込んだ。しっぽをお腹に回して抱き締めれば、うん、これで読み聞かせの準備は万端だ。
キースさんが大きく頷き、ゆっくりとページをめくり始める。
「どうぞお聞きくださいませ、シーナ・ルー様。これは我が国に語り継がれし英雄譚。残虐で狡猾なる古の魔王と、魔王を滅ぼした賢王の物語でございます――……」
カイルさんが愕然として叫んだ。
騎士団本部、ヴィクターの執務室。
遅れて出勤してきた私たち(しかもキースさん付き)に、カイルさんは最初目を丸くした。物問いたげな顔をする彼に、キースさんが手際よく事情を説明してくれた。
すっかり聞き終えてから、カイルさんは混乱したみたいに頭を抱え込む。
「月の巫女!? でもそれって、普通は人間の女の人が選ばれるもので……、ああいやでも、シーナちゃんは本当は人間だから別に問題は……いやあるよ! 今は誰がどう見たって聖獣なのにっ!?」
自問自答するカイルさんの手から、抱えていた書類の束がすべり落ちていく。
床に散らばってしまった書類を、ヴィクターがさも嫌そうに見下ろした。
「……もっと遅刻すべきだった」
「何言ってんだよ、すでに大遅刻だろ。……ってああ、シーナちゃんのせいじゃないからね?」
申し訳なく耳を垂らす私を、カイルさんが慌てたようにフォローしてくれる。
せめてお手伝いだけでも、と私はヴィクターを叩いて下に降ろしてもらい、部屋の隅まで飛んでしまった書類に駆け寄った。両手で一生懸命に引きずって戻れば、キースさんがでれっと相好を崩した。
「おおお、愛らしい……! しっぽに床の埃まで付けて、なんと健気なのでしょう!」
「さながらモップだな」
ヴィクターが書類ごと私を抱き上げて、手早く毛並みを綺麗にしてくれる。ふわふわと埃がゴミ箱に落ちた。……私もしかして、シーナちゃんの新たな可能性を発見してしまったかも?
「いやいや、シーナちゃんはモップじゃなくて月の巫女なんだろ?」
そうでした。
カイルさんの絶妙な合いの手に、私はぱうぅと照れ笑いする。それを見て、カイルさんもやっと頬をゆるめた。
集めた書類を執務机に置くと、ヴィクターとカイルさんは早速仕事を開始した。どうやら急ぎらしく、今朝の騒動についての話し合いは仕事が一段落してからになりそうだ。
「シーナ・ルー様。邪魔をせぬよう、我らは隣室で待機しておきましょうか」
「ぱぇ〜」
というわけでキースさんと二人、ロッテンマイヤーさんのおやつを持って移動することにした。
カイルさんが顔を上げ、手にしていた羽根ペンでひょいと壁際の本棚を指し示す。
「ああ、キース。せっかくならあれも持っていきなよ。シーナちゃんの暇つぶしになるんじゃない?」
本棚には硬い装丁の本に混じって、色とりどりの絵本が立ててあった。キースさんがぽんと手を打って、その瞬間に私も思い出す。
(……あ、そっか!)
魔王について書かれた、子供向けの絵本。
以前キースさんにプレゼントしてもらったんだっけ。
私は大喜びでキースさんを揺さぶった。
「ぱぅ、ぱうぅ〜!」
(読みたい、ぜひ読みたいです!)
キースさんがまたもや顔をとろけさせ、ヴィクターの眉間にググッとシワが寄る。憤然と立ち上がりかけたのを、カイルさんがすかさず押し止めた。
「ヴィクター? まさか遅刻してきた上、サボろうとか思ってないよね?」
「くっ……」
冷たくたしなめられ、ヴィクターは不承不承ながら椅子に座り直す。
カイルさんが満足気に頷いた。
「そうそう、仕事が先。シーナちゃんといちゃつくのはその後」
「ぱっ、ぱぅえぇっ!」
「いちゃついてない!」
同時に突っ込む私とヴィクターであった。
◇
執務室のお隣は、どうやら書庫になっているようだった。
棚には乱雑に本や書類が詰め込まれ、入りきらなかった物は床にまでうず高く積まれている。
それでも窓際の机と椅子の周辺は無事だった。
キースさんがカーテンを開けてくれたら、さあっと明るい陽が差し込んでくる。
「ささ、シーナ・ルー様。むさ苦しいところですが、どうぞお寛ぎください」
なんだか自分の家みたいな言い草だな。
笑いを噛み殺しつつ、机の上に載せてもらった絵本の山を覗き込む。
キースさんは椅子にかけて、私が見やすいように絵本を並べてくれた。
「さ、どれになさいますか? 大筋はどれも同じなのですが、絵師は違いますからね。お好みの物をお選びください」
ほうほう。
興味しんしんで表紙を見比べる。
しばし悩んだ末、一際色遣いが綺麗な絵本を指差した。おどろおどろしい絵柄の物も多い中で、これだけは子供向けの可愛らしいイラストだったからだ。
「はい、承知いたしました」
キースさんが姿勢を正し、机の上に絵本を立てて開いてくれる。
私は見やすい位置まで移動して、机の上に座り込んだ。しっぽをお腹に回して抱き締めれば、うん、これで読み聞かせの準備は万端だ。
キースさんが大きく頷き、ゆっくりとページをめくり始める。
「どうぞお聞きくださいませ、シーナ・ルー様。これは我が国に語り継がれし英雄譚。残虐で狡猾なる古の魔王と、魔王を滅ぼした賢王の物語でございます――……」