「着いたぞ」
一刀両断男の言葉に、はっと顔を上げる。
狭いポケットの中わくわくと待ち構えていれば、大きな手にむんずと掴まれ引き出された。おおいっ、小動物はもっと優しく扱おう!?
「ぱぇあ、ぱぇぱぇっぱぁ!」
「うるさい」
「ぱ、ぱぇ。ぱ、ぱぺ、ぱぺぺぺぺぺぺぺぺ」
人殺しみたいな目で見下ろされ、私の体がまたも激しく震え出す。ぎゅっと縮こまり、しっぽを体に巻きつけた。
「……あ」
「おい、ヴィクター。シーナちゃんが怯えてるだろ」
すかさずカイルさんから叱責され、一刀両断男が口をつぐんだ。カイルさんに私を押しつけると、体ごと荒々しく顔を背けてしまう。
「悪かったな。この瞳は生まれつきだ」
や、別に瞳の色じゃなくて、あなたのその切れ味鋭すぎる眼差しが怖いんですけどね……?
優しい手付きで何度も撫でられるうち、ようやっと震えが止まってきた。カイルさんに感謝の視線を送ってから、周りの景色をきょろきょろと観察する。
「ぽえぇ……」
すっごい。
茫然として、目の前に立つ荘厳な建造物を見上げた。
どれだけ首を伸ばしても、あまりに巨大すぎて全容をつかむことができない。
息を止めて見入る私に、カイルさんが小さく笑って後ろに下がってくれた。お陰でさっきよりは見やすくなる。
美しく彫刻の施された、石造りの重厚な門。てっぺんにそびえ立つのは二つの尖塔で、ちょうど左右対称になっている。
聖堂をぐるりと囲む石像たちは、まるで聖堂を守る門番みたいだ。髭の生えた男性像に、柔和に微笑む女性像……。
「ああ、ほら。シーナちゃんのお仲間もいるよ」
「ぽえっ?」
慌ててカイルさんの示した方を向けば、女性像の手のひらに、小さな動物が載っていた。おお、なんか照れるね。
石だから色こそ違うものの、長いお耳もつぶらな瞳も存在感のあるしっぽも、まさに私の生き写し。
カイルさんが近くに寄ってくれたので、私は彼の手から飛び降りた。よじよじと女性像を一生懸命に登って、石像版シーナちゃんの隣に並んでみる。はいポーズ!
「うわぁ可愛い、可愛いよシーナちゃん!」
てれてれ。
すっかり上機嫌になった私を、遠くから一刀両断男が無言で見守っていた。だからどうして、そんな怖い目で睨んでくるんだい……?
けれど、今度は不思議と息が苦しくならない。距離が離れているから平気なのかな?
ジャンプしてカイルさんの肩に着地すると、「それじゃ、行こっか」とカイルさんが笑顔になった。一刀両断男の視線がますます険しくなった。何故。
一刀両断男に追いつく前に、彼は足早に聖堂へと入ってしまう。おい協調性! 団体行動!
「待って待って、ヴィクター。シーナちゃんはお前の子なんだから、ちゃんと抱っこして自分でキースに紹介してくれよ」
「…………」
「ヴィクター? 拗ねてんの?」
「誰がだっ」
憤然として振り返る。図星かい。
仕方ないなぁ、とわざとらしくため息をついた私は、カイルさんの肩で助走をつける。はっとしたように一刀両断男が手を差し伸べた。せーのっ!
狙い通り、私は一刀両断男の手の中に転がり落ちた。すぐさま起き上がり、「ぽえっ!」と勝利の雄叫びを上げてみる。
「ぱぇあっ」
「…………行くぞ」
己の肩に私をそっと移すと、一刀両断男はゆっくりと歩き出した。その歩調に、私が転がり落ちないよう気遣ってくれているのが伝わってきて、なんだかくすぐったい気持ちになってくる。
「ぱえ~ぽえ~」
立て襟にしっかりとつかまって歌えば、「毛が顔に当たってくすぐったい」と文句を言われた。うん、お互い様だね。
振り向いたらカイルさんも笑いを噛み殺していて、私は小さく舌を出す。カイルさんが噴き出した。
「ははっ、やるなシーナちゃん……っと!」
不意にカイルさんの顔が強ばって、私も何事かと彼の視線を追った。
長い廊下の先から、男たちが列をなしてぞろぞろとやってくる。みんな足首まで届くくらい裾の長い服を着て、コック帽ぐらい縦長な帽子をかぶっていた。
服も帽子も真っ白で、これぞまさしくコックさん……ではなくって。
(神官さんかな? まさにファンタジーって感じ!)
襟や胸元、それに帽子にも月の紋様が刺繍されている。
興味津々で観察していると、一刀両断男がわずかに体勢を変えた。私もすぐに察して、彼の首の後ろに引っ込んで顔だけ覗かせる。
こちらに気がついたのか、先頭の神官さんが不意に足を止めた。
眉間に深いしわを寄せ、さも不快そうに肩をすくめる。
「これはこれは、ヴィクター殿下ではございませぬか。聖堂に顔を出されるとはお珍しい」
低い声に非難するような響きを感じ取って、私は思わず固まってしまった。
けれど、一刀両断男は全く動じていなかった。こちらを睨む神官さんたちの前を、悠然とした足取りで通り過ぎる。
「不浄の身なれば、長居をするつもりはない。用を足したらすぐに退出する。安心するがいい」
脇に避け、申し訳程度に頭を下げる神官さんたちに冷ややかに告げた。カイルさんも無言で後に従う。
唯一顔を上げていたさっきの神官さんが、「滅相もない」と大仰に首を振った。
「人に害を為す魔獣を狩る、第三騎士団の皆様のお力あればこそ、王国の平和は保たれているのですから。不浄の身などと己を卑下なさらずとも」
「俺が不浄と言ったのは」
一刀両断男が足を止め、はっきりとした冷笑を浮かべる。
「古の魔王と同じ、この緋色の瞳の話だ」
「……っ」
終始小馬鹿にしたようだった神官さんが、初めて顔を引きつらせた。射抜くような緋色の瞳から逃げ出すように、深々と頭を下げてお辞儀する。
「いかに月の加護の下にあるとはいえ、よくよく注意しておくが良い。望むと望まざるとに関わらず、この瞳が聖堂に災いを呼び込むかもしれぬからな」
「は、はは……っ! き、肝に銘じて……え?」
神官さんが間抜けな顔を私に向けた。あ、気づいちゃいました?
「ぱえっ!」
「し、ししししシーナ・ルー様っ!?」
「えっ、シーナ・ルー!?」
「あの伝説の!? どこ、どこにですか!?」
途端に場が騒然とする。
意地悪神官さんが目を輝かせ、私に手を伸ばしかけた。が、私はその手からすげなく身をかわし、あっかんべえ。
(神職のクセに態度悪すぎ! ギルティ!)
……ま、一刀両断男の態度だって褒められたものではないけれど。
それでも私は神官たちの方に反感を持った。
なんだかんだで一刀両断男は私の命の恩人。あからさまに悪意のある振る舞いをされると腹が立つ。
(さあ、早くキースさんとやらのところに行こ! 一刀両断男っ)
「ぽえぇ~!」
「…………」
鋼色の髪をつんと引っ張れば、くく、と一刀両断男が初めて笑った。
後ろのカイルさんも顔をほころばせている。
目を白黒させて立ち尽くす意地悪神官に、私は短い手をバイバイと振った。
「ぱぇぱぇ~」
一刀両断男の言葉に、はっと顔を上げる。
狭いポケットの中わくわくと待ち構えていれば、大きな手にむんずと掴まれ引き出された。おおいっ、小動物はもっと優しく扱おう!?
「ぱぇあ、ぱぇぱぇっぱぁ!」
「うるさい」
「ぱ、ぱぇ。ぱ、ぱぺ、ぱぺぺぺぺぺぺぺぺ」
人殺しみたいな目で見下ろされ、私の体がまたも激しく震え出す。ぎゅっと縮こまり、しっぽを体に巻きつけた。
「……あ」
「おい、ヴィクター。シーナちゃんが怯えてるだろ」
すかさずカイルさんから叱責され、一刀両断男が口をつぐんだ。カイルさんに私を押しつけると、体ごと荒々しく顔を背けてしまう。
「悪かったな。この瞳は生まれつきだ」
や、別に瞳の色じゃなくて、あなたのその切れ味鋭すぎる眼差しが怖いんですけどね……?
優しい手付きで何度も撫でられるうち、ようやっと震えが止まってきた。カイルさんに感謝の視線を送ってから、周りの景色をきょろきょろと観察する。
「ぽえぇ……」
すっごい。
茫然として、目の前に立つ荘厳な建造物を見上げた。
どれだけ首を伸ばしても、あまりに巨大すぎて全容をつかむことができない。
息を止めて見入る私に、カイルさんが小さく笑って後ろに下がってくれた。お陰でさっきよりは見やすくなる。
美しく彫刻の施された、石造りの重厚な門。てっぺんにそびえ立つのは二つの尖塔で、ちょうど左右対称になっている。
聖堂をぐるりと囲む石像たちは、まるで聖堂を守る門番みたいだ。髭の生えた男性像に、柔和に微笑む女性像……。
「ああ、ほら。シーナちゃんのお仲間もいるよ」
「ぽえっ?」
慌ててカイルさんの示した方を向けば、女性像の手のひらに、小さな動物が載っていた。おお、なんか照れるね。
石だから色こそ違うものの、長いお耳もつぶらな瞳も存在感のあるしっぽも、まさに私の生き写し。
カイルさんが近くに寄ってくれたので、私は彼の手から飛び降りた。よじよじと女性像を一生懸命に登って、石像版シーナちゃんの隣に並んでみる。はいポーズ!
「うわぁ可愛い、可愛いよシーナちゃん!」
てれてれ。
すっかり上機嫌になった私を、遠くから一刀両断男が無言で見守っていた。だからどうして、そんな怖い目で睨んでくるんだい……?
けれど、今度は不思議と息が苦しくならない。距離が離れているから平気なのかな?
ジャンプしてカイルさんの肩に着地すると、「それじゃ、行こっか」とカイルさんが笑顔になった。一刀両断男の視線がますます険しくなった。何故。
一刀両断男に追いつく前に、彼は足早に聖堂へと入ってしまう。おい協調性! 団体行動!
「待って待って、ヴィクター。シーナちゃんはお前の子なんだから、ちゃんと抱っこして自分でキースに紹介してくれよ」
「…………」
「ヴィクター? 拗ねてんの?」
「誰がだっ」
憤然として振り返る。図星かい。
仕方ないなぁ、とわざとらしくため息をついた私は、カイルさんの肩で助走をつける。はっとしたように一刀両断男が手を差し伸べた。せーのっ!
狙い通り、私は一刀両断男の手の中に転がり落ちた。すぐさま起き上がり、「ぽえっ!」と勝利の雄叫びを上げてみる。
「ぱぇあっ」
「…………行くぞ」
己の肩に私をそっと移すと、一刀両断男はゆっくりと歩き出した。その歩調に、私が転がり落ちないよう気遣ってくれているのが伝わってきて、なんだかくすぐったい気持ちになってくる。
「ぱえ~ぽえ~」
立て襟にしっかりとつかまって歌えば、「毛が顔に当たってくすぐったい」と文句を言われた。うん、お互い様だね。
振り向いたらカイルさんも笑いを噛み殺していて、私は小さく舌を出す。カイルさんが噴き出した。
「ははっ、やるなシーナちゃん……っと!」
不意にカイルさんの顔が強ばって、私も何事かと彼の視線を追った。
長い廊下の先から、男たちが列をなしてぞろぞろとやってくる。みんな足首まで届くくらい裾の長い服を着て、コック帽ぐらい縦長な帽子をかぶっていた。
服も帽子も真っ白で、これぞまさしくコックさん……ではなくって。
(神官さんかな? まさにファンタジーって感じ!)
襟や胸元、それに帽子にも月の紋様が刺繍されている。
興味津々で観察していると、一刀両断男がわずかに体勢を変えた。私もすぐに察して、彼の首の後ろに引っ込んで顔だけ覗かせる。
こちらに気がついたのか、先頭の神官さんが不意に足を止めた。
眉間に深いしわを寄せ、さも不快そうに肩をすくめる。
「これはこれは、ヴィクター殿下ではございませぬか。聖堂に顔を出されるとはお珍しい」
低い声に非難するような響きを感じ取って、私は思わず固まってしまった。
けれど、一刀両断男は全く動じていなかった。こちらを睨む神官さんたちの前を、悠然とした足取りで通り過ぎる。
「不浄の身なれば、長居をするつもりはない。用を足したらすぐに退出する。安心するがいい」
脇に避け、申し訳程度に頭を下げる神官さんたちに冷ややかに告げた。カイルさんも無言で後に従う。
唯一顔を上げていたさっきの神官さんが、「滅相もない」と大仰に首を振った。
「人に害を為す魔獣を狩る、第三騎士団の皆様のお力あればこそ、王国の平和は保たれているのですから。不浄の身などと己を卑下なさらずとも」
「俺が不浄と言ったのは」
一刀両断男が足を止め、はっきりとした冷笑を浮かべる。
「古の魔王と同じ、この緋色の瞳の話だ」
「……っ」
終始小馬鹿にしたようだった神官さんが、初めて顔を引きつらせた。射抜くような緋色の瞳から逃げ出すように、深々と頭を下げてお辞儀する。
「いかに月の加護の下にあるとはいえ、よくよく注意しておくが良い。望むと望まざるとに関わらず、この瞳が聖堂に災いを呼び込むかもしれぬからな」
「は、はは……っ! き、肝に銘じて……え?」
神官さんが間抜けな顔を私に向けた。あ、気づいちゃいました?
「ぱえっ!」
「し、ししししシーナ・ルー様っ!?」
「えっ、シーナ・ルー!?」
「あの伝説の!? どこ、どこにですか!?」
途端に場が騒然とする。
意地悪神官さんが目を輝かせ、私に手を伸ばしかけた。が、私はその手からすげなく身をかわし、あっかんべえ。
(神職のクセに態度悪すぎ! ギルティ!)
……ま、一刀両断男の態度だって褒められたものではないけれど。
それでも私は神官たちの方に反感を持った。
なんだかんだで一刀両断男は私の命の恩人。あからさまに悪意のある振る舞いをされると腹が立つ。
(さあ、早くキースさんとやらのところに行こ! 一刀両断男っ)
「ぽえぇ~!」
「…………」
鋼色の髪をつんと引っ張れば、くく、と一刀両断男が初めて笑った。
後ろのカイルさんも顔をほころばせている。
目を白黒させて立ち尽くす意地悪神官に、私は短い手をバイバイと振った。
「ぱぇぱぇ~」