「だ、団長ッ!?」
「大丈夫なんすか、それ!?」
周囲の喧騒をよそに、私は呆けたように炎を見つめる。
……これは、魔素の炎じゃない。その証拠に、他の団員さんたちにも見えている。
「――騒ぐな。問題ない」
訳のわからない状況下でも、ヴィクターだけは一人平常運転だった。炎の大剣を構えてミミズ魔獣に詰め寄れば、魔獣は明らかに怯んだ様子を見せた。
小型ミミズたちも闘うのをやめ、土の切れ目に逃げ込もうと必死に体を潜り込ませる。
『グ、ググゥ……ッ』
手下たちの撤退につられたのか、ミミズ魔獣もまた少しずつ地面に沈んでいく。
「逃がすかっ!」
ヴィクターが一気呵成に距離を詰めた。
炎の大剣を袈裟懸けに振るった瞬間、ミミズ魔獣がつんざくような悲鳴を上げた。あれだけ攻撃しても斬れなかった体が、やすやすと真っ二つになって飛ばされる。
――ズゥンッ
魔獣のちぎれた体が地に落ちる。
しばらくもがくように蠢いていたが、ややあって完全に動きを止めてしまった。鮮やかだった紫色が、急激に色あせて白くなっていく。
「あ……っ」
「団長、小型魔獣が!」
逃げようともがいていた小型ミミズもまた、ぼろぼろと体が崩れて朽ち果てていった。ヴィクターがかすかに眉根を寄せる。
「……群れではなく、一つの生命体だったのかもしれんな。親玉を倒したことで、連鎖して命を失ったのだろう」
事もなげに告げ、大剣を地面に突き立てた。
炎はまだめらめらと燃えていて、ヴィクターが服の上から私を撫でて顔を寄せる。
「シーナ。もういい」
(え……っ?)
低いささやき声に、私は瞬きしてヴィクターを見上げた。
ヴィクターは指先で優しく私をくすぐると、ふっと目を細める。
「この炎は、お前の起こした奇跡だろう。……お前のお陰で全員が助かった。礼を言う」
「ぱ、ぱぅ、ぇ……?」
奇跡……、つまりは、魔法ってこと?
(私が、魔法を使った……?)
呆然自失しながらも、燃えさかる大剣に視線を移す。
じっと眺めながら、「ぱぇ……」と小さく呟いた。もう、いいよ。役目は終わったの。もう燃えなくって大丈夫だよ。
まるで心の声が聞こえたように、炎はパッと余韻すら残さず消えてしまった。団員さんたちが驚きにどよめく。
「す、すげぇ……!」
「月の聖獣様の奇跡、ってことか?」
「さすがっす、シーナ先輩っ!!」
拍手とともにはやし立てられる。
私はへにゃりと耳を垂らし、戸惑いつつヴィクターを見上げた。ヴィクターの穏やかな眼差しに、またも心臓が大きく跳ねる。
「ぱ、ぅ……っ」
耐えきれずに下を向いた。
ヘン、だ……。体が熱い、みたい。もしや私ってば、また何かを燃やそうとしちゃってる?
少しだけ自分が怖くなって、ぐりぐりとヴィクターの胸に頭突する。体は熱いし、心はふわふわ頼りないし。なんだか考えがまとまらない――……
「シーナ」
ヴィクターの大きな手に包み込まれる。
「疲れたのならば、寝ていろ。親玉は倒したのだから、もうリックの故郷は大丈夫だ。安心して休め」
「ぽぇぁ……」
小さく返事をして、素直に目をつぶる。
ヴィクターの優しい言葉が胸に沁み込んで、すぐに意識が遠のいていった。
◇
――ぱ、ぱ、ぱ〜ぅっ
――ぷっぷぷ、ぷぅ〜
「……ん……」
花の甘い香りがする。
やわらかな風が頬をなぶって、私はゆっくりと目を開けた。なんでだか、鼻先がくすぐったい。
「くしゅんっ!!」
「ぱぁおっ」
「ぷぅあ〜っ」
ん?
こすりこすり目を開けると、顔のすぐ側に何匹ものシーナちゃん。つぶらな目をまんまるにして、思いっきりのけ反っている。
「あ、ごめ……。ていうか、人の顔に群がらないで。毛がふわふわでくすぐったいよ」
くすくす笑いながら、順番にシーナちゃんたちをつついていく。シーナちゃんは身をよじらせ、照れたみたいにぱうぅと鳴いた。
どうやら私は、またも天上世界に来てしまったみたい。毎回律儀にお出迎えありがとね、シーナちゃん軍団。
(さて、と。ルーナさんは……?)
振り向いた瞬間、「きゃッ」と悲鳴が聞こえた。
ちょうど歩み寄ってきたらしいルーナさんと正面衝突しそうになって、お互いびっくり仰天してしまう。
「わわっ。ごめんなさい、ルーナさん!」
「ううん、平気よ。……って、そんなことよりもシーナッ!」
突然ルーナさんがガッと私の肩をつかんだ。
え、何? また私、何かやらかしちゃいました?
怯える私に、ルーナさんが鼻息荒く詰め寄ってくる。
「ねえ、あなた魔素を魔力に変換しちゃったでしょう!? しかも速攻で火魔法まで使ってぇ! ああもお、せっかくの極上の魔素だったのにっ。節約、とか貯めておく、っていう発想はなかったの?」
「え? え?」
早口でまくし立てられ、私は目を白黒させた。
ルーナさんはそんな私に構わず、ここぞとばかりに畳みかける。
「そもそもあんな大げさな魔法である必要はなかったでしょ、もっと小粒魔法で充分だったでしょ。シーナったら、計画性ってものを持たなくちゃ駄目じゃない! 破産してから後悔したって遅いのよ?」
え、えぇと。何を言われてるのやら、よくわからないけれど……。
もしかして私、やりくり下手なうえ金遣いの荒い女と責められている?
「ご、ごめんなさい……? 次からは、無駄遣いしないよう気をつけます……?」
疑問形で謝罪してみれば、ルーナさんは「ホントよ!」と憤然として頷いた。
「シーナ・ルーの得た魔素は、本来ならそっくりそのまま主たるわたくしのものになるはずだったのに。大半はあなたが火魔法として消費してしまったから、シーナ・ルーの体に取り込まれたのはほんのちょっぴりだけ。せっかく久しぶりに魔力が充実するかと思ったのに、横取りされちゃったぁ」
「へ、へぇ。別に自分では、魔素を取り込んだ自覚とかないんですけど……?」
頭を抱えてうなりつつ、ルーナさんの話を整理してみる。
つまり私は、ヴィクターから魔素をもらった(奪った?)わけね。
そしてそのまま貯めとけばルーナさんの魔力になったものを、うっかり魔法でミミズを焼いてしまい、貴重なエネルギー源をほぼほぼ使い尽くしてしまった――
と、いうことでオーケー?
「大丈夫なんすか、それ!?」
周囲の喧騒をよそに、私は呆けたように炎を見つめる。
……これは、魔素の炎じゃない。その証拠に、他の団員さんたちにも見えている。
「――騒ぐな。問題ない」
訳のわからない状況下でも、ヴィクターだけは一人平常運転だった。炎の大剣を構えてミミズ魔獣に詰め寄れば、魔獣は明らかに怯んだ様子を見せた。
小型ミミズたちも闘うのをやめ、土の切れ目に逃げ込もうと必死に体を潜り込ませる。
『グ、ググゥ……ッ』
手下たちの撤退につられたのか、ミミズ魔獣もまた少しずつ地面に沈んでいく。
「逃がすかっ!」
ヴィクターが一気呵成に距離を詰めた。
炎の大剣を袈裟懸けに振るった瞬間、ミミズ魔獣がつんざくような悲鳴を上げた。あれだけ攻撃しても斬れなかった体が、やすやすと真っ二つになって飛ばされる。
――ズゥンッ
魔獣のちぎれた体が地に落ちる。
しばらくもがくように蠢いていたが、ややあって完全に動きを止めてしまった。鮮やかだった紫色が、急激に色あせて白くなっていく。
「あ……っ」
「団長、小型魔獣が!」
逃げようともがいていた小型ミミズもまた、ぼろぼろと体が崩れて朽ち果てていった。ヴィクターがかすかに眉根を寄せる。
「……群れではなく、一つの生命体だったのかもしれんな。親玉を倒したことで、連鎖して命を失ったのだろう」
事もなげに告げ、大剣を地面に突き立てた。
炎はまだめらめらと燃えていて、ヴィクターが服の上から私を撫でて顔を寄せる。
「シーナ。もういい」
(え……っ?)
低いささやき声に、私は瞬きしてヴィクターを見上げた。
ヴィクターは指先で優しく私をくすぐると、ふっと目を細める。
「この炎は、お前の起こした奇跡だろう。……お前のお陰で全員が助かった。礼を言う」
「ぱ、ぱぅ、ぇ……?」
奇跡……、つまりは、魔法ってこと?
(私が、魔法を使った……?)
呆然自失しながらも、燃えさかる大剣に視線を移す。
じっと眺めながら、「ぱぇ……」と小さく呟いた。もう、いいよ。役目は終わったの。もう燃えなくって大丈夫だよ。
まるで心の声が聞こえたように、炎はパッと余韻すら残さず消えてしまった。団員さんたちが驚きにどよめく。
「す、すげぇ……!」
「月の聖獣様の奇跡、ってことか?」
「さすがっす、シーナ先輩っ!!」
拍手とともにはやし立てられる。
私はへにゃりと耳を垂らし、戸惑いつつヴィクターを見上げた。ヴィクターの穏やかな眼差しに、またも心臓が大きく跳ねる。
「ぱ、ぅ……っ」
耐えきれずに下を向いた。
ヘン、だ……。体が熱い、みたい。もしや私ってば、また何かを燃やそうとしちゃってる?
少しだけ自分が怖くなって、ぐりぐりとヴィクターの胸に頭突する。体は熱いし、心はふわふわ頼りないし。なんだか考えがまとまらない――……
「シーナ」
ヴィクターの大きな手に包み込まれる。
「疲れたのならば、寝ていろ。親玉は倒したのだから、もうリックの故郷は大丈夫だ。安心して休め」
「ぽぇぁ……」
小さく返事をして、素直に目をつぶる。
ヴィクターの優しい言葉が胸に沁み込んで、すぐに意識が遠のいていった。
◇
――ぱ、ぱ、ぱ〜ぅっ
――ぷっぷぷ、ぷぅ〜
「……ん……」
花の甘い香りがする。
やわらかな風が頬をなぶって、私はゆっくりと目を開けた。なんでだか、鼻先がくすぐったい。
「くしゅんっ!!」
「ぱぁおっ」
「ぷぅあ〜っ」
ん?
こすりこすり目を開けると、顔のすぐ側に何匹ものシーナちゃん。つぶらな目をまんまるにして、思いっきりのけ反っている。
「あ、ごめ……。ていうか、人の顔に群がらないで。毛がふわふわでくすぐったいよ」
くすくす笑いながら、順番にシーナちゃんたちをつついていく。シーナちゃんは身をよじらせ、照れたみたいにぱうぅと鳴いた。
どうやら私は、またも天上世界に来てしまったみたい。毎回律儀にお出迎えありがとね、シーナちゃん軍団。
(さて、と。ルーナさんは……?)
振り向いた瞬間、「きゃッ」と悲鳴が聞こえた。
ちょうど歩み寄ってきたらしいルーナさんと正面衝突しそうになって、お互いびっくり仰天してしまう。
「わわっ。ごめんなさい、ルーナさん!」
「ううん、平気よ。……って、そんなことよりもシーナッ!」
突然ルーナさんがガッと私の肩をつかんだ。
え、何? また私、何かやらかしちゃいました?
怯える私に、ルーナさんが鼻息荒く詰め寄ってくる。
「ねえ、あなた魔素を魔力に変換しちゃったでしょう!? しかも速攻で火魔法まで使ってぇ! ああもお、せっかくの極上の魔素だったのにっ。節約、とか貯めておく、っていう発想はなかったの?」
「え? え?」
早口でまくし立てられ、私は目を白黒させた。
ルーナさんはそんな私に構わず、ここぞとばかりに畳みかける。
「そもそもあんな大げさな魔法である必要はなかったでしょ、もっと小粒魔法で充分だったでしょ。シーナったら、計画性ってものを持たなくちゃ駄目じゃない! 破産してから後悔したって遅いのよ?」
え、えぇと。何を言われてるのやら、よくわからないけれど……。
もしかして私、やりくり下手なうえ金遣いの荒い女と責められている?
「ご、ごめんなさい……? 次からは、無駄遣いしないよう気をつけます……?」
疑問形で謝罪してみれば、ルーナさんは「ホントよ!」と憤然として頷いた。
「シーナ・ルーの得た魔素は、本来ならそっくりそのまま主たるわたくしのものになるはずだったのに。大半はあなたが火魔法として消費してしまったから、シーナ・ルーの体に取り込まれたのはほんのちょっぴりだけ。せっかく久しぶりに魔力が充実するかと思ったのに、横取りされちゃったぁ」
「へ、へぇ。別に自分では、魔素を取り込んだ自覚とかないんですけど……?」
頭を抱えてうなりつつ、ルーナさんの話を整理してみる。
つまり私は、ヴィクターから魔素をもらった(奪った?)わけね。
そしてそのまま貯めとけばルーナさんの魔力になったものを、うっかり魔法でミミズを焼いてしまい、貴重なエネルギー源をほぼほぼ使い尽くしてしまった――
と、いうことでオーケー?