「ぱっぱぱぱっ、ぱぇぱぁぁぁっ」

「シーナ。しっかり掴まっていろ」

 怯える私に、ヴィクターが冷静に声を掛けてくれる。
 落ち着き払ったその様子に、私は返す言葉もなくただ頷いた。ヴィクターの服の胸元から顔だけ出して、しがみつく手に力を入れる。

(しっかりしろ、私……! 無理言って連れてきてもらったんだから。みっともなく怖がってなんていられない!)

 決意も新たに、キッと化け物ミミズを睨みつける。
 ふ、ふふん。怖くなんてないんだからね! 何せ私は、第三騎士団最強(多分)な男の懐に隠れている、世界一安全な小動物なんだから!


 ――コオォッ


「ぱぅえぇっ!?」

 虚勢むなしく、みっともなく悲鳴を上げてしまう。
 だってだって、突然化け物ミミズの先端が二つに割れたのだ。どうやら頭ではなく口だったらしく、やけに綺麗なピンク色の口内には、ギザギザの歯がびっしりと生えている。

「うわ、キモ!」
「リック、すぐに片づけてやるからな。安全な場所まで下がってな!」

(そうだ……! リックくんっ)

 慌てて周囲を見渡せば、団員さんたちの後ろにリックくんが立っていた。顔を青くしながらも、必死で剣を構えている。

「お、おおお、オレだって、戦えますっ」

 ヴィクターが小さく舌打ちした。
 リックくんの剣が頼りなく揺れ、泣き出しそうに顔を歪める。不意にその足元からぽつぽつと炎が湧き上がるのが見え、私は驚きに息を呑んだ。

「リック。いいから命令に――」
「ぱ、ぱぇぱぁっ!!」

 鋭く叫んだ瞬間、またも地面がひび割れる。

 ヴィクターははっと体を固くすると、迅速に動いた。リックくんを突き飛ばし、大剣を真横に斬り払う。

 亀裂から生えてきたのは、さっきとは別の化け物ミミズ。その体長は最初のミミズよりだいぶ劣るものの、それでもヴィクターの倍以上は長い。
 ヴィクターの剣に跳ね飛ばされ、真っ二つになった体が地面でうごうごと動き続ける。

「う、うわっ!」
「気をつけろ、どんどん出てくるぞっ!」

 団員さんたちの叫び声に、私は必死で地面に目を凝らした。
 ありとあらゆる場所から魔素の炎が立ち昇る。一拍遅れて土が盛り上がり、小型の化け物ミミズが出現する――

「総員、速やかに退避! ここは俺が食い止める、その隙にお前達、は……っ」

「ぱぇぱぁ?」

 ヴィクターが途中で言葉を止め、私は不思議に思って彼を見上げた。
 ヴィクターは苦しげに眉根を寄せている。ややあって、何かを決意したように眼差しをきつくした。

「今のは撤回する! 二人一組になり、小型の奴を足止めするんだ! 無理に倒そうとしなくていい、とにかく時間を稼ぐのを優先しろ! その間に俺が親玉を仕留める!」

『おおっ!!』

 団員さんたちが元気良く唱和する。

 みんな迷いなく動き出し、二人ずつ小型ミミズを囲んでいく。
 リックくんも年かさの騎士さんの後方で、必死になって剣を振るっていた。

「……よし。行けるか、シーナ」

「ぱえっ、ぱぇぱぁ!」

(もちろんだよ、ヴィクター!)

 だって、あなたを信じてる。

 ありったけの信頼を込めて見上げれば、ヴィクターは少しだけ頬をゆるめた。
 ミミズ魔獣に向き合い、大剣を正眼に構え距離を詰めていく。

 ニイィ、とミミズ魔獣の口が再び裂ける。

「――はッ!」

 裂帛(れっぱく)の気合とともに、ヴィクターがミミズ魔獣に斬り掛かった。しかし、その刃はぶよぶよした体表に弾かれる。

「……っ。チッ、小型と同じようにはいかんか」

 忌々しげに吐き捨てたものの、ヴィクターに諦める様子は微塵もない。獲物を狙う猟犬のように目をすがめた。

(あ……っ)

 ヴィクターの体からも、魔素の炎がめらめらと大きく揺れている。
 魔獣のよどんだ赤黒い色とは全然違う、透き通るほどに美しい緋色。こんな状況だというのに、私は言葉を失って見とれてしまう。

「はあッ!!」

 ヴィクターの奮闘により、少しずつ少しずつ、ミミズ魔獣の体に傷が増えていった。けれど、決定打には到底足りない。
 周りの団員さんたちから、そしてヴィクターからもじりじりと体力が奪われていく。

(どうしよう、このままじゃ……!)

 泣き出しそうに彼にしがみつく。

 魔素の炎に触れているのに、熱さなんてちっとも感じられなかった。これが、本物の炎だったらよかったのに。そうすればきっと、あんなミミズなんて焼きつくしてしまうのに。

 ミミズ魔獣がヴィクターに襲いかかる。
 禍々しい大きな口をぱっくりと開き、ヴィクターを丸呑みにしようとしている。

 激しい怒りと焦燥を感じ、不意に体が燃えるように熱くなった。

(がんばって、負けちゃ駄目だよヴィクター! あんな気味の悪いミミズなんか、ヴィクターの綺麗な炎でやっつけちゃえ!!)


 ――心の底から強く念じた、その瞬間。


「な……っ!?」

 ヴィクターの大剣から、ほとばしるように真っ赤な炎が噴き出した。