「あはは、ドン引きしてる~」
意地悪く含み笑いすると、カイルさんは私の額をピンと弾いた。
一刀両断男が顔をしかめ、うっとうしそうにカイルさんの手を払いのける。……が、相変わらずカイルさんはどこ吹く風だ。
「ねね、ヴィクター。聖獣ちゃんって、もしかして女の子なのかもね。だって男だったら羨ましがるところだろ?」
「どうだか。俺は男だが、陛下を羨ましいと思った事など一度も無い」
(……へいか?)
ポケットにぎゅむっと押し込まれつつ、私はこっそり首をひねった。
実のお父さんだろうに、いやに他人行儀な呼び方だ。
それとも私が知らないだけで、王族にとってはこれが普通なのだろうか。
(ねえねえ、一刀両断男~)
短い手足を動かして、もう一度ポケットから顔を出そうと奮闘する。けれど「大人しくしていろ」と低い声で叱責された。
「他の人間に見られたら面倒だ。聖堂に着いたら出してやる」
うう、ここ埃っぽいんだけどなぁ。
抗議の鳴き声が出かかったけれど、私はすぐに思い直して口をつぐんだ。
だって確かに、一刀両断男の言う通りかもしれない。こんなにも威圧感ある大男の懐に、ちっちゃくてつぶらな瞳で毛並み真っ白で、ふかふかもふもふパーフェクトラブリーな私がいたら、通行人の皆さんもびっくり仰天してしまうに違いないから。
納得してもがくのをやめれば、カイルさんがぶはっと噴き出す声が聞こえてきた。
「ははっ! ヴィクター、なんだかんだでお前も普通に話しかけてんじゃん!」
「黙れ。単にお前につられただけだ」
むっつりと吐き捨てる。
それからは二人とも黙ってしまったので、私も上下の揺れを感じつつ考え事に専念した。
(とりあえずの目標は、神官さんに保護してもらうこと。それから月の女神さんに会わせてもらうこと、で大丈夫だよね?)
……でも、神様ってそんな簡単に会えるものだろうか。
ここが日本だったら「無理だろ」と即座に否定するところだけど、なにせここは異世界だ。
神様だって実在して、フレンドリーに一般庶民にも会ってくれるかも?
うんうんと頷いていると、「そうだ!」とカイルさんが久しぶりに声を上げた。
「ヴィクター、聖獣ちゃんに名前を付けてあげなよ。キースに紹介するとき、名前がないと不便だろ?」
(……はあ?)
キースって誰よ、とポケットから顔を出しかけたところで、一刀両断男がにべもなく吐き捨てる。
「必要無い。聖堂に引き渡しさえすれば、俺とこいつには何の関係もなくなるのだから」
「だからこそ、だよ。拾い主はヴィクターだろ? お前が名付け親になれば、この子を聖堂に預けたとしても、お前とこの子の縁が切れることはなくなるんだから」
「…………」
一刀両断男が黙り込んでしまった。
私は二人の会話に耳を傾けつつ、困ったなぁ、とポケットの中にもぞもぞ逆戻りする。
名付けも何も、私には親からもらった立派な名前があるのだ。それに本当は人間なんだから、ポチだのタマだのシロだの、ペットみたいな名前で呼ばれるのはごめんこうむりたい。
(もお、カイルさんてば余計なことを~。名前なんかいらないし、そもそも一刀両断男だって)
私との縁なんて、望んでいるはずが――
「……シーナ」
(へっ!?)
一瞬息が止まりそうになり、私はすごい勢いで背伸びした。ポケットから顔を出し、ぽかんとして男たちを見比べる。
カイルさんは虚を衝かれたように瞬きすると、あきれた様子で天を仰いだ。
「シーナぁ? それって単純すぎじゃない? シーナ・ルーから取っただけだろ。ほぼ種族名じゃん」
「悪いか」
不快げに眉をひそめる一刀両断男を見上げ、私はすうっと大きく息を吸う。
「ぽえっ!!」
「……へ?」
カイルさんが私を覗き込んだ。
まじまじと私を見つめ、小さく首を傾げる。
「……もしや聖獣ちゃん、この名前が気に入ったの? すっごく、めちゃくちゃ、この上もなく、適当な名前なのに?」
「ぽえっ!!」
一言一句区切って確認するカイルさんとしっかり目を合わせ、私は大きく頷いた。
一刀両断男は無言のままだが、その緋色の目は驚いたように見開かれている。
じっと彼を見返せば、ややあって再び、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「……シーナ」
「ぽえっ、ぽえぽえ、ぽえっ!!」
「シーナ」
「ぽええ~!!」
今度はしっかりと呼んでくれたので、短い手を一生懸命に振ってお返事する。
一刀両断男の表情がやわらいだ気がして、なぜだかそれも嬉しくなってくる。
やり取りを見守っていたカイルさんが、思いっきり苦笑した。
「まあ、本人……シーナちゃんが気に入ったなら、いっか。そんじゃ改めてよろしくね、シーナちゃん?」
「ぽえっ!」
もちろんもちろん、気に入りましたとも。
まだ何も問題は解決していないというのに、私の気分は晴れやかだった。
ぱえぱえ鼻歌を歌いつつ、日本とはどこか色味の違う、抜けるように青い空を見上げる。
(……だって、私は)
ほんの半日前までは、どこにでもいる平凡な会社員。
和気あいあいとした職場でのんびり働き、仕事終わりのご褒美はコンビニスイーツ。休日は家事を一気に片付けたり、友達や同期と連れ立って遊びに出掛けたり。
お一人様を満喫し、日々自由気ままに生きてきた。
――椎名深月、二十三歳。
それが私なのだから。
意地悪く含み笑いすると、カイルさんは私の額をピンと弾いた。
一刀両断男が顔をしかめ、うっとうしそうにカイルさんの手を払いのける。……が、相変わらずカイルさんはどこ吹く風だ。
「ねね、ヴィクター。聖獣ちゃんって、もしかして女の子なのかもね。だって男だったら羨ましがるところだろ?」
「どうだか。俺は男だが、陛下を羨ましいと思った事など一度も無い」
(……へいか?)
ポケットにぎゅむっと押し込まれつつ、私はこっそり首をひねった。
実のお父さんだろうに、いやに他人行儀な呼び方だ。
それとも私が知らないだけで、王族にとってはこれが普通なのだろうか。
(ねえねえ、一刀両断男~)
短い手足を動かして、もう一度ポケットから顔を出そうと奮闘する。けれど「大人しくしていろ」と低い声で叱責された。
「他の人間に見られたら面倒だ。聖堂に着いたら出してやる」
うう、ここ埃っぽいんだけどなぁ。
抗議の鳴き声が出かかったけれど、私はすぐに思い直して口をつぐんだ。
だって確かに、一刀両断男の言う通りかもしれない。こんなにも威圧感ある大男の懐に、ちっちゃくてつぶらな瞳で毛並み真っ白で、ふかふかもふもふパーフェクトラブリーな私がいたら、通行人の皆さんもびっくり仰天してしまうに違いないから。
納得してもがくのをやめれば、カイルさんがぶはっと噴き出す声が聞こえてきた。
「ははっ! ヴィクター、なんだかんだでお前も普通に話しかけてんじゃん!」
「黙れ。単にお前につられただけだ」
むっつりと吐き捨てる。
それからは二人とも黙ってしまったので、私も上下の揺れを感じつつ考え事に専念した。
(とりあえずの目標は、神官さんに保護してもらうこと。それから月の女神さんに会わせてもらうこと、で大丈夫だよね?)
……でも、神様ってそんな簡単に会えるものだろうか。
ここが日本だったら「無理だろ」と即座に否定するところだけど、なにせここは異世界だ。
神様だって実在して、フレンドリーに一般庶民にも会ってくれるかも?
うんうんと頷いていると、「そうだ!」とカイルさんが久しぶりに声を上げた。
「ヴィクター、聖獣ちゃんに名前を付けてあげなよ。キースに紹介するとき、名前がないと不便だろ?」
(……はあ?)
キースって誰よ、とポケットから顔を出しかけたところで、一刀両断男がにべもなく吐き捨てる。
「必要無い。聖堂に引き渡しさえすれば、俺とこいつには何の関係もなくなるのだから」
「だからこそ、だよ。拾い主はヴィクターだろ? お前が名付け親になれば、この子を聖堂に預けたとしても、お前とこの子の縁が切れることはなくなるんだから」
「…………」
一刀両断男が黙り込んでしまった。
私は二人の会話に耳を傾けつつ、困ったなぁ、とポケットの中にもぞもぞ逆戻りする。
名付けも何も、私には親からもらった立派な名前があるのだ。それに本当は人間なんだから、ポチだのタマだのシロだの、ペットみたいな名前で呼ばれるのはごめんこうむりたい。
(もお、カイルさんてば余計なことを~。名前なんかいらないし、そもそも一刀両断男だって)
私との縁なんて、望んでいるはずが――
「……シーナ」
(へっ!?)
一瞬息が止まりそうになり、私はすごい勢いで背伸びした。ポケットから顔を出し、ぽかんとして男たちを見比べる。
カイルさんは虚を衝かれたように瞬きすると、あきれた様子で天を仰いだ。
「シーナぁ? それって単純すぎじゃない? シーナ・ルーから取っただけだろ。ほぼ種族名じゃん」
「悪いか」
不快げに眉をひそめる一刀両断男を見上げ、私はすうっと大きく息を吸う。
「ぽえっ!!」
「……へ?」
カイルさんが私を覗き込んだ。
まじまじと私を見つめ、小さく首を傾げる。
「……もしや聖獣ちゃん、この名前が気に入ったの? すっごく、めちゃくちゃ、この上もなく、適当な名前なのに?」
「ぽえっ!!」
一言一句区切って確認するカイルさんとしっかり目を合わせ、私は大きく頷いた。
一刀両断男は無言のままだが、その緋色の目は驚いたように見開かれている。
じっと彼を見返せば、ややあって再び、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「……シーナ」
「ぽえっ、ぽえぽえ、ぽえっ!!」
「シーナ」
「ぽええ~!!」
今度はしっかりと呼んでくれたので、短い手を一生懸命に振ってお返事する。
一刀両断男の表情がやわらいだ気がして、なぜだかそれも嬉しくなってくる。
やり取りを見守っていたカイルさんが、思いっきり苦笑した。
「まあ、本人……シーナちゃんが気に入ったなら、いっか。そんじゃ改めてよろしくね、シーナちゃん?」
「ぽえっ!」
もちろんもちろん、気に入りましたとも。
まだ何も問題は解決していないというのに、私の気分は晴れやかだった。
ぱえぱえ鼻歌を歌いつつ、日本とはどこか色味の違う、抜けるように青い空を見上げる。
(……だって、私は)
ほんの半日前までは、どこにでもいる平凡な会社員。
和気あいあいとした職場でのんびり働き、仕事終わりのご褒美はコンビニスイーツ。休日は家事を一気に片付けたり、友達や同期と連れ立って遊びに出掛けたり。
お一人様を満喫し、日々自由気ままに生きてきた。
――椎名深月、二十三歳。
それが私なのだから。