少しまどろんだだけのつもりだったのに、目を開けたらもう朝になっていた。
驚きつつも起き上がると、そこはいつも通りヴィクターのベッドの上。隣には背中を向けて横たわるヴィクターの姿もある。
まだ寝てるのかな?と、ころころ彼の側へ転がっていく。
「…………」
あったかい。
背中にもふっとおでこをくっつければ、彼の体温が伝わってきた。寝息はとても安らかだ。
昨夜は私が人間に戻っている間、ヴィクターはずっと外に出ていてくれた。寒くはなかったかな、と今さらながら心配になってしまう。
(ごめんね……)
心の中でそっと謝って、もう一度目をつぶる。規則正しいヴィクターの呼吸につられ、あくびが漏れた。
「ぷあぁ……っ」
「……起きたのか」
低いかすれ声が聞こえ、私はどきっとして身じろぎする。
くっついていたのがバレたら恥ずかしい。電光石火の早業で体を離したのに、すかさず伸びてきた大きな手が私を包み込んだ。
「ぱぅっ?」
「……無駄に体温が高いな。子供か、お前は」
寝返りを打ったヴィクターの胸に引き寄せられる。
優しく抱き締めながらけなされて、条件反射で口を尖らせた。何よ、ヴィクターだって人のこと言えないくせに。
(あなただって、充分あったかいじゃない)
手の中で身をよじり、胸にぐりぐりと頭突きをしてやる。くすぐったかったのか、ヴィクターがこもった笑い声を立てた。……あれ?
(怒って、ないの?)
せっかく助けてあげた相手から、自分だけ除け者にされたのに。普通だったら気を悪くして当然……っていうか、「もう知らん」って見捨てられたって仕方ないって思ってたのに。
もじもじと手を合わせ、ヴィクターを見上げる。
「ぱ、ぱぇぱぁ。ぱぅえ……?」
「耐えろ。朝食にはまだ早い」
ごはんねだったわけじゃないよ!
とんだ濡れ衣に頬をふくらませる。
ヴィクターは目を細めて私を見ると、なだめるように背中を撫でてくれた。大きな手が温かくて、私はうっとりと身をゆだねる。
そのまま二人して二度寝に突入。
仕事に行かなくていいのかな、なんて疑問に思いながらも、この上なく幸せな睡魔には抗えなかった。
◇
「ぽえ?」
(え? そうなの?)
食堂にて。
今日は休みだ、と唐突にヴィクターから宣言されて、私は目を丸くする。
ヴィクターは言葉少なに「ああ」と頷くと、パンをちぎって私の口元にあてがった。無意識にかぶりつき、首をひねって考え込む。
(そっか、お休みかぁ。……ん? そういえばヴィクターって、お休みの日はいつも何してるのかな?)
使用人さんのいる優雅な生活だから、家事はしなくていいとして。
パジャマで自堕落にごろごろだらだら……は、ヴィクターっぽくないよね。もちろん私は大好きですけども。
なら友達や恋人とキャッキャウフフとお買い物、もしくはおしゃれカフェでランチとか? それとも仲間内で集まってにぎやかに飲み会?……や、どれも絶対に違うな。うん。
あっじゃあじゃあ、一日中一人でむすっと不機嫌に壁を睨んでるとか!? おお、これならイメージぴったりだ!
ビシッ。
「ぱぅえぇっ」
(あいたぁっ)
ぷぷぷぷぅと含み笑いする私を、いきなりのデコピンが襲いかかった。
額を押さえて恨みがましく見上げれば、「なんとなくムカついた」と淡々と返された。チッ、勘のいい男は嫌いだよ。
むくれる私をつつき、ヴィクターは今度はフォークに刺したソーセージを差し出してくれる。歯を立てるとじゅわっと油がしみ出して、美味しさにぱたぱたとしっぽが揺れた。
「……どこか、行きたいところはあるか」
ぼそっと問い掛けられ、一瞬思考が停止する。ん、なんて?
「ぱえ?」
「大人しく隠れていると約束するならば、王都を一周りしてやってもいい。俺が……、案内してやらない、事もない」
怒ったみたいに顔を背けた。えっ、えっ、ホントに!?
「ぱうっ! ぱえぱえぱえ、ぱうっ!」
(する! 約束するするっ!)
勢い込んで身を乗り出すと、ヴィクターはこちらを見ないまま小さく首肯した。静かにナイフとフォークを置き、立ち上がる。
「準備する。お前はここで待っていろ」
「ぱえぇ~!」
(はーい!)
しっぽを一振りして見送った。
残りの料理をせっせと平らげていると、無言で後ろに控えていたロッテンマイヤーさんが、すうっと私に身を寄せてきた。
「……シーナ様。カイルより、伝言をお預かりしております」
カイルさん?
食べる手を休め、きょとんと彼女を見上げる。
ロッテンマイヤーさんは神経質に眼鏡を上げると、重々しく頷いた。
「そのまま申し伝えます。――シーナちゃん。例の件、ヴィクターには上手く誤魔化しといたから安心して。次の討伐には付いてきていいし、ヴィクターも決して無茶はしないはずだよ。――だ、そうです」
何のことやら、わたくしには意味がわかりかねますが。
眉をひそめるロッテンマイヤーさんを置いて、私は喜びにぴょんと飛び上がる。おおお、グッジョブですカイルさん!
(よかった、これで一安心だね!)
ロッテンマイヤーさんに身振り手振りでお礼を伝え、胸を撫で下ろした。
魔素が自在に見えるようになれば、次の段階に進めるはずだ。ルーナさんの言っていた「魔力の動力源となる魔素を集めろ」ミッションは、まだどうすれば遂行できるのか皆目見当もつかない……けれど。
(うん、弱気は禁物っ!)
とにかく今は行動あるのみだ。
最後の一口をほおばって、元気良く立ち上がる。
ロッテンマイヤーさんに手を拭いてもらいながら、私はふと引っかかりを覚えた。
(……それにしても、カイルさんってば)
勘の鋭いヴィクターを、一体どんな手を使って言いくるめたのやら。
驚きつつも起き上がると、そこはいつも通りヴィクターのベッドの上。隣には背中を向けて横たわるヴィクターの姿もある。
まだ寝てるのかな?と、ころころ彼の側へ転がっていく。
「…………」
あったかい。
背中にもふっとおでこをくっつければ、彼の体温が伝わってきた。寝息はとても安らかだ。
昨夜は私が人間に戻っている間、ヴィクターはずっと外に出ていてくれた。寒くはなかったかな、と今さらながら心配になってしまう。
(ごめんね……)
心の中でそっと謝って、もう一度目をつぶる。規則正しいヴィクターの呼吸につられ、あくびが漏れた。
「ぷあぁ……っ」
「……起きたのか」
低いかすれ声が聞こえ、私はどきっとして身じろぎする。
くっついていたのがバレたら恥ずかしい。電光石火の早業で体を離したのに、すかさず伸びてきた大きな手が私を包み込んだ。
「ぱぅっ?」
「……無駄に体温が高いな。子供か、お前は」
寝返りを打ったヴィクターの胸に引き寄せられる。
優しく抱き締めながらけなされて、条件反射で口を尖らせた。何よ、ヴィクターだって人のこと言えないくせに。
(あなただって、充分あったかいじゃない)
手の中で身をよじり、胸にぐりぐりと頭突きをしてやる。くすぐったかったのか、ヴィクターがこもった笑い声を立てた。……あれ?
(怒って、ないの?)
せっかく助けてあげた相手から、自分だけ除け者にされたのに。普通だったら気を悪くして当然……っていうか、「もう知らん」って見捨てられたって仕方ないって思ってたのに。
もじもじと手を合わせ、ヴィクターを見上げる。
「ぱ、ぱぇぱぁ。ぱぅえ……?」
「耐えろ。朝食にはまだ早い」
ごはんねだったわけじゃないよ!
とんだ濡れ衣に頬をふくらませる。
ヴィクターは目を細めて私を見ると、なだめるように背中を撫でてくれた。大きな手が温かくて、私はうっとりと身をゆだねる。
そのまま二人して二度寝に突入。
仕事に行かなくていいのかな、なんて疑問に思いながらも、この上なく幸せな睡魔には抗えなかった。
◇
「ぽえ?」
(え? そうなの?)
食堂にて。
今日は休みだ、と唐突にヴィクターから宣言されて、私は目を丸くする。
ヴィクターは言葉少なに「ああ」と頷くと、パンをちぎって私の口元にあてがった。無意識にかぶりつき、首をひねって考え込む。
(そっか、お休みかぁ。……ん? そういえばヴィクターって、お休みの日はいつも何してるのかな?)
使用人さんのいる優雅な生活だから、家事はしなくていいとして。
パジャマで自堕落にごろごろだらだら……は、ヴィクターっぽくないよね。もちろん私は大好きですけども。
なら友達や恋人とキャッキャウフフとお買い物、もしくはおしゃれカフェでランチとか? それとも仲間内で集まってにぎやかに飲み会?……や、どれも絶対に違うな。うん。
あっじゃあじゃあ、一日中一人でむすっと不機嫌に壁を睨んでるとか!? おお、これならイメージぴったりだ!
ビシッ。
「ぱぅえぇっ」
(あいたぁっ)
ぷぷぷぷぅと含み笑いする私を、いきなりのデコピンが襲いかかった。
額を押さえて恨みがましく見上げれば、「なんとなくムカついた」と淡々と返された。チッ、勘のいい男は嫌いだよ。
むくれる私をつつき、ヴィクターは今度はフォークに刺したソーセージを差し出してくれる。歯を立てるとじゅわっと油がしみ出して、美味しさにぱたぱたとしっぽが揺れた。
「……どこか、行きたいところはあるか」
ぼそっと問い掛けられ、一瞬思考が停止する。ん、なんて?
「ぱえ?」
「大人しく隠れていると約束するならば、王都を一周りしてやってもいい。俺が……、案内してやらない、事もない」
怒ったみたいに顔を背けた。えっ、えっ、ホントに!?
「ぱうっ! ぱえぱえぱえ、ぱうっ!」
(する! 約束するするっ!)
勢い込んで身を乗り出すと、ヴィクターはこちらを見ないまま小さく首肯した。静かにナイフとフォークを置き、立ち上がる。
「準備する。お前はここで待っていろ」
「ぱえぇ~!」
(はーい!)
しっぽを一振りして見送った。
残りの料理をせっせと平らげていると、無言で後ろに控えていたロッテンマイヤーさんが、すうっと私に身を寄せてきた。
「……シーナ様。カイルより、伝言をお預かりしております」
カイルさん?
食べる手を休め、きょとんと彼女を見上げる。
ロッテンマイヤーさんは神経質に眼鏡を上げると、重々しく頷いた。
「そのまま申し伝えます。――シーナちゃん。例の件、ヴィクターには上手く誤魔化しといたから安心して。次の討伐には付いてきていいし、ヴィクターも決して無茶はしないはずだよ。――だ、そうです」
何のことやら、わたくしには意味がわかりかねますが。
眉をひそめるロッテンマイヤーさんを置いて、私は喜びにぴょんと飛び上がる。おおお、グッジョブですカイルさん!
(よかった、これで一安心だね!)
ロッテンマイヤーさんに身振り手振りでお礼を伝え、胸を撫で下ろした。
魔素が自在に見えるようになれば、次の段階に進めるはずだ。ルーナさんの言っていた「魔力の動力源となる魔素を集めろ」ミッションは、まだどうすれば遂行できるのか皆目見当もつかない……けれど。
(うん、弱気は禁物っ!)
とにかく今は行動あるのみだ。
最後の一口をほおばって、元気良く立ち上がる。
ロッテンマイヤーさんに手を拭いてもらいながら、私はふと引っかかりを覚えた。
(……それにしても、カイルさんってば)
勘の鋭いヴィクターを、一体どんな手を使って言いくるめたのやら。