「シーナちゃん。いつ魔素が見えたのか、とりあえず教えてくれるかな? 何か迷ってるみたいだけど、皆で知恵を出し合えば活路は開けると思うんだ」
カイルさんから優しくうながされ、私ははっとして顔を上げた。
やわらかな微笑みに、冷たくこわばっていた体から力が抜けていく。
(そう、だよね……)
私は一人で戦ってるわけじゃない。
カイルさんにキースさん、それからヴィクター、天上世界からはルーナさんとシーナちゃん軍団も見守ってくれている。みんなが私を、助けようとしてくれているのだ。
大きく息をつき、心を決めて口を開く。
「街道で、狼みたいな魔獣が出た時です。戦うヴィクターから、赤い炎みたいなものが揺れているのが見えました」
「ほう!? 炎、それが魔素なのですねっ!」
キースさんがきらきらと目を輝かせる。
ものすごい勢いで帳面に書きつけていくのを、私は怖々と見守った。あと、と小声で付け加える。
「狼魔獣からは、赤黒いっていうか……ヴィクターのものより、暗い感じの炎が見え……ひっ!?」
「ほほぉうっ! なるほどなるほど、魔素は個体もしくは種族によって異なる色を持っているという可能性があ痛ぁあっ!!」
「キース。早口すぎて気持ち悪い」
あと、シーナちゃんに寄りすぎ。
キースさんの脳天に肘鉄を落としたカイルさんが、ずりずりと伸びた体を引きずっていく。び、びっくりしたぁ……。
乱暴にキースさんをソファに座らせると、カイルさんはパンパンと手をはたいた。
「了解だよ、シーナちゃん。なら今後は、なるべく討伐任務の時は君も連れて行くことにしよう。……もちろん、安全面には最大限配慮するけどね。怖いとは思うから、無理だと思ったらすぐに――」
「う、ううんカイルさんっ。私は別に怖がってるわけじゃないの!」
私は慌てて彼の言葉をさえぎった。
おそらくカイルさんは、さっき私が躊躇したのは戦闘を見るのが恐ろしいからだと思っている。でも、本当はそうじゃない。
「ヴィクターに、無茶をしてほしくないの。自分が戦えば事態が進展するって知ったら……、きっと、ヴィクターは……」
だんだんと声が小さくなっていく。
ぎゅうと枕を抱き締める私を見て、カイルさんは納得したように頷いた。
「確かに。張り切って率先して、一人きりで魔獣の群れに突っ込んでいきそうだよね」
「は、張り切ってかどうかは知らないけど。ただヴィクターって実は、ああ見えて優しい人だと思うから」
もじもじとフォローすると、カイルさんは途端にパッと顔を明るくした。
「そう、そうだよね! ヴィクターにだって良いところはあるんだよ! いやぁ嬉しいなぁ、シーナちゃんがヴィクターのことをわかってくれてて!」
声を弾ませ、まるで我が事のように喜ぶ。
恨みがましく頭を押さえていたキースさんが、ふんと鼻を鳴らした。
「それで、どうするのです。わたしはシーナ・ルー様のご懸念ももっともだと思いますよ。ヴィクター殿下に知られれば、あの方は己の危険も顧みずに行動するやもしれません」
「うぅん……。でもシーナちゃんから聞いたことは、余さずヴィクターにも伝えるって約束しちゃったからねぇ……」
どうしたもんかな、とカイルさんが眉を下げる。
私も一緒になって頭を抱え込み、しばらく三人そろってうんうんうなった。
「あ……っ」
不意に胸を押さえ、私は喉を震わせた。……やばい、急に来た。
「シーナちゃん!?」
「……っ。だい、じょうぶ」
大きく息を吸って、吐く。
規則正しく呼吸を繰り返せば、苦しさは徐々に去っていった。安堵して二人に笑いかける。
「平気、です。まだもう少し、時間はありそうです」
「いいえ、シーナ・ルー様。今宵はこれまでといたしましょう」
キースさんは厳しく宣言すると、音を立てて帳面を閉じてしまった。私は慌ててかぶりを振る。
「いえ、でも。まだ話し合うことは、たくさん……」
「シーナちゃん、焦る必要はないって。できることから一つずつ、ね?」
カイルさんからいたずらっぽくウインクされて、私は観念して頷いた。本当に、あと十分ぐらいならいけそうなんだけどなぁ……。
未練たらたら、枕を置いて目をつぶる。
シーナちゃんに戻るよう念じようとした瞬間、突然「あっ!」とキースさんが大声を張り上げた。驚いて目を開ける。
「キースさん?」
「そうでした、シーナ・ルー様! 最後にお名前をお聞かせ願えますかっ?」
「へ?……名前?」
ぱちくり瞬きする私に、キースさんは満面の笑みで頷いた。
「ええ。『シーナ・ルー』様はあなたの仮の姿でしょう? 少なくとも真の姿でおられる時だけでも、わたしはあなたを本当の名でお呼びしたいと――」
「ちょっ、キース! 待って待って、それはなし!」
カイルさんが弾かれたように立ち上がり、私たちの間に割り込んだ。唖然とするキースさんを押しとどめ、私に向き直る。
「シーナちゃん、いいからもう戻って。……本当の名は、オレだって知りたいよ。だけど、ヴィクターの方が……他の誰よりもヴィクターが、そう願ってるはずなんだ。だからこれは単にオレのわがままだけど、君の名は一番にヴィクターに教えてあげてほしいんだ」
「カイルさん……」
カイルさんの真摯な言葉が、じんわりと心に沁み込んでいく。
……うん、そうだね。
私もできれば、一番にヴィクターに呼んでほしいかな。深月、って。
ごしごしと目をこすり、ちょっとだけ熱くなった顔で二人に笑いかけた。
「じゃ、そうすることにします。……でも、一つだけ。シーナも、私の本当の名前なの。苗字だけどね」
だからこれまで通り、「シーナ」って呼んでもらえたら嬉しいかな。
はにかみながらそう告げて、大急ぎで目を閉じる。
温かな光が私を包み込み、息苦しさから解き放たれていく。そのまま、心地良い眠気に体をゆだねた――……
カイルさんから優しくうながされ、私ははっとして顔を上げた。
やわらかな微笑みに、冷たくこわばっていた体から力が抜けていく。
(そう、だよね……)
私は一人で戦ってるわけじゃない。
カイルさんにキースさん、それからヴィクター、天上世界からはルーナさんとシーナちゃん軍団も見守ってくれている。みんなが私を、助けようとしてくれているのだ。
大きく息をつき、心を決めて口を開く。
「街道で、狼みたいな魔獣が出た時です。戦うヴィクターから、赤い炎みたいなものが揺れているのが見えました」
「ほう!? 炎、それが魔素なのですねっ!」
キースさんがきらきらと目を輝かせる。
ものすごい勢いで帳面に書きつけていくのを、私は怖々と見守った。あと、と小声で付け加える。
「狼魔獣からは、赤黒いっていうか……ヴィクターのものより、暗い感じの炎が見え……ひっ!?」
「ほほぉうっ! なるほどなるほど、魔素は個体もしくは種族によって異なる色を持っているという可能性があ痛ぁあっ!!」
「キース。早口すぎて気持ち悪い」
あと、シーナちゃんに寄りすぎ。
キースさんの脳天に肘鉄を落としたカイルさんが、ずりずりと伸びた体を引きずっていく。び、びっくりしたぁ……。
乱暴にキースさんをソファに座らせると、カイルさんはパンパンと手をはたいた。
「了解だよ、シーナちゃん。なら今後は、なるべく討伐任務の時は君も連れて行くことにしよう。……もちろん、安全面には最大限配慮するけどね。怖いとは思うから、無理だと思ったらすぐに――」
「う、ううんカイルさんっ。私は別に怖がってるわけじゃないの!」
私は慌てて彼の言葉をさえぎった。
おそらくカイルさんは、さっき私が躊躇したのは戦闘を見るのが恐ろしいからだと思っている。でも、本当はそうじゃない。
「ヴィクターに、無茶をしてほしくないの。自分が戦えば事態が進展するって知ったら……、きっと、ヴィクターは……」
だんだんと声が小さくなっていく。
ぎゅうと枕を抱き締める私を見て、カイルさんは納得したように頷いた。
「確かに。張り切って率先して、一人きりで魔獣の群れに突っ込んでいきそうだよね」
「は、張り切ってかどうかは知らないけど。ただヴィクターって実は、ああ見えて優しい人だと思うから」
もじもじとフォローすると、カイルさんは途端にパッと顔を明るくした。
「そう、そうだよね! ヴィクターにだって良いところはあるんだよ! いやぁ嬉しいなぁ、シーナちゃんがヴィクターのことをわかってくれてて!」
声を弾ませ、まるで我が事のように喜ぶ。
恨みがましく頭を押さえていたキースさんが、ふんと鼻を鳴らした。
「それで、どうするのです。わたしはシーナ・ルー様のご懸念ももっともだと思いますよ。ヴィクター殿下に知られれば、あの方は己の危険も顧みずに行動するやもしれません」
「うぅん……。でもシーナちゃんから聞いたことは、余さずヴィクターにも伝えるって約束しちゃったからねぇ……」
どうしたもんかな、とカイルさんが眉を下げる。
私も一緒になって頭を抱え込み、しばらく三人そろってうんうんうなった。
「あ……っ」
不意に胸を押さえ、私は喉を震わせた。……やばい、急に来た。
「シーナちゃん!?」
「……っ。だい、じょうぶ」
大きく息を吸って、吐く。
規則正しく呼吸を繰り返せば、苦しさは徐々に去っていった。安堵して二人に笑いかける。
「平気、です。まだもう少し、時間はありそうです」
「いいえ、シーナ・ルー様。今宵はこれまでといたしましょう」
キースさんは厳しく宣言すると、音を立てて帳面を閉じてしまった。私は慌ててかぶりを振る。
「いえ、でも。まだ話し合うことは、たくさん……」
「シーナちゃん、焦る必要はないって。できることから一つずつ、ね?」
カイルさんからいたずらっぽくウインクされて、私は観念して頷いた。本当に、あと十分ぐらいならいけそうなんだけどなぁ……。
未練たらたら、枕を置いて目をつぶる。
シーナちゃんに戻るよう念じようとした瞬間、突然「あっ!」とキースさんが大声を張り上げた。驚いて目を開ける。
「キースさん?」
「そうでした、シーナ・ルー様! 最後にお名前をお聞かせ願えますかっ?」
「へ?……名前?」
ぱちくり瞬きする私に、キースさんは満面の笑みで頷いた。
「ええ。『シーナ・ルー』様はあなたの仮の姿でしょう? 少なくとも真の姿でおられる時だけでも、わたしはあなたを本当の名でお呼びしたいと――」
「ちょっ、キース! 待って待って、それはなし!」
カイルさんが弾かれたように立ち上がり、私たちの間に割り込んだ。唖然とするキースさんを押しとどめ、私に向き直る。
「シーナちゃん、いいからもう戻って。……本当の名は、オレだって知りたいよ。だけど、ヴィクターの方が……他の誰よりもヴィクターが、そう願ってるはずなんだ。だからこれは単にオレのわがままだけど、君の名は一番にヴィクターに教えてあげてほしいんだ」
「カイルさん……」
カイルさんの真摯な言葉が、じんわりと心に沁み込んでいく。
……うん、そうだね。
私もできれば、一番にヴィクターに呼んでほしいかな。深月、って。
ごしごしと目をこすり、ちょっとだけ熱くなった顔で二人に笑いかけた。
「じゃ、そうすることにします。……でも、一つだけ。シーナも、私の本当の名前なの。苗字だけどね」
だからこれまで通り、「シーナ」って呼んでもらえたら嬉しいかな。
はにかみながらそう告げて、大急ぎで目を閉じる。
温かな光が私を包み込み、息苦しさから解き放たれていく。そのまま、心地良い眠気に体をゆだねた――……