『シーナッ!!』
夢現に、ヴィクターの悲痛な叫びが聞こえた気がした。
(ヴィクター……)
ごめん。
ごめんね……。
シーナちゃんの時には散々世話になっておきながら、いざ人間に戻ったら近寄らないでと拒絶する。
息が詰まって苦しくて、涙があふれて。それでも私なんかより、ヴィクターの方がずっとずっと傷ついているように見えたんだ。
(ヴィクターと、話がしたいな……)
時間制限なんか気にせずに、これまでに起こった出来事を洗いざらい彼にしゃべりたい。
それからそれから、毎日ロッテンマイヤーさんが持たせてくれるおやつが楽しみなんだとか、嫌いな書類仕事をしてる時のヴィクターのしかめっ面ひどいよとか、剣の稽古をしてる時が一番楽しそうだよねとか。他愛もない話だってたくさんしたいのに。
ぷぇ、と鳴き声がこぼれ落ちる。
声を上げて泣きたいのに、涙が出ない。だってシーナちゃんは泣けないから。
(苦しいよ……)
泣ければ、少しは楽になるのかな。
ヴィクターに謝れたら、この心も軽くなるんだろうか。
体が石になってしまったみたいに重くて、動けない。底なし沼の中を、深く深く沈んでいく。
悪夢の中でもがくように手足を動かして、そして――……
「ぱ、ぇ……?」
ぼんやりと目を開ける。
小さくって、もふもふ毛むくじゃらの可愛い手。私はまた、シーナちゃんに戻ってた。
しゅんと鼻をすすり、寝かされていたベッドからよろめきながら起き上がる。悲しくて情けなくって、自分を痛めつけるみたいに乱暴に目をこすった。
「……目が覚めたか」
静かな声が聞こえ、はっと体を固くする。
どうやらまだ夜のようで、辺りは真っ暗だった。それでも闇に慣れた目が、隣で横になるヴィクターの姿を映し出す。
(……あ……)
ずき、と胸が痛んだ。
大急ぎで彼から目を逸らし――逃げては駄目なんだと、すぐに自分に言い聞かせる。
ありったけの勇気を振り絞り、ヴィクターに向かって手を伸ばした。ごめんなさい、と心の中で何度も謝罪する。
てっきり怒っているものと思っていたのに、ヴィクターは凪いだ瞳で私を見ていた。ふっと息を吐くと、不意に大きな手で私の体を引き寄せる。
あっと思った時にはもう、ヴィクターの胸にきつく抱き締められていた。
「ぱ、ぱぇぱぁ……っ?」
動揺する私に、ヴィクターは「寝ろ」と端的に告げる。……へっ?
ヴィクターの腕の中でもぞもぞと身動きして、伸び上がるように彼を見上げた。すかさずヴィクターが私の頭を押さえつける。
「いいから、寝ろ。夜中にぐずぐずと思い悩んだところで、ろくな結果にならん。まず、休め。そして朝になったら好きなだけ飯を食え」
話はそれからだ。
怒ったみたいな声で言い聞かせるのに、本当は全然怒っていないのがわかる。だって今の私は、怖がりな聖獣シーナちゃんなのだ。だからそのぐらい、お見通しなんだから……。
「……っ。ぱ、ぅっ」
胸が詰まって言葉が出なくて、私はただ何度もこくこくと頷いた。小さな手を握り、必死で彼にしがみつく。
この感情は何だろう。
苦しいのに、つらくない。泣きたいのに、悲しくない。ヴィクターの温かな胸の中、ぎゅううと目を閉じた。
「……しっぽが、揺れてる」
不意にヴィクターがぼそりと呟く。えっ?
驚いて体をひねると、確かにしっぽがぱったぱったと左右に揺れていた。う、うわわっ!?
えぇと確か犬って、嬉しい時にしっぽを振るんだっけ。いや私は、シーナちゃんは犬じゃないんだけど。でもでもっ。
(は、恥ずかしすぎるっ!)
――そうだ。私、嬉しいんだ。
人間だったらきっと真っ赤になっているところ。ヴィクターの胸に顔をうずめ、ぱうぅと悶える。
頭上から、くくっと押し殺した笑い声が聞こえた。いや笑わないでよ!
恥ずかしくて腹が立って、ぽふぽふ力まかせに彼を殴りつける。
ヴィクターは体を震わせると、なだめるように私を撫でた。そのらしくもなく優しい手つきに、体から徐々に力が抜けていく。
「ぱあぁ……」
大きく息を吸い、目を閉じた。
自分でもびっくりするぐらい気持ちが軽くなって、羽が生えたみたいにふわふわする。すり、と最後に頬ずりをして、心地いい睡魔に身をゆだねた。
夢現に、ヴィクターの悲痛な叫びが聞こえた気がした。
(ヴィクター……)
ごめん。
ごめんね……。
シーナちゃんの時には散々世話になっておきながら、いざ人間に戻ったら近寄らないでと拒絶する。
息が詰まって苦しくて、涙があふれて。それでも私なんかより、ヴィクターの方がずっとずっと傷ついているように見えたんだ。
(ヴィクターと、話がしたいな……)
時間制限なんか気にせずに、これまでに起こった出来事を洗いざらい彼にしゃべりたい。
それからそれから、毎日ロッテンマイヤーさんが持たせてくれるおやつが楽しみなんだとか、嫌いな書類仕事をしてる時のヴィクターのしかめっ面ひどいよとか、剣の稽古をしてる時が一番楽しそうだよねとか。他愛もない話だってたくさんしたいのに。
ぷぇ、と鳴き声がこぼれ落ちる。
声を上げて泣きたいのに、涙が出ない。だってシーナちゃんは泣けないから。
(苦しいよ……)
泣ければ、少しは楽になるのかな。
ヴィクターに謝れたら、この心も軽くなるんだろうか。
体が石になってしまったみたいに重くて、動けない。底なし沼の中を、深く深く沈んでいく。
悪夢の中でもがくように手足を動かして、そして――……
「ぱ、ぇ……?」
ぼんやりと目を開ける。
小さくって、もふもふ毛むくじゃらの可愛い手。私はまた、シーナちゃんに戻ってた。
しゅんと鼻をすすり、寝かされていたベッドからよろめきながら起き上がる。悲しくて情けなくって、自分を痛めつけるみたいに乱暴に目をこすった。
「……目が覚めたか」
静かな声が聞こえ、はっと体を固くする。
どうやらまだ夜のようで、辺りは真っ暗だった。それでも闇に慣れた目が、隣で横になるヴィクターの姿を映し出す。
(……あ……)
ずき、と胸が痛んだ。
大急ぎで彼から目を逸らし――逃げては駄目なんだと、すぐに自分に言い聞かせる。
ありったけの勇気を振り絞り、ヴィクターに向かって手を伸ばした。ごめんなさい、と心の中で何度も謝罪する。
てっきり怒っているものと思っていたのに、ヴィクターは凪いだ瞳で私を見ていた。ふっと息を吐くと、不意に大きな手で私の体を引き寄せる。
あっと思った時にはもう、ヴィクターの胸にきつく抱き締められていた。
「ぱ、ぱぇぱぁ……っ?」
動揺する私に、ヴィクターは「寝ろ」と端的に告げる。……へっ?
ヴィクターの腕の中でもぞもぞと身動きして、伸び上がるように彼を見上げた。すかさずヴィクターが私の頭を押さえつける。
「いいから、寝ろ。夜中にぐずぐずと思い悩んだところで、ろくな結果にならん。まず、休め。そして朝になったら好きなだけ飯を食え」
話はそれからだ。
怒ったみたいな声で言い聞かせるのに、本当は全然怒っていないのがわかる。だって今の私は、怖がりな聖獣シーナちゃんなのだ。だからそのぐらい、お見通しなんだから……。
「……っ。ぱ、ぅっ」
胸が詰まって言葉が出なくて、私はただ何度もこくこくと頷いた。小さな手を握り、必死で彼にしがみつく。
この感情は何だろう。
苦しいのに、つらくない。泣きたいのに、悲しくない。ヴィクターの温かな胸の中、ぎゅううと目を閉じた。
「……しっぽが、揺れてる」
不意にヴィクターがぼそりと呟く。えっ?
驚いて体をひねると、確かにしっぽがぱったぱったと左右に揺れていた。う、うわわっ!?
えぇと確か犬って、嬉しい時にしっぽを振るんだっけ。いや私は、シーナちゃんは犬じゃないんだけど。でもでもっ。
(は、恥ずかしすぎるっ!)
――そうだ。私、嬉しいんだ。
人間だったらきっと真っ赤になっているところ。ヴィクターの胸に顔をうずめ、ぱうぅと悶える。
頭上から、くくっと押し殺した笑い声が聞こえた。いや笑わないでよ!
恥ずかしくて腹が立って、ぽふぽふ力まかせに彼を殴りつける。
ヴィクターは体を震わせると、なだめるように私を撫でた。そのらしくもなく優しい手つきに、体から徐々に力が抜けていく。
「ぱあぁ……」
大きく息を吸い、目を閉じた。
自分でもびっくりするぐらい気持ちが軽くなって、羽が生えたみたいにふわふわする。すり、と最後に頬ずりをして、心地いい睡魔に身をゆだねた。