騎士団本部に戻る途中で、どうやら私はまたも寝入ってしまったらしい。
 目が覚めると本部ではなく、見慣れたヴィクターの部屋の中にいた。ちなみに家主の姿は見えず、一人きり。

 窓辺に置かれたメルヘン巣箱からよろよろと脱出する。この巣箱、移動ベッドと思えば何気に便利だよねー。ありがとう、ロッテンマイヤーさん!

 にしても、我ながら寝すぎだな、とは思う。もしかしたらシーナちゃんって、コアラ並に睡眠時間が必要な生き物なのかも?

 ふああ、と大あくびしてへたり込む。ちらりと窓を見上げるが、カーテンに覆われて今が昼か夜かもわからなかった。

「……起きたか」

「ぴえっ?」

 突然部屋のドアが開き、ヴィクターが不機嫌そうに入ってくる。その手にはお盆を持っていて、湯気の立つ深皿が載せられていた。おお、朝ごはん? はたまた夜ごはんかな?

「ぽえ、ぽえぇ~!」

 しっぽをぱたぱた振る私を無視して、ヴィクターは深皿を机に置いた。むんずと私をつかみ、お皿の側に移動させてくれる。

(どれどれ……。おおっ!)

 ほろほろに煮込まれた鶏肉に、じゃがいも、人参、玉ねぎとお野菜たっぷり。具だくさんで食べごたえがありそうなスープだ。

 椅子に掛けたヴィクターが、面倒くさそうにスプーンを差し出してくる。

「夜食だ。もう夜も遅いから、食える分だけで構わん」

「ぱぇ、ぱぇぱぁ!」

(ありがと、ヴィクター!)

 いそいそとスプーンを受け取って、早速スープを……スープを……。

「ぷ……、ぷぷぅ……っ!」

 す く え な い。

 さすがにこの体で汁物は難しい。カチャカチャと無作法に音が鳴るだけで、スプーンには何も載せられなかった。てか長い、長すぎるのよスプーンが……!

 しばし私の奮闘ぶりを無言で見下ろし、ややあってヴィクターはため息をつく。

「……貸せ」

 スプーンを奪い取り、一匙すくって口元まで持ってきてくれた。驚く私に、「食べろ」と目顔でうながす。

 恐る恐る、スプーンに顔を寄せる。やわらかな鶏肉が、あっという間に口の中でとろけて消えた。

「ぱえっ」

(おいしいっ)

 ぱたぱた、ぱたぱた。

 しっぽを上下させてお礼を伝えれば、ヴィクターはまたもスプーンを動かしておかわりを私の口に突っ込んだ。
 そうして私が完食するまで黙々と、不平も漏らさず世話を焼いてくれる。おかしい、おかしいぞ。あのヴィクターが優しいだと……!?

 てれてれと耳を垂らす私を放って、ヴィクターはお盆を部屋の外に出した。すぐに戻ってきて、私の口をナプキンでぐいぐいぬぐってくれる。あ、コレお母さんだわ。

 私は目をきらきらさせて、彼の手をそっと握った。

「ぱぇ、ぽぇあぁ」

(ありがと、おかーさん)

 ビシッとデコピンされた。なぜわかる!

 痛むおでこをさすっていると、ヴィクターがむっつりと口を開く。

「……まだ雨が降っている。キースが言うには、おそらく数日はこの天気が続くだろう、と」

 そっかー。
 じゃあもう少しだけ、人間に戻るのはお預けだね。

 がっかりして座り込む私を、ヴィクターがちょんとつついた。バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。おい怪力男。

 どうやらヴィクターにも想定外だったようで、バツが悪そうに視線を泳がせる。
 ちゃんと助けてよ、と仰向けのまま短い手を伸ばせば、ヴィクターがひょいと私を起こしてくれた。そのまま抱き上げ歩き出し、巣箱の中に落とされた。だからさぁ、荒いのよ! 扱いがさぁ!!

「ぱうぅ~! ぱぇぱぁっ!!」

「…………」

 巣箱の中からぎゃんぎゃん文句を言ってやる。

 ヴィクターは眉根を寄せると、深々とため息をついた。いや、ため息をつきたいのはこっちなんですけど!?

 鼻息荒く怒る私を、ヴィクターはもう一度抱き上げる。やり直すのかな、と思いきや、今度は私を自分のベッドの上に置いた。んん?

 ぱちくり瞬きする私を置いて、ヴィクターは部屋の明かりを消す。そうして、自身もベッドに潜り込んだ。

(ええ?)

「……ふん」

 じろりと私を睨みつけ、寝返りを打って背中を向けてしまう。疲れていたのか、そのまますぐに寝息を立て始めた。

(え? なんで、なんで?)

 頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだったが、睡魔には勝てない。恐る恐るヴィクターの枕に近づき、寄り添うようにして丸くなった。
 ふあ、とあくびが出る。部屋の暗さとヴィクターの寝息につられ、すぐに意識が遠のいていく。

(……お休み、ヴィクター)

 また明日。