「見るな」
威嚇するみたいな低い声に、びくりと体が跳ねる。
どうやら一刀両断男の大きな手に包み込まれてしまったようで、チャラモテ男さんの姿が見えなくなってしまった。
指の隙間から覗こうと身じろぎするが、「動くな」と凄まれ速攻で諦めた。そして再びタオルできっちりと封印されてしまう私。
(うう。こっちよりあっちの方が、話が通じそうに見えたのに~!)
ぷうぅ、と不満の鳴き声が漏れる。
モテ男さんだったら怖くない気がしたのに。
なんでだろう。一刀両断男の顔が怖いのは確かだけど、それ以上に恐ろしいのは彼の存在そのもの。熊モドキから助けてくれた命の恩人だというのに、側にいるだけで震えが止まらなくなるのだ。
――まるで、生存本能が警鐘を鳴らしているかのように。
じっと考え込む私をよそに、モテ男さんが能天気な声を上げる。
「え、まさかの独り占め?……ふぅん。全てにおいて無関心なヴィクターにしちゃ、珍しいこともあるもんだ。なになに、そんな可愛い子なの?」
冷たくあしらわれてるというのに、彼は楽しげな調子を崩さない。おいそこの茶髪、お前ちょっとは空気読めや! あーほら、一刀両断男が舌打ちしてんじゃん!
男の静かな怒りの波動を感じ取ったせいか、またも私の体が激しく震えだす。寒いんじゃないの? なんて、思いのほか近くからモテ男さんの声がした。
「タオル越しでもわかるぐらいぶるぶるしてる。お腹も減ってんじゃない?」
「…………」
「ヴィクター、お前今まで動物を飼ったことなんてないだろ? オレが世話の仕方を教えてやるから、まずは見せてくれって」
横取りしたりしないからさ、といたずらっぽく付け足すモテ男さんに、とうとう一刀両断男が諦めたように息を吐いた。
途端に私もプレッシャーから解放され、体に力が戻ってくる。
タオルがゆっくりと取り払われて、私はわくわくとモテ男さんを見上げた。モテ男さんも興味深そうに私を見つめる。
そっと手を伸ばし、慣れた手付きで私の背中を撫でてくれた。
「おっ、真っ白でなかなかいい毛並みだね。うんうん、これは乾けば極上のもこもこになるな」
そうなのそうなの。
イケメンってばわかってるぅ。
「毛皮にしたら高値で売れるぞヴィクター」
おいゴルァ。
鼻息荒くモテ男の手を叩き落とせば、途端に彼はピタリと動きを止めた。かがみ込んで私に顔を近づけ、困ったように眉根を寄せる。
「えーっと、うさぎだよなこの子。うん、うさぎ……うさ、ぎ? あれ?」
途方に暮れた様子で一刀両断男を振り仰いだ。
腕組みして見守っていた一刀両断男は、苦虫を噛み潰したような顔で無言を貫いている。
モテ男さんはおろおろと私と男を見比べ、ごくりと喉仏を上下させた。
「あ、あのさヴィクター。これ……、この子って、さあ」
もしかして、と言葉を詰まらせる。
ぽかんとする私に向かって目を細めると、一刀両断男は深々とため息をついた。
「シーナ・ルー。……月の女神の眷属だ」
(……しいな?)
月の女神?
それに、けんぞく……って、何だっけ?
男の言葉を胸の中で反芻する私から、モテ男さんがすごい勢いで後ずさっていく。
「ええええ!? シーナ・ルー!? あれって実在してたの!? オレ、伝承の中だけの存在かと思ってた!」
意味不明に動揺する。
信じられないものを見る目で見られ、つられて私まで不安になってきた。
(なに? 私、なんかヤバい動物に変身しちゃったの?)
もしやあの熊モドキ以上に危険とか?
問答無用で成敗されちゃったらどうしよう。
こわごわと一刀両断男を見上げるが、彼はモテ男さんと違い落ち着き払っていた。感情のこもらない静かな瞳に、速かった心臓の鼓動が落ち着いてくる。
――なんて、胸を撫で下ろしたのも束の間。
「ぽえっ?」
ぬっとたくましい腕が伸びてきた。
体をすくい上げられ、私は悲鳴を上げて暴れ出す。いやだって、首、首根っこつかんでるよ!? 動物さんはもっと丁寧に扱おう!?
「おそらく間違いないだろう。魔獣の気配は微塵も感じられない上、存在するどの動物とも見た目が違っている。こいつの尾も耳も、古代より伝えられた通りの姿だ」
「ぱえ、ぱえぇ~っ」
「うぅん、確かに。オレも子どものころ絵本で見たことあるよ。しっぽがふっさふさで可愛かったな」
モテ男さんも真剣な表情になっている。
……や、まず助けてよ!? モテ男の風上にも置けやしないっ!
「ぷ、ぷぅぇ……っ。ぷえぇっ」
瞳はうるんでも涙は出ない。つまり泣き落としは不可。
可哀想な私に目もくれず、男たちは喧々諤々と議論を続けている。
「どうする、こっそり飼ってみる? お前って腐っても王子なんだし、バレたって謝っちゃえば平気だろ?」
長いお耳がぴくっと反応。
え、なになに。一刀両断男ってば腐った王子なの?
「なぜ俺が飼わねばならない。助けた以上は仕方なく、一時保護しただけの事。こいつが真に月の女神の眷属であるならば、『帰らずの森』に戻したとて己の力で何とかするだろう」
そんな恐ろしい名称の場所に放置せんといてー!
「いやあ、でもこの子弱っちそうじゃない? 他の魔獣から殺されちゃったら寝覚め悪いでしょ。なあ?」
(そうそう、その通りっ。いいこと言った!)
モテ男さんから同意を求められ、私は得たりとばかりに何度も首肯する。
「ぱえぱえぱえっ」
『…………』
なぜか二人が固まった。ありゃ?
威嚇するみたいな低い声に、びくりと体が跳ねる。
どうやら一刀両断男の大きな手に包み込まれてしまったようで、チャラモテ男さんの姿が見えなくなってしまった。
指の隙間から覗こうと身じろぎするが、「動くな」と凄まれ速攻で諦めた。そして再びタオルできっちりと封印されてしまう私。
(うう。こっちよりあっちの方が、話が通じそうに見えたのに~!)
ぷうぅ、と不満の鳴き声が漏れる。
モテ男さんだったら怖くない気がしたのに。
なんでだろう。一刀両断男の顔が怖いのは確かだけど、それ以上に恐ろしいのは彼の存在そのもの。熊モドキから助けてくれた命の恩人だというのに、側にいるだけで震えが止まらなくなるのだ。
――まるで、生存本能が警鐘を鳴らしているかのように。
じっと考え込む私をよそに、モテ男さんが能天気な声を上げる。
「え、まさかの独り占め?……ふぅん。全てにおいて無関心なヴィクターにしちゃ、珍しいこともあるもんだ。なになに、そんな可愛い子なの?」
冷たくあしらわれてるというのに、彼は楽しげな調子を崩さない。おいそこの茶髪、お前ちょっとは空気読めや! あーほら、一刀両断男が舌打ちしてんじゃん!
男の静かな怒りの波動を感じ取ったせいか、またも私の体が激しく震えだす。寒いんじゃないの? なんて、思いのほか近くからモテ男さんの声がした。
「タオル越しでもわかるぐらいぶるぶるしてる。お腹も減ってんじゃない?」
「…………」
「ヴィクター、お前今まで動物を飼ったことなんてないだろ? オレが世話の仕方を教えてやるから、まずは見せてくれって」
横取りしたりしないからさ、といたずらっぽく付け足すモテ男さんに、とうとう一刀両断男が諦めたように息を吐いた。
途端に私もプレッシャーから解放され、体に力が戻ってくる。
タオルがゆっくりと取り払われて、私はわくわくとモテ男さんを見上げた。モテ男さんも興味深そうに私を見つめる。
そっと手を伸ばし、慣れた手付きで私の背中を撫でてくれた。
「おっ、真っ白でなかなかいい毛並みだね。うんうん、これは乾けば極上のもこもこになるな」
そうなのそうなの。
イケメンってばわかってるぅ。
「毛皮にしたら高値で売れるぞヴィクター」
おいゴルァ。
鼻息荒くモテ男の手を叩き落とせば、途端に彼はピタリと動きを止めた。かがみ込んで私に顔を近づけ、困ったように眉根を寄せる。
「えーっと、うさぎだよなこの子。うん、うさぎ……うさ、ぎ? あれ?」
途方に暮れた様子で一刀両断男を振り仰いだ。
腕組みして見守っていた一刀両断男は、苦虫を噛み潰したような顔で無言を貫いている。
モテ男さんはおろおろと私と男を見比べ、ごくりと喉仏を上下させた。
「あ、あのさヴィクター。これ……、この子って、さあ」
もしかして、と言葉を詰まらせる。
ぽかんとする私に向かって目を細めると、一刀両断男は深々とため息をついた。
「シーナ・ルー。……月の女神の眷属だ」
(……しいな?)
月の女神?
それに、けんぞく……って、何だっけ?
男の言葉を胸の中で反芻する私から、モテ男さんがすごい勢いで後ずさっていく。
「ええええ!? シーナ・ルー!? あれって実在してたの!? オレ、伝承の中だけの存在かと思ってた!」
意味不明に動揺する。
信じられないものを見る目で見られ、つられて私まで不安になってきた。
(なに? 私、なんかヤバい動物に変身しちゃったの?)
もしやあの熊モドキ以上に危険とか?
問答無用で成敗されちゃったらどうしよう。
こわごわと一刀両断男を見上げるが、彼はモテ男さんと違い落ち着き払っていた。感情のこもらない静かな瞳に、速かった心臓の鼓動が落ち着いてくる。
――なんて、胸を撫で下ろしたのも束の間。
「ぽえっ?」
ぬっとたくましい腕が伸びてきた。
体をすくい上げられ、私は悲鳴を上げて暴れ出す。いやだって、首、首根っこつかんでるよ!? 動物さんはもっと丁寧に扱おう!?
「おそらく間違いないだろう。魔獣の気配は微塵も感じられない上、存在するどの動物とも見た目が違っている。こいつの尾も耳も、古代より伝えられた通りの姿だ」
「ぱえ、ぱえぇ~っ」
「うぅん、確かに。オレも子どものころ絵本で見たことあるよ。しっぽがふっさふさで可愛かったな」
モテ男さんも真剣な表情になっている。
……や、まず助けてよ!? モテ男の風上にも置けやしないっ!
「ぷ、ぷぅぇ……っ。ぷえぇっ」
瞳はうるんでも涙は出ない。つまり泣き落としは不可。
可哀想な私に目もくれず、男たちは喧々諤々と議論を続けている。
「どうする、こっそり飼ってみる? お前って腐っても王子なんだし、バレたって謝っちゃえば平気だろ?」
長いお耳がぴくっと反応。
え、なになに。一刀両断男ってば腐った王子なの?
「なぜ俺が飼わねばならない。助けた以上は仕方なく、一時保護しただけの事。こいつが真に月の女神の眷属であるならば、『帰らずの森』に戻したとて己の力で何とかするだろう」
そんな恐ろしい名称の場所に放置せんといてー!
「いやあ、でもこの子弱っちそうじゃない? 他の魔獣から殺されちゃったら寝覚め悪いでしょ。なあ?」
(そうそう、その通りっ。いいこと言った!)
モテ男さんから同意を求められ、私は得たりとばかりに何度も首肯する。
「ぱえぱえぱえっ」
『…………』
なぜか二人が固まった。ありゃ?