「……ふぅむ、なるほど。つまりはこういうことですね? シーナ・ルー様が可愛い女の子だったらイイのになっ☆という願望を、ヴィクター殿下は己すら知らぬ深層心理でお持ちであったとぉぐぐぐぐぐ」

「その無駄口、二度と叩けないようにしてやろう」

「落ち着いて、ヴィクター。無駄口通り越して息の根が止まっちゃうから」

 カイルさんが冷静に仲裁し、無事にキースさんは首絞めの刑から開放された。
 げほげほと咳き込みながらも、キースさんがにやりと笑う。

「ですが、ヴィクター殿下のお言葉が正しいのであれば、シーナ・ルー様が否定なさるはずがないではございませんか。そうですよね、シーナ・ルー様?」

「ぱ、ぱぇ……ぅ?」

 水を向けられ、私は思いっきり首をひねった。
 キースさんがはたと目をしばたたかせるが、私はそっと彼から視線を逸らす。

(……いやだって、肯定していいものか迷っちゃったのよ)

 なぜならば、ヴィクターは私にこう聞いたから。
 お前は人間に化けたのか、と。……うーん。

(化けたわけじゃ、ないんだよねぇ)

 長い耳を垂らし、重苦しくため息をついてしまう。

 私は元々人間なのだから、むしろ今のこの状況こそ『化けている』と言えると思う。シーナちゃんは仮の姿で、本来の私は至極平凡かつ顔の薄い日本人……って、自分で言ってて悲しくなってきたわ。

(で、一体これをどうやって説明しろと?)

 ぱうううとうなる私を、キースさんが切れ長の目で探るように見つめる。じっと唇を噛んで考え込み、ややあってゆっくりと口を開いた。

「……ヴィクター殿下の質問の仕方が、悪かったのやもしれませんね。全てが『正』でなければ、それはシーナ・ルー様も頷けないでしょう。『誤』を『正』と捉えられてしまう可能性があるのですから」

「! ぱえぱえぱえっ!!」

 そう、その通り!!

 キースさんの鋭い洞察に、私は勢い込んで頷いた。いよっ、変態だけど頭脳派神官様~!

 カイルさんの顔にも、すぐさま理解の色が浮かぶ。

「なるほどね。じゃあ、質問を単純にして聞いてみようか。……シーナちゃんは、本当は魔獣なのかな?」

「ぱぅえ~」

 ぶんぶんぶん。

 一生懸命に首を横に振ると、カイルさんがふわりと微笑んだ。ヴィクターを荒っぽく肘で突く。

「ほら、良かったな。やっぱり魔獣じゃないってよ」

「……ふん」

 ヴィクターは苦々しげに息を吐くと、腕組みして威圧的に私を見下ろした。

「シーナ。お前は昨夜、人間に化けていたな?」

「…………」

 私はどっと脱力する。だ、か、ら、化けてないって言ったでしょ? さっきと同じ質問をしてどうするの。失敗から学ぼうよ!

 ふるるっとぞんざいに首を横に振れば、キースさんが眉根を寄せた。

「ヴィクター殿下。単純に、と申し上げたでしょう?」

「ああ。だから『人間に』と聞いたろう。さっきは『人間の女』と限定してしまったからな」

 いや私、男じゃないっつの!!
 それはさすがに見たり触れたりしたんだからわかるでしょ!?

(この超絶にぶにぶ朴念仁めぇ~!!)

 悔しさのあまりそっぽを向けば、カイルさんが「まあまあまあ」と背中を撫でてくれた。
 むすっとしつつも振り向いて、朴念仁を放置してキースさんの元へと移動する。

「ぱえっ」

 さあ、頭脳明晰な神官殿よ。
 この朴念仁に知能の違いを見せつけてやるがよい。

 しっぽをぱたぱた振って催促すると、キースさんはうやうやしくお辞儀した。

「では、僭越ながらこのわたしが。……シーナ・ルー様。あなた様は昨夜、ヴィクター殿下とお言葉を交わされましたか?」

「ぱえっ」

「えっ!?」

 カイルさんがぎょっとして叫び、ヴィクターが眉を跳ね上げた。憤然と口を開きかけるのを、キースさんが身振りで止める。

「その際、あなた様は人間のお姿をされていましたか?」

「ぱえっ」

「あなた様はもしや、月の女神ルーナ様でいらっしゃいますか?」

「ぱぅえ~」

「違うのですね。では、ルーナ様と何らかのご関係があられる?」

「ぱえっ」

「友好的なご関係ですか?」

「ぱえっ!」

 てきぱきと質問してくるキースさんに、私も打てば響くようにして答えていく。

 うんうん、私とルーナさんは友好的な関係だよ。
 なんたってルーナさんは私の命の恩人ですからね!

 さあ、次の質問もバンバンどうぞ。
 待ち構える私を前にして、不意にキースさんの表情が難しげに変わった。
 目を閉じて沈思黙考し、ややあって厳しい眼差しで私を見据える。

「シーナ・ルー様。もしやあなた様は、シーナ・ルー様ではあらせられない。――シーナ・ルー様の姿を取った、人間でいらっしゃるのですか?」