「夢でも見たんじゃないの?」
「そんなわけがあるかっ!」
(……ん……)
怒声が聞こえ、私はゆるゆると目を開く。
ふあ、とひとつあくびして、長いお耳をピンと立てる。おおお、私ってばまたシーナちゃんに戻っちゃってる……。
(無事生還、ってとこかな。魂を引っ張ってくれてありがとう、ルーナさん)
なむなむ。
もふっとお手々を合わせ、また大あくび。
まだまだ寝たりないな、死にかけて疲れちゃったのかも。
もぞもぞ丸まり、ふんわりしっぽを体に巻きつける。これぞ自給自足・セルフもふもふ布団なり~。
シーナちゃんでいることの利点だよね。なんだか癖になっちゃいそう。
いい気分で目を閉じたのに、またしても会話が強制的に耳に飛び込んでくる。
「夢じゃないなら尚更ヤバいよ、ヴィクター。シーナちゃんが美少女だったらいいな、だなんて妄想して、幻覚を見ちゃったってことだろー?」
「幻覚でもない! それから決して美少女ではなかった、勝手に人の話を誇張するな!」
……あぁん?
むっとして身を起こす。
途端にやわらかな毛布に足が取られた。どうやら私は今、ロッテンマイヤーさんお手製のメルヘン巣箱にいるらしい。
上を見ても目に入るのは天井ばかりで、口論する二人の姿は見えなかった。
(話してるのは、ヴィクターと……カイルさんだよね? まったく失礼なんだから。美少女じゃないのはわかってるけどさー、だってもう二十三だよ私)
それにしたってその言い草はないだろう、とむくれてしまう。
私が起きたことに気づいていないのか、ヴィクターたちは喧々諤々と議論を続けている。
「ええ? じゃあ美熟女だったの?」
「違うっ。年の頃は二十そこそこ、顔立ちは可もなく不可もなく至極平凡! 少しも印象に残らん薄い顔だ!」
「ぱぇっぱぁぃっ!!」
可もなく不可もなく至極平凡かつ薄い顔で悪かったなぁ!!
こちとら典型的日本人顔なんじゃあっ!!
叫んだ途端にぴたりと言い争いが止まり、慌ただしく足音が近づいてくる。
上から巣箱を覗き込んだカイルさんが、ほっとしたように頬をゆるめた。
「シーナちゃん! よかった、死んだみたいに眠ってたから心配したよ。どこも苦しくない?」
私を抱き上げようと伸ばした手を、ヴィクターが忌々しげにはたき落とした。カイルさんが目を見開く。
「ヴィクター?」
「触るな。こいつは得体がしれない。聖獣に化けた魔獣かもしれん」
「ぱええっ!?」
魔獣じゃないよ!?
私はびっくりして固まると同時に、悲しくなってしまう。
せっかく命がけで人間に戻ったのに、これはない。ヴィクターってばどれだけ石頭なんだろ。
必死で巣箱をよじ登って壁を越え、ぽふんとお尻から着地する。どうやら机の上みたい。
ささっと周囲を確認するが、いつものヴィクターの部屋ではなかった。が、今はここがどこかだなんて、どうでもいい。
「ぱぇあ~、ぽえっぽえぇ~!」
(カイルさん、違うの!)
「ぱうぅ、ぽ・え・あ・ぁ~!」
(私は魔獣じゃなくて、に・ん・げ・ん!)
身振り手振りで訴えれば、カイルさんは真剣な表情で聞き入ってくれた。ややあって、得意満面でヴィクターを振り仰ぐ。
「シーナちゃんは、ヴィクターが幻覚を見たんだって言ってるよ!」
(違ぁうっ!!)
もうやだシーナちゃん言語ー!
ぱ行+あ行だけじゃ伝わらねぇーーー!!
苦悩する私を、カイルさんがよしよしと撫でてくれる。ヴィクターがすかさずその手をひねり上げ、苦りきった顔を私に向ける。
「シーナ、今から俺が聞くことに正直に答えろ。頷くか、首を振るだけで構わん」
「ぱえっ」
おお、ヴィクターにしてはナイスアイデア!
私はいそいそと頷いた。
「よし。……では聞く。お前は昨夜、人間の女に化けていたな?」
「…………」
えっと。
私はしばし首をひねって考え込む。
長いことうんうん悩んだ挙げ句、迷いつつもふるふると首を横に振った。
ヴィクターが直立不動で硬直し、カイルさんはぶはっと噴き出す。
「ほら見ろヴィクター! やっぱりお前の妄想……あ痛っ!」
「妄想でも幻覚でもないと言っているだろう! シーナ、お前も嘘をつくな!」
怒鳴りつけられ、ふうっと意識が遠くなる。
「ぱ、ぱぺぇ~……」
(い、いやだって、嘘って言われても……!)
ふらついた私を、カイルさんが大慌てで支えてくれる。ヴィクターが「しまった」というように顔をしかめた。
「ヴィクター! シーナちゃんを怯えさせるなって言ってるだろ!?」
「違う。俺は!」
ヴィクターが反論しようと口を開きかけた瞬間、バァンッと音を立てて扉が開かれた。
「ヴィクター殿下ァッ! 酷いではありませんか、シーナ・ルー様と同伴出勤なさるなどッ! せっかく、せっかく屋敷を訪ねましたのに、シーナ・ルー様がいらっしゃらず絶望に打ちひしがれたではありませんかッ!」
『…………』
変態神官キースさんのお出ましだった。
「そんなわけがあるかっ!」
(……ん……)
怒声が聞こえ、私はゆるゆると目を開く。
ふあ、とひとつあくびして、長いお耳をピンと立てる。おおお、私ってばまたシーナちゃんに戻っちゃってる……。
(無事生還、ってとこかな。魂を引っ張ってくれてありがとう、ルーナさん)
なむなむ。
もふっとお手々を合わせ、また大あくび。
まだまだ寝たりないな、死にかけて疲れちゃったのかも。
もぞもぞ丸まり、ふんわりしっぽを体に巻きつける。これぞ自給自足・セルフもふもふ布団なり~。
シーナちゃんでいることの利点だよね。なんだか癖になっちゃいそう。
いい気分で目を閉じたのに、またしても会話が強制的に耳に飛び込んでくる。
「夢じゃないなら尚更ヤバいよ、ヴィクター。シーナちゃんが美少女だったらいいな、だなんて妄想して、幻覚を見ちゃったってことだろー?」
「幻覚でもない! それから決して美少女ではなかった、勝手に人の話を誇張するな!」
……あぁん?
むっとして身を起こす。
途端にやわらかな毛布に足が取られた。どうやら私は今、ロッテンマイヤーさんお手製のメルヘン巣箱にいるらしい。
上を見ても目に入るのは天井ばかりで、口論する二人の姿は見えなかった。
(話してるのは、ヴィクターと……カイルさんだよね? まったく失礼なんだから。美少女じゃないのはわかってるけどさー、だってもう二十三だよ私)
それにしたってその言い草はないだろう、とむくれてしまう。
私が起きたことに気づいていないのか、ヴィクターたちは喧々諤々と議論を続けている。
「ええ? じゃあ美熟女だったの?」
「違うっ。年の頃は二十そこそこ、顔立ちは可もなく不可もなく至極平凡! 少しも印象に残らん薄い顔だ!」
「ぱぇっぱぁぃっ!!」
可もなく不可もなく至極平凡かつ薄い顔で悪かったなぁ!!
こちとら典型的日本人顔なんじゃあっ!!
叫んだ途端にぴたりと言い争いが止まり、慌ただしく足音が近づいてくる。
上から巣箱を覗き込んだカイルさんが、ほっとしたように頬をゆるめた。
「シーナちゃん! よかった、死んだみたいに眠ってたから心配したよ。どこも苦しくない?」
私を抱き上げようと伸ばした手を、ヴィクターが忌々しげにはたき落とした。カイルさんが目を見開く。
「ヴィクター?」
「触るな。こいつは得体がしれない。聖獣に化けた魔獣かもしれん」
「ぱええっ!?」
魔獣じゃないよ!?
私はびっくりして固まると同時に、悲しくなってしまう。
せっかく命がけで人間に戻ったのに、これはない。ヴィクターってばどれだけ石頭なんだろ。
必死で巣箱をよじ登って壁を越え、ぽふんとお尻から着地する。どうやら机の上みたい。
ささっと周囲を確認するが、いつものヴィクターの部屋ではなかった。が、今はここがどこかだなんて、どうでもいい。
「ぱぇあ~、ぽえっぽえぇ~!」
(カイルさん、違うの!)
「ぱうぅ、ぽ・え・あ・ぁ~!」
(私は魔獣じゃなくて、に・ん・げ・ん!)
身振り手振りで訴えれば、カイルさんは真剣な表情で聞き入ってくれた。ややあって、得意満面でヴィクターを振り仰ぐ。
「シーナちゃんは、ヴィクターが幻覚を見たんだって言ってるよ!」
(違ぁうっ!!)
もうやだシーナちゃん言語ー!
ぱ行+あ行だけじゃ伝わらねぇーーー!!
苦悩する私を、カイルさんがよしよしと撫でてくれる。ヴィクターがすかさずその手をひねり上げ、苦りきった顔を私に向ける。
「シーナ、今から俺が聞くことに正直に答えろ。頷くか、首を振るだけで構わん」
「ぱえっ」
おお、ヴィクターにしてはナイスアイデア!
私はいそいそと頷いた。
「よし。……では聞く。お前は昨夜、人間の女に化けていたな?」
「…………」
えっと。
私はしばし首をひねって考え込む。
長いことうんうん悩んだ挙げ句、迷いつつもふるふると首を横に振った。
ヴィクターが直立不動で硬直し、カイルさんはぶはっと噴き出す。
「ほら見ろヴィクター! やっぱりお前の妄想……あ痛っ!」
「妄想でも幻覚でもないと言っているだろう! シーナ、お前も嘘をつくな!」
怒鳴りつけられ、ふうっと意識が遠くなる。
「ぱ、ぱぺぇ~……」
(い、いやだって、嘘って言われても……!)
ふらついた私を、カイルさんが大慌てで支えてくれる。ヴィクターが「しまった」というように顔をしかめた。
「ヴィクター! シーナちゃんを怯えさせるなって言ってるだろ!?」
「違う。俺は!」
ヴィクターが反論しようと口を開きかけた瞬間、バァンッと音を立てて扉が開かれた。
「ヴィクター殿下ァッ! 酷いではありませんか、シーナ・ルー様と同伴出勤なさるなどッ! せっかく、せっかく屋敷を訪ねましたのに、シーナ・ルー様がいらっしゃらず絶望に打ちひしがれたではありませんかッ!」
『…………』
変態神官キースさんのお出ましだった。