チュンチュンチュン――……

(……はっ!?)

 鳥のさえずりに突然意識が覚醒し、私はぱっと目を開けた。……あ、あれ? なんだか既視感(デジャブ)

 慌てて周囲を見回せば、悪い予感が当たって私はベッドに一人きり。
 不機嫌な保護者の姿はどこにもなく、おろおろとシーツの上を駆け回る。シーツに温もりは残っていなくて、きっとヴィクターが出ていってからもう大分時間が経つのだろう。

(うわああ、私の馬鹿っ!)

 まさかの二日連続大失態。
 私はぽふぽふと己の頭を叩きまくる。

 昨夜はそう、夕食の後で部屋に戻って、ヴィクターは「入浴してくる」と言い残して消えてしまって――……

(私は夕食前にロッテンマイヤーさんに洗ってもらってたから、大人しく帰りを待つことにしたんだっけ)

 まあ、どちらにせよヴィクターのお風呂の中にまではついていけない。見た目は小動物でも、私はれっきとした成人女性なのだから。

 それで暇を持て余し、シーツの上をころころ転がって一人遊びしていたわけですが。

「…………」

 そこからの記憶が全くない。
 多分きっと、寝落ちしちゃったんだな。

(シーナちゃんって、もしかして体力に難ありなのかもしれないな……)

 ついつい人間のつもりで行動してしまうけれど、もう少し注意深くこの体を気にかけてあげるべきなのかも。呪いが解けるまではお世話になるわけだし。

 うじうじ反省していたら、ドアが控えめにノックされた。朝からピシッとしたロッテンマイヤーさんが現れる。

「おはようございます、シーナ様。ご朝食をお持ちいたしました」

「ぱええ~!」

 悩むのは後にして、私はとりあえず食欲を満たすことにした。……や、シーナちゃんに食欲は存在しませんけどね?


 ◇


「お帰りなさいまし、旦那様」

「ぱえっ!」

「ああ。……これを」

 夜。

 帰宅したヴィクターは、挨拶もそこそこに手に持っていた木箱をロッテンマイヤーさんに押しつけた。ロッテンマイヤーさんが不思議そうに、蓋のない空っぽな木箱を覗き込む。

「……失礼ですが、こちらは?」

「適当に布を敷き詰め、毛玉の寝床にしろ。いい加減こいつに俺のベッドを占領されるのはうんざりだ」

 ヴィクターがさも不快げに吐き捨てた。……って、ヴィクターあなた。

 驚きのあまり、私は「ぱっ!」と絶句してしまう。

(ベッドを占領、って。シーナちゃんはこんなに小さいのに?)

 たとえ先に私が寝ていたとしても、寝られるスペースは充分あるでしょうに。
 昨日も一昨日も、てっきりヴィクターと二人で寝ていたものと思い込んでいたけれど、どうやらそうじゃなかったみたい。そりゃあシーツに温もりがないわけだわ。

 まさかあのヴィクターが、私(小動物)ごときに己のベッドを譲ってくれていたなんて。意外に優し……じゃなくて、ならヴィクターはこの二日間どこで寝ていたの?

「まあ、でしたら旦那様はどちらで休まれていたのですか?」

 同じことを考えたのか、ロッテンマイヤーさんが慎ましやかに尋ねてくれる。ヴィクターが小さく舌打ちした。

「ソファだ。狭すぎて体が痛んだ」

『…………』

 私もロッテンマイヤーさんも唖然とする。

 馬鹿だ。この男は大馬鹿者だ……!
 断っておくが、ヴィクターの部屋にあるソファは大きい。が、この二メートルはあろうかという巨体には無理があるでしょ!

(私の体をちょっと枕元にでも避ければ、普通に眠れたでしょ。それか、私をソファに移動させればよかったんじゃない?)

 変なところで律儀というか、真面目というか。
 ほら、ロッテンマイヤーさんだってあきれて――……

「ああ、旦那様……! なんとお優しいのでしょうっ」

 へ?

 気づけばロッテンマイヤーさんの顔が真っ赤になっていた。鼻をすすり、うるんだ目元にハンカチを当てる。

「寝ていらっしゃるシーナ様を起こさないよう、気遣われたのでございますね。ええ、ええ。このロッテンマイヤーにお任せくださいまし。最高級の素材を駆使して、シーナ様がお気に召す寝場所をこしらえて差し上げますわ!」

 木箱を手に、勇ましく腕まくりして行ってしまった。……うん、まあ。ふかふかで寝心地が良ければ何でもいいです、ハイ。

「ぱぇぱぁー」

 ぽふぽふと足首を叩けば、ヴィクターが無言で屈んで手を差し伸べてくれる。いちいち嫌そうな顔をするのはいただけないけど、それでも確かに親切ではあるよね。

 肩に載せられ、食堂へと向かう。
 今日の夕飯は何だろう、なんて考えつつ、私はこっそり彼の顔を盗み見た。――相変わらず、吸い込まれそうなぐらい綺麗な緋色の瞳。

 うっとりと見つめれば、ヴィクターが眉根を寄せて顔を背けてしまった。残念。

(……さて。今日こそは)

 夕飯を食べたらすぐに休んで、明日に備えよう。
 今日はたっぷりお昼寝もしたし、大丈夫。きっと明日は起きられる。

 カイルさんにも会いたいし、絶対に職場訪問を成功させなくては。
 しっぽをぱたぱた振って、温かな毛並みをそっとヴィクターの頬に寄り添わせた。