チュンチュンチュン――……
(……はっ!?)
鳥のさえずりに突然意識が覚醒し、私はぱっと目を開けた。
もがくように小さな聖獣の体を起こせば、昨日寝かされていた大きなベッドに一人きり。寝ぼけ眼を懸命に凝らして部屋を見回しても、この世界での私の保護者の姿は見当たらなかった。
(ヴィクター?)
「ぱぇぱぁー?」
よじよじと柱をつたってベッドから降りて、床を駆け回る。窓からはさんさんと光が差していて、どうやらすっかり夜は明けているらしい。
(一晩寝たら夢でした~! なぁんてことには、やっぱならなかったよね……)
わかってはいたものの、それでもがっくり来てしまう。
ヴィクターを見つけるのはいったん諦めて、毛足の長い絨毯に埋もれるように倒れ込んだ。
しっぽだけをふさふさ振って、「ぽぇん……」と重苦しくため息をつく。
(どうしよっかな。もしかして、もう仕事に行っちゃったのかな)
人間に戻るためにはヴィクターの側にいなくてはいけないのだから、私も付いていくべきだったのに。
色々ありすぎて疲れていたとはいえ、彼が出ていくのに少しも気づかず眠りこけていたとは。我ながら痛恨のミス。
「……ぱえっ」
(ま、落ち込んでても仕方ないっか!)
ふっさりしっぽを絨毯に叩きつけ、勢いよく顔を上げる。
明日からはヴィクターの服に張りついて、私も一緒に出勤させてもらおう!
心に決めて、うきうきと立ち上がった。さ、まずは朝の洗顔に~、身だしなみ、は全裸だから毛並みだけ整えることにして~……
「――おはようございます。シーナ様」
「ぴょえっ!?」
驚きに心臓がでんぐり返った。
ドッドッドッドッと鼓動が早鐘を打ち、意識が遠のきそうになる。よろけた私を、すかさず伸びてきた手が支えてくれた。
「失礼いたしました。わたくしは怪しい者ではございません、当屋敷の使用人頭を務めさせていただいております」
きちきちした硬いしゃべり方、少し低めな女性の声。
恐る恐る顔を上げれば、四十代ぐらいの神経質そうな顔立ちをした女の人と目が合った。
襟の詰まったシンプルな紺のドレスに、フレームの細い丸眼鏡。濃い茶髪を頭頂部でお団子にまとめている。
まじまじと彼女を観察し、私はひとまず彼女をロッテンマイヤーさんと呼ぶことに決めた。引用元はヒミツ。
うながすように小首を傾げれば、彼女は堅苦しくお辞儀をした。
「シーナ様が当屋敷で暮らされるに当たって、キース・ウェルド神官様より、いくつか注意点を伺っております」
にこりともせず、ロッテンマイヤーさん(仮)が平坦な声で説明してくれる。
教育係に指導される生徒のような気持ちになって、私は絨毯の上で正座……は難しかったため、ぴっと背筋を伸ばした。
「シーナ様はひどく臆病な性格なので、怖がらせないよう優しく接すること。人間の言葉を解しておられること。尊い聖獣様であらせられるので、真心を込めて礼儀正しくお仕えすること、と重々言いつけられました。――それから」
ふむふむ。
「食事や飲み物は必要ないので、お与えしなくてよろしい、とも承っております」
「ぱぅええええっ!?」
そうなんっ!?
初耳ーーーーっ!!
絶叫する私に、ロッテンマイヤーさん(仮)が目をしばたたかせた。厳格だった彼女の表情が初めて崩れる。
「あ、あら? 確か伝承ではそう記されていたと……。あ、ああですが、伝承が間違っている可能性だってありますものね」
ロッテンマイヤーさん(仮)はハッと息を呑み、唇を噛んで考え込んだ。
(……や、でも)
言われてみれば確かに、私はこの世界に来てから水すら口にしていない。それなのに飢えも渇きも全く感じていなかった。
……と、いうことは。
(ホントに食べ物も飲み物もいらないんだ……。でも、それってなんだか)
――切ない!
悲しすぎるっ!!
私は食べることが大好きなのに! 人生の楽しみ半減だよ!
それにそれに、せっかくお金持ち(王子様)が保護者になってくれたのに、贅沢三昧できないだなんて!!
絶望に打ちひしがれる私を見て、ロッテンマイヤーさん(仮)がさっと顔色を変えた。慌ただしく一礼し、足早にドアへと急ぐ。
「かしこまりました、シーナ様。わたくし今すぐ聖堂に伺って、シーナ様にお食事を差し上げてよろしいか確認して参りますわ!」
ええっ、いいんですかぁ!?
(それはありがたい!……けど)
わざわざ申し訳ないなぁ、と耳を垂らす私を探るように見つめ、ロッテンマイヤーさん(仮)はクイッと丸眼鏡を引き上げた。
「お許しが出ましたら、すぐに甘いパンケーキとミルクをご用意いたしましょう。熟したベリーで作ったジャムもございますの。クロテッドクリームと、塩気がお好みでしたらカリカリに焼いたベーコンと目玉焼きも添えましょうね」
ぜひともお願いしまっす!!
ははあ~っと平伏し、しっぽを振り振り見送る私であった。
(……はっ!?)
鳥のさえずりに突然意識が覚醒し、私はぱっと目を開けた。
もがくように小さな聖獣の体を起こせば、昨日寝かされていた大きなベッドに一人きり。寝ぼけ眼を懸命に凝らして部屋を見回しても、この世界での私の保護者の姿は見当たらなかった。
(ヴィクター?)
「ぱぇぱぁー?」
よじよじと柱をつたってベッドから降りて、床を駆け回る。窓からはさんさんと光が差していて、どうやらすっかり夜は明けているらしい。
(一晩寝たら夢でした~! なぁんてことには、やっぱならなかったよね……)
わかってはいたものの、それでもがっくり来てしまう。
ヴィクターを見つけるのはいったん諦めて、毛足の長い絨毯に埋もれるように倒れ込んだ。
しっぽだけをふさふさ振って、「ぽぇん……」と重苦しくため息をつく。
(どうしよっかな。もしかして、もう仕事に行っちゃったのかな)
人間に戻るためにはヴィクターの側にいなくてはいけないのだから、私も付いていくべきだったのに。
色々ありすぎて疲れていたとはいえ、彼が出ていくのに少しも気づかず眠りこけていたとは。我ながら痛恨のミス。
「……ぱえっ」
(ま、落ち込んでても仕方ないっか!)
ふっさりしっぽを絨毯に叩きつけ、勢いよく顔を上げる。
明日からはヴィクターの服に張りついて、私も一緒に出勤させてもらおう!
心に決めて、うきうきと立ち上がった。さ、まずは朝の洗顔に~、身だしなみ、は全裸だから毛並みだけ整えることにして~……
「――おはようございます。シーナ様」
「ぴょえっ!?」
驚きに心臓がでんぐり返った。
ドッドッドッドッと鼓動が早鐘を打ち、意識が遠のきそうになる。よろけた私を、すかさず伸びてきた手が支えてくれた。
「失礼いたしました。わたくしは怪しい者ではございません、当屋敷の使用人頭を務めさせていただいております」
きちきちした硬いしゃべり方、少し低めな女性の声。
恐る恐る顔を上げれば、四十代ぐらいの神経質そうな顔立ちをした女の人と目が合った。
襟の詰まったシンプルな紺のドレスに、フレームの細い丸眼鏡。濃い茶髪を頭頂部でお団子にまとめている。
まじまじと彼女を観察し、私はひとまず彼女をロッテンマイヤーさんと呼ぶことに決めた。引用元はヒミツ。
うながすように小首を傾げれば、彼女は堅苦しくお辞儀をした。
「シーナ様が当屋敷で暮らされるに当たって、キース・ウェルド神官様より、いくつか注意点を伺っております」
にこりともせず、ロッテンマイヤーさん(仮)が平坦な声で説明してくれる。
教育係に指導される生徒のような気持ちになって、私は絨毯の上で正座……は難しかったため、ぴっと背筋を伸ばした。
「シーナ様はひどく臆病な性格なので、怖がらせないよう優しく接すること。人間の言葉を解しておられること。尊い聖獣様であらせられるので、真心を込めて礼儀正しくお仕えすること、と重々言いつけられました。――それから」
ふむふむ。
「食事や飲み物は必要ないので、お与えしなくてよろしい、とも承っております」
「ぱぅええええっ!?」
そうなんっ!?
初耳ーーーーっ!!
絶叫する私に、ロッテンマイヤーさん(仮)が目をしばたたかせた。厳格だった彼女の表情が初めて崩れる。
「あ、あら? 確か伝承ではそう記されていたと……。あ、ああですが、伝承が間違っている可能性だってありますものね」
ロッテンマイヤーさん(仮)はハッと息を呑み、唇を噛んで考え込んだ。
(……や、でも)
言われてみれば確かに、私はこの世界に来てから水すら口にしていない。それなのに飢えも渇きも全く感じていなかった。
……と、いうことは。
(ホントに食べ物も飲み物もいらないんだ……。でも、それってなんだか)
――切ない!
悲しすぎるっ!!
私は食べることが大好きなのに! 人生の楽しみ半減だよ!
それにそれに、せっかくお金持ち(王子様)が保護者になってくれたのに、贅沢三昧できないだなんて!!
絶望に打ちひしがれる私を見て、ロッテンマイヤーさん(仮)がさっと顔色を変えた。慌ただしく一礼し、足早にドアへと急ぐ。
「かしこまりました、シーナ様。わたくし今すぐ聖堂に伺って、シーナ様にお食事を差し上げてよろしいか確認して参りますわ!」
ええっ、いいんですかぁ!?
(それはありがたい!……けど)
わざわざ申し訳ないなぁ、と耳を垂らす私を探るように見つめ、ロッテンマイヤーさん(仮)はクイッと丸眼鏡を引き上げた。
「お許しが出ましたら、すぐに甘いパンケーキとミルクをご用意いたしましょう。熟したベリーで作ったジャムもございますの。クロテッドクリームと、塩気がお好みでしたらカリカリに焼いたベーコンと目玉焼きも添えましょうね」
ぜひともお願いしまっす!!
ははあ~っと平伏し、しっぽを振り振り見送る私であった。