~夏葉~

彼女をはじめて見たとき、世界から音が消えた。



きらめく海の中、彼女の世界に吸い込まれるようで。



それが、俺たちの、すべての始まりだった。


*


今日、ここ鎌倉に引っ越してきた。



荷物は既に新居のアパートに運んである。



今は1人で湘南の海沿い、国道134号線をドライブ中。



雲一つない空。めちゃくちゃ良い天気。



あまりの気持ちよさに、俺は車を止めて海へ降りた。



桐本 夏葉(きりもと なつは)。22歳。



サーフィンを専門に撮るサーフフォトグラファーとして働いてる。



実は、つい最近まで台湾に住んでそこで仕事をしてた。



そこでの仕事が一段落して、日本に戻ってきたわけで。



浜辺に降りて海を眺める。



たくさんのサーファーが波と格闘している。



3月の海に海水浴客はいないが、サーファーは年中無休だ。



板(※サーフボード)から落ちて波に身体が投げ出される人、一生懸命波を追いかけている人。



「俺も海入りて~…」



思わずつぶやくが、あいにく今は準備も何もしてないので入れない…。



そんな中、ひときわ存在感を放つサーファーが目に飛び込んできた。



鮮やかな赤のサーフボード、浅黒い肌に日に焼けた長い髪。



波を一つ見つけ、なんのためらいもなく素早く板の上に立ち上がる。



まるで波と戯れるように、ジグザグと波に乗っていく。



波も、彼女と遊ぶのを楽しんでる…。



その光景を見た瞬間、俺の周りから音がさっと消えるのを感じた。



周りの景色も目に入らない。



見えるのは、彼女だけ…。



首から提げている、相棒の一眼レフを構えた。



無意識のうちに、俺は思わず、彼女を撮ってしまった。



波に乗っている彼女がこちらを見た瞬間、我に返る。



何やってんだ俺…。



彼女は波を乗り終えて、サーフボードを抱えて浜辺に上がってきた。