「配送で届いた布団は、押入れに入れておきましたよ。」

「あ、ありがとうございます。」

笑顔でそう後ろで言う大家に、亜季は慌てて立ち上がって向き直ると、深くお辞儀をする。

そのあまりの礼儀正しさに、大家は一瞬驚いたかのような表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻って何度か頷いた。


大屋は部屋の中を数歩すすむと、亜季の横の窓を開けてその柵に手をかけて穏やかに言った。

「春になると、桜の木がきれいなんですよ。ほら、もうすぐ咲きますね。」

亜季も大家の後ろから伸びをして窓の外を見る。


駅側とは反対側のアパートの前の通りの脇は、何本もの木が植えられていた。


まだ三月に入ったばかりだというのに、その蕾は早くも明らかなピンク色を帯びており、まもなくやってくるであろう新しい季節を感じさせる。


東京の春は田舎よりもはるかに早いようだ。


やがて、いささか感傷に耽る亜季を邪魔しないように、大家は何も言わずに軽く礼をするとゆっくりと部屋を出て行った。

亜季はその後姿に軽く挨拶を済ませると、再びぼんやりと外の桜並木を眺め直す。