執事の日課。
それは空き部屋の掃除と庭の手入れ。
双葉さんに料理や洗濯を教えるのはほとんど、プライベートに近くなってきている。
物覚えが良いタイプということもあり、基礎的なことに関してはもうほとんど教えなくてもできるレベルまで来ている。
レシピや料理のレパートリーはまだまだ少ないので、残りの1年と少しはそれを伝えていくことになるだろう。
双葉さんは真面目だ。
その、真面目な横顔にごく稀に吸い寄せられるように見つめてしまう時がある。
元々綺麗な顔立ちということもあるからだろう。
空き部屋の掃除は多くても週2日。使っていないこともあり、1度綺麗にしてからは維持する程度の掃除しかない。
そのため、力を入れているのは庭の手入れ。
ここへ来た頃は草花も枯れ果てており、庭とは呼べる状況でもなかった。
施設の時から、庭仕事はよく教わっていたこともあり、苦労もあまり無く立て直していくことができた。
庭といえば、四季折々の花というイメージもあったので、テーマは四季を感じることのできる庭。
春は桜の苗木から植え、チューリップやネモフィラ、菖蒲
夏は紫陽花から始まり、ヒマワリやマリーゴールド
秋はコスモスや薔薇に金木犀、日本庭園を意識してモミジやカエデも揃えた。
冬は椿やプリムラ、クリスマスローズ
植え替えも楽しみだった。
これからは夏の時期ということでヒマワリを中心に植えることにした。ヒマワリは俺の思い出の花でもある。
7月後半。庭の様子も落ち着き、育てていたヒマワリも綺麗に咲いた。
日課や仕事も終え、今日は心地よい気温ということもあり、庭で過ごそうとティーセットと本を手に取り向かうと、そこには双葉さんが既にいた。
ヒマワリへ向かって何かを呟いたようにも見えたが、とりあえず声をかけた
「なにしてる」
「あっ。えっと…お花を見に」
「そう。」
一言聞いたあとはテーブルと椅子に腰掛け、本を片手にティータイムを始めた。特に聞いた事に対しての理由はなかった。
ここ数ヶ月で、俺の話し方は仕事の時間かそうじゃないかで分かれている。
かしこまった話し方でプライベートを過ごすのはさすがに辛く、普段通り気取らずに話すことにした。友だちとしてという条件を踏まえるとこれが妥当だ。
しばらくしてもまだヒマワリを眺めていた双葉さんだったが、
「ご一緒してもいいですか?」
突然の誘いでもあったが、双葉さんの場合めんどくさく話しかけてくることも少ないため、
「どうぞ」
とすぐにOKの返事をした。
それから、室内から慌ただしい音をさせる双葉さんだったが気にもとめずに読書を続けた。
音から察するに、まあ紅茶を入れるのに手こずっているのだろう。
しばらくして戻ってきたかと思えば、
「これ、良かったらお供にどうぞ。」
クッキーを渡された。甘いものは得意ではないが、紅茶のお供であれば美味しくいただけるだろう。
「ありがとう。」
一度顔をあげ、双葉さんの方をみると少し頬を赤らめ俯いていた。
そんなに急いでいたのか。
「凌雅さんもお花好きなんですか?」
「まあ」
「私もヒマワリが好きで眺めてました」
「…」
まさかの双葉さんもヒマワリが好きという話に、自分も思い出があってなどと話せるわけもなく黙ってしまった。
顔を合わすことや話すことも少なくはないが、意外と双葉さんは自分のことを話そうとしない。今のところ、家事が苦手ということとヒマワリが好きということ、ワケありお嬢様である以外の情報は知らない。秘密の多い人だ。
そんなことも考えながら本の世界へ没頭していると、突然双葉さんが立ち上がった。
「あっ!大変!」
外はそろそろ夕暮れ時。何かを始めるには少し遅い時間だろう。いきなり立ったことへ驚きつつも冷静にその様子を見ていた。
「驚かせてごめんなさい、ティーセットはあとで片付けるので置いておいてください。」
「どうした?」
「えっと…急用を思い出して」
「急用?」
「…今日までに返さないといけない本を忘れてたので、図書館に行ってきます。」
立ち上がって本を持つ姿に、これから走って行きますとばかりの様子が伺えた。
さすがに暗くなってきているこの時間に1人で行かせるのは執事としてはあるまじき行為。
しかし、今は仕事の時間では無い。
ただ、何かあったときの保険として車での送迎を提案してみた。
「車、乗ってけば?」
「いや、今は執事の時間外ですし」
「執事じゃなくて、友だちの車として乗ってけば?」
「でも…迷惑…」
「車で待ってるから」
でた、仕事の時間外。双葉さんは執事としての仕事を頼むのは好きではないらしい。これ以上話していても終わりが見えなさそうだったので強引に車で行く選択をさせた。
ティーセットを2つ、キッチンへ持っていき、車へと向かった。
図書館は車だと15分ほどの場所。
到着すると双葉さんは車を降り急いで図書館の中へ入っていった。
あー帰るのめんどくさいなー。
ただ、このままもめんどくさい。
せめて、夕食でも食べて帰るか。
いや、双葉さんいるから勝手にはなにもできないよな。
俺は、仕事以外だと割とめんどくさがり屋でもある。
帰って食事を作ることに面倒くささを感じながらも、双葉さんの戻りを待った。
「ありがとうございました。間に合いました。」
「ん」
スッキリとした表情で戻ってきたものの、どこか申し訳なさそうな様子も見せていた双葉さん。
「あの…何かお礼でも」
気を使われているようだった。別にいいのに。
「いらない、大丈夫」
「でも」
これはまた粘られる。そう考えた時にさっきの考えを思い出した。
「今日の夕食、外で食べて帰ろ。作ること以外もたまにはいいでしょ」
「あ…はい。」
「近くだと、ファミレスしかないけどいい?」
「はい」
きっと行ったことないであろうファミレスへ食事へ行くことにした。
めんどくさがり屋な俺が食べて帰れるとガッツポーズも心の中でしていた。
一方の双葉さんはファミレスをOKしたものの、知らない場所に緊張しているようにも見えた。
到着してから席につくまで、顔がかなり強ばっていた。
そういうところはやはりお嬢様らしい。
「好きな物頼んでいいんだよ」
「…はい。たくさんあって迷いますね。」
「これは人気みたい」
「じゃあ、これで」
何を頼むか悩んでいる様子だったから、人気なものを伝えると迷わずそれを選んでいた。
単純というか、素直というか。
こういう姿を見る度に、ワケありお嬢様に見えなくなってくる。
注文後もしばらく無言が続いていたが双葉さんが話しかけてきた
「凌雅さんは好きなお花ありますか?」
「あるにはある」
「そうなんですね、いつか教えてください」
庭と同じ、花の話題だった。
花の中ならヒマワリが好き。さすがに一緒と伝えるのは気が引けるため、曖昧な答え方をした。
会話が俺も、双葉さんも得意じゃない方なこともあり、それ以降は続かなかったが、しばらくすると食事も到着し食べ始めた。
「美味しい…!」
届いた和食御膳に手をつけ始めると双葉さんは笑顔で一言発していた。
美味しい食事をしている時が、いつも1番笑顔な気がする。和食が好きなのかもしれないな。
「和食好きなら、今度作ろう」
食事の好みも少し知ることができたような気がして、気づくとそう声をかけていた。
そして、嬉しそうに頷く双葉さんだった。
会話が成立しているのか、していないのかという話を何度か繰り返しながら食事を終えファミレスを出て、別荘へ戻った。
お礼で奢ろうとでも考えているかの様子だったが、使えているとしても傍からみたら俺は成人男性。
女性に払わすのもいかがなものかと思い、結果奢ってしまった。
まあ、俺のワガママで外食に付き合ってもらったわけだし払わせるのも違う気がしていた。
戻ってから、お風呂の準備をしキッチンで先程置いたティーセットの片付けをしていた。
お風呂から上がった様子の双葉さんだったが、その足は自室ではなく外へ向いており、気になり様子をみることにした。
向かった先は昼間のヒマワリ。
暗く、少し離れたところから様子を見ていたため、何をしているかはわからなかったが何かを話しているようにも見えた。
そして、月明かりに照らされて一筋の涙も伝っているように見えた。
何かあったのだろうか。それを俺に知る権利はないが、先程までの様子と打って変わっていたこともあり少し気になりながらも特に声はかけず、そのまま見守っていた。