俺、田中凌雅は今年でようやく20歳になった。

成人は18歳からというものの、お酒や煙草は20歳から。
20歳になるとようやく大人の仲間入りをした気分になる。

そんな俺は、昔から家族がいない。幼少の頃に交通事故で父と母は他界しているらしい。
父と母が亡くなってからは児童養護施設で育った。

養護施設では高校を卒業してからは施設を出なければいけない決まりがある。
そのため、高校からの進学は考えず就職先を探していた。

そこで見つけたのが執事の仕事だった。
特に誰かに仕えたい。奉仕精神が強い。そんなことはひとつもない性格だが、
衣食住全て揃っている仕事。今、1番求めているものだった。

高校卒業後は児童養護施設を出て執事へと就職。
18歳から2年間、しっかりと研修を受けていた。

2年経ちようやく執事デビューも近いという時に、ある話が舞い込んできた。
ワケありお嬢さまを2年間お世話してほしいとの依頼だった。
統括の人も誰に行かせるかを迷っているようだったが、俺は迷わず手をあげた。

その時の俺はとにかく実践あるのみと考えていたのだろう。

経験を積めば積むほど良い場所で務めることができると思っていた俺は、ワケありなんて少し大変そうなことを気にも止めていなかった。


ワケありという言葉を見つけたのはそれから少し経ってから。
やってしまったか?と心配にはなったものの、指定されたお屋敷へ向かった。

とても豪華で大きい訳でもなく、金を持ってはいるなと思える程度の大きさのお屋敷。
通されてまず、出会ったのは雇い主となる主人とその妻だった。

「はじめまして。本日より2年間お世話になります。田中凌雅と申します。よろしくお願いいたします。」
「遠いところまでご足労さまでした。」

 雇い主にしてはかなり丁寧な方だった。

「君にはこれから、娘の双葉と共にここに記してある別荘へ向かっていただきたい。そして、その別荘で2年間の生活を送ってもらう予定だ。」
「かしこまりました」

受け取ったのは1枚の紙。とある駅からの地図だった。
パッと見るにこの近辺には無さそうな田んぼばかりのようだった。
 
「まだ娘には伝えていないため、君から伝言を頼む。」
「はい。」
「もうひとつ、伝言を頼みたいのだが。」
「なんなりと。」
「高校卒業後は榎本家から縁を切る。そのつもりで生活してくれと伝えてくれ。」
「承知いたしました。」

俺は午前中に別荘へ向け出発する手はずを整えてから双葉という娘の部屋へ向かった。

家から縁を切られるほどのワケあり娘。
どんな化け物が来るのかと少しビビっていたが予想を覆すことになる。

 コンコン
「失礼します。」
「どうぞ」

中から聞こえてきたのは弱々しい声。
そして、扉を開けると光に反射して綺麗な赤毛セミロングな髪、澄んだぱっちりとした茶色の瞳に白くて柔らかそうな頬。
ほんのり赤く染まっているお人形さんのような人だった。

「はじめまして。本日より2年間、双葉様の執事としてお仕えすることになりました。田中 凌雅です。」
「え…?何も聞いていませんが…」
「旦那様と奥様よりのご伝言です。今すぐこちらの別荘へ移り住むようにと。お荷物をまとめて11時頃出発予定です。」
「……。わかりました。」

特に言い返されることもなく、全てを受け止めていた双葉様だったがその表情は悲しみに満ちているようにもみえた。

「もう1点。伝言を預かっております。」
「なんでしょうか?」
「2年後の高校卒業後は榎本家から縁を切る。そのつもりで生活するようにとのことです。」
「………。」

表情や様子は気にせず、そのまま話を進め、俺は部屋を出た。
双葉様はとにかく呆気に取られた表情をしており、なぜこうなってしまったのかという理由を聞いてみたい気持ちも抑えながら
約束の時間を待った。




約束の時間が来ると移動中もとにかく話しかけることが出来る雰囲気ではなかった。
晴れ晴れとしていたり、もう吹っ切れているような様子であれば、双葉様のことを知る良い時間となっていたが、
俺もそこまで人の気持ちを考えることができないタイプではない。

しかし、別荘へ到着すると仕方なく話さなければいけない状況になってしまった。
驚く程に手入れの行き届いていないホコリや蜘蛛の巣だらけのお屋敷だった。
 

「双葉様。一旦車の中でお待ちください。お部屋の掃除をしてまいります。」
「いえ、私も。」
「お待ちください。掃除は執事の仕事ですので。」

そう。執事の仕事。双葉様の気持ちを考えることも今後は必要になるかもしれないが、今は生活できる環境を整えることが第一優先。
双葉様を残し、俺は1人お屋敷の中の掃除へ向かったのだった。