私、榎本 双葉《えのもと ふたば》今、田舎の別荘で執事の田中 凌雅《たなか りょうが》と2人。ただ呆然と立っていた。
別荘と言っても、しばらく使っていないこともあり、ホコリや蜘蛛の巣だらけ。
都会育ちの私からするとかなり辛い。
荷解きからスタートの予定が、大掃除からのスタートとなってしまった。
なぜ、私が田舎の別荘へ来ることになったかというと1週間前にとある事件が起きたからだった。
私には好きな人がいた。
歳は2つ上で黒髪のふんわり優しい雰囲気をしたお兄さん。名前は轟 光希《とどろき みつき》。
光希くんとは親同士が知り合いということもあり小さい頃からよく我が家に来ており、私たち姉妹とは仲良しだった。
光希くんはふんわり優しい雰囲気によく似合うほど、性格も優しく、年下の私の甘えにも応えてくれるほどだった。
6歳くらいから密かに恋心を抱き続けていた私だったが、中学生の頃、光希くんは姉、一葉《いちは》ちゃんの婚約者と知った。
親同士が知り合いというのはまさに婚約の為のものだったようで、幼い頃から決められていたことのようだった。
優しく光希くんとは対照的に姉の一葉ちゃんはしっかり者でたまにキツい物言いをすることもあったが私にとっては大好きな姉で、光希くんと3人の時間もとても好きだった。
そして私は高校2年生になり、一葉ちゃんと光希くんは大学へ進学。
その頃には2人は大学を卒業後結婚することまで決まった。
変わらず光希くんが好きな気持ちを大きく持ったままの私だったが、このまま思い続けても辛いだけ。
諦めようと思い、ひとつの決断をした。
最後に光希くんとデートをしてもらい、踏ん切りをつける。と
そして先日、光希くんが我が家へ来ていた時に声をかけたのだった。
「光希くん。」
「どうしたの?双葉ちゃん。」
「今度、お買い物…付き合ってほしい。」
「買い物?僕でいいの?」
「うん…光希くんと行きたくて。」
「わかった。相談してみるね。」
これが全ての元凶。
光希くんを買い物という名のデートに誘ったことが一葉ちゃんの耳にも届いてしまったのだった。
今まで、3人で遊ぶことはあっても、2人で遊ぶことを一葉ちゃんは許せなかったらしい。
確かに、一葉ちゃんへ相談しなかった私も悪かったのだが。
「双葉、一葉から聞いたぞ。なんてことをしている。」
「姉の婚約者をデートに誘うなんてありえないわ。」
『榎本家の恥よ。今すぐ出ていきなさい。』
父と母からの最後の言葉だった。
そこから1週間、父や母、姉とも顔を合わさずひっそりと過ごしていたところに、見知らぬ顔の執事がやってきた。
それが、今一緒にいる田中 凌雅だった。
「はじめまして。本日より2年間、双葉様の執事としてお仕えすることになりました。田中 凌雅です。」
「え…?何も聞いていませんが…」
「旦那様と奥様よりのご伝言です。今すぐこちらの別荘へ移り住むようにと。お荷物をまとめて11時頃に出発予定です。」
「……。わかりました。」
何も言い返すことは出来なかった。お母様とお父様からの言いつけは絶対。
昔からそう教わってきていることもあり、今回も従うしかなかった。
「もう1点。伝言を預かっております。」
「なんでしょうか?」
「2年後の高校卒業後は榎本家から縁を切る。そのつもりで生活するようにとのことです。」
「………。」
言葉にならなかった。そして何も考えたくなかった。
私の初恋が甘酸っぱいものでなくこんなに地獄になるなんて。
今更後悔していても遅いが、後悔も襲って来る中、とにかく引越しの準備を進めるのであった。
引越しの準備も終わり、新幹線、車と乗り継ぎ別荘へ。
そしていまの感想に至るのであった。
「双葉様。一旦車の中でお待ちください。お部屋の掃除をしてまいります。」
「いえ、私も。」
「お待ちください。掃除は執事の仕事ですので。」
そう言い残すと1人、別荘の中へ入っていった。
古びれてはいるが、オシャレな建物の別荘ということもあり、ワクワク感も強かったが、これから先の生活を考えるとワクワクもしていられない。
そして学校やこれからの生活についての不安もたくさんだったが、1番の問題があった。
それは執事の田中 凌雅
黒髪で目は切れ長。少し怖さも感じる見た目だが、よく見ると鼻筋も通っていたり二重も綺麗で整った顔ということはよくわかったが、
数時間前に出会った執事ということもあり、まだまだわからないことが多い。
よく分からない人との共同生活ほど不安なものは無い。
戻ってきたら少しずつ仲良くなろう。
そう決めたのだった。