○Side双葉○






執事から友だちとなり、1週間が経った。

田中さん…凌雅さんが保護者代理ということもあり、新しい学校の手続きなどは一緒に回ったが、家の中ではほとんど会話をしない日々が続いた。
 
そして私の生活も一変した。

1日目、起きた時は特に変わらない気もしたが、朝起こしに来る人がいないこと。
朝食も自分で作らなければならない。
洗濯をしないと数日で着るものが無くなる。
掃除は何となくできていたが、今までほどとても綺麗にとまではいかなかった。
 

一方のたな…凌雅さんを見かけるとスーツではなくラフなパーカーだったり、シャツなどキレイめなお洋服を着ており印象がとても変わった。そして生活も順調な様子が見られ、食事の準備をしていたりお掃除をしていたり。

余計に比較してしまう。
つまり私は生活力の無さを痛感していたのだった。

ある日の朝、朝食を作る凌雅さんを入口の影からそっと覗いていた。何も出来ないということがバレたくなかったので、いつも時間をずらしていた。
美味しそうな目玉焼きと食パンの香りが羨ましくもあった。
簡単に出来そうなのに、なぜか上手くいかない。
ここ数日の食事は失敗作ばかりで少し食事が嫌になりかけている。

「おはようございます。双葉さん。」
「!!…おはようございます。」

見ていたことに気づいていないと思っていたのに、いきなり声をかけられ驚いてしまった。
恥ずかしさもあいまって、そのまま足早にキッチンを後にしてランドリースペースへ移動した。

ご飯の前に洗濯物をやろうと洗濯機と洗剤と汚れ物とをにらめっこ。
この前出来たから大丈夫と信じて洗濯機へ洗濯物と洗剤を投入した。

ボコボコボコ…
怪しい音がしたと思えば束の間、洗濯機から泡が溢れ出てきた。

「わっ!!!」

思わず大きな声をあげてしまった。何をどうしていいのか分からず、とにかく洗濯機を止めようと必死だった。

ピッ
ボタンを押して無事止めることができると、泡もそれ以上に増えることはなかった。

「止まった….」

安堵しながら呆然としていると

「これは何が起きたんですか?」

凌雅さんが様子を見に来てしまった。

「洗濯機の使い方を間違えてしまったようで…あ、でも普段は大丈夫です!たまたまです…」
「片付け手伝いますか?」
「…ごめんなさい。…一緒に手伝ってもらってもいいですか?」
「はい。」
 
自立のためのはずが、迷惑をかけることになってしまった。
2人で泡まみれになった床を拭き、洗濯機も元に戻し、落ち着いた状況で再度スタートさせた。

片付けた後には

「気をつけてくださいね」

と凌雅さんに一言釘をさされてしまった。
料理のこと、洗濯のこと。出来ないことが多すぎて落ち込んでしまう。
あと2年でなんとかなるものなのだろうか。
執事もやめてもらったので凌雅さんに頼るのも何となく違うかなと。
苦手なことはとことん苦手なタイプということもあり、どうするべきか迷っていた。



同じ日の夕食時。
朝と同じくキッチンで夕食を調理している凌雅さんを入口の影からそっと覗いていた。
夜はナスとお肉の炒め物のようなものとスープ、白米を準備しお皿へ盛り付けていた。

性格なのか、私は素直に物事を伝えるのは苦手だ。でまこのままではだめ。
意を決した私は凌雅さんへ話しかけることにした。

「あの…」
「なにか。」
「お願いがありまして。」
「執事に戻れと?」
「いえ、それは一度お願いしたことなので。」
「では?」
「あの…私に家事を教えてくれませんか?」
「…」

切れ長の目が怒っているのかいないのか、何を考えているのか悟らせてくれない。

「今朝、ご迷惑をおかけしてしまった通り、家事が苦手で、洗濯や料理もまともにできないのです。なので、できるようになるまで教えてもらえないかと。」
「今まで食事はどうされていたのですか?」
「そのまま食べられるものや、失敗したものを食べていました。」
「…」

とにかく無言の時間が怖いほどの圧。

「しょうがないですね、わかりました。教えます。」
「ありがとうございます!」
「ではこれを。」

目の前に渡されたのは先程盛り付けていた食事だった。

「1人分も2人分も変わりませんからね。体を壊される方が困ります。」

そうぶっきらぼうに言いながらも、久しぶりの美味しそうな食事にとても嬉しかった私は

「ありがとうございます…いただきます!」

勢いよく食事を始めた。特別な料理では無いが、失敗作でも何も調理していないものでもない食事は今までで1番美味しく感じてしまうほどだった。


それからというものの、待ち合わせはしていないのにキッチンへ行くと凌雅さんが待っててくれ、一緒に料理を作ったり
3日に1度、洗濯機の回し方も教えてくれた。
必要以上の言葉は無いものの、教え方はとても優しいように感じた。