◆Side凌雅◆





その後、俺は過保護までいかないが親心というか、双葉を妹のように見ることが増えた。
施設時代を思い出す。弟や妹がたくさんいたからなあ。

敬称を変わらず付けずに呼ぶことも増え、双葉もそれを普通に受け入れていた。
少しずつだが、過去の話を聞いてから心を開いてくれてきているような姿があり、それをまた嬉しく感じていた。


そして、いよいよ双葉が楽しみにしていた修学旅行当日。

前日までバイトを詰めていてパッキングもギリギリ間に合った様子だった。
全く、手のかかる人だ。
今までそう思ったことはほとんど無かったが、心を開き始めた双葉は実は不器用なところやそそっかしい一面が出てきた。
これが本来の彼女なのであろう。

そんなこんなで、朝早く荷物も多いため空港まで車で送っていた。

「帰りですが、出発が遅れるようであれば連絡ください。一応、聞いている予定時間には空港へお迎えにあがる予定です。」
「ありがとうございます。」
「楽しんできてください。」
「はい!あの…凌雅さん。」
「何でしょうか?」
「その…旅行中に……いや、なんでもないです!」
「…そうですか」

双葉が何かを言いかけたが、言わずに終わってしまった。
何を言おうとしていたのだろうか。
少し気になりつつも車を前に走らせた。

「お気をつけて。いってらっしゃいませ。」
「いってきます。」

そう伝えると双葉は手を小さくひらひらとさせながら友だちの方へ向かっていった。

今まで、友だちは作らずなことが多かったと双葉は言っていた。
ほぼ初めての友だちとの旅行に嬉しさや楽しさが混じっているのだろうと後ろ姿を見送った。


一方の俺は、3日間の休暇ということになっている。
休暇といってもやることはほぼ普段と変わらない。
朝の送迎と掃除が無いくらいだった。

執事の仕事が無い俺はただの人。
趣味なども見つけてこなかった為、休みが続く時には何をしたら良いのか分からない。

思いつくことは、読書と散歩だった。
1日で飽きそうだなと思いながら、家に帰り普段着へ戻ると散歩に出て、ちょうどいい所で昼食を取り、読書をする。
そして帰宅した。

ここまでは双葉が学校に行っている間と同じルーティン。
22時になり、いつもの癖かダイニングへ向かっていた。

双葉と喧嘩したあの日から、双葉のバイト終わりも顔を合わせて話すことを心がけていた。
しかし、今日は修学旅行。待っていても帰ってくるはずがない。

「はは。馬鹿らしい。」

そんな独り言を呟き、部屋に戻った。
1日の最後、俺はなんだかんだ双葉と話すのを楽しみにしていたのかもしれない。
そう思うと自分が少し気持ち悪くも感じた。

双葉楽しんでるかな。



双葉の修学旅行2日目。

朝目覚めてからも普段通り。送迎が無い分、自分のことが色々とできた。

今日は何をしようかと考え、思いついたのは図書館だった。
最近の図書館は雑誌なども豊富なので、色々な新しいことを知ることができるかもしない。
そう考えると、車を走らせ図書館へ向かった。

意外にも図書館で夢中になっていた俺は、時間が過ぎるのも気づかずに本を読み漁っていると、ふと携帯が鳴っていることに気がついた。

登録のない番号。
とりあえず電話に出た。

「もしもし。」
「あ、もしもし。△△高校の佐藤と申します。田中凌雅さんのお電話でしょうか?」
「はい、そうですが。」
「榎本双葉さんの緊急連絡先として明記がありましたのでご連絡させていただきました。」
「双葉になにか?」
「ええ、双葉さんですが熱を出したようで、行程を先に切り上げ、ホテルにて休養しています。持病などは無かったかと思いますが、念の為ご連絡させていただきました。」
「容態は?」
「熱のみで、自力で動いたりはできるようです。」
「わかりました。私からも本人へ連絡してみます。」
「ありがとうございます。また何かありましたらご連絡させていただきますので。」
「はい。よろしくお願いいたします。失礼します。」

まさかの双葉の学校の先生で驚いたが、双葉が体調不良ということにさらに驚いた。
この数ヶ月一緒にいた中で風邪をひいているところを見たこと無かったため、体が強いとは思っていたが、さすがにバイトの詰め込みすぎだったのだろう。

心配もあり、何かあれば駆けつけられるようにとも思い、気づいたら帰宅していた。

ひと眠りして起きているだろうと思い、夕方に双葉へ電話をかけてみた。
~~♪

「もしもし。」
「もしもし。双葉?学校から連絡あったけど大丈夫?」
「はい。まだ熱はありますが…バイトも詰め込んでたので疲れが出てしまったのかもしれません」
「ったく…食事は取れてるのか?」
「食欲は落ちてないので、きっとすぐ良くなると思います。」
「ならいいけど。」
「心配かけてしまいすみません。お土産買って帰りますね。」
「体調悪いならいらないから。体大事にな。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ。」

そういうと電話を切った。
思ったよりも元気そうな声に少し安心したが、双葉の性格からして明日はきっと無理をするだろう。
明日は早めに空港へ向かい、ロビーまで迎えに行こうと決めた。


それよりも、双葉へ連絡し話すことができたことで俺の中の空っぽだった心の中が少し満たされた気がした。
ここしばらく1人で生活するなんてこと無かったというのもあるかもしれないが。

最近、双葉のことをよく気にかけるようになっている自分がいる。
ただこれは果たして親心なのであろうか?
そんな疑問も出始めていた。
そんな時にふと思い出すのは昔にヒマワリ畑で出会ったあの少女のこと。

昔の俺はあの少女と一緒にいたい。眩しすぎるくらいの笑顔を守りたい。そう思っていた。
それはきっと恋心だったのだろう。
今もそれに近しい感情のようにも感じる。
これは双葉への恋心なのだろうか。

将来を考え、執事になること一筋でここまで来たこともあり、恋や愛には疎い。
恋や愛の知識は小説の中にあるものばかり。
そういえば、昨日読んだ本の中には恋愛小説もあった。
その中にはこんな、一文があった。

「私は何があってもあなたを大切にしたい。」

これは今の自分にも当てはまる。
俺は何があっても双葉を大切にしたい。
話を聞いたあの日から。
いや、双葉と過ごすようになってから、そう思っていた気持ちが日に日に大きくなっている。

執事としてではなく、1人の男として。

ただこれは叶わぬ思い。
所詮は雇われの身。契約が終わればそこまでだ。
気づいてしまった気持ちに蓋をして、残りの期間だけでも、何があっても双葉を大切にしていく。
そう決めた。




翌日。
久しぶりといってもトータルすれば2日ぶりとそんなに久しくない執事としての仕事。

きっと本調子では無い様子で帰ってくることは目に見えているため、帰ってくるまでにすぐ休めるよう支度を始めた。

夕方になり、空港へ迎えに行くと普段よりもやはり無理をした笑顔でいる双葉がいた。
スーツケースを受け取ると、そのまま車で家へ直行した。


「体調はいかがですか?」

様子を見れば良くないことくらいわかるが、
友だちの前では無理もしていたようだったので、なんと答えが返ってくるかが気になり聞いてみた。

「熱は下がりましたがまだ本調子では無いですね…」

珍しく素直な答えが返ってきて少し安心もした。

「あ、でも。もう大丈夫ですから!明日からはまたバイトもありますし。」
「明日はお休みされてはいかがですか?」
「お仕事に穴を開ける訳にはいかないですよ…明日にはきっと本調子に戻りますし!」

双葉も頼ってくれているのかもしれない。
と思いきや、やはり強情な話も出てきた。
このまま反論してもきっと聞く耳を持たない。
そう思い、話すことは止め行動へ移すことに決めた。


家へ戻ってから、手に取ったのは携帯。
双葉のバイト先へ連絡することにした。

♪~
「○○レストランです」
「アルバイトの榎本双葉の家族ですが。」
「はい、榎本さんですね。」
「昨日から体調不良が続いているため、明日はお休みさせてください。」
「承知しました。店長に伝えておきます。」
「よろしくお願いします。」

双葉のバイト先へ連絡を入れ、キッチンへ向かうとそのには双葉の姿もあったが
さすがに病人に料理させる訳にはいかず部屋へ追い返した。

ある程度、迎えに行く前に下準備をしていたこともあり、パパッと雑炊を作り、部屋へ運んだ。

「病人は寝てろ。」
「ありがとうございます…」
「あと、明日のバイトだけど。」
「ダメ…ですか…?」
「バイト先に連絡入れといた。」
「え?!」
「そうでもしないと休まないでしょ双葉。」
「……」

驚いた顔をして一瞬下を向いた双葉だったが、顔をあげると少し安心したような表情もしていた。

「手間かけてしまい、すみません。ありがとうございます。休みます。」
「よろしい。」

素直な双葉の様子に思わず頭を撫で、部屋から出た。

ああ、可愛い…愛おしい。
初めてそんな風に感じた。