◆Side凌雅◆






それから数週間。

双葉さんもかなり学校に慣れ、一方の俺も執事としての仕事時間は日に日に短くなりつつあった。

手が回っていなかった掃除など、1日1箇所終わらせ、共有スペースなどの掃除をしても午前中で片付くことがほとんど。
午後は学校の迎え以外はほぼプライベートな時間だった。

プライベートな時間が増えれば増えるほど、素の俺が増えていく。
双葉さんにはどう見られているのかと少し心配もしていたが、特に変わらず接している。

そんなある日、ダイニングで何かを一生懸命書く双葉さんを見かけた
気になり声をかけてみると、それは履歴書だった。

「バイトはじめるの?」
「わぁ!あ…はい。この前のファミレスに応募しようかと思って。料理を覚えたりもできるかなと。」
「へえ。頑張れ」

一言伝えて去った。
双葉さんがバイトを始めるのであればさらに自分のプライベートな時間が増えそうだった。

どちらかというとこれといった趣味のない人間にとってプライベートな時間は若干苦痛でもあった。
 

数日後
バイトの面接へ行くとの事で、迎えは無くて良いと言われた。
ついに始まるのかと、俺自身も暇になる覚悟をした。


面接から帰ってきた双葉さんに話を聞くと、これまたタイトなシフトを組んだようだった。
学業もあるのにそこまで体が持つのだろうか。
そんな心配も大丈夫の一言で片付けてしまう双葉さんだった。


翌日から早速、双葉さんは放課後にバイトを始めた。
夜ご飯は賄いがあるようで、家で食べることもかなり少なくなるそう。
そして俺は特にやることややりたいことはなかった為、本を読んだり、動画を見たり。
そんな生活が続き生活リズムもどんどんと夜型になりつつあった。



そんなある日。
気づくと21時を回っていた。夜ご飯も食べておらずぱぱっと野菜炒めを作り食べ片付けをしていると、久しぶりにキッチンで双葉さんに出会った。


「凌雅さんこんばんは。お疲れ様です。何か残り物ってありますか?まだ食べてなくて…」

賄いを食べて帰ってこない日は初めてだった。

「今日は1人分しか作ってないから無い。」
「ですよね…何か作って食べます。」

そう言うとフラフラと冷蔵庫へ向かい、白米とお茶漬けの素を手に取っていた。
双葉さんはお茶漬けにハマっているのか、お茶漬けの素が入っていることが増えていた。

お湯を沸かし、お茶漬けを作っている姿を見た俺は単純な疑問が浮かんでしまった。

もう俺用無しじゃね?

元はと言えば執事として来たものの、執事では無く友だちとして過ごす。
学校に行き友だちが出来たことでそれは用済み。
そして、料理や家事を教えるということ。
洗濯物もある程度できるようになってきたし、洗い物や料理はバイトを始めてある程度できるようになってきている。

そう考えるといても立ってもいられず、双葉さんへ伝えることにした。
もちろん、話を飲んでもらうため執事モードで。

「双葉様。」
「なんでしょうか?」
「料理を教えるという約束ですが。もう教えなくても大丈夫なのでは?」
「えっと…最近確かに教えてもらえる時間が減ってますがまだ不安というか、自信がないというか…」

はあ…この時の俺は虫の居所が悪いようだった。
苦手なプライベートの暇な時間も増えたからだろう。
いつの間にかプライベートなモードで話し始めてしまった。

「いつまでお嬢様してるつもり?」
「特にお嬢様をしてるつもりは…」
「考え方がお嬢様してるって言ってるの。いつまでも甘えてんなよ。」

キツい口調にならないようにと気をつけていたつもりが、ストッパーも外れていた。

「甘えているつもりはないですが…」
「両親になんて言われてたか知ってる?」
「え…」
「ワケありお嬢様だよ。」

そう言って、キッチンから出て自室に戻った。
双葉さんの様子は見なかったが、特に追いかけてくる姿も無かった。
こんなことまで言うつもりじゃなかったのにな。
きっと双葉さんを悲しませるから。

自分のストレスを双葉さんに当てるなんて、執事として最低なことをしてる。
部屋に戻り冷静になり、今までの事を考えるとさらに自分へ嫌気が差した。
もう少し落ち着いたら、双葉さんへちゃんと謝ろう。
そう思い、しばらく部屋で落ち着いてから家の中で双葉さんを探した。


部屋を見ても、ダイニングを見ても、風呂場や空き部屋ひと通り見て回ったが双葉さんは見当たらなかった。

そういえば。

そう思って向かった先は庭。
何度か、庭のヒマワリの所へ行くところを見ていたからだ。

「いた。」

勘は当たり、双葉さんはヒマワリの近くのベンチへ座っていた。
時期が過ぎ、そろそろヒマワリも枯れ始めてきている。

「…さっきは、ごめん。言い過ぎた。」
「いえ…わたしもごめんなさい。バイトの疲れもあってイライラしていたようです。」

とりあえず仲直りはできた。
すると、少し間があってから再び双葉さんが話し始めた。

「あの…凌雅さんは私が家を追い出された理由ってご存知ですか?」
「…特には聞いていない。仕事をする上でそれを知る意味は無いから。」

突然の話題に戸惑いはしたものの、思っていることをそのまま伝えた。

その後少しの沈黙の後、双葉さんは話し出した。

お姉さんのこと、お姉さんの婚約者のこと。ご両親のこと。
そして、双葉さん自身の失敗のことも。

"ワケありお嬢様"

そんな呼ばれ方をしていたが、双葉さん自身は純粋なごく普通の少女だった。
そして、仕事として接する上で前のことよりも今の双葉さんを見ようとしていた反面、
ワケありお嬢様という異名に引きずられている自分もいた。

ワケありお嬢様なんかじゃない。
そう知った今だからこそ、双葉さんへの申し訳なさと親心か守ってあげたいと思ってしまい、
気づくと双葉さんを抱きしめていた。

「もう1回言わせて。本当にごめん。双葉は悪くない。」

自分の気持ちをちゃんと伝えたい。
偏見なんか持たず、今、この数ヶ月自分が見た双葉さんを信じている。
そう伝えたい気持ちが先走り、敬称をつけることすら忘れていた。

「…ありがとう…」

そう言った一言は泣いているようにも感じた。

泣いているのを無理やり引き剥がすのも出来ず、泣き止むのを待ち双葉さんの様子をみてみると
安らかな表情で眠ってしまっていた。

「ったく…」

ため息混じりに言葉を漏らしながらも少しは安心してくれたのだろうという姿に少し嬉しくも感じ、双葉さんの自室へ連れていった。