孝太郎は、夜道を車で走らせながら、流れ星のように見えた真っ赤な光を思い返していた。どこかで自分の人生と重ね合わせていたのかもしれない──一度は目指した東大物理学科の夢。都会での生活に流されて一時は諦めたが、田舎に戻り、静かな夜空を見上げたことで心の奥底に眠っていた情熱が再び呼び覚まされた。翌朝、孝太郎は優香に「俺、やっぱり物理をやりたいんだ」と決意を口にした。迷いのないその瞳を見て、優香は少し驚きつつも微笑んだ。「いいじゃない、孝太郎。私、夜のお店で働くから頑張って」と、彼の夢を支える覚悟を見せてくれた。それぞれが自分の道を歩むことを決意した二人。孝太郎は、夜遅くまで物理の参考書に向かい、大学への再挑戦を目指して勉強を始めた。優香もまた、夜の仕事で家庭を支えるために働きながら、孝太郎の夢を陰で支え続ける覚悟を持っていた。二人の未来にはまだ不安や課題が山積しているが、どこかで自分たちがまた新しい形で輝けると信じていた。孝太郎は、地元の予備校で非常勤講師として働き始めた。物理の基礎から教えることが多く、教えることで自身も改めて学び直す機会になっていた。毎日多くの学生たちと向き合う中で、彼の情熱も少しずつ蘇っていった。教え子たちの成長を見守り、彼らに物理の面白さを伝えることで、自分自身もまた前向きに頑張ろうという気持ちが強くなっていった。一方の優香は、市内の居酒屋で働き始めていた。常連客や新しい顔と接することで、少しずつ人付き合いにも慣れ、充実感を感じていた。店の常連たちに優しく気さくに接する彼女は、店の人気者となり、同僚たちからも信頼を寄せられていた。二人はそれぞれの生活で忙しくしていたが、週末になると一緒に食事をしたり、近くの公園で散歩を楽しんだりしていた。穏やかな生活ではあったが、少しずつ自分たちの人生が新しい方向に進んでいることを感じ始めていた。贅沢をしない生活を続けてきた孝太郎と優香は、気がつけば少しずつお金も貯まっていった。二人は地道に働き、無理のない範囲で生活費を抑え、互いに支え合って暮らしていた。そんな中、孝太郎は予備校で新しい教え子と出会うことになる。彼女の名前は小田切香、19歳。彼女は勉強に熱心だが、精神に障害を抱えており、パニック障害の症状が時々現れることがあった。授業中に突然動揺したり、表情がこわばったりする様子を見て、孝太郎は彼女の不安を和らげる手助けをしようと心に決めた。最初は戸惑うことも多かったが、孝太郎は彼女と少しずつ会話を重ね、彼女が安心できる環境を作るように心がけた。香もまた、孝太郎の穏やかな性格に少しずつ心を開き、安心して授業を受けられるようになっていった。優香もまた、香の話を孝太郎から聞き、彼女なりに香に寄り添うために何かできることはないかと考え始めていた。孝太郎の脳裏にふと浮かんだのは、先日目にしたチラシの一文だった。「障害者就労施設 B型作業所を運営しませんか」という言葉が、心の中で静かに響き続けている。香のように障害を抱えながらも懸命に生きている人々に、自分はもっとできることがあるのではないか、と思い始めたのだ。彼女の不安定な日々を間近で見てきた孝太郎は、彼女だけでなく、同じように苦しむ人たちに居場所を提供できる場所を作りたいと感じた。それは、かつて自身が道に迷い、進むべき道を探し続けた日々を思い出させるものでもあった。帰宅してその話を優香にすると、彼女も真剣に耳を傾けた。「それなら、私も手伝いたい」と優香は静かに言った。夜の仕事もあったが、優香はその夢に共感し、彼と共に新しい道を歩み出す決意を固めた。二人は少しずつ、B型作業所の設立に向けて動き始めた。孝太郎と優香は、新たな目標に向かって動き出していた。田舎に戻り、落ち着いた生活を送りながらも、心の中に芽生えた「誰かの支えになりたい」という思いが二人を突き動かしていた。B型作業所の設立は簡単ではない。運営に必要な知識や資金も足りない。孝太郎は予備校の非常勤講師として働きながら、空き時間には福祉関係の書籍や制度を調べる日々を送った。香のような障害を抱える若者が、安心して働ける場所を作りたいという夢は、次第に現実味を帯びていった。一方、優香も昼間の時間を使って市役所や福祉関連の窓口に足を運び、必要な手続きを調べ、地域の福祉団体に協力を仰ぐ方法を模索していた。夜の仕事で忙しいにもかかわらず、彼女は自分ができる範囲で精一杯サポートする覚悟を持っていた。二人の努力は少しずつ実を結び、周囲の支援も得られるようになった。やがて、地元の小さな建物を借りて、B型作業所をスタートさせる準備が整った。障害を持つ人々が、地域で生き生きと働ける場所を目指して、孝太郎と優香は希望を胸に、その新しい道を歩み始めた。
孝太郎は、B型作業所として立ち上げるはずだった場所を劇団にするという新たなアイディアを思いついた。「劇団」という形であれば、香のような障害を持つ人々が演技や舞台作りを通して自分を表現し、社会と繋がる機会を提供できるのではないかと考えたのだ。
彼はさっそく優香にこのアイディアを伝えた。「劇団を作って、みんなが自分を出せる場所にしたいんだ。障害の有無にかかわらず、舞台を通して新しい自分を見つけられる場所にしたい」と熱く語る孝太郎に、優香も心を打たれた。優香も舞台の準備や制作で力を貸すことを約束し、二人は一丸となって劇団設立に向けて動き出した。劇団の名前は「星降る夜の劇団」に決まった。流れ星を見たときの情熱を思い出しながら、孝太郎はこの名前に決めたのだ。孝太郎と優香は、「星降る夜の劇団」の設立に向けて準備を進めたものの、思った以上に団員が集まらないという試練に直面していた。地元では演劇や舞台芸術に興味を持つ人が少なく、特に障害を持つ人々が演劇に参加するという未知の分野にはなかなか関心が集まらなかった。彼らは、地域の福祉施設や学校にチラシを配布したり、説明会を開いて劇団の趣旨を説明したりしたが、反応は芳しくなかった。「自分には無理だ」と考える人が多く、参加への一歩を踏み出すのが難しい状況だった。
そんな中、孝太郎は自分たちの目標を再確認することにした。彼は「劇団を通して、障害を持つ人たちが自分の力を信じ、自分の声を持つことができる場所を作りたい」と思っていた。だからこそ、簡単にあきらめるわけにはいかなかった。そこで、孝太郎は新たなアプローチを試みることにした。まずは地域のイベントに参加し、演劇のワークショップを開いてみることにした。人々に「劇団」という形ではなく、楽しむ場としての演劇を体験してもらうことで、興味を持ってもらえるかもしれないと考えたのだ。優香も、彼女が働く居酒屋で常連客と話をして、興味を持ちそうな人に声をかけることを手伝うことにした。彼女の人柄と熱意は、周囲の人々にも少しずつ影響を与え始めた。こうして孝太郎と優香は、地道に活動を続けていく中で、少しずつ参加者が増えていくことを期待していた。彼らの情熱と努力が、地域の人々に届く日が来ることを信じていた。