それでもなんとかその人の背中に触れて、その人が振り向いた時には、もう人通りの多い道ではなかった。

追いかけているうちにわき道に一本入ったようで、周りは静かだった。


『あれ? どうかした?』


その人は、解けた毛糸には気付いていないようで、あたしを振り返るなり少しびっくりした顔をして。

でもすぐにそれを笑顔に変えた。


その笑顔を見た途端に、あたしはその人を見る事が出来なくなってしまって。

俯きながらその人の腕を指差す。


『あのっ……マフラーの毛糸が引っかかっちゃったみたいで……』

『ああ、ホントだ。

……もしかしてずっと追いかけてきてくれた? ごめんな、俺全然気付かなくて』

『いえっ!』


またしても手を大げさに振ったあたしに、その人は笑って……でも困ったように表情を歪めた。


『糸、だいぶ絡まっちゃってるな……。

……時間ある?』

『え……』

『俺、今から大学行くところだったんだけど、大学行けばハサミあるからそこまで来てもらっても大丈夫?』


そう提案したその人に、あたしはこくんと頷いて……そこから2人で大学までの道を歩いた。

人通りのあまり多くない道。

規則正しく備え付けられた街灯が、白く道を照らす。


2人の間で揺れる白い糸が、光り輝いていた。



 ※※※



『ここ……』

『ショボイけど一応天文台? ……はい、切れた』


案内された場所は、大学の屋上にある天文台。

半円の奇妙な形の建物に目を丸くしていると、その人があたしに切った糸を渡してくれた。


『え……え、ボタン切っちゃったんですか?!』


あたしは手の平に落とされた糸の絡まったボタンを見て、慌てて顔を上げた。


『ああ。だって糸切ったら長さが合わなくなったりして大変だろ?

別に袖のボタンなんかなくったって全然気にならないから気にしないで』

『でも……』


申し訳ない気持ちが消えないあたしに、その人は優しく笑う。





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